種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
52 / 1,095
放浪島編

狼男

しおりを挟む
草原を「5番」と共に移動中、レノは空を見上げると今日が満月だと知る。草原で満月を見上げていると、最初に赤ん坊として生まれた日を思い出す。あの時はフレイの乳房に吸い付きながら、ユニコーンの背に揺られていたが、今は牛とも馬とも言えない生物に乗ってこんな場所を移動している事に思わず苦笑する。


「クォオッ?」
「何でもないよ……お前にも名前を付けるか」
「クオンッ……」


何時までも「5番」という味気ない名前で呼び続けるのもなんなので、レノはこの生物の名前を考える。牛と馬に似ているため、どちらの生物の鳴き声を思いだし、二つを合わせて「モーヒ」と名付ける事にした。


「よし、お前の名前はモーヒだ」
「クォオオンッ♪」


嬉しそうにモーヒと名付けられた生物は鳴き声を上げ、心なしが速度を上げてくれる。単純な性格にレノはモーヒの頭を撫で上げながら、しばらくの間は月を見上げて草原を進んでいると、


「……んっ……?」


何時の間にか草原の様子が変化しており、1メートル以上に生えた芝生の群が延々と広がっている。


「クオッ……クオオンッ」
「うわっ……ど、どうした?」


突然、モーヒが怯えたような声を上げ、急に体勢を変えて監獄の方に戻ろうとする。慌ててレノは引き留めようとするが、モーヒは言う事を聞かずに辺りを行き来する。どうやら、この先の芝生には行きたくないらしいが、レノとしてはここを通らなければ山岳地帯にはたどり着けない。


「分かった、分かったから……降ろしてくれ」
「クオオッ……」


レノが飛び降りると、モーヒは彼の服の裾を口にくわえ、一緒に逃げるように促してくる。この先に何が待っているのかは分からないが、相当な危険が待っているだろう。恐らくは「魔獣」が潜んでいる可能性が高い。

自分の腕を見て、魔石が発動することを確認し、レノは芝生を見る。芝生は自分の身長(130センチ)よりも高く、これでは進むだけでも視界は覆われてしまう。「転送魔法」が使えないに等しい。また、「隠密」の魔法を使うにしても時間制限があり、第一に芝生を移動するだけでもすぐに音が響いて居場所がばれてしまう。

頼りになるのは「嵐」と「雷」の魔法だけだが、魔獣に襲われて撃退できるのかは分からない。


「空を飛べる魔法でも覚えられればな……」
「クオオッ……」


レノは後ろから服の裾を引っ張るモーヒをを引き剥がし、芝生に視線を向け、耳を研ぎ澄ましてみるが風で芝生が揺れ動く音しか聞こえない。

覚悟を決めて、レノは芝生に向けて歩き出す。後方から悲しげなモーヒの鳴き声が聞こえてくるが、一度だけ振り返り、軽く手を振って別れを告げると芝生の中に足を踏み入れる。


――ガサガサッ……


「……動きにくいな……」


芝生を掻き分けながら、レノは警戒を怠らずに突き進むが、数分としないうちに異変に気付く。


ガサガサッ……!!


「……っ!?」


人間よりも聴覚が優れているレノの耳に、どこかから芝生を掻き分けて、こちらに向かってくる音と気配を感じ取る。すぐに方向を特定しようとしたが、こうも周囲が芝生に囲まれていては正確な居場所は掴めない。レノは掌に「嵐」を収め、周りの芝生をどうにかするため、


「風壁!!」


――ゴォオオオオオオオッ!!


自分の周囲に嵐を纏わせ、芝生を風で吹き飛ばす。すぐにもレノの周囲5メートルほどの芝生が地面に倒れ込み、周囲を警戒すると、



「ウガァアアアアッ!!」



ドォオオンッ!!


レノの後方の芝生から、何かが飛び出し、振り返ると、



「ガァアアアアッ!!」



視界に黒い狼のような牙が迫っており、咄嗟にレノは地面に倒れこむように体勢を低くすると、牙は自分の上を通り過ぎ、そのまま自分の身体を乗り越えて芝生に姿を隠す。


「何だ……!?」


グルルルッ――!!


周囲の芝生から唸り声が聞こえ、一瞬だったが姿を確認したレノは両手の掌から「嵐」を発生させる。


「狼男……」


現実世界で「絵本」で見たことがある怪物であり、顔は狼だが身体は人間に狼の体毛が覆われ、手足は狼そのものであり、どちらかというと二足歩行している巨大な狼にも思われる。こちらの世界の狼男の情報は知らないが、レノは警戒しながらも周囲に「嵐弾」を打ち込む。


ズドォンッ!!


ズドォッ!!



「ガルルルッ……!!」
「くそっ……」


何発か嵐弾を芝生に打ち込むが、狼男は周囲を走り回っているのか当たった様子はなく、無駄に魔力を消費するだけだった。

一か八か、威力が高く、攻撃範囲が広い「撃嵐」を放とうか考えたが、もしも失敗したら取り返しがつかない。魔力を大幅に消費して動けなくなる。嵐弾を打ち込むのを中止し、レノはいつでも迎え撃てるように片膝をついて警戒していると、


ガサガサッ……


「グルルルッ……」
「くっ……」


前方の林から、唸り声を上げながら狼男が姿を現す。その体毛は黒く覆われ、想像以上に顔面は醜く、牙と爪はナイフを思わせる如く鋭く尖っている。

体長は2メートル程であり、今までは四つん這いで芝生の中を駆け回っていたのだろう。これほどまでに大きい魔物を見るのは孤児院で共に育った「サイクロプス(正確には魔人)」以来だ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:17,916pt お気に入り:1,963

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,990pt お気に入り:2,474

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:16,656pt お気に入り:3,110

忘却の彼方

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

処理中です...