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解決編
46.
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蓮と遥が密会してたのを、晴人が目撃してた時の話です。
side晴人中学編5話『衝撃』
side蓮中学編15話『元通り』
解決編『21』
↑で明らかになってなかった部分なので、お読みいただいてからだと分かりやすいと思います!
●●●
(side 切藤蓮)
晴がこれの存在を知っていた?
『HARU』が刻まれた桜守りを握り締めて、あの日の事を思い出す。
中学の修学旅行が終わってすぐ、俺は遥に呼び出された。
人の通らない、屋上へ続く階段の踊り場。
この場所こそが数分後キス現場となる訳だが…この時の俺達はまだそれを知らない。
「これ、翔君へのお土産。」
そう言って渡されたのは、某ジュエリーブランドの巾着。
パンパンに膨らんだそれを開けて…ってか、袋から頭飛び出てんだけど。
「何だこれ」
それは人気キャラのマスコットキーホルダーだった。
京都限定らしい装いをした、ハチがワレた猫。
いや、成人済みの翔がコレ持つのはどうなん?
晴なら喜びそうだけど…なんて考えてしまって、無意識に指に力が入る。
避けられて暫く話せていない事が辛くても仕方ない。
と、そこで気付いた。
マスコットの腹の部分に、何か固い物を感じる。
更に指で触ると、なんとなくその形が分かった。
何だ…?桜の花弁みたいな…
「…って…オイ!」
巾着から取り出した中身を見て、思わず声を上げる。
「お前なぁ…。」
「いいでしょ?諦めるとは一言も言ってないもの。」
それは『桜守り』だった。
ーーマスコットに内蔵済みの。
「少なくとも留学するまではね。想うのは私の自由だもん。」
違う…いや『想うのは自由』って所は合ってる。
問題はこのチップを埋め込まれた哀れなモンスターの事だ。
チップ…もとい桜守りは『HARU』と刻まれた物で、『SHO』の方は遥がどこかに隠し持ってるんだろう。
「仕方ないでしょ、こうしないとバレちゃうんだから。」
確かに、桜守りの意味を知る翔がその半分を受け取る事はない。
両想い祈願として渡すなら隠すしかないのは認めるが…まさかこんな所に仕込むとは。
因みに、翔は女子から貰う物に関してはかなり警戒している。
バレンタインのデカイ手作りチョコに、どう見ても故意に入れられた髪の毛の束(幸いな事に食べる前に気付いた)を見つけて以来そうなった。
『蓮、手作りは貰うな。断れなければ申し訳ないけど食べずに捨てろ、いいな?』
これに関しては、俺はそんな兄の教えを従順に守るようにしてる。
そんな翔でも、コレは疑わないだろう。
手先の器用な遥らしく縫合は完璧だ。
中綿に埋もれてるし、さっきの俺みたいに強く握らない限りは気付かない。
それに何より、遥から貰った物なら何の疑いもなく受け取る筈だ。
「ちょっと!乱暴にしないでよね!」
縫い目を観察しながらグリグリ指で揉んでると、巾着ごとマスコットをひったくられた。
『乱暴』とか、腹掻っ捌いた女がよく言えたもんだな。
「あのなぁ…」
「そりゃ、ずっと持っててくれたら嬉しいけど…いらなければ捨ててもいいし…!」
翔が疑わないだろう事に関しての罪悪感を含んだような言い方だった。
それでも、どうしても渡したい。
伝わらない事なんて百も承知の上で。
告げられない想いの代わりを、託したい。
そんな気持ちが、痛い程に分かってしまった。
「…あー…分かった。」
いつになく必死な様子に根負けして受け取ると、遥は笑顔になった。
明日は翔が家にいるから来るかと誘うと、更に嬉しそうに頷く
「ありがとう。それから、夏祭りの事も忘れないでね。」
「へいへい。」
「あ、その巾着は蓮にあげるやつだから。」
どうやら元々そのつもりで、マスコットを巾着にねじ込んでた事に特に意味は無かったらしい。
どうして俺に巾着を渡したかったのかと言うと…
「どうせ蓮も買ってるんでしょ?失くさないように保管しないとね。」
どうやら、バレている。
俺が誰にも見つからないようにこっそり桜守りを買った事が。
「それで、晴にはどうやって渡すの?」
「…考え中。」
それだけ答えると、それ以上突っ込んでは来なかった。
多分、遥なりに気を遣ったんだろう。
その後は霊泉家の話になり、奴等の目を欺く計画に移りーー。
キスが起こった訳なんだが…。
晴にその瞬間を見られていたと知った衝撃から気が回らなかったけど…そもそも何処からだ?
俺が遥から翔への土産を受け取った所は見られてたんだろうか。
だけど、マスコットの頭が飛び出したアレを桜守りだとは思わないだろう。
仮に巾着しか見えてなかったとしても、中身が何なのかなんて分かる訳も無い。
だが、相川が聞いた『蓮と遥が桜守りを交換してた』なんてシーンは、幾ら記憶を辿ってもこの時しか思い当たらない。
やはり、晴は俺が遥から何かを受け取るのは見ていたんだろう。
そして、時が流れてーーそれらしい物を見付ける。
あの時の巾着だと考えるのが自然だが…。
そこでハッとした。
あれはいつだったか…そう、去年の5月だ。
帰宅すると、晴が俺の部屋から出てきた事があった。
別にやましい物は無いし『漫画を探してた』と言う晴に対して特に何も思わなかったが…。
その後部屋に入ったら、鞄の位置がほんの僅かに移動していた。
漫画捜索の為に晴が動かしたんだろうと、気にもとめなかったけれど。
それが普段であれば、違和感に気付けたかもしれない。
晴は律儀な所があって、俺の不在時に勝手に部屋に入るような事はまずあり得ないから。
だけどその日、俺は翔と美優の婚約を報告されて、
遥に伝えるべきか頭を悩ませていた。
一方で晴はいつもより少しテンションが高いような気がしたが、偶然伊藤と再会した事によるものだろうと思っていて。
もしかしたらあれは、空元気だったんだろうか。
俺の部屋に入った晴は…鞄を落としたとか、何かの拍子に中を見たのかもしれない。
通学用鞄の内ポケットには、遥に貰った巾着が入っていた。
見覚えのあるそれは、晴の中で遥に結び付いただろう。
そしてきっと、あの日の事故の記憶も蘇った筈だ。
その件で俺と遥が付き合っていたと思い込んでる晴からしてみれば、俺が『元カノ』に貰った物を今も大切に持ってると言う事になる。
しかも、最悪な事に中身は桜守りだ。
俺が持つ『HARU』は勿論『HARUTO』の事だが…本人はそうは思わない。
『HARUKA』を持ち続けてるんだと、
今も遥に気持ちがあるんだと、
きっと、そう考えてーー。
「じゃあ、その『HARU』は本当に晴ちゃんなのね?」
相川が示すのは、俺の手の中の桜守り。
最近は巾着から出してた状態で常に持ち歩いている。
触れて、少しでも晴の存在を感じたくて。
「当たり前だろ。」
相川の問いにそう返しながらも、晴の心を思って胸が痛む。
桜守りを見付けてからも、晴は変わらずに俺と過ごしていた。
一体、どんな気持ちだったのか。
元カノに未練のある男に抱かれて、何を思っていたのか。
問いたださなかったのはきっと、俺を信じ切れなかったからだ。
どうして、気付いてやれなかったんだろう。
「なぁ、じゃあ『REN』は何処にあるんだ?晴人は持ってないって言ってたんだろ?」
中野の言葉に相川達が頷くが、晴は確かにそれを持ってる。
自覚がないだけで。
「御守りの中に入ってる。」
「それ…いつも晴人が首からさげてるやつか!?」
中野が目を瞠る。
遥との遣り取りがあった数日後、俺は無事に晴と仲直りする事ができた。
と言っても、告白は無かった事にされた訳だが。
晴の気持ちを知った今なら、それが伝わってなかった…と言うか、遥と付き合ってるのに告白してきた俺に対して疑問しかなかったんだと分かる。
だけど、それを知らない当時の俺としてはショックな出来事だった。
晴が俺に望むのは『幼馴染』としての立ち位置。
それは俺にとって苦しいもので。
だからせめて、桜守りだけは渡したかった。
晴がそれを持っていてくれれば、耐えられる気がして。
俺の想いの一片だけでも、傍に置いて欲しくて。
そうやって考えた挙句、遥と同じ手段に出る事にした。
気持ちを気取られないようにするには、バレないように渡すしかない。
その時、俺の手元には京都で霊泉家の宿敵から手に入れた御守りがあった。
晴に渡すつもりだったそれの口の部分を除くと、内符が2枚入っている。
その間に、桜守りを滑り込ませた。
厚みがあまりない事が幸いして、違和感は殆どない。
第一、御守りの中身を覗いたり出したりなんて普通はしないだろう。
護りと想いが籠ったそれを渡したのは、あの桜の木の前だ。
中学最後の剣道の試合直前だった事もあって、晴はすんなり受け取ってくれた。
霊泉家に関係してくるせいで入手先は濁すしかなかったが、効果については保証して。
『はずしたら禍いが降り掛かる』なんて理由を付けたのは、本気と冗談が半々。
霊泉家を禍とするなら、この御守りが有効なのは間違いない。
残りの半分は、俺の想いがいつも晴の傍にいると思いたい我儘。
完全に騙された訳ではないだろうが、それでも晴の首にはいつもそれが下がっていた。
高校で決別された時だって。
ふとした拍子に見えるそれが、どれだけ俺の心の支えになった事か。
俺と晴を繋ぐ物がある事で、何とか自分を保っていたようなもんだ。
そしてきっと、今も。
あんなに酷い事をして傷付けた今でも尚、晴はあの御守りをつけてる。
そんな気がするのは、俺の願望だろうか。
「ちょっと待って。付き合う事になった時、晴ちゃんに桜守りの事言わなかったのは何で?」
それは、一言で言えば対抗心だった。
晴に話せば『蓮もこう言うの信じるんだ…あ、翔君のお墨付きだもんね!』なんて言われるのが容易に想像できたから。
実際にはうちの両親の馴れ初めが発端だが、晴はそれを知らない。
翔の影響を受けたなんて思われるのは癪だった。
晴は何故か俺と翔を『仲良し兄弟』だと思ってる節があるが、俺にとってはライバルだ。
一応言っておくが、信頼できるいい兄ではある。
だがそれ以上に、最愛が懐きまくってると言う事象が許し難い。
「うーん…相川ちゃん、俺でも言わないかも。
態々『その御守りに桜守り入ってるから』なんてさ。毎日つけてくれてるなら、それで満足じゃない?」
運転しながら言うクロに、相川は一応納得したらしい。
真意とは違うがそれも理由の一つで、説明する手間が省けた事に感謝する。
「じゃあ、桜守りの存在を知ってたのは切藤だけだったのか?」
「ああ。」
中野の問いに簡潔に答えたが、真実だ。
俺は遥にすらもこの事を言ってない。
御守りに入れたなんて言ったら、罰当たりだとか煩いだろうしな。
ーーいや、待て…確かあの時…
記憶を探ると、こんな台詞を言われた覚えがある。
『はい、これ晴ちゃんから。』
その視線には、揶揄いが含まれていた。
貸し出された御守りを差し出しながら言ったのは。
「陽子…俺の母親だけは知ってる。」
(side 萱島晴人)
どうしてこれが御守りの中には入ってるんだろう。
肌身離さずつけていたのに全く気が付かなかった。
入れたのは蓮…なのかな…。
俺はこの御守り、お風呂以外ではずしたこと無いから。
中高はプールの授業が選択制だったから、学校ではずす機会なんて無かったし。
そうなると父さん、母さん、蓮の誰かしかいないけど、親がこれを入れる意味が分からない。
その他に人に渡した事は…あ!
一度だけある。
俺を庇った蓮が停学になった時、傍に居られない変わりにってこれを蓮母に託したんだ。
犯人は、蓮母?
懸命にその時の遣り取りを思い出す。
『御守り?…あら?…あぁそう言う事か。』
『どしたの?』
『ううん。何でもないわ。蓮に渡すわね。』
ーー違う。
蓮母は、俺が渡した御守りを見て何かに気付いてた。
きっと、その時にはもう桜守りはこの中に入ってたんだ…。
あれは高1の時だったから、少なくともそれより前から。
でも、さっきも言ったように蓮に貰ってから俺はこれを肌身離さずつけてる。
じゃあ、蓮がくれた時には既に入ってた…って事?
中3の時、桜の木の下で貰った御守り。
あの時蓮は遥と付き合ってた筈で…だって、キスだってしてたし…。
だけど、『REN』を持ってるのは遥じゃなくて俺だ。
どう言う事?
蓮の鞄から見つけた『HARU』は、遥の事じゃなかった…?
混乱する頭でも、分かった事がある。
蓮と、話さなければならない。
蓮はきっと、俺に何かを隠してる。
だけど、何も聞かなかったのは俺だ。
桜守りを見つけた時、問い正せば良かったのに。
遥を選ばれるのが怖くて逃げてしまった。
あんなに好きだと言ってくれた蓮を信じ切れなかったのは、俺の劣等感の所為。
遥と比べて何も無い自分に自信がなくて。
早とちりして蓮と決別した時から何も変わってないじゃないか。
そんなのどうでもいいんだって、
傍にいて欲しいって、
蓮はそう言ってくれたのにーー。
そして、謝らなけばならない。
もしこれが最初から御守りに入ってたんだとしたらーーいや、きっとそうだって確信してる。
そしたら、蓮はいつから…。
いつから俺を、好きでいてくれたの?
桜の木の下でされたキスは、蓮の本気だった?
なのに俺はずっと蓮を避けて、挙句の果てにはそれを無かった事にしてーー。
その後だって一方的に決別したり、事件に巻き込んだりして。
俺は、どれだけ蓮を傷付けてきたんだろう。
そんなんだから、愛想を尽かされたんだろうか。
それとも、急に冷たくなった事にも事情がある?
分からない。
分かんないけど、でも…。
「会いたい…」
本音が漏れて、ポロリと涙が溢れる。
ずっと、恋しくて寂しくて仕方ない。
どんな事も平気だって思えるあの腕の中に、抱き締めて欲しい。
もし遥が蓮を好きだったとしても、俺だってその気持ちは絶対に負けないんだから。
例え遥とライバルになったとしても、俺は蓮を諦めない。
諦めてやるもんか。
蓮だけが、俺の唯一なんだから。
「他の男の為に泣くな!」
激昂したのは、御守りを警戒して離れてた筈の先輩だった。
「俺を見ろ!どこまで俺をコケにするんだ!」
「先輩…。もう、やめて…。」
これ以上罪を重ねないで欲しいと懇願すると、動きが止まる。
もしかして、と期待を込めて見上げるけどその目は暗く淀んでて。
「そうか…洗脳されてるんだったな…言われた通りだ…。」
ブツブツ呟く先輩がポケットから取り出したのは、紫色の小さな小瓶。
中身はよく分からないけど、俺にとっていい物な筈がない。
「大丈夫、身体に害は無いから。…ただ、俺に犯されたくて堪らなくなるだけだ。」
心底愉しそうな様子に、ヒッと悲鳴が漏れる。
縛られた足では立ち上がる事すらできない。
「やだ…やめろ!…ングッ…」
腕だけで抵抗すると鳩尾を殴られて息が詰まる。
ゴホゴホと咳き込んでる間に、両手首をガムテープで固定されてしまった。
「薬が効いたら解いてやるから、俺に縋り付いて善がるんだぞ?」
蓋を開けられた小瓶の口が近付いて来る。
「嫌だ…助けて…!蓮…!!」
涙声の叫びに先輩が口許を歪めた、その時だった。
カリッ カリッ
「………何だ?」
玄関の方から、奇妙な物音がした。
●●●
晴人が蓮の鞄から桜守りを見つけた話
side晴人高校編112話『徒桜』
side蓮高校編52話『予兆』
蓮母との遣り取り
side晴人高校編58話『勇気をだせ!』
お時間あればぜひ!!
ようやく桜守りの伏線が回収できました!(よね?大丈夫かな…。。)
2年かかった…(ガクブル)
読んでくれてる知人が「家族同然のコミュニティに『HARU』が2人って…名付けの段階で親は呼び分けしにくいとか考えなかったんかなぁ。」なんて、かなり序盤にボヤいておりまして。
「それは親じゃなくて『HARU』を曖昧にしたい作者の思惑…!」
なんて言う訳にもいかずムズムズしてました笑
side晴人中学編5話『衝撃』
side蓮中学編15話『元通り』
解決編『21』
↑で明らかになってなかった部分なので、お読みいただいてからだと分かりやすいと思います!
●●●
(side 切藤蓮)
晴がこれの存在を知っていた?
『HARU』が刻まれた桜守りを握り締めて、あの日の事を思い出す。
中学の修学旅行が終わってすぐ、俺は遥に呼び出された。
人の通らない、屋上へ続く階段の踊り場。
この場所こそが数分後キス現場となる訳だが…この時の俺達はまだそれを知らない。
「これ、翔君へのお土産。」
そう言って渡されたのは、某ジュエリーブランドの巾着。
パンパンに膨らんだそれを開けて…ってか、袋から頭飛び出てんだけど。
「何だこれ」
それは人気キャラのマスコットキーホルダーだった。
京都限定らしい装いをした、ハチがワレた猫。
いや、成人済みの翔がコレ持つのはどうなん?
晴なら喜びそうだけど…なんて考えてしまって、無意識に指に力が入る。
避けられて暫く話せていない事が辛くても仕方ない。
と、そこで気付いた。
マスコットの腹の部分に、何か固い物を感じる。
更に指で触ると、なんとなくその形が分かった。
何だ…?桜の花弁みたいな…
「…って…オイ!」
巾着から取り出した中身を見て、思わず声を上げる。
「お前なぁ…。」
「いいでしょ?諦めるとは一言も言ってないもの。」
それは『桜守り』だった。
ーーマスコットに内蔵済みの。
「少なくとも留学するまではね。想うのは私の自由だもん。」
違う…いや『想うのは自由』って所は合ってる。
問題はこのチップを埋め込まれた哀れなモンスターの事だ。
チップ…もとい桜守りは『HARU』と刻まれた物で、『SHO』の方は遥がどこかに隠し持ってるんだろう。
「仕方ないでしょ、こうしないとバレちゃうんだから。」
確かに、桜守りの意味を知る翔がその半分を受け取る事はない。
両想い祈願として渡すなら隠すしかないのは認めるが…まさかこんな所に仕込むとは。
因みに、翔は女子から貰う物に関してはかなり警戒している。
バレンタインのデカイ手作りチョコに、どう見ても故意に入れられた髪の毛の束(幸いな事に食べる前に気付いた)を見つけて以来そうなった。
『蓮、手作りは貰うな。断れなければ申し訳ないけど食べずに捨てろ、いいな?』
これに関しては、俺はそんな兄の教えを従順に守るようにしてる。
そんな翔でも、コレは疑わないだろう。
手先の器用な遥らしく縫合は完璧だ。
中綿に埋もれてるし、さっきの俺みたいに強く握らない限りは気付かない。
それに何より、遥から貰った物なら何の疑いもなく受け取る筈だ。
「ちょっと!乱暴にしないでよね!」
縫い目を観察しながらグリグリ指で揉んでると、巾着ごとマスコットをひったくられた。
『乱暴』とか、腹掻っ捌いた女がよく言えたもんだな。
「あのなぁ…」
「そりゃ、ずっと持っててくれたら嬉しいけど…いらなければ捨ててもいいし…!」
翔が疑わないだろう事に関しての罪悪感を含んだような言い方だった。
それでも、どうしても渡したい。
伝わらない事なんて百も承知の上で。
告げられない想いの代わりを、託したい。
そんな気持ちが、痛い程に分かってしまった。
「…あー…分かった。」
いつになく必死な様子に根負けして受け取ると、遥は笑顔になった。
明日は翔が家にいるから来るかと誘うと、更に嬉しそうに頷く
「ありがとう。それから、夏祭りの事も忘れないでね。」
「へいへい。」
「あ、その巾着は蓮にあげるやつだから。」
どうやら元々そのつもりで、マスコットを巾着にねじ込んでた事に特に意味は無かったらしい。
どうして俺に巾着を渡したかったのかと言うと…
「どうせ蓮も買ってるんでしょ?失くさないように保管しないとね。」
どうやら、バレている。
俺が誰にも見つからないようにこっそり桜守りを買った事が。
「それで、晴にはどうやって渡すの?」
「…考え中。」
それだけ答えると、それ以上突っ込んでは来なかった。
多分、遥なりに気を遣ったんだろう。
その後は霊泉家の話になり、奴等の目を欺く計画に移りーー。
キスが起こった訳なんだが…。
晴にその瞬間を見られていたと知った衝撃から気が回らなかったけど…そもそも何処からだ?
俺が遥から翔への土産を受け取った所は見られてたんだろうか。
だけど、マスコットの頭が飛び出したアレを桜守りだとは思わないだろう。
仮に巾着しか見えてなかったとしても、中身が何なのかなんて分かる訳も無い。
だが、相川が聞いた『蓮と遥が桜守りを交換してた』なんてシーンは、幾ら記憶を辿ってもこの時しか思い当たらない。
やはり、晴は俺が遥から何かを受け取るのは見ていたんだろう。
そして、時が流れてーーそれらしい物を見付ける。
あの時の巾着だと考えるのが自然だが…。
そこでハッとした。
あれはいつだったか…そう、去年の5月だ。
帰宅すると、晴が俺の部屋から出てきた事があった。
別にやましい物は無いし『漫画を探してた』と言う晴に対して特に何も思わなかったが…。
その後部屋に入ったら、鞄の位置がほんの僅かに移動していた。
漫画捜索の為に晴が動かしたんだろうと、気にもとめなかったけれど。
それが普段であれば、違和感に気付けたかもしれない。
晴は律儀な所があって、俺の不在時に勝手に部屋に入るような事はまずあり得ないから。
だけどその日、俺は翔と美優の婚約を報告されて、
遥に伝えるべきか頭を悩ませていた。
一方で晴はいつもより少しテンションが高いような気がしたが、偶然伊藤と再会した事によるものだろうと思っていて。
もしかしたらあれは、空元気だったんだろうか。
俺の部屋に入った晴は…鞄を落としたとか、何かの拍子に中を見たのかもしれない。
通学用鞄の内ポケットには、遥に貰った巾着が入っていた。
見覚えのあるそれは、晴の中で遥に結び付いただろう。
そしてきっと、あの日の事故の記憶も蘇った筈だ。
その件で俺と遥が付き合っていたと思い込んでる晴からしてみれば、俺が『元カノ』に貰った物を今も大切に持ってると言う事になる。
しかも、最悪な事に中身は桜守りだ。
俺が持つ『HARU』は勿論『HARUTO』の事だが…本人はそうは思わない。
『HARUKA』を持ち続けてるんだと、
今も遥に気持ちがあるんだと、
きっと、そう考えてーー。
「じゃあ、その『HARU』は本当に晴ちゃんなのね?」
相川が示すのは、俺の手の中の桜守り。
最近は巾着から出してた状態で常に持ち歩いている。
触れて、少しでも晴の存在を感じたくて。
「当たり前だろ。」
相川の問いにそう返しながらも、晴の心を思って胸が痛む。
桜守りを見付けてからも、晴は変わらずに俺と過ごしていた。
一体、どんな気持ちだったのか。
元カノに未練のある男に抱かれて、何を思っていたのか。
問いたださなかったのはきっと、俺を信じ切れなかったからだ。
どうして、気付いてやれなかったんだろう。
「なぁ、じゃあ『REN』は何処にあるんだ?晴人は持ってないって言ってたんだろ?」
中野の言葉に相川達が頷くが、晴は確かにそれを持ってる。
自覚がないだけで。
「御守りの中に入ってる。」
「それ…いつも晴人が首からさげてるやつか!?」
中野が目を瞠る。
遥との遣り取りがあった数日後、俺は無事に晴と仲直りする事ができた。
と言っても、告白は無かった事にされた訳だが。
晴の気持ちを知った今なら、それが伝わってなかった…と言うか、遥と付き合ってるのに告白してきた俺に対して疑問しかなかったんだと分かる。
だけど、それを知らない当時の俺としてはショックな出来事だった。
晴が俺に望むのは『幼馴染』としての立ち位置。
それは俺にとって苦しいもので。
だからせめて、桜守りだけは渡したかった。
晴がそれを持っていてくれれば、耐えられる気がして。
俺の想いの一片だけでも、傍に置いて欲しくて。
そうやって考えた挙句、遥と同じ手段に出る事にした。
気持ちを気取られないようにするには、バレないように渡すしかない。
その時、俺の手元には京都で霊泉家の宿敵から手に入れた御守りがあった。
晴に渡すつもりだったそれの口の部分を除くと、内符が2枚入っている。
その間に、桜守りを滑り込ませた。
厚みがあまりない事が幸いして、違和感は殆どない。
第一、御守りの中身を覗いたり出したりなんて普通はしないだろう。
護りと想いが籠ったそれを渡したのは、あの桜の木の前だ。
中学最後の剣道の試合直前だった事もあって、晴はすんなり受け取ってくれた。
霊泉家に関係してくるせいで入手先は濁すしかなかったが、効果については保証して。
『はずしたら禍いが降り掛かる』なんて理由を付けたのは、本気と冗談が半々。
霊泉家を禍とするなら、この御守りが有効なのは間違いない。
残りの半分は、俺の想いがいつも晴の傍にいると思いたい我儘。
完全に騙された訳ではないだろうが、それでも晴の首にはいつもそれが下がっていた。
高校で決別された時だって。
ふとした拍子に見えるそれが、どれだけ俺の心の支えになった事か。
俺と晴を繋ぐ物がある事で、何とか自分を保っていたようなもんだ。
そしてきっと、今も。
あんなに酷い事をして傷付けた今でも尚、晴はあの御守りをつけてる。
そんな気がするのは、俺の願望だろうか。
「ちょっと待って。付き合う事になった時、晴ちゃんに桜守りの事言わなかったのは何で?」
それは、一言で言えば対抗心だった。
晴に話せば『蓮もこう言うの信じるんだ…あ、翔君のお墨付きだもんね!』なんて言われるのが容易に想像できたから。
実際にはうちの両親の馴れ初めが発端だが、晴はそれを知らない。
翔の影響を受けたなんて思われるのは癪だった。
晴は何故か俺と翔を『仲良し兄弟』だと思ってる節があるが、俺にとってはライバルだ。
一応言っておくが、信頼できるいい兄ではある。
だがそれ以上に、最愛が懐きまくってると言う事象が許し難い。
「うーん…相川ちゃん、俺でも言わないかも。
態々『その御守りに桜守り入ってるから』なんてさ。毎日つけてくれてるなら、それで満足じゃない?」
運転しながら言うクロに、相川は一応納得したらしい。
真意とは違うがそれも理由の一つで、説明する手間が省けた事に感謝する。
「じゃあ、桜守りの存在を知ってたのは切藤だけだったのか?」
「ああ。」
中野の問いに簡潔に答えたが、真実だ。
俺は遥にすらもこの事を言ってない。
御守りに入れたなんて言ったら、罰当たりだとか煩いだろうしな。
ーーいや、待て…確かあの時…
記憶を探ると、こんな台詞を言われた覚えがある。
『はい、これ晴ちゃんから。』
その視線には、揶揄いが含まれていた。
貸し出された御守りを差し出しながら言ったのは。
「陽子…俺の母親だけは知ってる。」
(side 萱島晴人)
どうしてこれが御守りの中には入ってるんだろう。
肌身離さずつけていたのに全く気が付かなかった。
入れたのは蓮…なのかな…。
俺はこの御守り、お風呂以外ではずしたこと無いから。
中高はプールの授業が選択制だったから、学校ではずす機会なんて無かったし。
そうなると父さん、母さん、蓮の誰かしかいないけど、親がこれを入れる意味が分からない。
その他に人に渡した事は…あ!
一度だけある。
俺を庇った蓮が停学になった時、傍に居られない変わりにってこれを蓮母に託したんだ。
犯人は、蓮母?
懸命にその時の遣り取りを思い出す。
『御守り?…あら?…あぁそう言う事か。』
『どしたの?』
『ううん。何でもないわ。蓮に渡すわね。』
ーー違う。
蓮母は、俺が渡した御守りを見て何かに気付いてた。
きっと、その時にはもう桜守りはこの中に入ってたんだ…。
あれは高1の時だったから、少なくともそれより前から。
でも、さっきも言ったように蓮に貰ってから俺はこれを肌身離さずつけてる。
じゃあ、蓮がくれた時には既に入ってた…って事?
中3の時、桜の木の下で貰った御守り。
あの時蓮は遥と付き合ってた筈で…だって、キスだってしてたし…。
だけど、『REN』を持ってるのは遥じゃなくて俺だ。
どう言う事?
蓮の鞄から見つけた『HARU』は、遥の事じゃなかった…?
混乱する頭でも、分かった事がある。
蓮と、話さなければならない。
蓮はきっと、俺に何かを隠してる。
だけど、何も聞かなかったのは俺だ。
桜守りを見つけた時、問い正せば良かったのに。
遥を選ばれるのが怖くて逃げてしまった。
あんなに好きだと言ってくれた蓮を信じ切れなかったのは、俺の劣等感の所為。
遥と比べて何も無い自分に自信がなくて。
早とちりして蓮と決別した時から何も変わってないじゃないか。
そんなのどうでもいいんだって、
傍にいて欲しいって、
蓮はそう言ってくれたのにーー。
そして、謝らなけばならない。
もしこれが最初から御守りに入ってたんだとしたらーーいや、きっとそうだって確信してる。
そしたら、蓮はいつから…。
いつから俺を、好きでいてくれたの?
桜の木の下でされたキスは、蓮の本気だった?
なのに俺はずっと蓮を避けて、挙句の果てにはそれを無かった事にしてーー。
その後だって一方的に決別したり、事件に巻き込んだりして。
俺は、どれだけ蓮を傷付けてきたんだろう。
そんなんだから、愛想を尽かされたんだろうか。
それとも、急に冷たくなった事にも事情がある?
分からない。
分かんないけど、でも…。
「会いたい…」
本音が漏れて、ポロリと涙が溢れる。
ずっと、恋しくて寂しくて仕方ない。
どんな事も平気だって思えるあの腕の中に、抱き締めて欲しい。
もし遥が蓮を好きだったとしても、俺だってその気持ちは絶対に負けないんだから。
例え遥とライバルになったとしても、俺は蓮を諦めない。
諦めてやるもんか。
蓮だけが、俺の唯一なんだから。
「他の男の為に泣くな!」
激昂したのは、御守りを警戒して離れてた筈の先輩だった。
「俺を見ろ!どこまで俺をコケにするんだ!」
「先輩…。もう、やめて…。」
これ以上罪を重ねないで欲しいと懇願すると、動きが止まる。
もしかして、と期待を込めて見上げるけどその目は暗く淀んでて。
「そうか…洗脳されてるんだったな…言われた通りだ…。」
ブツブツ呟く先輩がポケットから取り出したのは、紫色の小さな小瓶。
中身はよく分からないけど、俺にとっていい物な筈がない。
「大丈夫、身体に害は無いから。…ただ、俺に犯されたくて堪らなくなるだけだ。」
心底愉しそうな様子に、ヒッと悲鳴が漏れる。
縛られた足では立ち上がる事すらできない。
「やだ…やめろ!…ングッ…」
腕だけで抵抗すると鳩尾を殴られて息が詰まる。
ゴホゴホと咳き込んでる間に、両手首をガムテープで固定されてしまった。
「薬が効いたら解いてやるから、俺に縋り付いて善がるんだぞ?」
蓋を開けられた小瓶の口が近付いて来る。
「嫌だ…助けて…!蓮…!!」
涙声の叫びに先輩が口許を歪めた、その時だった。
カリッ カリッ
「………何だ?」
玄関の方から、奇妙な物音がした。
●●●
晴人が蓮の鞄から桜守りを見つけた話
side晴人高校編112話『徒桜』
side蓮高校編52話『予兆』
蓮母との遣り取り
side晴人高校編58話『勇気をだせ!』
お時間あればぜひ!!
ようやく桜守りの伏線が回収できました!(よね?大丈夫かな…。。)
2年かかった…(ガクブル)
読んでくれてる知人が「家族同然のコミュニティに『HARU』が2人って…名付けの段階で親は呼び分けしにくいとか考えなかったんかなぁ。」なんて、かなり序盤にボヤいておりまして。
「それは親じゃなくて『HARU』を曖昧にしたい作者の思惑…!」
なんて言う訳にもいかずムズムズしてました笑
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