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解決編
7.
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(side晴人)
無気力に大学へ行って、淡々とバイトをこなす日々が続いた。
春休みに入ってから啓太が泊まりに来てくれなかったら、俺の精神状態は結構ヤバかったと思う。
啓太は、家を出た筈のお姉さんが実家に帰って来てるらしく避難先を探してたらしい。
『このままじゃ俺とオッサンの薄い本が出る…!頼む!姉ちゃんが帰って来てる間泊めてくれ!』
お姉さん、確か出版社に勤めてるらしいけど…啓太とオッサンの本って何?
疑問はあったけど、困り果ててる様子に直ぐに了承した。
蓮がいない時は家族以外誰も家に入れるなって言われてたけど、これ以上1人でいるのは限界で。
助かる!と言って現れた啓太の笑顔に心底ホッとする。
だけど、蓮との事は話せなかった。
俺自身が上手く受け止められてなかったし、思い出すのが辛かったから。
それでも流石の親友は、何かを察してくれたらしい。
蓮が帰って来ない事には触れず、ゲームしたりしてダラダラ過ごして。
大学の課題をやったり、お互いにバイトもあったけど、啓太は夜には家に帰って来た。
『ただいま』を言う相手がいる事に、思わず風呂で泣いてしまったのは内緒だ。
そんなある日、俺がバイトから帰るとリビングで啓太が待ち構えていた。
『おめでと!誕生日だから、ほら!晴人の好きな物ばっかあるぞ!』
あ!今日、3月28日じゃん。
色々ありすぎて、誕生日なんて忘れてた。
啓太は本当に俺の好きな物ばっかり用意してくれてて。
ホットチョコとか、お取り寄せできるリンゴ飴とかがダイニングに盛り沢山。
その優しさが胸に染みて、涙を堪えるのが大変だった。
何度も何度も開いたLAINのトーク画面は、相変わらず既読すら付かない。
蓮は、俺の誕生日すらどうでもいいんだな。
その事実に胸がキリキリ痛んで、唇を噛み締める。
啓太がいてくれなかったら、1人で今日を過ごす所だった。
それはあまりにも寂しくて…目の前の親友には感謝しかない。
「ありがと啓太!京都のお土産めっちゃ買って来るな!」
「おう!八ツ橋は抹茶で!」
そう笑い合った翌日、啓太は実家に帰って行った。
俺も今日から京都旅行だから、お姉さんの帰ったタイミングは丁度良かったと思う。
因みに京都って言うのは、少し前に父さんから誘われた1週間の家族旅行だ。
なんと超超超珍しく、母さんの長期連休が取れたらしい。
その間に蓮が帰って来たら…なんて少し思ったけど、そんな気配すらない中を待ち続ける事に俺は疲れてて。
もう3人で予約してあるって事後報告する父さんに、苦笑しながらも了承した。
いい気分転換になるかもと思ったし。
無事に京都に着いてからは、観光して過ごした。
京都に来るのは中2の修学旅行以来だ。
あの時、俺は蓮を避けてたんだよな。
突然キスされて、どう接していいか分からなくて。
それが、人生2度目の京都では蓮に避けられてるんだから笑えない。
自分の行動が、巡り巡ってその身に返って来るって本当なのかも。
久しぶりの旅行を満喫する両親の邪魔をしたくなくて、漏れそうになる溜息を必死で堪える。
宿泊する宿は、テレビで見た記憶がある凄く豪華な宿だった。
母さんの休みがギリギリで確定したのに、よく予約取れたなぁ。
そう思いながら風呂上がりにくつろいでると、スマホが震えた。
…ううん、違う。
きっと啓太からのLAINだ。
俺が京都にいるって知ってるから、どんな様子か気にしてくれてるんだろう。
咄嗟に芽吹いた希望を否定して、アプリを開く。
それでもすぐに下へスクロールして、そのトーク画面がいつもの位置にある事を確認した。
…ほら、何度見たって同じだ。
最後に連絡を取ったのが随分前のそれは、下の方から動く気配なんてない。
やっぱり啓太だよね。
そう思って最上部へスクロールして、ピタリと動きを止める。
それは思わぬ人からのメッセージで。
首を傾げながら開くと、その内容に目を見張った。
急いで返信するけど既読は付かないし、電話にも出ない。
これは…東京に戻ったほうがいいかもしれない。
新幹線の座席を検索すると、明日の朝イチに一席だけ空席があった。
それを予約してから父さん達の元へ向かう。
状況を説明すると、残念そうながらも頷いてくれた。
家族旅行なのにごめんと謝ると、2人は笑う。
「大丈夫だから、行ってあげな。」
「そうよ。あ、早めに解決したらこっちに戻って来なさい!まだまだ日にちはあるんだし!」
寛容な両親に感謝して、俺は早めに布団に入る。
フカフカの布団に眠気を誘われながら、LAINの相手の事を考える。
俺で、何とかできるといいんだけど…。
グッスリ眠った翌日、朝早く東京に戻った。
それで、その日の夜に蓮と遥が抱き合う姿を見てしまった訳だ。
まさか戻ってすぐ、失恋が確定するなんて思わなかった。
ショックを受けて、無我夢中でマンションを出て今はここに置いて貰ってる訳だけど…。
1日経った今こうやって思い返しても、俺と蓮の間に横たわる違和感の正体は掴めなかった。
もう、ダメなのかな…。
蓮の本命が遥って時点で、俺に勝ち目は無かったのかもしれない。
重たい溜息を吐いて、時刻を確認する為に部屋にあるテレビを付ける。
転がり込んで来たのに、こんな設備のいい部屋に置いてもらって本当に有難い。
有名な政治家の汚職事件を伝えるニュースを片目に、画面右上の時刻を確認する。
因みに何でスマホを見ないのかって言うと…俺のスマホは水没したからだ。
良かれと思って俺の服を洗濯してくれたんだけど、まさかスマホが入ってると思わなかったらしい。
ひたすら謝られて、泊めて貰ってる身だし全然責めるつもりは無かったんだけど。
申し訳ないから弁償するって言われて、相手の都合で後日ショップに行く事になってる。
春休みだし、旅行の予定だったからバイトも無いし、ちょっと不便なだけだ。
でも、少し疑問があったりする。
俺さ、服のポケットにスマホって入れないんだよね。
出掛ける時は必ずリュックのポケットに入れるのが習慣になってるんだけど…。
昨日は気持ちがグシャグシャだったから、うっかりしたのかな?
(side蓮)
『晴人さんが消えました…。』
親父の秘書からの電話で実家を飛び出した。
バイクを走らせて辿り着いたマンションにその姿は無くて、少しの荷物が減っていて。
24時間在中のコンシェルジュは一度帰宅した晴がまた直ぐに出て行ったと証言した。
この目で確認した防犯カメラの映像にも不可思議な点はなく、晴が自分の足で出て行ったのは間違いない。
部屋に僅かな血痕があった事で動揺したが、大きな怪我をした様子も無かった。
おそらく、割れたマグカップで指を切ったんだろう。
ただ、それを治療もせずに出て行った事が気掛かりだ。
それに、床に破片や血痕を残したままなんて、晴の性格的にはあり得ない。
何か余程の事が無いかぎりはーー。
その中に、この数ヶ月の自分の態度が含まれる事は自覚している。
だけど、それにしても突発的だ。
もっと大きな、決定的な何かがあったと考えるのが自然だがーー。
いや、今はとにかく行方を探すのが先決だ。
3人の人間としか遣り取りできない特殊な携帯を開いて相手を呼び出す。
時刻は朝の5時。
くぐもった声で文句を言う相手に端的に告げる。
「晴が、いなくなった。」
ハッと息を呑む音がして、一気に覚醒したらしい相手に告げる。
「連絡は来てないよな?」
『来てたらお前に連絡してる!て言うか、京都にいる筈だっただろ⁉︎』
「すぐこっちに戻って来たらしい。憲人さん達はまだ京都にいるのが確認できてるから、晴1人で。」
『嘘だろ…。無事、なんだよな?』
そうであってくれと願うような言い方に、返す言葉が見つからない。
「…とにかく、お前は心当たりを探してくれ。」
晴と親しい人間は大抵コイツも知ってる筈だ。
いつも腹立たしく思ったその距離感を、今ばかりは有り難く思わざるを得ない。
『まずは黒崎だな。…切藤、お前はどうするんだ?』
「憲人さんの返事を待って、それから動く。」
もし事件性があるなら闇雲に探した所で逆効果だ。
俺達が晴の失踪に気が付いていないようにしなければ。
『分かった。また連絡する。』
そう言って切れた電話の画面に残る『中野』の表示に、祈るように目を瞑った。
頼む、中野に見つけられてくれーー。
何の危険もなく、ただ友人の家にいてくれ。
ブルッと震えた携帯が親父からの着信を告げる。
『蓮、晴ちゃんの事は聞いた。だけど、今はさける人員が無い…。』
苦しそうなその声に、ギリッと歯噛みしながらも答える。
「分かってる。必ずこっちで見付ける。」
『すまない。…憲人君のスマホに電話してもらったが出ないそうだ。まだ早朝だからな。』
分かっているが、気が急いて仕方ない。
「一度実家に戻る。」
そう言って電話を切ると、すぐにバイクに跨った。
『電話して貰った』相手を親父は言わなかったがすぐに察しはついた。
俺や親父を始め、切藤家の人間は今、憲人さんと連絡が取れない。
それなら、その相手は1人しかいない。
念の為迂回して背後を気にしながら着いた実家の前に、ソイツの姿があった。
「おはよ。」
長い黒髪を靡かせて立つ遥に返事を返す余裕はない。
「憲人さんに電話したけど、折り返しはまだ。」
「勝手に外出んな。」
「すぐ後ろに警備の人いるし。」
つい苛々すると、なんて事ないように返される。
「それより、ちょっとは落ち着きなさいよ…あっ!憲人さんからだ!」
スマホを取り出した遥の声が僅かに震えている。
平気そうに振る舞っていても、動揺してるのが分かった。
『もしもし?遥ちゃん、日本にいるの?』
スピーカーにした遥のスマホから聞こえる憲人さんの声。
「そう、帰って来てるの。ねぇ、晴ってそっちにいる?」
『おかえり。ううん、昨日の朝イチの新幹線で東京に戻ったよ。着いたって連絡はくれたけど。』
「それ、何時ごろの話し?」
「朝の10時前だったかな。その後何回かLAINしたんだけど、それっきり返事がないんだよね。ちょっと心配してたんだけど…。」
仮にスマホが壊れたんだとしても、実家の電話や公衆電話から憲人さんに連絡するだろう。
晴の性格的に、そのまま放置するとは考え辛い。
もしかして、スマホが使えない状態なのか?
スマホを壊されたり、拘束されてる可能性は?
遥を見ると、同じ事を考えているのか顔色が悪い。
「憲人さん、こっちに帰る理由って晴から聞いてる?」
『あれ?蓮君も一緒にいるの?』
少し驚いた様子の声が、少し考えて答える。
『友達が凄く困ってるから帰らないとって言ってた。その相手の名前が…えーっと…晴と同じ塾に行ってた子なんだけど…。』
そのヒントに、俺の記憶が反応した。
確かそれは…。
『有名な野球選手と同じ苗字の…。』
続く憲人さんの声で確定する。
「大谷…創源。」
銀縁メガネのその男が、俺の脳裏に甦った。
●●●
side晴人は回想を経て現在(解決編『1』の回想前)に戻って来ました。
side蓮は『もう一つのプロローグ 行方』、side蓮52話『予兆』の細かい所に言及しながら現在にいます。
↑どちらも時系列的に同じ所にいます。
☆啓太の姉に関して☆
腐女子・啓太にとっては最凶・創作BL(オジ系)は壁サー
主な登場回
side晴人高校編19話『親友と幼馴染』のラスト
side蓮30話『強さ』
☆大谷に関して☆
プロの腐男子・小火騒ぎで協力・晴と塾が一緒
主な登場回
side蓮18話『推し』
side晴人高校編59話『昨日の敵は今日も敵』辺り
side晴人100話『その意味を』辺り
まさかの人物浮上…となったでしょうか?
解決編らしく盛り上がって参りました!!
…ごめんなさい、ウソです。
まだ全然モヤモヤしますね笑
無気力に大学へ行って、淡々とバイトをこなす日々が続いた。
春休みに入ってから啓太が泊まりに来てくれなかったら、俺の精神状態は結構ヤバかったと思う。
啓太は、家を出た筈のお姉さんが実家に帰って来てるらしく避難先を探してたらしい。
『このままじゃ俺とオッサンの薄い本が出る…!頼む!姉ちゃんが帰って来てる間泊めてくれ!』
お姉さん、確か出版社に勤めてるらしいけど…啓太とオッサンの本って何?
疑問はあったけど、困り果ててる様子に直ぐに了承した。
蓮がいない時は家族以外誰も家に入れるなって言われてたけど、これ以上1人でいるのは限界で。
助かる!と言って現れた啓太の笑顔に心底ホッとする。
だけど、蓮との事は話せなかった。
俺自身が上手く受け止められてなかったし、思い出すのが辛かったから。
それでも流石の親友は、何かを察してくれたらしい。
蓮が帰って来ない事には触れず、ゲームしたりしてダラダラ過ごして。
大学の課題をやったり、お互いにバイトもあったけど、啓太は夜には家に帰って来た。
『ただいま』を言う相手がいる事に、思わず風呂で泣いてしまったのは内緒だ。
そんなある日、俺がバイトから帰るとリビングで啓太が待ち構えていた。
『おめでと!誕生日だから、ほら!晴人の好きな物ばっかあるぞ!』
あ!今日、3月28日じゃん。
色々ありすぎて、誕生日なんて忘れてた。
啓太は本当に俺の好きな物ばっかり用意してくれてて。
ホットチョコとか、お取り寄せできるリンゴ飴とかがダイニングに盛り沢山。
その優しさが胸に染みて、涙を堪えるのが大変だった。
何度も何度も開いたLAINのトーク画面は、相変わらず既読すら付かない。
蓮は、俺の誕生日すらどうでもいいんだな。
その事実に胸がキリキリ痛んで、唇を噛み締める。
啓太がいてくれなかったら、1人で今日を過ごす所だった。
それはあまりにも寂しくて…目の前の親友には感謝しかない。
「ありがと啓太!京都のお土産めっちゃ買って来るな!」
「おう!八ツ橋は抹茶で!」
そう笑い合った翌日、啓太は実家に帰って行った。
俺も今日から京都旅行だから、お姉さんの帰ったタイミングは丁度良かったと思う。
因みに京都って言うのは、少し前に父さんから誘われた1週間の家族旅行だ。
なんと超超超珍しく、母さんの長期連休が取れたらしい。
その間に蓮が帰って来たら…なんて少し思ったけど、そんな気配すらない中を待ち続ける事に俺は疲れてて。
もう3人で予約してあるって事後報告する父さんに、苦笑しながらも了承した。
いい気分転換になるかもと思ったし。
無事に京都に着いてからは、観光して過ごした。
京都に来るのは中2の修学旅行以来だ。
あの時、俺は蓮を避けてたんだよな。
突然キスされて、どう接していいか分からなくて。
それが、人生2度目の京都では蓮に避けられてるんだから笑えない。
自分の行動が、巡り巡ってその身に返って来るって本当なのかも。
久しぶりの旅行を満喫する両親の邪魔をしたくなくて、漏れそうになる溜息を必死で堪える。
宿泊する宿は、テレビで見た記憶がある凄く豪華な宿だった。
母さんの休みがギリギリで確定したのに、よく予約取れたなぁ。
そう思いながら風呂上がりにくつろいでると、スマホが震えた。
…ううん、違う。
きっと啓太からのLAINだ。
俺が京都にいるって知ってるから、どんな様子か気にしてくれてるんだろう。
咄嗟に芽吹いた希望を否定して、アプリを開く。
それでもすぐに下へスクロールして、そのトーク画面がいつもの位置にある事を確認した。
…ほら、何度見たって同じだ。
最後に連絡を取ったのが随分前のそれは、下の方から動く気配なんてない。
やっぱり啓太だよね。
そう思って最上部へスクロールして、ピタリと動きを止める。
それは思わぬ人からのメッセージで。
首を傾げながら開くと、その内容に目を見張った。
急いで返信するけど既読は付かないし、電話にも出ない。
これは…東京に戻ったほうがいいかもしれない。
新幹線の座席を検索すると、明日の朝イチに一席だけ空席があった。
それを予約してから父さん達の元へ向かう。
状況を説明すると、残念そうながらも頷いてくれた。
家族旅行なのにごめんと謝ると、2人は笑う。
「大丈夫だから、行ってあげな。」
「そうよ。あ、早めに解決したらこっちに戻って来なさい!まだまだ日にちはあるんだし!」
寛容な両親に感謝して、俺は早めに布団に入る。
フカフカの布団に眠気を誘われながら、LAINの相手の事を考える。
俺で、何とかできるといいんだけど…。
グッスリ眠った翌日、朝早く東京に戻った。
それで、その日の夜に蓮と遥が抱き合う姿を見てしまった訳だ。
まさか戻ってすぐ、失恋が確定するなんて思わなかった。
ショックを受けて、無我夢中でマンションを出て今はここに置いて貰ってる訳だけど…。
1日経った今こうやって思い返しても、俺と蓮の間に横たわる違和感の正体は掴めなかった。
もう、ダメなのかな…。
蓮の本命が遥って時点で、俺に勝ち目は無かったのかもしれない。
重たい溜息を吐いて、時刻を確認する為に部屋にあるテレビを付ける。
転がり込んで来たのに、こんな設備のいい部屋に置いてもらって本当に有難い。
有名な政治家の汚職事件を伝えるニュースを片目に、画面右上の時刻を確認する。
因みに何でスマホを見ないのかって言うと…俺のスマホは水没したからだ。
良かれと思って俺の服を洗濯してくれたんだけど、まさかスマホが入ってると思わなかったらしい。
ひたすら謝られて、泊めて貰ってる身だし全然責めるつもりは無かったんだけど。
申し訳ないから弁償するって言われて、相手の都合で後日ショップに行く事になってる。
春休みだし、旅行の予定だったからバイトも無いし、ちょっと不便なだけだ。
でも、少し疑問があったりする。
俺さ、服のポケットにスマホって入れないんだよね。
出掛ける時は必ずリュックのポケットに入れるのが習慣になってるんだけど…。
昨日は気持ちがグシャグシャだったから、うっかりしたのかな?
(side蓮)
『晴人さんが消えました…。』
親父の秘書からの電話で実家を飛び出した。
バイクを走らせて辿り着いたマンションにその姿は無くて、少しの荷物が減っていて。
24時間在中のコンシェルジュは一度帰宅した晴がまた直ぐに出て行ったと証言した。
この目で確認した防犯カメラの映像にも不可思議な点はなく、晴が自分の足で出て行ったのは間違いない。
部屋に僅かな血痕があった事で動揺したが、大きな怪我をした様子も無かった。
おそらく、割れたマグカップで指を切ったんだろう。
ただ、それを治療もせずに出て行った事が気掛かりだ。
それに、床に破片や血痕を残したままなんて、晴の性格的にはあり得ない。
何か余程の事が無いかぎりはーー。
その中に、この数ヶ月の自分の態度が含まれる事は自覚している。
だけど、それにしても突発的だ。
もっと大きな、決定的な何かがあったと考えるのが自然だがーー。
いや、今はとにかく行方を探すのが先決だ。
3人の人間としか遣り取りできない特殊な携帯を開いて相手を呼び出す。
時刻は朝の5時。
くぐもった声で文句を言う相手に端的に告げる。
「晴が、いなくなった。」
ハッと息を呑む音がして、一気に覚醒したらしい相手に告げる。
「連絡は来てないよな?」
『来てたらお前に連絡してる!て言うか、京都にいる筈だっただろ⁉︎』
「すぐこっちに戻って来たらしい。憲人さん達はまだ京都にいるのが確認できてるから、晴1人で。」
『嘘だろ…。無事、なんだよな?』
そうであってくれと願うような言い方に、返す言葉が見つからない。
「…とにかく、お前は心当たりを探してくれ。」
晴と親しい人間は大抵コイツも知ってる筈だ。
いつも腹立たしく思ったその距離感を、今ばかりは有り難く思わざるを得ない。
『まずは黒崎だな。…切藤、お前はどうするんだ?』
「憲人さんの返事を待って、それから動く。」
もし事件性があるなら闇雲に探した所で逆効果だ。
俺達が晴の失踪に気が付いていないようにしなければ。
『分かった。また連絡する。』
そう言って切れた電話の画面に残る『中野』の表示に、祈るように目を瞑った。
頼む、中野に見つけられてくれーー。
何の危険もなく、ただ友人の家にいてくれ。
ブルッと震えた携帯が親父からの着信を告げる。
『蓮、晴ちゃんの事は聞いた。だけど、今はさける人員が無い…。』
苦しそうなその声に、ギリッと歯噛みしながらも答える。
「分かってる。必ずこっちで見付ける。」
『すまない。…憲人君のスマホに電話してもらったが出ないそうだ。まだ早朝だからな。』
分かっているが、気が急いて仕方ない。
「一度実家に戻る。」
そう言って電話を切ると、すぐにバイクに跨った。
『電話して貰った』相手を親父は言わなかったがすぐに察しはついた。
俺や親父を始め、切藤家の人間は今、憲人さんと連絡が取れない。
それなら、その相手は1人しかいない。
念の為迂回して背後を気にしながら着いた実家の前に、ソイツの姿があった。
「おはよ。」
長い黒髪を靡かせて立つ遥に返事を返す余裕はない。
「憲人さんに電話したけど、折り返しはまだ。」
「勝手に外出んな。」
「すぐ後ろに警備の人いるし。」
つい苛々すると、なんて事ないように返される。
「それより、ちょっとは落ち着きなさいよ…あっ!憲人さんからだ!」
スマホを取り出した遥の声が僅かに震えている。
平気そうに振る舞っていても、動揺してるのが分かった。
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『おかえり。ううん、昨日の朝イチの新幹線で東京に戻ったよ。着いたって連絡はくれたけど。』
「それ、何時ごろの話し?」
「朝の10時前だったかな。その後何回かLAINしたんだけど、それっきり返事がないんだよね。ちょっと心配してたんだけど…。」
仮にスマホが壊れたんだとしても、実家の電話や公衆電話から憲人さんに連絡するだろう。
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もしかして、スマホが使えない状態なのか?
スマホを壊されたり、拘束されてる可能性は?
遥を見ると、同じ事を考えているのか顔色が悪い。
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『あれ?蓮君も一緒にいるの?』
少し驚いた様子の声が、少し考えて答える。
『友達が凄く困ってるから帰らないとって言ってた。その相手の名前が…えーっと…晴と同じ塾に行ってた子なんだけど…。』
そのヒントに、俺の記憶が反応した。
確かそれは…。
『有名な野球選手と同じ苗字の…。』
続く憲人さんの声で確定する。
「大谷…創源。」
銀縁メガネのその男が、俺の脳裏に甦った。
●●●
side晴人は回想を経て現在(解決編『1』の回想前)に戻って来ました。
side蓮は『もう一つのプロローグ 行方』、side蓮52話『予兆』の細かい所に言及しながら現在にいます。
↑どちらも時系列的に同じ所にいます。
☆啓太の姉に関して☆
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主な登場回
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☆大谷に関して☆
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