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解決編
11.
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(side大谷創源)
「絢美さん、それは…!」
ダメだと言おうとする僕を鋭い視線が射抜く。
「晴と連絡が取れない。お前に呼び出されて東京に戻って来たのが最後の情報だ。」
僕を強い瞳で見つめる切藤君。
その姿から僅かな焦燥を感じる。
「中野の姉貴がいたのは予想外だけど、だからって潔白の証明にはならねぇ。
今の話し聞いてりゃ、晴を監禁する理由は十分だろうが。」
彼の視線が奥の部屋に注がれる。
「あの、それは…。」
「先生、これは緊急事態です。約束は大切ですが、晴人君の身の安全の為に知ってる事は話すべきです!」
それでも僕が迷っていると、やがて絢美さんは溜息を吐いて言った。
「晴人君は、確かにここに来たわ。」
途端に下がった部屋の温度に、彼女は慌てて続ける。
「だけど、誓って今はいない。…後でどれだけでも室内を調べていいから、とにかく話しを聞いて。
って言っても、私も何となく分かるだけだから…詳しい事は先生にーー。」
促すような視線を受けて僕は首を横に振る。
「でも、約束したからーー。」
重苦しい沈黙が部屋を漂う。
僕が本当の事を話すべきなんだろうか?
だけど、約束は約束だ。
こう言う時は、どうしたらいいんだろうーー。
「大谷、頼む。」
思いのほか静かな声に俯いていた視線をあげると、切藤君が真っ直ぐにこっちを見ていた。
「晴の安否に関わる事なんだ。晴がここにいないなら…お前が何か知ってるなら教えてくれ。お願いだ。」
先程までの疑惑を孕んだ言い方とは違う、懇願するような響き。
ーーそうだ、何をやってるんだ僕は!
切藤君が何よりも萱島君を大切にしてる事を、ずっと見て来た僕は知ってるじゃないか。
世界のトップ層である彼が、こんな僕に頭を下げているのがその証拠だ。
「萱島君は、確かにここに来たよ。」
決意して言葉にすると、ハッと顔を上げる切藤君に視線を合わせる。
「僕の連絡を受けて来てくれた。昨日の午前中…確か10時前でしたよね?」
「そうです。先生が『どうしても知人と話さないと書けない』と仰るので、私がロビーまで迎えに行きました。それが晴人君だったのには驚きましたけど。」
僕の確認に絢美さんが安堵した表情で同意する。
「ここに案内して…お2人が話してる最中は、私は隣の部屋にいました。」
2人きりになって向かいあった僕に、萱島君はいつもの笑顔を向けてくれた。
『まさか啓太のお姉さんが大谷君の編集だったとは…。世間て狭いね。』
以前『簡単なコメントを書く仕事』をしていると伝えていたから、編集だと名乗った絢美さんにも特に疑問は抱かなかったようだ。
少し世間話をして、なんと萱島君が家族旅行中だった事を知った。
なんて事だ…タイミングが悪すぎて申し訳ない。
『それは全然いいんだけど、どうしたの?
心配したよ。』
迷惑そうな顔一つせず僕を気遣ってくれる彼に、罪悪感が限界突破する。
『ごめん…ごめんなさい…。』
ひたすら謝りながら差し出したのは、件の小説の原稿。
『え?これを…読んでって事?』
僕がガクガクと頷くと、萱島君は困惑しながらもそれに目を落とした。
そして、みるみる顔色が変わっていく。
真っ青…ではなく、真っ赤に。
『こ、これ…BL小説…て言うか、グレンとハルオミって…!』
誰がモデルになったのか気付いているらしい反応に、僕はひたすら頭を下げる。
『本当にごめんなさい。お気づきの通り、これは君と切藤君をモデルにした小説だ。』
そして、今日に至るまでの全てを話した。
もう出版を止める事ができない事も。
『誓ってやましい気持ちは無いんだ。モデルにはさせて貰ったけど、僕の中ではグレンとハルオミと言うキャラクターとして小説の中で動かしてる。だけど、君と切藤君には本当に申し訳ないと思ってる。』
勝手にモデルにした事をひたすら謝る。
気持ち悪がられても罵倒されても、仕方がないと思っていた。
だけど、彼の反応は違った。
『…えーっと、小説!あくまでも小説なんだよね!?グレンとハルオミの!』
耳まで真っ赤にしながらも、さらに続ける。
『それならほら、俺と蓮とは違うし!大谷君が考えて書いた小説なんだから、そんなに謝らなくて大丈夫!』
てか出版とか凄いね、と笑ってくれる彼。
『…う…ありがとうっ…』
『え!?そんなに気にしてたの!?』
『だって…君に嫌われると思ったから…』
涙する僕を見て慌てる萱島君に、もう一つの胸の内を明かそうと決意する。
彼と交流するうちに抱いてしまった、想い。
叶わなくてもいい、知って欲しい。
『僕は、君の事をーー』
と
と
『友達だと、思ってるんだ…!』
「変わり者」である僕と仲良くしたい人間なんていないし、それで問題ないと思っていた。
だけど、萱島君とする何気ない会話がキラキラして見えたんだ。
僕を否定せず受け入れてくれる彼と友達になれたら、どんなに毎日が楽しいだろう。
そう、思うようになって。
だから、余計に小説の事を言えなくなってしまった。
その結果、こんな風に気持ちをぶつけて…やっぱり迷惑だろうか?
小説の事は許してくれたようだけど、友達と言うのは流石に烏滸がましかったかもーー。
『え、俺もそう思ってるけど…もしかして大谷君、最近まで俺の事友達だと思ってなかったの⁉︎』
キョトン顔だった萱島君の眉が下がる。
『ち、違うんだ!その…僕は友達ができた事が無いから、良く分からなくて…。』
情けなくもゴニョゴニョ言う僕を見て、萱島君は笑った。
馬鹿にした感じじゃなくーー
『友達じゃなかったら、大学違うのにこんな頻繁に連絡取らないよ。』
ーー暖かい、彼の名前そのもののような笑顔で。
驚いた事に、僕と萱島君は既に友達だったらしい。
『そ、そうだったのか…!』
感動で思わず立ち上がってしまった僕を、萱島君はニコニコして見ていた。
(side萱島晴人)
京都で大谷君のピンチを知って駆けつけると、その内容はまさかのヤツだった。
大谷君が小説家で、俺と蓮をモデルにしたBL小説を書いてたなんて…!
しかも出版が決定していて、更に担当編集が啓太のお姉さんとか。
世間、狭すぎる!
大谷君は凄く気にしてたけど、大丈夫って伝えた。
そりゃ、恥ずかしいけど…って言うか大谷君の観察力凄すぎない?って感じだけど…。
大谷君のBL好きは本物だから、きっと心を込めて書いたんだと思う。
そんな友達の作品を否定するなんて、できないよね。
そう、これはあくまでも『グレンとハルオミ』の物語なんだから!!大丈夫!
あ、でも…。
『大谷君、この小説の事蓮には話さないよね?』
すると彼はヘドバン?ってくらい首を縦に振った。
『そんな恐ろしい事、自分からするつもりは毛頭ないよ。』
良かった。
きっと蓮は嫌がるから…。
ーーお前、もうここ来んな。
言い放たれた言葉の衝撃と瞳の冷たさは、暫く経った今でも俺の胸を抉る。
蓮はきっと、俺との事はなるべく遥に知られたくない筈だ。
小説になったなんて知ったら怒ると思う。
『萱島君?どうかした?』
大谷君の声にハッとして、慌ててヘラリと笑う。
『ううん、何でもない!それよりさ、大谷君ってペンネームは何て言うの?』
『ブルボンヌ夢子』
『えぇぇぇぇ⁉︎』
いつぞや大変お世話になったブルボンヌ先生が、まさかこんなに身近にいたとは…。
やっぱり世間て、狭い!
ちゃっかり貰ったサインをリュックにしまってると、大谷君がすまなさそうに言った。
『旅行中だったのにごめん。今からでも戻れる?』
『全然大丈夫!父さんと母さん2人でゆっくりして欲しいし。それに、実はこっちで用事もあって。』
旅行だから断ったけど、そっちに出る事にしたと言うと大谷君は少しホッとした顔になった。
喋りながら帰り支度をしてると、奥の部屋から絢美さんが顔を出す。
『晴人君、帰るなら私も一緒に出るわ。一度出版社に戻るから。…先生はここから出ないで下さいね!』
ピシャリと言われた大谷君は、渋々頷いてる。
うわぁ、作家って大変なんだなぁ。
そう考えると、父さんはかなりゆったり仕事させてもらってるのかも。
そんな事を思いながら大谷君に手を振って、絢美さんとはホテルを出た所で別れた。
さて、俺も用事を済ませに行こうーー。
(side大谷創源)
「…姉ちゃんと一緒にここを出た?」
啓太君の言葉に絢美さんがしっかり頷く。
「そう。昨日のお昼前よ。」
「晴が言ってた『用事』の内容は聞いたか?」
切藤君の問いを受けて、僕は目を瞑った。
萱島君がこの部屋を去る前、後に控える用事の内容を話してくれた。
それに驚いて、顔を顰めてしまったと思う。
『それ、切藤君は知ってるの?』
『…ううん。』
『だよね。知ってたら絶対に止められる筈だもの。』
『…もう、どうでもいいんじゃないかな。』
『え?』
『何でもない!えっと、じゃあ万が一蓮に聞かれたりしたら内緒にしといて!約束ね!』
そう言って笑顔で手を振った彼の姿を思い出すと、チクリと胸が痛む。
聞き逃してしまった小さな呟きと、痛みを堪えるような表情。
いつも通りの笑顔の裏に隠されたそれに、もっと早く気付くべきだった。
何となくだけれど、彼が『大丈夫』じゃない気がして。
夜になってその事に思い至ってから送ったLAINは、今現在も既読になっていない。
返事がまめな萱島君にしては珍しいなと思ったけれど、僕も締め切りに追われていて。
そして、切藤君達の突撃にあった訳だ。
初め、切藤君の姿をみた時はBL小説の事がバレたんだと思った。
プロの腐男子である僕の勘では、恐らく切藤君は萱島君にGPSくらい付けてると思う。
だから、このホテルにいた事がバレて誰と何をしていたのか吐かされたのだと。
『言えないのか?なら、身体に聞いた方が早いな』なんて台詞が似合うアルファだし。
そして全てを知り、愛する恋人をモデルにされた事に怒り狂ってやってきた来たんだと思った。
だから咄嗟にドアを閉めようとしたんだが…まさかこんな展開が待っていようとは。
動揺したけれど、萱島君との約束は守らなければと思った。
その『用事』について、切藤君には内緒にすると言う約束。
だけどーー、萱島君の身に何か良くない事が起こってるのならそうも言っていられない。
後で許してもらえるまで、誠心誠意謝ろう。
そう心に決めて、目を開く。
「僕が聞いた、萱島君の行き先はーー」
(side蓮)
大谷と絢美がいたホテルを出てバイクを走らせる。
念の為に奥の部屋を見たが何もなく、晴を隠している様子は無かった。
そもそも、俺は途中から敵意を失くしていた。
それは、晴との『約束』だと口を噤む大谷を見た時に感じた既視感。
高校生時代、何処からか男同士のやり方を知って不安になり、別れたく無いと泣いた晴。
後から、BL漫画で知識を得たと真っ赤になりながら説明していたが、そのサイトを誰から聞いたのかは頑として口を割らなかった。
まぁ、どうせクロだろうと思い至ったから深く追求しなかったが。
その時の晴の姿と今の大谷の姿が重なって見えて、気付いた。
これは『友情』から来る行動だ、とーー。
大谷が妙な言い回しをするから晴に恋愛感情があるのかと疑ったが、俺の杞憂だったようだ。
実際話を聞いても、それは間違い無さそうだった。
ただ、晴が俺に黙っているように約束させた用事。
大谷の話しぶりだと、俺が嫌がる事だと晴は自覚していたらしい。
一体何だ?
検討がつかなかったが、大谷が口にしたその場所に驚愕する。
「切藤君ならもう察してるよね?探すべき人もその通りだと思うよ。」
そう言われて中野と共に急いでやって来たこの場所。
ここにいるであろう、俺の警戒リストの中にあって危険度が低いと判断した人物を思い浮かべる。
人員が裂けない中で、晴へ危害を加える可能性は低いと後回しにした人間。
それが、裏目に出たのかーー?
「ここって、服飾専門学校だよな。何で晴人が?」
戸惑っている中野に説明しようとした時、背後から大声が聞こえた。
「こンの浮気野郎!死ね!!」
胴の辺りを狙って来る何かを躱して、脚で弾き飛ばす。
「切藤、大丈夫か⁉︎って…えぇ⁉︎」
地面に転がったトルソーを見て目を丸くした中野が、それを使って攻撃して来た人物を見て絶句する。
ミルクティー色の髪が日差しに輝いた。
「待って!落ち着いて!」
その後ろには、ソイツを止めようとするもう1人の女。
「ど、どうして君がここに…?」
そこにいたのは、動揺する中野に目もくれず俺を睨みつける相川陽菜。
そして、木村桃だった。
●●●
高校時代の晴が庇った(蓮に怒られないように)のは、side晴人高校編100話『その意味を』でBLサイトを教えた黒崎です。
相川陽菜と木村桃に関してはside晴人高校編26和『陽菜ちゃんと私』~をお読みいただけると…!
出た!
やっと再登場まで漕ぎ着けました!
相川と桃が退場した時、再登場の可能性を示唆してる読者様がいらっしゃいまして、あまりの名探偵ぶりに驚愕しておりました!やっと言えた!笑
「絢美さん、それは…!」
ダメだと言おうとする僕を鋭い視線が射抜く。
「晴と連絡が取れない。お前に呼び出されて東京に戻って来たのが最後の情報だ。」
僕を強い瞳で見つめる切藤君。
その姿から僅かな焦燥を感じる。
「中野の姉貴がいたのは予想外だけど、だからって潔白の証明にはならねぇ。
今の話し聞いてりゃ、晴を監禁する理由は十分だろうが。」
彼の視線が奥の部屋に注がれる。
「あの、それは…。」
「先生、これは緊急事態です。約束は大切ですが、晴人君の身の安全の為に知ってる事は話すべきです!」
それでも僕が迷っていると、やがて絢美さんは溜息を吐いて言った。
「晴人君は、確かにここに来たわ。」
途端に下がった部屋の温度に、彼女は慌てて続ける。
「だけど、誓って今はいない。…後でどれだけでも室内を調べていいから、とにかく話しを聞いて。
って言っても、私も何となく分かるだけだから…詳しい事は先生にーー。」
促すような視線を受けて僕は首を横に振る。
「でも、約束したからーー。」
重苦しい沈黙が部屋を漂う。
僕が本当の事を話すべきなんだろうか?
だけど、約束は約束だ。
こう言う時は、どうしたらいいんだろうーー。
「大谷、頼む。」
思いのほか静かな声に俯いていた視線をあげると、切藤君が真っ直ぐにこっちを見ていた。
「晴の安否に関わる事なんだ。晴がここにいないなら…お前が何か知ってるなら教えてくれ。お願いだ。」
先程までの疑惑を孕んだ言い方とは違う、懇願するような響き。
ーーそうだ、何をやってるんだ僕は!
切藤君が何よりも萱島君を大切にしてる事を、ずっと見て来た僕は知ってるじゃないか。
世界のトップ層である彼が、こんな僕に頭を下げているのがその証拠だ。
「萱島君は、確かにここに来たよ。」
決意して言葉にすると、ハッと顔を上げる切藤君に視線を合わせる。
「僕の連絡を受けて来てくれた。昨日の午前中…確か10時前でしたよね?」
「そうです。先生が『どうしても知人と話さないと書けない』と仰るので、私がロビーまで迎えに行きました。それが晴人君だったのには驚きましたけど。」
僕の確認に絢美さんが安堵した表情で同意する。
「ここに案内して…お2人が話してる最中は、私は隣の部屋にいました。」
2人きりになって向かいあった僕に、萱島君はいつもの笑顔を向けてくれた。
『まさか啓太のお姉さんが大谷君の編集だったとは…。世間て狭いね。』
以前『簡単なコメントを書く仕事』をしていると伝えていたから、編集だと名乗った絢美さんにも特に疑問は抱かなかったようだ。
少し世間話をして、なんと萱島君が家族旅行中だった事を知った。
なんて事だ…タイミングが悪すぎて申し訳ない。
『それは全然いいんだけど、どうしたの?
心配したよ。』
迷惑そうな顔一つせず僕を気遣ってくれる彼に、罪悪感が限界突破する。
『ごめん…ごめんなさい…。』
ひたすら謝りながら差し出したのは、件の小説の原稿。
『え?これを…読んでって事?』
僕がガクガクと頷くと、萱島君は困惑しながらもそれに目を落とした。
そして、みるみる顔色が変わっていく。
真っ青…ではなく、真っ赤に。
『こ、これ…BL小説…て言うか、グレンとハルオミって…!』
誰がモデルになったのか気付いているらしい反応に、僕はひたすら頭を下げる。
『本当にごめんなさい。お気づきの通り、これは君と切藤君をモデルにした小説だ。』
そして、今日に至るまでの全てを話した。
もう出版を止める事ができない事も。
『誓ってやましい気持ちは無いんだ。モデルにはさせて貰ったけど、僕の中ではグレンとハルオミと言うキャラクターとして小説の中で動かしてる。だけど、君と切藤君には本当に申し訳ないと思ってる。』
勝手にモデルにした事をひたすら謝る。
気持ち悪がられても罵倒されても、仕方がないと思っていた。
だけど、彼の反応は違った。
『…えーっと、小説!あくまでも小説なんだよね!?グレンとハルオミの!』
耳まで真っ赤にしながらも、さらに続ける。
『それならほら、俺と蓮とは違うし!大谷君が考えて書いた小説なんだから、そんなに謝らなくて大丈夫!』
てか出版とか凄いね、と笑ってくれる彼。
『…う…ありがとうっ…』
『え!?そんなに気にしてたの!?』
『だって…君に嫌われると思ったから…』
涙する僕を見て慌てる萱島君に、もう一つの胸の内を明かそうと決意する。
彼と交流するうちに抱いてしまった、想い。
叶わなくてもいい、知って欲しい。
『僕は、君の事をーー』
と
と
『友達だと、思ってるんだ…!』
「変わり者」である僕と仲良くしたい人間なんていないし、それで問題ないと思っていた。
だけど、萱島君とする何気ない会話がキラキラして見えたんだ。
僕を否定せず受け入れてくれる彼と友達になれたら、どんなに毎日が楽しいだろう。
そう、思うようになって。
だから、余計に小説の事を言えなくなってしまった。
その結果、こんな風に気持ちをぶつけて…やっぱり迷惑だろうか?
小説の事は許してくれたようだけど、友達と言うのは流石に烏滸がましかったかもーー。
『え、俺もそう思ってるけど…もしかして大谷君、最近まで俺の事友達だと思ってなかったの⁉︎』
キョトン顔だった萱島君の眉が下がる。
『ち、違うんだ!その…僕は友達ができた事が無いから、良く分からなくて…。』
情けなくもゴニョゴニョ言う僕を見て、萱島君は笑った。
馬鹿にした感じじゃなくーー
『友達じゃなかったら、大学違うのにこんな頻繁に連絡取らないよ。』
ーー暖かい、彼の名前そのもののような笑顔で。
驚いた事に、僕と萱島君は既に友達だったらしい。
『そ、そうだったのか…!』
感動で思わず立ち上がってしまった僕を、萱島君はニコニコして見ていた。
(side萱島晴人)
京都で大谷君のピンチを知って駆けつけると、その内容はまさかのヤツだった。
大谷君が小説家で、俺と蓮をモデルにしたBL小説を書いてたなんて…!
しかも出版が決定していて、更に担当編集が啓太のお姉さんとか。
世間、狭すぎる!
大谷君は凄く気にしてたけど、大丈夫って伝えた。
そりゃ、恥ずかしいけど…って言うか大谷君の観察力凄すぎない?って感じだけど…。
大谷君のBL好きは本物だから、きっと心を込めて書いたんだと思う。
そんな友達の作品を否定するなんて、できないよね。
そう、これはあくまでも『グレンとハルオミ』の物語なんだから!!大丈夫!
あ、でも…。
『大谷君、この小説の事蓮には話さないよね?』
すると彼はヘドバン?ってくらい首を縦に振った。
『そんな恐ろしい事、自分からするつもりは毛頭ないよ。』
良かった。
きっと蓮は嫌がるから…。
ーーお前、もうここ来んな。
言い放たれた言葉の衝撃と瞳の冷たさは、暫く経った今でも俺の胸を抉る。
蓮はきっと、俺との事はなるべく遥に知られたくない筈だ。
小説になったなんて知ったら怒ると思う。
『萱島君?どうかした?』
大谷君の声にハッとして、慌ててヘラリと笑う。
『ううん、何でもない!それよりさ、大谷君ってペンネームは何て言うの?』
『ブルボンヌ夢子』
『えぇぇぇぇ⁉︎』
いつぞや大変お世話になったブルボンヌ先生が、まさかこんなに身近にいたとは…。
やっぱり世間て、狭い!
ちゃっかり貰ったサインをリュックにしまってると、大谷君がすまなさそうに言った。
『旅行中だったのにごめん。今からでも戻れる?』
『全然大丈夫!父さんと母さん2人でゆっくりして欲しいし。それに、実はこっちで用事もあって。』
旅行だから断ったけど、そっちに出る事にしたと言うと大谷君は少しホッとした顔になった。
喋りながら帰り支度をしてると、奥の部屋から絢美さんが顔を出す。
『晴人君、帰るなら私も一緒に出るわ。一度出版社に戻るから。…先生はここから出ないで下さいね!』
ピシャリと言われた大谷君は、渋々頷いてる。
うわぁ、作家って大変なんだなぁ。
そう考えると、父さんはかなりゆったり仕事させてもらってるのかも。
そんな事を思いながら大谷君に手を振って、絢美さんとはホテルを出た所で別れた。
さて、俺も用事を済ませに行こうーー。
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「…姉ちゃんと一緒にここを出た?」
啓太君の言葉に絢美さんがしっかり頷く。
「そう。昨日のお昼前よ。」
「晴が言ってた『用事』の内容は聞いたか?」
切藤君の問いを受けて、僕は目を瞑った。
萱島君がこの部屋を去る前、後に控える用事の内容を話してくれた。
それに驚いて、顔を顰めてしまったと思う。
『それ、切藤君は知ってるの?』
『…ううん。』
『だよね。知ってたら絶対に止められる筈だもの。』
『…もう、どうでもいいんじゃないかな。』
『え?』
『何でもない!えっと、じゃあ万が一蓮に聞かれたりしたら内緒にしといて!約束ね!』
そう言って笑顔で手を振った彼の姿を思い出すと、チクリと胸が痛む。
聞き逃してしまった小さな呟きと、痛みを堪えるような表情。
いつも通りの笑顔の裏に隠されたそれに、もっと早く気付くべきだった。
何となくだけれど、彼が『大丈夫』じゃない気がして。
夜になってその事に思い至ってから送ったLAINは、今現在も既読になっていない。
返事がまめな萱島君にしては珍しいなと思ったけれど、僕も締め切りに追われていて。
そして、切藤君達の突撃にあった訳だ。
初め、切藤君の姿をみた時はBL小説の事がバレたんだと思った。
プロの腐男子である僕の勘では、恐らく切藤君は萱島君にGPSくらい付けてると思う。
だから、このホテルにいた事がバレて誰と何をしていたのか吐かされたのだと。
『言えないのか?なら、身体に聞いた方が早いな』なんて台詞が似合うアルファだし。
そして全てを知り、愛する恋人をモデルにされた事に怒り狂ってやってきた来たんだと思った。
だから咄嗟にドアを閉めようとしたんだが…まさかこんな展開が待っていようとは。
動揺したけれど、萱島君との約束は守らなければと思った。
その『用事』について、切藤君には内緒にすると言う約束。
だけどーー、萱島君の身に何か良くない事が起こってるのならそうも言っていられない。
後で許してもらえるまで、誠心誠意謝ろう。
そう心に決めて、目を開く。
「僕が聞いた、萱島君の行き先はーー」
(side蓮)
大谷と絢美がいたホテルを出てバイクを走らせる。
念の為に奥の部屋を見たが何もなく、晴を隠している様子は無かった。
そもそも、俺は途中から敵意を失くしていた。
それは、晴との『約束』だと口を噤む大谷を見た時に感じた既視感。
高校生時代、何処からか男同士のやり方を知って不安になり、別れたく無いと泣いた晴。
後から、BL漫画で知識を得たと真っ赤になりながら説明していたが、そのサイトを誰から聞いたのかは頑として口を割らなかった。
まぁ、どうせクロだろうと思い至ったから深く追求しなかったが。
その時の晴の姿と今の大谷の姿が重なって見えて、気付いた。
これは『友情』から来る行動だ、とーー。
大谷が妙な言い回しをするから晴に恋愛感情があるのかと疑ったが、俺の杞憂だったようだ。
実際話を聞いても、それは間違い無さそうだった。
ただ、晴が俺に黙っているように約束させた用事。
大谷の話しぶりだと、俺が嫌がる事だと晴は自覚していたらしい。
一体何だ?
検討がつかなかったが、大谷が口にしたその場所に驚愕する。
「切藤君ならもう察してるよね?探すべき人もその通りだと思うよ。」
そう言われて中野と共に急いでやって来たこの場所。
ここにいるであろう、俺の警戒リストの中にあって危険度が低いと判断した人物を思い浮かべる。
人員が裂けない中で、晴へ危害を加える可能性は低いと後回しにした人間。
それが、裏目に出たのかーー?
「ここって、服飾専門学校だよな。何で晴人が?」
戸惑っている中野に説明しようとした時、背後から大声が聞こえた。
「こンの浮気野郎!死ね!!」
胴の辺りを狙って来る何かを躱して、脚で弾き飛ばす。
「切藤、大丈夫か⁉︎って…えぇ⁉︎」
地面に転がったトルソーを見て目を丸くした中野が、それを使って攻撃して来た人物を見て絶句する。
ミルクティー色の髪が日差しに輝いた。
「待って!落ち着いて!」
その後ろには、ソイツを止めようとするもう1人の女。
「ど、どうして君がここに…?」
そこにいたのは、動揺する中野に目もくれず俺を睨みつける相川陽菜。
そして、木村桃だった。
●●●
高校時代の晴が庇った(蓮に怒られないように)のは、side晴人高校編100話『その意味を』でBLサイトを教えた黒崎です。
相川陽菜と木村桃に関してはside晴人高校編26和『陽菜ちゃんと私』~をお読みいただけると…!
出た!
やっと再登場まで漕ぎ着けました!
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