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11章:喫茶店と人間模様です
129.伯爵令嬢の帰還と、彼女の謝罪。
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「お久しぶりね、ベル」
「……シルケ様!」
年の瀬も迫ったある日のこと。
喫茶店に顔を見せたシルケ様に私は驚いた。
別れる時、何だかもう二度と会えないんじゃないかっていう切実さを感じたんだけど……。
こうしてけろりと顔を見せてくるんだから、ちょっとばかり驚いてもバチは当たらないと思う。
「ちょっと、話したい事があるのだけど……何時でもいいから時間を取ってくれないかしら」
カウンター越しに、真面目な顔をして言う赤髪の魔術師に私は頷いた。
「では、翌日でしたら休みですので」
「そう、忙しいところを有難う。馬車を回しておくから、それに乗ってあたくしの屋敷に来て頂戴」
ということで、翌日の昼過ぎにシルケの屋敷に。
お迎えの馬車がギルドの裏に乗り付けられたのでそれに乗り、素晴らしいお庭を拝見しながら、のんびりとお宅に向かう。
後見役もご一緒に、とのことだったので、アレックスさんと一緒に二人で来たのだけど……。
「この度は、我がボンネフェルト家の家長が暴挙を犯した事を謝罪致します」
品がよく女性らしく調えられた貴賓室で、ドレス姿のシルケ様に迎えられた私達は、改めて謝罪を受ける。
「あの後、父は後見人制度を無視し、かつ自由な身の冒険者に権力で言いなりにさせようとした自分に恥じて長兄に家督を譲り引退したわ。今は『急な病を得て』 休んでいるの」
「は、はあ……」
うーん、それって多分言葉通りでなく、何かあるよね? 政治的な意味で。
シルケ様の後ろには、気まずげな青年の姿がある。その姿はふて腐れているようにも見えるけど、何があったんだろう?
「何でシルケ様が平民に頭など下げねばならないのですか、おやめ下さい」
シルケ様は頭を下げたが、ロヴィー様は下げる気がないようだ。
まあ、気持ちは分かるけど。
主家のお嬢様が平民に頭を下げるとか、支える側としてはすこぶる嫌な気分だよねぇ。
「……お前、いつまでそう拗ねているつもり? あたくしの態度が気にいらないならついて来るなと言ったのに」
後ろに控えるロヴィー様を睨みつけるシルケ様。
「私にも立場というものがございますので……。あの時はあの時、今は今でございます。それに、伯爵様には引き続きお嬢様に仕えよとの許可を得ております」
従者はしれっと言い返す。
「あらそう。あたくしはそういう態度が嫌でお前をお父様に返したのだけれど。それ程に平民を見下すならば、気の合うお父様と一緒に隠居したらどう?」
「ははは、まだ私めには隠居は早いですよ。謹んでお断りします」
……うん、相変わらずの主従だね。ある意味安心した。
「とにかく、あの己の愚かしい欲によって破滅した男からは権力は失われたわ。あれはもうただの耄碌爺い。今後我が伯爵家が貴女やぽちを苦しめる事はないから、安心して頂戴」
それはグッドニュース……なのかな?
私は確認するように、ちらりと隣を見る。
静かに話を聞いていたアレックスさんに視線を向ければ、彼は一つ頷いた。「まあ、落とし所としてはそんなもんなんじゃないか」 と納得するように言って。
何でも、まともな対処をしなかったらその時は色々動く予定もあったという。
それを聞いて、主従は真っ青になりながらも健気に笑った。いやあ、危ういところだったね。
元伯爵様にしたら大変なご不幸だろうが、私的にはとりあえず問題が片付いてほっとしたかも。
ということで、そこからは気兼ねない友人との会話の時間に。
メイドさんがお茶とお茶菓子のフルーツを持って来て、ローテーブルに置く。
うーん、やっぱりまだケーキとかは主流じゃないものなんだねぇ。
まあ、冬なのにフルーツとか贅沢させて貰ってるんだから文句は言いませんけど。
「それはそれとして、ベルは薬師の試験を受けるのですって? 流石ね。友人としても鼻が高いわ」
「えっ、いつ聞いたの?」
「ふふ、あたくしも伊達に喫茶店に通っていなくってよ。最近はカロリーネともお話しするの」
「ああ、成る程……」
別に口止めはしてないし、私の近況聞かれたら上得意様のことだもの、そりゃ答えるか。
「ええと、とあるお貴族様から私の処方に感謝のお手紙が届いたんだって。それで、ご贔屓筋のいるのに、見習いで置いておく訳にもいかないってなって……」
と、詳細を話してたら、よく考えてみるとそれってシルケ様しかいなくない? と気づいた。
「もしかしたら、シルケがお師匠様に感謝状書いてくれたの?」
「いいえ、あたくしではないわ。でも……心当たりあるかも」
シルケ様は頰に手を当てて小首を傾げる。
「心当たり?」
「ええ、近頃すっかりお元気になられた、お母様じゃないかしらって」
想いを込めすぎたのか。
最古の香水を纏ったシルケ様のお母様……伯爵夫人はあれから何だか元気が出てしまったらしくって。
今回の元伯爵様の引退劇も影で操ってらしたというのだから恐れ入る。
「あんなに窶れていらっしゃったお母様が、毎日元気に動いているのだから驚いたわ。ええ、勿論嬉しさの方が大きいのよ? でも、あたくしにとってお母様は病気がちな方というのがどうしても先にあって……」
色々戸惑いがちだ、と、それでも嬉しそうに言う。
「もう少し先に、そうね、お兄様が領地を落ち着かせてからだけれど、また一緒にお菓子を食べましょうって、お母様が言ってたわ。ベル……本当にありがとう。あたくし、貴女に助けられてばかりね。ロヴィー、お前もよ」
こちらには笑みを、ロヴィー様には殺気だった視線を向けてと、器用な顔を使い分けるシルケ様。
伯爵令嬢って本当に器用ね。
そんなシルケ様にも、ロヴィー様はめげない。
「それとこれとは別の話ですので。感謝はしておりますが、お家の為には今でもベル殿はボンネフェルト家の者になるべき方と思っております」
「ロヴィー、本当にお前は……!」
また、主従がいがみ合い始めちゃったよ。
「おい、ベル……」
アレックスさんがジロリとこちらを睨む。
ええ、分かってます。完全にやらかしましたよね、私。
生来の病気がちな方を、元気一杯にさせちゃったとかね……やらかし度的にはアレックスさん並みでしょうか。
うう、でもいい人だったし、ずっと病を患っているとか聞いてるだけで辛そうだったから……つい。
うーん……予想外に元気になり過ぎた感じみたいだけど、シルケ様が嬉しそうだからいいのかな。
「……シルケ様!」
年の瀬も迫ったある日のこと。
喫茶店に顔を見せたシルケ様に私は驚いた。
別れる時、何だかもう二度と会えないんじゃないかっていう切実さを感じたんだけど……。
こうしてけろりと顔を見せてくるんだから、ちょっとばかり驚いてもバチは当たらないと思う。
「ちょっと、話したい事があるのだけど……何時でもいいから時間を取ってくれないかしら」
カウンター越しに、真面目な顔をして言う赤髪の魔術師に私は頷いた。
「では、翌日でしたら休みですので」
「そう、忙しいところを有難う。馬車を回しておくから、それに乗ってあたくしの屋敷に来て頂戴」
ということで、翌日の昼過ぎにシルケの屋敷に。
お迎えの馬車がギルドの裏に乗り付けられたのでそれに乗り、素晴らしいお庭を拝見しながら、のんびりとお宅に向かう。
後見役もご一緒に、とのことだったので、アレックスさんと一緒に二人で来たのだけど……。
「この度は、我がボンネフェルト家の家長が暴挙を犯した事を謝罪致します」
品がよく女性らしく調えられた貴賓室で、ドレス姿のシルケ様に迎えられた私達は、改めて謝罪を受ける。
「あの後、父は後見人制度を無視し、かつ自由な身の冒険者に権力で言いなりにさせようとした自分に恥じて長兄に家督を譲り引退したわ。今は『急な病を得て』 休んでいるの」
「は、はあ……」
うーん、それって多分言葉通りでなく、何かあるよね? 政治的な意味で。
シルケ様の後ろには、気まずげな青年の姿がある。その姿はふて腐れているようにも見えるけど、何があったんだろう?
「何でシルケ様が平民に頭など下げねばならないのですか、おやめ下さい」
シルケ様は頭を下げたが、ロヴィー様は下げる気がないようだ。
まあ、気持ちは分かるけど。
主家のお嬢様が平民に頭を下げるとか、支える側としてはすこぶる嫌な気分だよねぇ。
「……お前、いつまでそう拗ねているつもり? あたくしの態度が気にいらないならついて来るなと言ったのに」
後ろに控えるロヴィー様を睨みつけるシルケ様。
「私にも立場というものがございますので……。あの時はあの時、今は今でございます。それに、伯爵様には引き続きお嬢様に仕えよとの許可を得ております」
従者はしれっと言い返す。
「あらそう。あたくしはそういう態度が嫌でお前をお父様に返したのだけれど。それ程に平民を見下すならば、気の合うお父様と一緒に隠居したらどう?」
「ははは、まだ私めには隠居は早いですよ。謹んでお断りします」
……うん、相変わらずの主従だね。ある意味安心した。
「とにかく、あの己の愚かしい欲によって破滅した男からは権力は失われたわ。あれはもうただの耄碌爺い。今後我が伯爵家が貴女やぽちを苦しめる事はないから、安心して頂戴」
それはグッドニュース……なのかな?
私は確認するように、ちらりと隣を見る。
静かに話を聞いていたアレックスさんに視線を向ければ、彼は一つ頷いた。「まあ、落とし所としてはそんなもんなんじゃないか」 と納得するように言って。
何でも、まともな対処をしなかったらその時は色々動く予定もあったという。
それを聞いて、主従は真っ青になりながらも健気に笑った。いやあ、危ういところだったね。
元伯爵様にしたら大変なご不幸だろうが、私的にはとりあえず問題が片付いてほっとしたかも。
ということで、そこからは気兼ねない友人との会話の時間に。
メイドさんがお茶とお茶菓子のフルーツを持って来て、ローテーブルに置く。
うーん、やっぱりまだケーキとかは主流じゃないものなんだねぇ。
まあ、冬なのにフルーツとか贅沢させて貰ってるんだから文句は言いませんけど。
「それはそれとして、ベルは薬師の試験を受けるのですって? 流石ね。友人としても鼻が高いわ」
「えっ、いつ聞いたの?」
「ふふ、あたくしも伊達に喫茶店に通っていなくってよ。最近はカロリーネともお話しするの」
「ああ、成る程……」
別に口止めはしてないし、私の近況聞かれたら上得意様のことだもの、そりゃ答えるか。
「ええと、とあるお貴族様から私の処方に感謝のお手紙が届いたんだって。それで、ご贔屓筋のいるのに、見習いで置いておく訳にもいかないってなって……」
と、詳細を話してたら、よく考えてみるとそれってシルケ様しかいなくない? と気づいた。
「もしかしたら、シルケがお師匠様に感謝状書いてくれたの?」
「いいえ、あたくしではないわ。でも……心当たりあるかも」
シルケ様は頰に手を当てて小首を傾げる。
「心当たり?」
「ええ、近頃すっかりお元気になられた、お母様じゃないかしらって」
想いを込めすぎたのか。
最古の香水を纏ったシルケ様のお母様……伯爵夫人はあれから何だか元気が出てしまったらしくって。
今回の元伯爵様の引退劇も影で操ってらしたというのだから恐れ入る。
「あんなに窶れていらっしゃったお母様が、毎日元気に動いているのだから驚いたわ。ええ、勿論嬉しさの方が大きいのよ? でも、あたくしにとってお母様は病気がちな方というのがどうしても先にあって……」
色々戸惑いがちだ、と、それでも嬉しそうに言う。
「もう少し先に、そうね、お兄様が領地を落ち着かせてからだけれど、また一緒にお菓子を食べましょうって、お母様が言ってたわ。ベル……本当にありがとう。あたくし、貴女に助けられてばかりね。ロヴィー、お前もよ」
こちらには笑みを、ロヴィー様には殺気だった視線を向けてと、器用な顔を使い分けるシルケ様。
伯爵令嬢って本当に器用ね。
そんなシルケ様にも、ロヴィー様はめげない。
「それとこれとは別の話ですので。感謝はしておりますが、お家の為には今でもベル殿はボンネフェルト家の者になるべき方と思っております」
「ロヴィー、本当にお前は……!」
また、主従がいがみ合い始めちゃったよ。
「おい、ベル……」
アレックスさんがジロリとこちらを睨む。
ええ、分かってます。完全にやらかしましたよね、私。
生来の病気がちな方を、元気一杯にさせちゃったとかね……やらかし度的にはアレックスさん並みでしょうか。
うう、でもいい人だったし、ずっと病を患っているとか聞いてるだけで辛そうだったから……つい。
うーん……予想外に元気になり過ぎた感じみたいだけど、シルケ様が嬉しそうだからいいのかな。
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