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11章:喫茶店と人間模様です
134.幕間:師匠の心、弟子知らず。
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オババ様視点。次回から十二章、王都へ向かいます。
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「ですから、オババ様。我が商会が後ろ盾となればまた王都に戻れますとも! ええ、間違いありません」
「美味しいポーション! 画期的なそれを、新進気鋭の薬師の私に教えれば、一躍凄腕の師匠として名を馳せますぞ? ですから、そのポーションのレシピを私に譲れば良いのです。そうせねば……あの幼げな弟子に、不幸が、襲うかも知れませんなぁ」
「そう、そうです。大事な弟子の方に「不幸」 が訪れるのはまずいでしょう。それからも我が商会なら守れますよ」
オババは魔法袋に旅の支度を纏めながら、手前勝手で分かりやすい脅し混じりのレシピの催促を聞く。
美味しいポーション。
それは、長年魔術師が喉から手が出る程欲しがっていた願望そのもののレシピだ。
それが表に出た。
南の果てにいる、凄腕の薬師に付いて数ヶ月の見習いが、夢のポーションを作ってしまったのだ。
師匠が弟子に使用を禁じ、そのレシピを取り上げてしまった事で、外には師匠の作と知られているが……。
当然だが、この報せに薬師業界も商業ギルドも湧いた。
これが手に入れば、魔術師相手に大いに儲ける事が出来るからだ。
「煩いわ。わしは弟子は取らんし、例のポーションを卸す先はもう決めてある。すでにわしは領軍と領付き薬師に卸しておるのだから、其の方らの横槍は子爵への反逆と見られるぞ」
「そ、そのようなご無体は……」
「はは、何を言っているのか。私は新進気鋭の薬師。私を子爵様が罰する訳もない……」
オババの投げやりな言葉に、何処ぞの商会の者は青ざめ、やたらと態度のでかい新進気鋭とやらは尊大に振る舞った。
オババは、やれやれとため息を吐く。
「全く、この手は使いたくないのだがな……おい、暗部の者よ、どうせ見ているのだろう。こやつらをさっさとわしの前から片付けろ」
「な、なん……」
「それは一体どういう……」
喧しい二人は、オババの言葉のすぐ後に、煙のように消えた。
まあ、仕掛けも何もなく、ただ天井裏に暗部の者らが引き込んだだけなのだが。
「やれやれ、あの夫人には感謝せざる得ないな。王都に向かう用事が出来て丁度良かったわい。わし程度の薬師では、あの爆弾を持つのは重すぎる」
魔力が全ての魔術師。
その魔力を素早く回復させるのが、魔力回復ポーションだ。
魔術師の全ては王都の者、ひいては国の所属である。
国から金が出るということは、支払いを渋られないという素晴らしい利点がある。
だが、真っ当な薬師はそこに儲けの鉱脈があるを知りながらも、過度の服用を避けるが為に苦く、不味くと作ってきたきらいがある。
体に悪い事を、体に良いものを作る薬師がやりたがらなかった。服用規定を守りそうもない魔力が全ての魔術師に、飲みやすいポーションなど持たせたら無理をするのが分かっている。
だから、今まで作られなかった。
薬を美味く作る事も、不味く作る事も、要するにセンスの問題だ。
料理のレシピと同じ事で、規定を守ればその通りに作れるが、改良となればどれを減らし、何を足すかを自己判断する事が求められる。
薬の特性を見て、薬効を知り、足し引きをする事の難しさを多くの見習いは知らない。
ただ受け継がれるまま、師匠のレシピを追うだけ、見よう見まねのままで、薬師になってしまう者らには出来ないのが、味の改良というものであった。
「良いのですか、あの商会ならば大きく商いましょう」
「暗部の者が言うでないか。それで? わしに魔力回復剤服用過多で魔術師の死者が相次いだら、責任を取らせるつもりかい。まあ分かるよ。最近は魔術師も質が落ちてきておる。十人に一人はいた逸材が二十人に一人になったのはどれぐらい前からだったろうね。更に、質が落ちたのかい」
「…………」
「お前も大変だね。子爵は人使いが相変わらず荒い」
「……失礼、致します」
子爵家の暗部、南の領の汚い裏仕事を任された細身の男は、語るだけ語り、言葉少なに天井裏へもどっていった。
(やれやれ、こやつら全く何も分かっておらん。薬師にとってのレシピは何かも、あのおかしな娘の事も……)
南の果てには、オババと言われ親しまれる凄腕の薬師がいる。
そう言われて何年経ったか。
彼女は昔、空の上に居た。
薬師の互助会、通称薬師ギルドの上層部の娘として生まれ、戦いのない平和な浮遊島にて育つ。
そんな彼女が何故この南の果てに居るのか……。
(決まっている。上にはもう希望などない。狭苦しい箱庭の中で下から搾取するだけの暮らしなどに何が進展があろうか。わしは野生の薬草が見たかった。生き足掻く者にこそ薬が必要だと思った)
そうして降りてきた先は地獄だった。けれど、彼女は未だ空には帰らない。
(此処には何かがある。あの小娘といい、わしと同じく空を捨てた若者と言い。生き足掻く先にあるものを、わしは見たいのだ)
「地上には面白いものがまだまだある。わしは、そう簡単にあの享楽の都になど帰らんぞ」
だからこそ、小娘の代わりに面倒な輩に命を狙われ、レシピを盗まれそうになっても、師匠としてあの娘を導いているのだ。
「あれがあの地を見たらどう驚くのかね、ヒッヒッヒ……」
そう言いながらも、久々の帰郷に胸が踊るのを、オババは胸奥で感じていた。
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「ですから、オババ様。我が商会が後ろ盾となればまた王都に戻れますとも! ええ、間違いありません」
「美味しいポーション! 画期的なそれを、新進気鋭の薬師の私に教えれば、一躍凄腕の師匠として名を馳せますぞ? ですから、そのポーションのレシピを私に譲れば良いのです。そうせねば……あの幼げな弟子に、不幸が、襲うかも知れませんなぁ」
「そう、そうです。大事な弟子の方に「不幸」 が訪れるのはまずいでしょう。それからも我が商会なら守れますよ」
オババは魔法袋に旅の支度を纏めながら、手前勝手で分かりやすい脅し混じりのレシピの催促を聞く。
美味しいポーション。
それは、長年魔術師が喉から手が出る程欲しがっていた願望そのもののレシピだ。
それが表に出た。
南の果てにいる、凄腕の薬師に付いて数ヶ月の見習いが、夢のポーションを作ってしまったのだ。
師匠が弟子に使用を禁じ、そのレシピを取り上げてしまった事で、外には師匠の作と知られているが……。
当然だが、この報せに薬師業界も商業ギルドも湧いた。
これが手に入れば、魔術師相手に大いに儲ける事が出来るからだ。
「煩いわ。わしは弟子は取らんし、例のポーションを卸す先はもう決めてある。すでにわしは領軍と領付き薬師に卸しておるのだから、其の方らの横槍は子爵への反逆と見られるぞ」
「そ、そのようなご無体は……」
「はは、何を言っているのか。私は新進気鋭の薬師。私を子爵様が罰する訳もない……」
オババの投げやりな言葉に、何処ぞの商会の者は青ざめ、やたらと態度のでかい新進気鋭とやらは尊大に振る舞った。
オババは、やれやれとため息を吐く。
「全く、この手は使いたくないのだがな……おい、暗部の者よ、どうせ見ているのだろう。こやつらをさっさとわしの前から片付けろ」
「な、なん……」
「それは一体どういう……」
喧しい二人は、オババの言葉のすぐ後に、煙のように消えた。
まあ、仕掛けも何もなく、ただ天井裏に暗部の者らが引き込んだだけなのだが。
「やれやれ、あの夫人には感謝せざる得ないな。王都に向かう用事が出来て丁度良かったわい。わし程度の薬師では、あの爆弾を持つのは重すぎる」
魔力が全ての魔術師。
その魔力を素早く回復させるのが、魔力回復ポーションだ。
魔術師の全ては王都の者、ひいては国の所属である。
国から金が出るということは、支払いを渋られないという素晴らしい利点がある。
だが、真っ当な薬師はそこに儲けの鉱脈があるを知りながらも、過度の服用を避けるが為に苦く、不味くと作ってきたきらいがある。
体に悪い事を、体に良いものを作る薬師がやりたがらなかった。服用規定を守りそうもない魔力が全ての魔術師に、飲みやすいポーションなど持たせたら無理をするのが分かっている。
だから、今まで作られなかった。
薬を美味く作る事も、不味く作る事も、要するにセンスの問題だ。
料理のレシピと同じ事で、規定を守ればその通りに作れるが、改良となればどれを減らし、何を足すかを自己判断する事が求められる。
薬の特性を見て、薬効を知り、足し引きをする事の難しさを多くの見習いは知らない。
ただ受け継がれるまま、師匠のレシピを追うだけ、見よう見まねのままで、薬師になってしまう者らには出来ないのが、味の改良というものであった。
「良いのですか、あの商会ならば大きく商いましょう」
「暗部の者が言うでないか。それで? わしに魔力回復剤服用過多で魔術師の死者が相次いだら、責任を取らせるつもりかい。まあ分かるよ。最近は魔術師も質が落ちてきておる。十人に一人はいた逸材が二十人に一人になったのはどれぐらい前からだったろうね。更に、質が落ちたのかい」
「…………」
「お前も大変だね。子爵は人使いが相変わらず荒い」
「……失礼、致します」
子爵家の暗部、南の領の汚い裏仕事を任された細身の男は、語るだけ語り、言葉少なに天井裏へもどっていった。
(やれやれ、こやつら全く何も分かっておらん。薬師にとってのレシピは何かも、あのおかしな娘の事も……)
南の果てには、オババと言われ親しまれる凄腕の薬師がいる。
そう言われて何年経ったか。
彼女は昔、空の上に居た。
薬師の互助会、通称薬師ギルドの上層部の娘として生まれ、戦いのない平和な浮遊島にて育つ。
そんな彼女が何故この南の果てに居るのか……。
(決まっている。上にはもう希望などない。狭苦しい箱庭の中で下から搾取するだけの暮らしなどに何が進展があろうか。わしは野生の薬草が見たかった。生き足掻く者にこそ薬が必要だと思った)
そうして降りてきた先は地獄だった。けれど、彼女は未だ空には帰らない。
(此処には何かがある。あの小娘といい、わしと同じく空を捨てた若者と言い。生き足掻く先にあるものを、わしは見たいのだ)
「地上には面白いものがまだまだある。わしは、そう簡単にあの享楽の都になど帰らんぞ」
だからこそ、小娘の代わりに面倒な輩に命を狙われ、レシピを盗まれそうになっても、師匠としてあの娘を導いているのだ。
「あれがあの地を見たらどう驚くのかね、ヒッヒッヒ……」
そう言いながらも、久々の帰郷に胸が踊るのを、オババは胸奥で感じていた。
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