貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1050話 行先

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「――クゥ~ンッ」
「うわっ……モモ、くすぐったいよ」
「ウォンッ(誰がモモやねん)」
「って、ビャクか……モモのわけないよね」


ビャクに顔を舐められてナイは目を覚ますと、すぐに身体を起き上げて牙竜とアンの様子を伺う。まだ夜明け前らしく、牙竜もアンも休んでいる様子だった。

今ならば不意打ちもできるだろうが、最初の一撃で確実に仕留めなければ勝ち目はない。せめて仲間が他にいれば話は別だが、他の者たちが簡単に追いつく可能性は低い。


(本当に眠っていたのか……)


ナイはアンに視線を向け、彼女が実は自分達に気付いていて敢えて尾行させているのはでないかと考えたが、それならばナイが眠っている間に何らかの行動を移すはずである。


(そういえばアンは他の魔物を従えているのかな?確か、森の中に罠を仕掛けたのはアンの魔物だと言っていたけど……)


討伐隊の合流が遅れたのはアンが事前に森の中に送り込んだ魔獣が罠を仕掛け、そのせいで討伐隊の進行が遅れた。その話を聞いたナイは実は今もアンに服従する魔物が近くにいて潜み、自分達を監視しているのではないかと思ったが、相変わらず周囲に気配は感じない。

牙竜という存在のせいで森の中にも関わらず、動物、魔物、昆虫すらも牙竜という存在に恐れを為して近付かない。牙竜も自分を襲う存在が居ないと確信しているからこそ熟睡しているのかもしれない。


(今の所、動く様子はないな……こっちも身体を休めておくかな)


仮に眠っている間に牙竜に見つかると厄介な事態に陥るが、ナイ達は見つからないと判断した距離で身体を休めており、仮に見つかったとしても逃げ切れる自信はあった。

どうやら牙竜は森の中を移動する事は苦手らしく、道中で進行方向に存在する樹木を薙ぎ倒して進んでいた。牙竜が樹木を破壊して移動するのは森の中の移動に慣れていない事を意味しており、そもそも牙山は岩山で樹木の類は生えていない。


(森の中ならビャクの方が速く動けるはずだ)


平地ならば牙竜の移動速度に勝る魔獣はいないかもしれないが、障害物の多い森や山の中ならば白狼種のビャクの方が勝る。それを確信したからこそナイは相棒を信じて今のうちに身体を休めておく。


「ビャクも今のうちに眠っておいた方がいいよ。大丈夫、何かあったらすぐに起こすから」
「ウォンッ……」


ナイの言葉にビャクは頷き、彼が眠るまでの間はナイはビャクの傍にいる。ビャクが寝息を立てるとナイは牙竜とアンの様子を伺う。

頬を叩いて眠気を吹き飛ばすとナイは牙竜とアンの見張りを続行し、どちらも不審な行動を取っていないのか常に注意しておく。しかし、結局は何事も起きないまま深夜を迎えようとした――





――時刻が深夜を迎えた頃、ナイの目印を追って他の討伐隊の者達も追跡を行っていた。指揮を執っているのは大将軍のロランであり、黄金冒険者達の姿もあった。


「おい、こっちに目印があったぞ!!」
「こっちも見つけたでござる!!」
「ここもだ」


目印を発見したガオウが声をかけると、彼よりも先に歩いていたクノが声をかけ、更に彼女よりも前に進んでいたシノビが目印を発見した。


「やれやれ、坊主は何処まで行ったんだ?全然姿が見えねえな……」
『罠の可能性はないのか?実は他の奴が残した目印だったりとか……』
「いや、ナイが無抵抗で捕まったり、殺されるとは思えん。仮に見つかっていたとしても戦闘の痕跡ぐらいは残っているはずだ」
「それもそうですわね」


ロランの言葉にドリスも頷き、あのナイが簡単に敗れるとは思えない。しかし、相手が相手なだけに追跡を行う討伐隊もナイの身を案じる。


「ナイ君、大丈夫かな……無事だといいんだけど」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ナイさんならばきっと大丈夫です」
「フィル、お前としては坊主が居なくなった方が都合がいいんじゃないのか?嬢ちゃんの恋人が居なくなるからな」
「ふ、ふざけるな!!僕はナイさんの事も尊敬しているんだ!!」
「はあっ……騒がしいぞ、敵に気付かれたらどうする?」


ガオウの軽口にフィルが本気で怒るが、そんな彼等を見てロランはため息を吐きながら注意する。ここは敵地だと考えた方が良く、常に警戒心を抱くように心がける。


「シノビ、ここは何処か分かるか??」
「ムサシ地方の端の方です……ここから少し進んだら王国のイチノ地方に入ります」
「イチノ?そうか、もうそんなところまできたのか」
「そういえばイチノはナイ君の故郷だって聞いてたけど……」


シノビによれば既にムサシ地方の外れにまで移動していたらしく、ここから先はイチノ地方へ移動する事になる。イチノと聞いてリーナはナイの故郷だと思い出す。

正確に言えばナイの出身はイチノ地方の端の方にある山村であり、彼はムサシノとイチ地方の境目でドルトンに拾われた。そして彼の故郷へ向けてアンは移動している事にシノビは疑問を抱く。


「兄者、アンの行き先はイチノ地方では?」
「そうかもしれん……しかし、解せんな」
「どういう意味だ?」
「このままイチノへ向かう理由が分からない。我々に逃げるならば他国へ向かう方が有利だ。それならばイチノではなく、南下して巨人国の領地へ向かうはずだ」
「……確かに気になるな」


シノビの言葉にロランは頷き、アンの目的が逃げる事ならばイチノではなく、巨人国に国外逃亡するのが確実だった。他国まで逃げられてはいくら王国と巨人国が同盟国と言えども討伐隊は他国まで追いかける事はできない。

アンの目的が国外逃亡ではない場合、彼女はこの国に留まるつもりだと考えるのが妥当だろう。しかし、残った所でアンの正体は既に知られており、指名手配されて平穏な生活を過ごす事はできない。ましてや牙竜という目立ち過ぎる存在を引き連れている以上、アンに平穏な時は過ごせない。


「奴の目的は何だ?」
「そういえば女王になるとかどうとか言ってましたが……」
「有り得ん、この国を受け継げるのは王族のみ……奴が牙竜を従えて国に反旗を翻そうとしてもどうしようもできん」


いくらアンが牙竜を従えて王国に反乱を企てたとしても、王国軍には牙竜は到底敵わない。確かに牙竜は竜種で恐ろしい存在だが、それでも王国軍が万全の状態ならば決して倒せない敵ではない。

先ほどの戦闘でも討伐隊の合流がもう少し早く到着していれば牙竜を始末できた。それどころかアンがナイの妨害を行わなければ、今頃はナイが牙竜の首を切り落としていただろう。仮にアンが牙竜以外の魔物を従えようとしても、これまでのように強力な魔物は従える事はできないはずだった。

アンは牙竜を従えるために黒蟷螂とブラックゴーレムという強力な手駒を捨てており、その事を自白していた。そこから考えるにアンは従えさせる魔物の数には限度があり、力が大きい魔物を従えるほどに他の魔物を従えさせるのは難しいのだろう。


(アンが仮に王国へ反乱を企てているとしても牙竜一匹だけではどうしようもできん……だが、なんだこの胸騒ぎは?)


ロランはアンが本当に王国を乗っ取るつもりなのかと考え、そんな事はできはしないと思い直す。しかし、どうにも嫌な予感が拭えない。自分は何か大切な事を見落としているのではないかと思い、他の者に意見を尋ねる。


「アンが何故イチノへ向かったのか……他に気になる者はいるか?」
「う~ん……イチノに他の仲間が隠れているとか?」
「仲間か……そうだ!!もしかして俺達を誘導して実は牙山に隠されている妖刀を取りに向かう仲間がいるとか……」
「それならば大丈夫ですわ。牙山の方にはリンさんの部隊に任せていますもの」


牙山に封じられた和国の妖刀の確保はリンの銀狼騎士団に任せ、仮にアンに仲間がいて彼女が討伐隊を誘き寄せている間に回収しようとしても、銀狼騎士団が見張っている限りは安全なはずだった。

現在の牙山は銀狼騎士団が出向いて妖刀の確保を行い、聖女騎士団も協力している。だからこそ妖刀が奪われる恐れはないが、ロランはどうしてもアンがイチノへ向かう理由が気になった。
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