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解決編
63.
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(side 萱島晴人)
驚きとか、戸惑いとか焦りとか、不安とか…。
とにかく色んな感情が混ざり合って言葉が出て来ない。
目の前の整った顔を見て浮かんでくるのは、そんなに思いつめた表情をしないで欲しいって、それだけ。
「それで、一先ず実家に向かった。晴の身体が心配だったけど、とにかく冷静になる必要があると思ったから。…無理させたけど大丈夫だったか?」
激しい後悔が滲む表情に、あの時の事を思い出す。
俺の身体中には鬱血痕と噛み痕、それから…腕には蓮の指の痕がクッキリ残ってたんだっけ。
「だ、大丈夫!蓮がその…綺麗にしてくれたし、食べ物も飲み物もあったし体調的には全然!」
中に出されたものも綺麗になってたし…って言いそうになって赤面しつつ答える。
目が覚めたら清潔なシーツとパジャマに包まれてた。
冷蔵庫には高級そうなお惣菜とか飲み物が沢山詰まってて、余裕で1週間は引き籠れそうなくらいで。
俺が困らないように、全てを整えてから姿を消した蓮。
「でも…だからこそ、帰って来ないのかもって不安だった…」
行為の次の日は必ず、蓮が何もかも世話を焼いてくれる。
俺の足が床に着く事が無いほど過保護なその姿が、あの日は無くて。
「…悪かった。連絡するべきだって思ってたんだけど、最悪のタイミングで霊泉家の問題が浮上して…」
「うん。蓮父から、通信手段が全部盗聴されてる危険性があったって言うのは聞いてる。」
「俺は奴等にお前の存在を感知されたくなかった。美優が殺されかけた事を思うと、少しの危険も犯したくなかったんだ。腹の子供ごと始末しようとするとか…狂気の沙汰だろ?
でも、アイツらにとってはそんな事なんでもない。もっとクソみたいな事だって平気でやって来た過去がある。」
吐き捨てるような蓮の言葉に、何件もの殺人や行方不明(身体の一部だけ残されてたとか)に、丈一郎の関与があったって報道されてたのを思い出す。
「親父は晴に事情を話して保護するつもりだった。…それに反対したのは俺だ。」
「…どうして?」
「あの時点で霊泉家を断罪できる可能性は低かった。与一郎が…内部を深く知る奴がこっち側に寝返らなかったら、確実に今も決着はついてない。
何年先か、何十年先まで続くかも分からない争いにお前を巻き込みたくなかった。」
蓮をもってしてこう言わせる霊泉家の存在を、改めて怖いと思う。
だけど…
「でもさ、蓮父は俺を保護してくれるつもりだったんだよね?だったら言ってくれてもよかったのに…」
勿論100%安全とは言えないんだろうけど、守ってもらえるなら何とかなったんじゃないかなって思っちゃうよ。
すると、蓮は静かに首を横に振った。
「そんなに簡単なものじゃない。」
「だって…方法はあったのに何で蓮がそれに反対するんだよ!一緒にいられる道があったのに、どうして…!」
言切られた事にちょっと傷付いて言い返したけど、蓮は冷静そのものだった。
「晴、ちゃんと考えろ。俺達が保護するって事は、俺達の弱点が晴だって奴らに知られる事になる。
霊泉家は国内なら治外法権だ。完璧に守る為には切藤総合病院くらいしか安全な場所はない。…これがどういう事か分かるか?」
「え…?」
困惑する俺に、蓮が続ける。
「お前に自由がなくなるって事だ。
確かに設備は整ってるし、欲しい物は何でも揃えてやれる。だけど…外出は殆どできない。あんなに努力して入学した大学だって辞める事になる。」
それは…
「友達にだって満足に会えなくなる。事情を知る中野ですら頻繁に会うのは無理だ。連絡も制限されて、遊びに出る事もできない…そんな状態が続くんだぞ。」
さっき蓮が言った『何年も、何十年も』って言葉が、急激に重みを増してのしかかってくる。
「晴の…『子供の為に何かできる仕事に就きたい』って夢も叶わなくなる。」
それは、俺が大学を決めるきっかけになった将来の夢。
一度だけしか話した事無かったのに、蓮はちゃんと覚えててくれたんだ…。
しかも、漠然としたその夢を俺が叶えるって疑わずに。
「それだけじゃない。お前を引きずり出す為に憲人さんや美香さん…下手したらじいちゃん達だって利用されるかもしれない。」
「そんな…!」
「そうなれば、晴は悪くなくても自分を責める。そんな事させたくなかった。」
「蓮…」
「それに、万が一奴等が晴を手に入れたら必ず情報を吐かせようとする。その時…晴はきっと抵抗するだろ、俺を守る為に…。」
その表情は苦悩に満ちていて。
「晴がそうやって俺を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど…奴等には逆効果だ。霊泉家の別邸の地下に何があると思う?拷問用の地下牢だぜ?狂った奴等がお前の口を割らせる為に何をするか…恐怖で支配する為に何をするか想像するだけで気が狂いそうだった…!」
その吐き捨てるような言い方で察した。
奴等が俺のトラウマを抉ってくるって蓮は考えたんだ。
オブラートに包んでくれてるけど、男に襲われた事がある俺を恐怖で屈服させる方法って、つまり…。
ゾワリと鳥肌が立って、自分自身を抱き締める。
「晴、今はもう大丈夫だ。霊泉家はもう何もできないから安心しろ。」
「わ、分かってる…大丈夫。」
声が震えたえけど、蓮の労わるような視線になんとか気持ちを落ち着けた。
「だけど、あの時は霊泉家に勝てる算段がなかった。だから晴の存在を俺から切り離す事にしたんだ。奴等にとって『利用価値が無い』と思わせる為に。」
皆が蓮の決断を『晴を守る為に仕方なかった』って言ってて、俺も理解しながらも少し不満に思ってて。
だけど今、蓮の話しを聞いて自分の認識が甘かった事を思い知った。
霊泉家は俺が想像してたより、もっと猟奇的な一族で。
拷問とかそんなものが現代の世の中に残ってるなんて、本当に狂ってると思う。
蓮はそんな奴等から俺を…俺の心と身体を守ってくれようとしてたんだって、やっと分かった。
「…俺さ、蓮が話してくれなかったのは、俺が弱いからだと思ってて…」
「晴が弱いなんて、俺は一度も思ったこと無い。人の為ならどれだけでも強くなれる事も知ってる。それは晴の長所だって分かってるけど…それが心配で仕方なかった。俺のせいで晴に何かあったら、俺は自分を許せない。」
「蓮…」
「連絡を断って、大学で『婚約者が帰国するから同居人は用済みだ』って噂流して…それでもまだ足りなかった。
だから、会いに来た晴を追い返した。霊泉家の内通者がいる大学の敷地内で、噂を肯定する為に。」
「俺が会いに行くって分かってたの?」
「…晴の性格からして、話をしに来るって思ってた。実際、絶対に不安だった筈なのにお前は来てくれて。なのに、俺はその気持ちを利用したんだ。」
苦々しく、自分を嘲るように言う。
「最低だよな…。どれだけ晴を傷付けるか分かってて、その上で実行したんだから。」
あの時拒絶された心の痛みはまだ覚えてる。
周りの人達の好奇の視線や憐みの言葉も、鮮明に。
「なのに…『別れる』って言葉だけは、どうしても言えなかった。」
「…え?」
「晴を傷つけてまで霊泉家に『用済み』だって分からせる算段だったのに…それを言ったら、
本当に全部が終わる気がして。」
情けねぇよな、と笑う蓮にはあまりにも力がなくて。
「…霊泉家の事がなくても、俺の存在が晴から自由を奪うって分かってたのに。」
「っそんな事…!」
「晴に他に好きな奴がいるかもしれないって状況で、お前を抱きながら・・俺が何を考えてたと思う?」
否定の言葉を遮られたと思ったら唐突に尋ねられて、首を傾げる。
「どうやったらお前を閉じ込められるか…俺しかいない世界で俺だけを見て、俺がいないと生きていけないようにする方法を思い描いてた。」
思わず息を呑むと、蓮が唇を持ち上げた。
壮絶に美しい笑みは酷く冷たい。
ヒヤリとして知らず一歩下がるけど、それは俺に向けられたものじゃなくて。
「家族からも友達からも引き離して言語が通じない国外に連れて行けば、晴は俺をだけを頼らざるを得なくなる。
周りの人間と交流できないように家から出さず、仕事もさせずに、欲しい物は全部俺が用意して晴に与えて…。そうやって、2人だけの世界で生きていく気だった。」
そんなの現実に叶う訳がない、とは言えなかった。
蓮なら…
蓮が本気になれば、きっとそれができてしまう。
「それがどんなに傲慢で身勝手な事か理解していながら、俺はお前を自分だけのものにできるならそれでいいと思った。」
そう言って俺を見る瞳には、暗い翳が差して。
「だけど寸での所で気付いた…いや、気付かされた。霊泉家から逃げられたとしても、俺が晴の自由を奪うなら…俺は奴等と同類で、この身体にも狂った血は流れてるんだって。お前から何も奪いたくないなんて言っておきながら、俺自身がそれを許さない。…こんな執着をお前に向ける自分が怖かった…」
硬質な声音で蓮は言葉を重ねる。
「晴に知られたくなかったんだ…俺も霊泉家と同じなんだって事を…」
怜悧なその表情は酷く静かで。
だけど、俺には分かる。
その瞳の奥が揺れてるのが。
あの蓮が、まるで迷子みたいに不安そうにしてる。
俺に軽蔑される事を、何よりも恐れてーー
「同じじゃないよ…!」
考えるより先に言葉が出てた。
「だって、蓮はちゃんと俺の事考えてくれてるじゃん!」
だからこそ不安で、悩んで。
自分が俺の自由を奪う事を恐れて。
それが何よりの霊泉家との違いだ。
それに…それにさ、蓮。
俺はね…
「…どんなに安全で自由でも、蓮がいなきゃ意味ない…!」
そう声を上げた瞬間、やっと自分でも理解した。
色んな人に『晴を守る為に仕方なかったんだ』って言われて、感謝しつつもモヤモヤしてた訳を。
「蓮と離れる方が俺にとっていい事だなんて…幸せだなんて、勝手に決めるなよ…!」
もしも俺が遥とか啓太とか翔君の立場だったら、皆んなと同じ事を思うのかもしれない。
安全とか自分とか『普通』に生活する為の全てを引き換えにするべきじゃないって。
だけど、普通だから幸せなの?
俺の幸せも生き方も、俺が決めるものじゃないの?
「確かに友達も家族も大事だし、大学もちゃんと卒業したいよ…!自由に遊びにだって行きたいし、将来の夢だってある…!だけど、俺は…!」
目の前が曇って蓮の輪郭がぼやける。
「俺にとっては、それ全部ひっくるめたのより…蓮と一緒にいられない事の方が辛い…!」
歪む視界の向こうで、蓮がハッと息を呑む気配がした。
「たとえ閉じこもって生きなきゃならなくても、蓮がいるなら…俺の隣にいてくれるなら、俺はそっちを選ぶ…!」
蓮と恋人になってなければきっと、こんな風に思ったりしなかった。
皆んなと同じように考えて、そうして。
だけどーー
俺だけに向ける蓮の優しい声を、眼差しを、その体温を。
知ってしまった今では、もう戻れない。
戻りたくない。
「俺は、全部を引き換えにしてでも、蓮を失いたくない…!」
それを分かってもらえなかった事が悔しい。
色々内緒にされてた遥に対してわだかまりが無いのは、俺が遥を対等だと思ってなかったから。
逆を言うと遥もそうだ。
俺達は無意識のうちにお互いを『歳の離れた姉弟』として接してた。
それに気付いたのは、腹を割って話した病院の中庭での事。
あの時『初めて同い年の女の子』に見えた遥。
俺にとって圧倒的に頼るべき存在だった遥は、無意識のうちに翔君と同じくらい歳上みたいな感覚になってて。
遥もきっとそうで、そんな遥からすると7歳下の弟に恋愛の相談とか…ましてや弱音なんか吐けなかったと思う。
霊泉家の事も蓮に関する事も…とにかく俺の安全と自立を最優先に考えてくれてて、最早目線が俺の母さんみたいですらあって。
俺は俺で遥にできない事とか悩みがあるなんて考えてもみなかったし頼り切りだったし、本当にお互い様だ。
だけど、蓮は違う。
美優さんに言われた『晴人君は1番気持ちを尊重してほしい相手が蓮だったんだね』って言葉の真意。
俺は蓮とは対等でいたかった。
悩みを打ち明けて、相談して欲しかった。
それと何より、分かって欲しかった。
「好きなんだよ…!どうしようもなく…蓮の事が!蓮がいない人生なんて考えられないくらい…!!」
「晴…」
呼ばれた響に驚きが混じってることが悔しい。
俺がこんなに好きだって事を、蓮にだけは分かってて欲しかった。
「なのに、なんで…勝手に決めていなくなったの…!何で蓮の人生から俺を切り離したの…!」
涙が溢れてしゃくりあげながら、必死に訴える。
「ず、ずっと一緒にいるって言ったのにっ…!蓮の嘘つき…!!」
「晴…!」
伸ばされた手を振り払って。
「蓮なんか…嫌い!…大ッきら…」
だけど、続けられなかった。
その先は許さないみたいに、唇に落ちた温かい感触に言葉を塞がれたから。
拒絶した筈の腕の中にいるのに、どうしてこんなにも安心するんだろう。
どうして合わさった唇から、愛しさが溢れるんだろう。
ほんの少しの意地で蓮の胸を押すと、離れた分更に距離を詰められて。
一部の隙間もないくらいに覆われて、閉じ込められて。
痛い程の想いが心地よくて、胸の中が蓮でいっぱいになる。
「晴…ごめん…」
耳元で囁く低い声は、掠れて。
「俺が間違ってた…。傷付けてごめん、信じられなくてごめん…」
首筋にポツリと雫が落ちた。
●●●
更新が滞って申し訳ありません!
ちゃんと完結しますのでご安心ください!
お久しぶりです。
2ヶ月ぶりの更新となってしまいました…。
実はガッッツリ体調を崩してまして。
胃腸炎→風邪→結膜炎→風邪と体調不良のミルフィーユ!!
仕事が繁忙期なのもあって、まぁ治らん治らん!笑
ようやく全快したのでまた更新再開します!
ちゃんと完結しますのでご安心くださいね!
驚きとか、戸惑いとか焦りとか、不安とか…。
とにかく色んな感情が混ざり合って言葉が出て来ない。
目の前の整った顔を見て浮かんでくるのは、そんなに思いつめた表情をしないで欲しいって、それだけ。
「それで、一先ず実家に向かった。晴の身体が心配だったけど、とにかく冷静になる必要があると思ったから。…無理させたけど大丈夫だったか?」
激しい後悔が滲む表情に、あの時の事を思い出す。
俺の身体中には鬱血痕と噛み痕、それから…腕には蓮の指の痕がクッキリ残ってたんだっけ。
「だ、大丈夫!蓮がその…綺麗にしてくれたし、食べ物も飲み物もあったし体調的には全然!」
中に出されたものも綺麗になってたし…って言いそうになって赤面しつつ答える。
目が覚めたら清潔なシーツとパジャマに包まれてた。
冷蔵庫には高級そうなお惣菜とか飲み物が沢山詰まってて、余裕で1週間は引き籠れそうなくらいで。
俺が困らないように、全てを整えてから姿を消した蓮。
「でも…だからこそ、帰って来ないのかもって不安だった…」
行為の次の日は必ず、蓮が何もかも世話を焼いてくれる。
俺の足が床に着く事が無いほど過保護なその姿が、あの日は無くて。
「…悪かった。連絡するべきだって思ってたんだけど、最悪のタイミングで霊泉家の問題が浮上して…」
「うん。蓮父から、通信手段が全部盗聴されてる危険性があったって言うのは聞いてる。」
「俺は奴等にお前の存在を感知されたくなかった。美優が殺されかけた事を思うと、少しの危険も犯したくなかったんだ。腹の子供ごと始末しようとするとか…狂気の沙汰だろ?
でも、アイツらにとってはそんな事なんでもない。もっとクソみたいな事だって平気でやって来た過去がある。」
吐き捨てるような蓮の言葉に、何件もの殺人や行方不明(身体の一部だけ残されてたとか)に、丈一郎の関与があったって報道されてたのを思い出す。
「親父は晴に事情を話して保護するつもりだった。…それに反対したのは俺だ。」
「…どうして?」
「あの時点で霊泉家を断罪できる可能性は低かった。与一郎が…内部を深く知る奴がこっち側に寝返らなかったら、確実に今も決着はついてない。
何年先か、何十年先まで続くかも分からない争いにお前を巻き込みたくなかった。」
蓮をもってしてこう言わせる霊泉家の存在を、改めて怖いと思う。
だけど…
「でもさ、蓮父は俺を保護してくれるつもりだったんだよね?だったら言ってくれてもよかったのに…」
勿論100%安全とは言えないんだろうけど、守ってもらえるなら何とかなったんじゃないかなって思っちゃうよ。
すると、蓮は静かに首を横に振った。
「そんなに簡単なものじゃない。」
「だって…方法はあったのに何で蓮がそれに反対するんだよ!一緒にいられる道があったのに、どうして…!」
言切られた事にちょっと傷付いて言い返したけど、蓮は冷静そのものだった。
「晴、ちゃんと考えろ。俺達が保護するって事は、俺達の弱点が晴だって奴らに知られる事になる。
霊泉家は国内なら治外法権だ。完璧に守る為には切藤総合病院くらいしか安全な場所はない。…これがどういう事か分かるか?」
「え…?」
困惑する俺に、蓮が続ける。
「お前に自由がなくなるって事だ。
確かに設備は整ってるし、欲しい物は何でも揃えてやれる。だけど…外出は殆どできない。あんなに努力して入学した大学だって辞める事になる。」
それは…
「友達にだって満足に会えなくなる。事情を知る中野ですら頻繁に会うのは無理だ。連絡も制限されて、遊びに出る事もできない…そんな状態が続くんだぞ。」
さっき蓮が言った『何年も、何十年も』って言葉が、急激に重みを増してのしかかってくる。
「晴の…『子供の為に何かできる仕事に就きたい』って夢も叶わなくなる。」
それは、俺が大学を決めるきっかけになった将来の夢。
一度だけしか話した事無かったのに、蓮はちゃんと覚えててくれたんだ…。
しかも、漠然としたその夢を俺が叶えるって疑わずに。
「それだけじゃない。お前を引きずり出す為に憲人さんや美香さん…下手したらじいちゃん達だって利用されるかもしれない。」
「そんな…!」
「そうなれば、晴は悪くなくても自分を責める。そんな事させたくなかった。」
「蓮…」
「それに、万が一奴等が晴を手に入れたら必ず情報を吐かせようとする。その時…晴はきっと抵抗するだろ、俺を守る為に…。」
その表情は苦悩に満ちていて。
「晴がそうやって俺を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど…奴等には逆効果だ。霊泉家の別邸の地下に何があると思う?拷問用の地下牢だぜ?狂った奴等がお前の口を割らせる為に何をするか…恐怖で支配する為に何をするか想像するだけで気が狂いそうだった…!」
その吐き捨てるような言い方で察した。
奴等が俺のトラウマを抉ってくるって蓮は考えたんだ。
オブラートに包んでくれてるけど、男に襲われた事がある俺を恐怖で屈服させる方法って、つまり…。
ゾワリと鳥肌が立って、自分自身を抱き締める。
「晴、今はもう大丈夫だ。霊泉家はもう何もできないから安心しろ。」
「わ、分かってる…大丈夫。」
声が震えたえけど、蓮の労わるような視線になんとか気持ちを落ち着けた。
「だけど、あの時は霊泉家に勝てる算段がなかった。だから晴の存在を俺から切り離す事にしたんだ。奴等にとって『利用価値が無い』と思わせる為に。」
皆が蓮の決断を『晴を守る為に仕方なかった』って言ってて、俺も理解しながらも少し不満に思ってて。
だけど今、蓮の話しを聞いて自分の認識が甘かった事を思い知った。
霊泉家は俺が想像してたより、もっと猟奇的な一族で。
拷問とかそんなものが現代の世の中に残ってるなんて、本当に狂ってると思う。
蓮はそんな奴等から俺を…俺の心と身体を守ってくれようとしてたんだって、やっと分かった。
「…俺さ、蓮が話してくれなかったのは、俺が弱いからだと思ってて…」
「晴が弱いなんて、俺は一度も思ったこと無い。人の為ならどれだけでも強くなれる事も知ってる。それは晴の長所だって分かってるけど…それが心配で仕方なかった。俺のせいで晴に何かあったら、俺は自分を許せない。」
「蓮…」
「連絡を断って、大学で『婚約者が帰国するから同居人は用済みだ』って噂流して…それでもまだ足りなかった。
だから、会いに来た晴を追い返した。霊泉家の内通者がいる大学の敷地内で、噂を肯定する為に。」
「俺が会いに行くって分かってたの?」
「…晴の性格からして、話をしに来るって思ってた。実際、絶対に不安だった筈なのにお前は来てくれて。なのに、俺はその気持ちを利用したんだ。」
苦々しく、自分を嘲るように言う。
「最低だよな…。どれだけ晴を傷付けるか分かってて、その上で実行したんだから。」
あの時拒絶された心の痛みはまだ覚えてる。
周りの人達の好奇の視線や憐みの言葉も、鮮明に。
「なのに…『別れる』って言葉だけは、どうしても言えなかった。」
「…え?」
「晴を傷つけてまで霊泉家に『用済み』だって分からせる算段だったのに…それを言ったら、
本当に全部が終わる気がして。」
情けねぇよな、と笑う蓮にはあまりにも力がなくて。
「…霊泉家の事がなくても、俺の存在が晴から自由を奪うって分かってたのに。」
「っそんな事…!」
「晴に他に好きな奴がいるかもしれないって状況で、お前を抱きながら・・俺が何を考えてたと思う?」
否定の言葉を遮られたと思ったら唐突に尋ねられて、首を傾げる。
「どうやったらお前を閉じ込められるか…俺しかいない世界で俺だけを見て、俺がいないと生きていけないようにする方法を思い描いてた。」
思わず息を呑むと、蓮が唇を持ち上げた。
壮絶に美しい笑みは酷く冷たい。
ヒヤリとして知らず一歩下がるけど、それは俺に向けられたものじゃなくて。
「家族からも友達からも引き離して言語が通じない国外に連れて行けば、晴は俺をだけを頼らざるを得なくなる。
周りの人間と交流できないように家から出さず、仕事もさせずに、欲しい物は全部俺が用意して晴に与えて…。そうやって、2人だけの世界で生きていく気だった。」
そんなの現実に叶う訳がない、とは言えなかった。
蓮なら…
蓮が本気になれば、きっとそれができてしまう。
「それがどんなに傲慢で身勝手な事か理解していながら、俺はお前を自分だけのものにできるならそれでいいと思った。」
そう言って俺を見る瞳には、暗い翳が差して。
「だけど寸での所で気付いた…いや、気付かされた。霊泉家から逃げられたとしても、俺が晴の自由を奪うなら…俺は奴等と同類で、この身体にも狂った血は流れてるんだって。お前から何も奪いたくないなんて言っておきながら、俺自身がそれを許さない。…こんな執着をお前に向ける自分が怖かった…」
硬質な声音で蓮は言葉を重ねる。
「晴に知られたくなかったんだ…俺も霊泉家と同じなんだって事を…」
怜悧なその表情は酷く静かで。
だけど、俺には分かる。
その瞳の奥が揺れてるのが。
あの蓮が、まるで迷子みたいに不安そうにしてる。
俺に軽蔑される事を、何よりも恐れてーー
「同じじゃないよ…!」
考えるより先に言葉が出てた。
「だって、蓮はちゃんと俺の事考えてくれてるじゃん!」
だからこそ不安で、悩んで。
自分が俺の自由を奪う事を恐れて。
それが何よりの霊泉家との違いだ。
それに…それにさ、蓮。
俺はね…
「…どんなに安全で自由でも、蓮がいなきゃ意味ない…!」
そう声を上げた瞬間、やっと自分でも理解した。
色んな人に『晴を守る為に仕方なかったんだ』って言われて、感謝しつつもモヤモヤしてた訳を。
「蓮と離れる方が俺にとっていい事だなんて…幸せだなんて、勝手に決めるなよ…!」
もしも俺が遥とか啓太とか翔君の立場だったら、皆んなと同じ事を思うのかもしれない。
安全とか自分とか『普通』に生活する為の全てを引き換えにするべきじゃないって。
だけど、普通だから幸せなの?
俺の幸せも生き方も、俺が決めるものじゃないの?
「確かに友達も家族も大事だし、大学もちゃんと卒業したいよ…!自由に遊びにだって行きたいし、将来の夢だってある…!だけど、俺は…!」
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皆んなと同じように考えて、そうして。
だけどーー
俺だけに向ける蓮の優しい声を、眼差しを、その体温を。
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戻りたくない。
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あの時『初めて同い年の女の子』に見えた遥。
俺にとって圧倒的に頼るべき存在だった遥は、無意識のうちに翔君と同じくらい歳上みたいな感覚になってて。
遥もきっとそうで、そんな遥からすると7歳下の弟に恋愛の相談とか…ましてや弱音なんか吐けなかったと思う。
霊泉家の事も蓮に関する事も…とにかく俺の安全と自立を最優先に考えてくれてて、最早目線が俺の母さんみたいですらあって。
俺は俺で遥にできない事とか悩みがあるなんて考えてもみなかったし頼り切りだったし、本当にお互い様だ。
だけど、蓮は違う。
美優さんに言われた『晴人君は1番気持ちを尊重してほしい相手が蓮だったんだね』って言葉の真意。
俺は蓮とは対等でいたかった。
悩みを打ち明けて、相談して欲しかった。
それと何より、分かって欲しかった。
「好きなんだよ…!どうしようもなく…蓮の事が!蓮がいない人生なんて考えられないくらい…!!」
「晴…」
呼ばれた響に驚きが混じってることが悔しい。
俺がこんなに好きだって事を、蓮にだけは分かってて欲しかった。
「なのに、なんで…勝手に決めていなくなったの…!何で蓮の人生から俺を切り離したの…!」
涙が溢れてしゃくりあげながら、必死に訴える。
「ず、ずっと一緒にいるって言ったのにっ…!蓮の嘘つき…!!」
「晴…!」
伸ばされた手を振り払って。
「蓮なんか…嫌い!…大ッきら…」
だけど、続けられなかった。
その先は許さないみたいに、唇に落ちた温かい感触に言葉を塞がれたから。
拒絶した筈の腕の中にいるのに、どうしてこんなにも安心するんだろう。
どうして合わさった唇から、愛しさが溢れるんだろう。
ほんの少しの意地で蓮の胸を押すと、離れた分更に距離を詰められて。
一部の隙間もないくらいに覆われて、閉じ込められて。
痛い程の想いが心地よくて、胸の中が蓮でいっぱいになる。
「晴…ごめん…」
耳元で囁く低い声は、掠れて。
「俺が間違ってた…。傷付けてごめん、信じられなくてごめん…」
首筋にポツリと雫が落ちた。
●●●
更新が滞って申し訳ありません!
ちゃんと完結しますのでご安心ください!
お久しぶりです。
2ヶ月ぶりの更新となってしまいました…。
実はガッッツリ体調を崩してまして。
胃腸炎→風邪→結膜炎→風邪と体調不良のミルフィーユ!!
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白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
天啓によると殿下の婚約者ではなくなります
ふゆきまゆ
BL
この国に生きる者は必ず受けなければいけない「天啓の儀」。それはその者が未来で最も大きく人生が動く時を見せる。
フィルニース国の貴族令息、アレンシカ・リリーベルは天啓の儀で未来を見た。きっと殿下との結婚式が映されると信じて。しかし悲しくも映ったのは殿下から婚約破棄される未来だった。腕の中に別の人を抱きながら。自分には冷たい殿下がそんなに愛している人ならば、自分は穏便に身を引いて二人を祝福しましょう。そうして一年後、学園に入学後に出会った友人になった将来の殿下の想い人をそれとなく応援しようと思ったら…。
●婚約破棄ものですが主人公に悪役令息、転生転移、回帰の要素はありません。
性表現は一切出てきません。
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