種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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ヒナ編

魔装の応用

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ヒナは自分に向かってくる水晶の触手を躱し続け、立ち止まらずに移動し続ける。触手の数は覆いが、速度自体は彼女の動体視力で見きれないほどではなく、足元に風の魔力で形成した車輪を作り出して避け続ける(闘人都市でも使用した「風輪」と同じ移動術)。


ドバァアアアアッ……!!


嵐属性の車輪が泥をまき散らしながら移動を行い、上、横、前方、後方からの触手を高速移動で躱す。彼女が使用している「風輪」は元々は足元が雪で覆われた北部山岳で造りだした移動術であり、このような足元に踏ん張りが効かない土地でこそ効果を発揮する。


ズドドドドッ……!!


先端が尖った触手が降り注ぎ、攻撃を避けながら作戦を考える。ヒナが現時点で扱えるのは風輪と瞬脚のみであり、ソフィアの時と違ってある程度の嵐属性の魔法が扱えるのは便利である。


(さて……どうするかな)


魔鎧を発動中は右腕に意識が集中するため、他の部位に嵐属性の魔法を発動させることは難しい。この風輪を発動させたまま右腕に魔鎧を纏わせることは不可能であり、状況は不利になる一方だった。

先ほどの瞬脚のような一瞬だけ嵐属性の魔法を発動させるだけならば魔鎧も魔装も維持できるが、この不安定な土地で触手を躱し続けるのは風輪だけであり、解除すればすぐに無数の触手が彼女の身体を拘束するだろう。


(ゴンちゃんたちの援軍は期待できないし……)


ゴンゾウたちは樹木の中に隠れて待機しており、ヒナが合図を出すまで決して出てこない様に厳命している。彼らは大人しくそれに従い、木陰からヒナとスライムの戦闘の様子を伺っている。

ポチ子やゴンゾウが心配そうな視線を向ける中、冒険者たちは頭を抑えて小さくなっており、何でこのような事に巻き込まれたのかと後悔している。彼らはつい最近に入団したばかりの新参者であり、どちらも普通のギルドの冒険者として過ごすよりはテンペスト騎士団の方が金銭的に余裕があると判断して入団したのだ。

王国側も先の剣乱武闘で騎士団にも大きな被害が及び、未だに入院している者も多い。そのため、今回の放浪島での遺跡調査には一般冒険者からも募集を行い、テンペスト騎士団の入団条件を和らげて大勢の人間を招き入れたのだ。



――先の剣乱武闘で問題を起こした「ロスト・ナンバーズ」さらには連絡が取れない「人魚族」と「魔人族」を警戒し、王国は各領地に大量の兵を配置させている。他にもフェンリルに対抗するために軍を再編成しているという理由もあり、この放浪島に送り込まれたテンペスト騎士団の団員の少数は一般人の出でもある。



「くそぉっ……金が良いからって、こんな仕事引き受けるんじゃなかった……」
「帰りてぇ……」
「素直に実家を継いで、畑でも耕していたら良かった」
「……お前達、何しに来た?」


ぶつぶつと愚痴りながら木陰に隠れて動こうとしない冒険者たちにゴンゾウは首を傾げるが、彼の隣でポチ子とコトミが並んで泉の様子を確認する。


「わうっ……このまま見てていいんでしょうか?」
「……合図があるまで、じっとしているように言われた」
「そうでした!!合図があるまで、じっとしてます……でも、1つ気になるんですけど……合図って何の合図ですか?」
「……聞いていない」


ヒナがどのような行動を起こしたら合図と判断していいのか分からず、コトミとヒナは不安そうにお互いの耳(コトミの場合は癖っ毛)をぴこぴこと動かし、ゴンゾウに振り返るが彼も首を振る。

よくよく考えれば誰もヒナの合図の動作を確認しておらず、彼女がどのような動作を行ったら合図と判断すればいいのか分からず、困惑していた。


「……あっ、止まった」
「え?」
「何?」


コトミの言葉にポチ子とゴンゾウが泉に視線を向けると、作戦が決まったのかヒナが風輪を解除して立ち止まり、ブルースライムに向けて視線を向けていた。


ドシュッ!!ドシュッ!!


スライムの肉体から十数本の触手が蠢かせ、そのどれもが棘のように先端部が尖っており、液体状の触手とはいえ、突き刺さればヒナの肉体もただでは済まない。


ボウッ……!!


彼女は右腕を前に差し出し、一魔鎧を発動させて触手に構える。しかし、触手の数があまりにも多く、右腕だけでは防ぎきれないだろう。



(さて……上手く行くか)



ヒナは青く光り輝く炎を纏わせた右腕を構えながら、掌に握りしめた魔石を確認する。事前にアルトから渡された物であり、本来ならば部隊長であるヒナにも一級品の魔石を用意されるはずなのだが、彼女自身が魔石無しでも簡単に魔法を発現出来るため、必要ないと勝手に他の部隊長たちが第四部隊に渡されるはずの魔石を押収したという。

隠密部隊であるカゲマルを除き、他の第一部隊と第二部隊の隊長たちの独断行動であり、どちらも現在はアルトやジャンヌとは別々の地域で捜索中のため、問い質す事も出来ない。

この魔石はアルトがリーリスの魔の手から救ってくれたお礼として手渡した物であり、魔石の使い方も丁寧に教えてくれた。



――王国側が最新の製造方法で製造された魔石は非常に扱いやすく、魔術師以外の一般冒険者も愛用している。魔石の使用方法は掌で握りしめ、放出する方向に構えて魔石に封じ込められた「魔法名」を口にするだけである。通常の魔術師の魔法と違い、詠唱を必要としない。



だが、通常の魔石よりも非常に費用が掛かるため、この王国側の魔石は限られた数しか生産できない。そのため、大切に扱うように申し付けられているが、今が使い処だろう。


「さて……どうなるか」



ゴォオオオオッ……!!



右の掌で握りしめた魔石から風属性の魔力が放出され、アルトに魔石を渡された時からある考えが思い抱いていた。魔装はあらゆる物体を強化させる事が出来る技術だが、仮に魔鎧で魔石に魔槍術を施した状態で魔法を発現した場合はどうなるのか。



ズドドドドッ……!!



危険を察知したのかスライムは先端部を鋭利に尖らせた触手を彼女に向けて放つが、既に準備を終えているヒナは魔石を向け、



「スラッシュ!!」



魔石に封じられている「魔法名」を発現した途端、彼女の掌に握り締められている石が光り輝き、「蒼炎」を纏わせた三日月の形をした刃が放出される。アルトから渡されたのは初心者でも扱えるレノの「乱刃」と酷似した風属性の魔法が封じ込められただけの魔石だが、風の刃が「蒼炎」を纏いながらスライムに向けて放たれる。



ズバァアアアァッ……!!



向い来る触手を全て「蒼炎の刃」が薙ぎ払い、スライムの本体に目掛けて接近する。先ほどの棒は本体が穴を形成して避けたが、今回は軽く3メートルを越える刃が放たれ、スライムが回避行動に移る前に到達した。



ドパァァアアンッ!!



まるで水中に大きな岩でも投げ込まれたような音が響き渡り、ヒナが放出した砲撃魔法がスライムの身体に命中し、一気に蒸発させる。やがてスライムは縮小化し、遂には周囲に無数の欠片を放出させながら四散した。



「ふうっ……実験成功かな」



掌を確認すると、そこには砕け散った灰色に変色した魔石だけが残っており、役割を果た魔石はもう二度と使い物にならない事は事前に聞いている。それらを地面に置くと、彼女は唖然とした表情でこちらを見つめるゴンゾウたちに顔を向けると、何かを思い出したようにはっとした表情を浮かべる。


「……ごめん、合図を出すの忘れてた。ていうか、合図決めてなかった……」
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