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第63話 限界強化

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「このぉっ!!」
「うわっ!?」
「はうっ!?」
『ああっ!?』


バルルは自分の全体重を利用して綱を引っ張り、徐々にだがリンとハルカは引き寄せられていく。リンも既に身体強化を発動させて引っ張っているが、それでも本当の巨人族が相手となると分が悪い。


(この人、強い!?このままだと勝てない……!!)


ハルカもリンと同様に無意識に身体強化を発動させて引っ張っているが、二人がかりでも本気となったバルルと張り合うのがやっとだった。最初のうちは力は拮抗していたが、徐々にリンとハルカは引き寄せられていく。


(まずい、効果が切れる……そうなったら大変な事になる!?)


身体強化の効果が切れかかっており、もしも今の状態でリンとハルカの身体強化が切れたら大惨事が起きる。巨人族のバルルが全力で綱を引いたらハルカとリンは耐え切れず、恐らくは綱に引き寄せられて派手に吹き飛ぶ。

転ぶだけで済めばいいが、下手をしたら壇上から落ちてしまう。そうなるとリンはともかく、ハルカは怪我をしてしまうかもしれない。そう考えたリンはこの状況を打破する方法を考える。


(もっと身体能力を高める事ができれば……!!)


身体強化を発動させる際、リンは魔力を活性化させる。彼の魔力操作の技術が向上する事に活性化を高める事ができるため、分かりやすく言えば身体能力の強化を向上できる。


(後の事は考えるな……限界まで筋力を強化するんだ!!)


これまでリンは身体強化を発動させる際、無意識に身体の負担が大きくなり過ぎないように加減していた。しかし、巨人族のような相手と戦う場合は限界まで筋力を強化するしか勝ち目はなく、ハルカのためにもリンは魔力を活性化させた。


「うおおおっ!!」
「わあっ!?」
「な、なんだって!?」
『ええっ!?』


いきなり大声をあげたリンにハルカは驚くが、彼の身体から薄っすらと魔力が纏う。全身の筋力を強化させるためにリンは魔力を急速に消耗させ、その際に魔力が僅かに体外に漏れ出てしまう。

限界まで筋力を強化した事で普段の身体強化よりも更なる力を引き出し、これは最早単なる身体強化ではなく、名付けるとしあら「限界強化」という言葉が相応しいとリンは頭の中で考える。


「おりゃああっ!!」
「そ、そんなっ……馬鹿なっ!?」
「リ、リン君!?」
「し、信じられません!!これが火事場の馬鹿力というのでしょうか!?凄い気合で挑戦者が綱を引き寄せています!!」
「い、行けっ!!」
「そのまま勝っちまえっ!!」
「あと少しだ!!」


限界まで筋力を強化したリンは先ほどとは打って変わって凄まじい腕力を発揮し、一気に綱を引き寄せていく。バルルも抗おうとするが全体重と力を合わせても敵わずに引っ張られてしまう。


「何だい、この馬鹿力は!?あんた本当に人間なのか!?」
「ふぅっ……ふぅっ……!?」
「リン君!?大丈夫?」


リンは身体中の血管を浮き上がらせ、もうまともに声も聞こえていない様子だった。それでも彼のお陰で綱は引き寄せられ、あと一歩でバルルに勝てると思われた。


(あと少しだ!!あと少しで――!?)


しかし、もう少しでバルルを完全に引き寄せて勝てると思われた時、唐突にリンの身体から放たれていた魔力が消えてしまう。直後にリンは身体に力が入らなくなり、綱を引く力が緩んでしまう。

何が起きたのかリンは理解できなかったが、先ほどの限界強化によって体内の魔力の殆どを消費した事を知る。あまりにも負担をかけ過ぎたせいで肉体がまともに動かず、糸が切れた人形のように倒れてしまう。


「うあっ……」
「リン君!?」
「な、何だい!?」
「ウォンッ!!」


倒れる寸前にリンの耳にはハルカとバルルの驚愕の声と、自分の元に駆けつけるウルの姿を確認すると、そこで彼の意識は途絶えた――





――次にリンの意識が戻った時、最初に彼が見えたのは青空だった。自分が広場にあるベンチに横たわっている事に気付いたリンは起き上がろうとしたが、全く身体に力が入らず、それどころか少し動くだけで激痛が襲う。


「あいてっ!?」
「あっ!?良かった、目を覚ましたんだね!!」
「……ハルカ?」


リンの傍にはハルカの姿があり、彼女は涙目で両手をリンのお腹に押し当てて回復魔法を発動させていた。どうやら彼女が治療してくれていたらしく、すぐにリンは気絶する寸前の事を思い出す。


「そっか……僕、倒れたのか」
「うん……急にリン君が倒れたから心配してたんだよ。でも、すぐに治してあげるからね!!」
「あ、ありがとう……」


綱引きの途中でリンは気絶してしまい、すぐに彼はベンチに運ばれてハルカから回復魔法の治療を受けていたらしい。時間はまだそれほど経過していない様子だが、試合はどうなったのかを聞こうとした。


「ハルカ、試合は……いつぅっ!?」
「あっ!?まだ動いちゃ駄目だよ!!」


回復魔法を受けている最中にリンは起き上がろうとしたが、全身に激痛が走ってベンチから危うく転げ落ちそうになる所をハルカが支える。


「もう、まだ無理をしちゃ駄目だよ。ほら、大人しくしててね」
「むぐぐっ……」


転げ落ちそうになったリンをハルカは支えると、この際に彼女の大きな胸を顔に押し当てられる。しかし、今回ばかりは全身の痛みのせいでそれどころではなかった。


(初めて身体強化を発動させた時よりも身体が痛い。それに今のハルカの回復魔法ですぐに治らないなんて……)


リンの指導もあってハルカは以前よりも魔法の腕は上達したはずだが、そんな彼女の回復魔法でもリンの肉体を完全に治すのに時間が掛かった。

最初にハルカと会った時はリンは身体強化を発動させて筋肉痛を引き起こし、彼女に回復魔法を掛けられて治してもらった。あの時は10秒も掛からずに治して貰ったが、今の彼女は最初に出会った時よりも格段に魔法の腕を上げている。それにも関わらずに今回の治療には相当な時間をかけていた。


(限界まで筋力を強化させると、こんな目に遭うのか……これは封印した方がいいな)


限界強化は一時的に通常の身体強化以上の力を引き出す事はできるが、その反面に肉体への負担は凄まじく大きい。ハルカの回復魔法ですらも瞬時に治す事はできず、もしもリンが自力で治そうとしたらどれほどの時間が掛かるのか分からない。


(こんな力を実戦で使ったら大変な事になるな……でも、凄い力だった)


一時的とはいえ、リンは巨人族のバルルと対等に渡り合える程の腕力を身に着ける事ができた。限界強化を発動させれば武器がなくともホブゴブリンやボア程度の相手なら倒せるかもしれない。

だが、限界強化の効果が切れると意識が途切れてしまい、目を覚ました後も酷い筋肉痛に襲われてまともに動く事もできない。今回はハルカが治療してくれたお陰でどうにかなったが、もしもハルカが居なかったらとんでもない事態に陥っていたかもしれない。


「凄い技を覚えたと思ったんだけどな……」
「技がどうしたんだい?」
「うわっ!?」
「あっ、さっきのお姉さん!?」
「クゥ~ンッ……」


リンの視界にウルを片手で抱えたバルルが現れ、彼女はベンチで横になっているリンの元にウルを運ぶ。


「ほら、ご主人様の所に帰りな」
「ウォンッ!!」
「わっ……よしよし」


ようやく身体が動ける程に回復したリンはウルの頭を撫でると、彼は心配していたとばかりに尻尾を振って擦り寄ってくる。そんな彼を抱き寄せながらリンはバルルに振り返って一番気になっていた事を尋ねる。
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