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エルフ王国
リンの疑問 〈剣術・回避・跳躍〉
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――緑鼠を倒してから翌日、ナオは昼間は訓練場にてリンと木刀を打ち合っていた。最初の頃と比べて見違えるほどに動きがよくなったナオに対し、全員が戸惑いの表情を浮かべる。
「はあっ!!」
「くっ……甘い!!」
「わっ!?」
リンに打ち込んだ木刀が押し返され、彼女は反撃を繰り出すがナオは身体を反らして回避する。思いもよらぬナオの善戦に見学に訪れていた兵士達が戸惑い、偶然にも訪れていた国王とヤミンも感心したように頷き、イヤンは憎々しげに睨みつける。
「ほう、報告とは大違いではないか。あのリン将軍を相手によく粘っておるのう」
「外見は可愛らしいのに意外と素早いですわね」
「……外見は関係ないだろう」
昨日の戦闘で能力値を大幅に上昇したナオは暗殺者の長所である速度を生かし、矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。昨日と比べて動きに切れがあるナオに対し、リンは動揺を隠せない。
「す、素晴らしい動きです!!」
「ありがとうございます!!」
訓練用の剣を交じ合わせながらナオは木刀を横に構え、攻撃を繰り出そうとした時、唐突に視界に画面が表示された。
『技能スキル「剣術」を習得しました』
「えっ?」
戦闘の最中に新しいスキルを身に着けてしまったらしく、彼の視界の右側が塞がれてしまう。その隙を逃さず、リンが剣を繰り出す。
「そこっ!!」
「わあっ!?」
『技能スキル「回避」を習得しました』
『技能スキル「跳躍」を習得しました』
本能で危険を察して背後に跳んだナオの視界にさらに画面が表示され、彼は5メートル以上も空中に跳躍して着地する。その光景に全員が呆気に取られ、一方でナオも自分の行動に驚きを隠せない。
「び、びっくりした……あの、なんか跳躍というスキルを覚えたんですけど」
「……跳躍は文字通りに跳躍する際の飛距離を伸ばす技能スキルです。暗殺者の職業ならば確かに覚えやすいスキルではありますが……」
「素晴らしい!!たった三日でもうスキルを身に着けたのか!!」
国王がナオがスキルを覚えた事に拍手すると、周囲の者達も戸惑いながら拍手を行う。通常、SPを消費してスキルを覚える時以外はどのようなスキルも覚えるのに長期間の訓練を必要とする。国王はナオが短期間でスキルを覚えた事を褒めたたえるが、イヤンは気に入らなそうに腕を組む。
「……父上、そろそろ勇者様もリン将軍以外の相手と手合せを行ったらどうでしょう?自分から攻撃が出来ない彼女とばかり戦わせるのは不味いでしょう」
「ふむ、確かに一理あるのう」
「分かりました。では私の部下から誰か……」
「いや、そこの兵士!!お前に任せるぞ!!」
「えっ……わ、私でしょうか?」
イヤンの言葉に国王は同意し、リンは自分の配下から代わりにナオの相手となる兵士を選ぼうとしたが、イヤンは見学している男性の兵士を指さす。唐突に指名された兵士は驚くが、イヤンが彼を呼び寄せ、何事か囁く。
「……いいな、相手が勇者だからと言って気後れするな!!」
「は、はい!!」
「あの……」
勝手に話を進められたナオは抗議しようとしたが、既に国王が承諾してしまった以上は反対すると心象が悪くなる可能性があり、仕方なく剣を構える。兵士はリンから訓練用の剣を受け取り、ナオと向かい合うと真剣な表情で向かい合う。
「……よろしくお願いします!!」
「よろしくお願いします……」
「では、始めっ!!」
リンが開始の合図を告げた瞬間、兵士は雄たけびを上げてナオに向けて攻撃を繰り出す。相手側から最初から攻撃を仕掛けられたのは初めてであり、ナオは冷静に剣を握りしめて横に躱す。
「くっ、このっ!!」
「おっと」
幾らステータスが上昇したといってもナオの攻撃力は「30」であり、毎日のように訓練を受けて身体を鍛えている兵士の腕力には叶わない。だが、移動速度だけならば相手にも劣っておらず、冷静に攻撃動作を読んで回避に専念する。
「あ、当たらない!?」
「ふっ!!」
「うわっ!?」
「何をしている!?手を抜くなっ!!」
先ほど覚えた「回避」のスキルの効果もあるのか、ナオは冷静に相手の動きを見切って全ての攻撃を回避し、逆に剣を突き出す。彼の攻撃力では当たったところで大きな怪我は与えられないが、兵士は突き出された剣に焦って転んでしまう。その光景にイヤンが怒鳴りつけるが、ナオは立ち上がろうとした相手に近づき、間合いを詰める。
「はああっ!!」
「ひいっ!?」
「そこまで!!」
ナオの剣が兵士の首筋に構えられると、兵士は情けない声を上げて尻餅をついてしまい、それを目撃したリンが試合を止める。その光景に国王は頷き、ヤミンも拍手を行うが、イヤンは苛立ちを隠さずに鼻を鳴らす。
「お見事ですナオ様!!最後の動きは見事でしたよ!!」
「あ、ありがとうございます」
「くっ……!!」
嬉しそうにリンはナオの両手を握りしめて褒めたたえると、兵士は歯を食いしばりながら一礼して立ち去る。ナオは彼の顔に覚えがある事に気付き、初日にリンを押し倒した時に激高していた相手だと思い出した。
「……父上、どうやら普通の兵士では勇者殿の役不足のようですね。ここは別の人間に相手をさせましょう」
「別の人間とは?」
「恐れながらこの私が相手をしましょう」
「お兄様!?」
王子の発言に国王の目つきが変わり、ヤミンも驚いた表情を浮かべるが、リンが即座に反対する。
「私は反対です。いくらナオ殿が腕を上げたといっても、まだイヤン王子とは実力差があります」
「大丈夫だ将軍。いくら私も素人を相手に本気を出すつもりはない」
「そういう問題では……」
「イヤン、本気で言っているのか?」
国王が鋭い目つきでイヤンに視線を向けると、あまりの気迫に彼は後退るが、不敵な笑みを浮かべて言い返す。
「無論、いきなりこの場で戦うような真似は致しません。どうしても不安というのならば一週間ほど時間を与えましょう」
「一週間?」
「たったそれだけの期間では……」
「何を言うのだ。勇者殿はたった三日の間で兵士を打ち倒すほどの実力を身に着けたのだ。一週間も与えれば十分に私と戦える程に成長しているだろう。本当に勇者と呼ばれる存在ならばそれくらい出来て当たり前ではないのか?」
「ふむ……」
イヤンの言葉に国王は腕を組み、イヤンの企みは衆目の前でナオを打ち倒すことは明白だが、確かに彼の言葉にも一理ある。ナオの腕前が飛躍的に上昇しているのは紛れもない事実であり、勇者としての才覚が目覚め始めているのではないかと考えた彼はナオに問い質す。
「ナオ殿はどう思う?」
「え、僕ですか?」
「うむ。このイヤンは口は悪いが、剣の腕だけは将軍にも劣らぬ実力者だ。しかし、勇者殿もほんの数日で見違えるほどに腕を上げている様子、後日試合をしないか?」
「一週間後……」
「ふっ……まあ、勇者殿が気が向かないのならば諦めるが……」
イヤンの見下した表情にナオは苛立ちを抱くが、今回の試合は特に彼に利があるわけではない。いくら腕が上がったといっても、ほんの一週間の間にリンと同程度の力量を持つ王子に勝てる可能性は少なく、ここで断るべきかと彼は考えていると国王が意外な言葉を告げる。
「もしも勇者殿が引き受けてくれるのならばレベルを上げるためにこの城の外に連れ出そう。ずっと城の中で過ごすのは窮屈じゃろうしな」
「城の外?」
「父上!?」
「何を驚いておる。貴様、レベル1の勇者殿に試合を申し込むつもりだったのか?」
「ぐっ……」
予想外の父親の言葉にイヤンは黙り込み、彼等はナオがレベルが上昇している事を知らないので未だに彼がレベル1だと思い込んでいる。ナオは国王の申し出に考え込み、この城の外の世界にも前々から興味は抱いていた。
「無論、一週間程度ではレベルもそれほど上昇はしないじゃろう。だから期日は半月後に伸ばそうではないか。イヤン、お主も文句はないな?」
「父上の命令ならば……」
「僕も、構いません」
「うむ。ではリン将軍、後の事は頼むぞ」
「はっ!!」
国王は満足げに頷くと王子と王女を連れて立ち去り、残されたナオは遂に外の世界に赴ける好機が巡ってきたことに喜ぶ。しかし、その隣では不安そうな表情を抱くリンの姿があった――
――数分後、国王と妹と途中で別れて訓練場の出入口の前に戻ってきたイヤンはナオと勝負をさせた兵士を発見し、上機嫌で彼に近づく。
「おい、貴様!!さっきは中々の演技だったな」
「あ、王子様……」
「構わん、そうかしこまるな」
兵士は王子に声を掛けられて慌てて跪こうとするが、機嫌が良いイヤンは彼に小袋を投げつける。兵士は驚いた表情を浮かべて見上げると、イヤンは彼の肩を叩く。
「中々いい仕事をしたな。これで奴も天狗になっている事だろう」
イヤンはナオと試合を起こす前に兵士に囁いたのは「手加減した上で負けろ」という言葉であり、ナオの配下の女性兵士は彼女と似て真面目な性格の人間が多いため、イヤンの命令を聞かなかっただろう。だが、普通の兵士ならばイヤンの命令に逆らう度胸はなく、だからこそ彼は見学に訪れていた兵士に命じたのだ。
あの試合は兵士がわざと負ける事でナオに自信を持たせ、敢えて見学に訪れていた人間達の評価を上げる。その後にイヤンは自分が次の対戦相手を申し出る事で次の試合の際、圧倒的な実力差で彼を打ち倒し、今回上がった評価以上に彼の評価を落とすつもりだった。確かにナオの腕前が上がっているのは間違いないが、それでも素人が一か月程度で剣の訓練を受けた程度で自分に匹敵する実力を身に着けるとは彼は全く考えていなかった。
「あの男もまさか自分がわざと勝たせてもらった事に気付いていなかったようだしな。もういい、下がれ」
「お、王子様!!実は……」
「いいから下がれ、拾い忘れるなよ」
兵士が何かを告げようとしたが、イヤンは気にした風もなく通路を立ち去る。しかし、兵士は床に落とした小袋を拾い上げながら複雑な表情を浮かべ、彼はイヤンの命令を受けて試合で負けたわけではない。
「俺は本気で戦っていたのに……」
この兵士はリンに対して恋慕を抱いており、見学に訪れていた理由も勇者であるナオが目的ではなく、彼女と少しでも一緒の空間に居るために訪れていたのだ。しかし、彼は初日にリンがナオに押し倒された姿を目撃しており、あの時の怒りを思い出して試合では本気で挑んでいた。
「あれが勇者、か……」
こちらの兵士は30年以上は王城に仕えている。森人族は人間よりも遥かに長命なので彼のように数十年単位で使えている人間は少なくはない。彼の実力は将軍には及ばないものの、30年間欠かさず毎日訓練を怠らず、腕を磨いていた。だから他国の兵士と比べても技量は高く、将軍クラスの相手ならばともかく、同僚の兵士には負けたこともない。それにも関わらずにたった3日程度の訓練を受けたナオに本気で挑み、敗北した事に彼は深く落ち込む。
「はあっ!!」
「くっ……甘い!!」
「わっ!?」
リンに打ち込んだ木刀が押し返され、彼女は反撃を繰り出すがナオは身体を反らして回避する。思いもよらぬナオの善戦に見学に訪れていた兵士達が戸惑い、偶然にも訪れていた国王とヤミンも感心したように頷き、イヤンは憎々しげに睨みつける。
「ほう、報告とは大違いではないか。あのリン将軍を相手によく粘っておるのう」
「外見は可愛らしいのに意外と素早いですわね」
「……外見は関係ないだろう」
昨日の戦闘で能力値を大幅に上昇したナオは暗殺者の長所である速度を生かし、矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。昨日と比べて動きに切れがあるナオに対し、リンは動揺を隠せない。
「す、素晴らしい動きです!!」
「ありがとうございます!!」
訓練用の剣を交じ合わせながらナオは木刀を横に構え、攻撃を繰り出そうとした時、唐突に視界に画面が表示された。
『技能スキル「剣術」を習得しました』
「えっ?」
戦闘の最中に新しいスキルを身に着けてしまったらしく、彼の視界の右側が塞がれてしまう。その隙を逃さず、リンが剣を繰り出す。
「そこっ!!」
「わあっ!?」
『技能スキル「回避」を習得しました』
『技能スキル「跳躍」を習得しました』
本能で危険を察して背後に跳んだナオの視界にさらに画面が表示され、彼は5メートル以上も空中に跳躍して着地する。その光景に全員が呆気に取られ、一方でナオも自分の行動に驚きを隠せない。
「び、びっくりした……あの、なんか跳躍というスキルを覚えたんですけど」
「……跳躍は文字通りに跳躍する際の飛距離を伸ばす技能スキルです。暗殺者の職業ならば確かに覚えやすいスキルではありますが……」
「素晴らしい!!たった三日でもうスキルを身に着けたのか!!」
国王がナオがスキルを覚えた事に拍手すると、周囲の者達も戸惑いながら拍手を行う。通常、SPを消費してスキルを覚える時以外はどのようなスキルも覚えるのに長期間の訓練を必要とする。国王はナオが短期間でスキルを覚えた事を褒めたたえるが、イヤンは気に入らなそうに腕を組む。
「……父上、そろそろ勇者様もリン将軍以外の相手と手合せを行ったらどうでしょう?自分から攻撃が出来ない彼女とばかり戦わせるのは不味いでしょう」
「ふむ、確かに一理あるのう」
「分かりました。では私の部下から誰か……」
「いや、そこの兵士!!お前に任せるぞ!!」
「えっ……わ、私でしょうか?」
イヤンの言葉に国王は同意し、リンは自分の配下から代わりにナオの相手となる兵士を選ぼうとしたが、イヤンは見学している男性の兵士を指さす。唐突に指名された兵士は驚くが、イヤンが彼を呼び寄せ、何事か囁く。
「……いいな、相手が勇者だからと言って気後れするな!!」
「は、はい!!」
「あの……」
勝手に話を進められたナオは抗議しようとしたが、既に国王が承諾してしまった以上は反対すると心象が悪くなる可能性があり、仕方なく剣を構える。兵士はリンから訓練用の剣を受け取り、ナオと向かい合うと真剣な表情で向かい合う。
「……よろしくお願いします!!」
「よろしくお願いします……」
「では、始めっ!!」
リンが開始の合図を告げた瞬間、兵士は雄たけびを上げてナオに向けて攻撃を繰り出す。相手側から最初から攻撃を仕掛けられたのは初めてであり、ナオは冷静に剣を握りしめて横に躱す。
「くっ、このっ!!」
「おっと」
幾らステータスが上昇したといってもナオの攻撃力は「30」であり、毎日のように訓練を受けて身体を鍛えている兵士の腕力には叶わない。だが、移動速度だけならば相手にも劣っておらず、冷静に攻撃動作を読んで回避に専念する。
「あ、当たらない!?」
「ふっ!!」
「うわっ!?」
「何をしている!?手を抜くなっ!!」
先ほど覚えた「回避」のスキルの効果もあるのか、ナオは冷静に相手の動きを見切って全ての攻撃を回避し、逆に剣を突き出す。彼の攻撃力では当たったところで大きな怪我は与えられないが、兵士は突き出された剣に焦って転んでしまう。その光景にイヤンが怒鳴りつけるが、ナオは立ち上がろうとした相手に近づき、間合いを詰める。
「はああっ!!」
「ひいっ!?」
「そこまで!!」
ナオの剣が兵士の首筋に構えられると、兵士は情けない声を上げて尻餅をついてしまい、それを目撃したリンが試合を止める。その光景に国王は頷き、ヤミンも拍手を行うが、イヤンは苛立ちを隠さずに鼻を鳴らす。
「お見事ですナオ様!!最後の動きは見事でしたよ!!」
「あ、ありがとうございます」
「くっ……!!」
嬉しそうにリンはナオの両手を握りしめて褒めたたえると、兵士は歯を食いしばりながら一礼して立ち去る。ナオは彼の顔に覚えがある事に気付き、初日にリンを押し倒した時に激高していた相手だと思い出した。
「……父上、どうやら普通の兵士では勇者殿の役不足のようですね。ここは別の人間に相手をさせましょう」
「別の人間とは?」
「恐れながらこの私が相手をしましょう」
「お兄様!?」
王子の発言に国王の目つきが変わり、ヤミンも驚いた表情を浮かべるが、リンが即座に反対する。
「私は反対です。いくらナオ殿が腕を上げたといっても、まだイヤン王子とは実力差があります」
「大丈夫だ将軍。いくら私も素人を相手に本気を出すつもりはない」
「そういう問題では……」
「イヤン、本気で言っているのか?」
国王が鋭い目つきでイヤンに視線を向けると、あまりの気迫に彼は後退るが、不敵な笑みを浮かべて言い返す。
「無論、いきなりこの場で戦うような真似は致しません。どうしても不安というのならば一週間ほど時間を与えましょう」
「一週間?」
「たったそれだけの期間では……」
「何を言うのだ。勇者殿はたった三日の間で兵士を打ち倒すほどの実力を身に着けたのだ。一週間も与えれば十分に私と戦える程に成長しているだろう。本当に勇者と呼ばれる存在ならばそれくらい出来て当たり前ではないのか?」
「ふむ……」
イヤンの言葉に国王は腕を組み、イヤンの企みは衆目の前でナオを打ち倒すことは明白だが、確かに彼の言葉にも一理ある。ナオの腕前が飛躍的に上昇しているのは紛れもない事実であり、勇者としての才覚が目覚め始めているのではないかと考えた彼はナオに問い質す。
「ナオ殿はどう思う?」
「え、僕ですか?」
「うむ。このイヤンは口は悪いが、剣の腕だけは将軍にも劣らぬ実力者だ。しかし、勇者殿もほんの数日で見違えるほどに腕を上げている様子、後日試合をしないか?」
「一週間後……」
「ふっ……まあ、勇者殿が気が向かないのならば諦めるが……」
イヤンの見下した表情にナオは苛立ちを抱くが、今回の試合は特に彼に利があるわけではない。いくら腕が上がったといっても、ほんの一週間の間にリンと同程度の力量を持つ王子に勝てる可能性は少なく、ここで断るべきかと彼は考えていると国王が意外な言葉を告げる。
「もしも勇者殿が引き受けてくれるのならばレベルを上げるためにこの城の外に連れ出そう。ずっと城の中で過ごすのは窮屈じゃろうしな」
「城の外?」
「父上!?」
「何を驚いておる。貴様、レベル1の勇者殿に試合を申し込むつもりだったのか?」
「ぐっ……」
予想外の父親の言葉にイヤンは黙り込み、彼等はナオがレベルが上昇している事を知らないので未だに彼がレベル1だと思い込んでいる。ナオは国王の申し出に考え込み、この城の外の世界にも前々から興味は抱いていた。
「無論、一週間程度ではレベルもそれほど上昇はしないじゃろう。だから期日は半月後に伸ばそうではないか。イヤン、お主も文句はないな?」
「父上の命令ならば……」
「僕も、構いません」
「うむ。ではリン将軍、後の事は頼むぞ」
「はっ!!」
国王は満足げに頷くと王子と王女を連れて立ち去り、残されたナオは遂に外の世界に赴ける好機が巡ってきたことに喜ぶ。しかし、その隣では不安そうな表情を抱くリンの姿があった――
――数分後、国王と妹と途中で別れて訓練場の出入口の前に戻ってきたイヤンはナオと勝負をさせた兵士を発見し、上機嫌で彼に近づく。
「おい、貴様!!さっきは中々の演技だったな」
「あ、王子様……」
「構わん、そうかしこまるな」
兵士は王子に声を掛けられて慌てて跪こうとするが、機嫌が良いイヤンは彼に小袋を投げつける。兵士は驚いた表情を浮かべて見上げると、イヤンは彼の肩を叩く。
「中々いい仕事をしたな。これで奴も天狗になっている事だろう」
イヤンはナオと試合を起こす前に兵士に囁いたのは「手加減した上で負けろ」という言葉であり、ナオの配下の女性兵士は彼女と似て真面目な性格の人間が多いため、イヤンの命令を聞かなかっただろう。だが、普通の兵士ならばイヤンの命令に逆らう度胸はなく、だからこそ彼は見学に訪れていた兵士に命じたのだ。
あの試合は兵士がわざと負ける事でナオに自信を持たせ、敢えて見学に訪れていた人間達の評価を上げる。その後にイヤンは自分が次の対戦相手を申し出る事で次の試合の際、圧倒的な実力差で彼を打ち倒し、今回上がった評価以上に彼の評価を落とすつもりだった。確かにナオの腕前が上がっているのは間違いないが、それでも素人が一か月程度で剣の訓練を受けた程度で自分に匹敵する実力を身に着けるとは彼は全く考えていなかった。
「あの男もまさか自分がわざと勝たせてもらった事に気付いていなかったようだしな。もういい、下がれ」
「お、王子様!!実は……」
「いいから下がれ、拾い忘れるなよ」
兵士が何かを告げようとしたが、イヤンは気にした風もなく通路を立ち去る。しかし、兵士は床に落とした小袋を拾い上げながら複雑な表情を浮かべ、彼はイヤンの命令を受けて試合で負けたわけではない。
「俺は本気で戦っていたのに……」
この兵士はリンに対して恋慕を抱いており、見学に訪れていた理由も勇者であるナオが目的ではなく、彼女と少しでも一緒の空間に居るために訪れていたのだ。しかし、彼は初日にリンがナオに押し倒された姿を目撃しており、あの時の怒りを思い出して試合では本気で挑んでいた。
「あれが勇者、か……」
こちらの兵士は30年以上は王城に仕えている。森人族は人間よりも遥かに長命なので彼のように数十年単位で使えている人間は少なくはない。彼の実力は将軍には及ばないものの、30年間欠かさず毎日訓練を怠らず、腕を磨いていた。だから他国の兵士と比べても技量は高く、将軍クラスの相手ならばともかく、同僚の兵士には負けたこともない。それにも関わらずにたった3日程度の訓練を受けたナオに本気で挑み、敗北した事に彼は深く落ち込む。
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