編み物魔女は、狼に恋する。〜編み物好きOLがスパダリ狼さんに夢と現実で食べられる話。

兎希メグ/megu

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四章 冷たい部屋からの救出

二十四話 未だ、冷たい部屋に留まる心は

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 それはきっと、夢の続きのようなものだ。

 伊都の私室に彼がいて。
 伊都の事を心配そうに見ている。

「織部さん、本当に大丈夫ですか」
 彼は狼狽した様子で聞いてくる。
(心配してくれるんだ。嬉しいな)
 常になく浮ついた頭でそう考える伊都は、泣きながら笑う。

 彼の顔をもっと確かめたくて、涙で歪んだ像が本物と確かめたくて、伊都は部屋着の袖で強引に涙を拭った。
「ああ、そんなに目を擦らないで下さい。傷付いてしまいます」
 失礼します、そう言って紳士もののハンカチを差し出す彼の手を、伊都は反射的に両手で掴んでしまった。

 灰谷の乱暴な手も、嗜虐の表情を浮かべた松永の恐ろしい手も。
 伊都へ触れようとする男の手はたいてい、恐ろしいものばかりなのに、今は彼の手を求めてしまう。

「お、織部…………さん」
 白銀はごくりと喉を鳴らした。

(ああ、やっぱりこの手なら大丈夫)
 伊都はにこりと、笑顔を浮かべる。その頬は熱で上気しており、誘うようでもある。
 小さな白い手が、ハンカチを握る男の大きな手を引き寄せた。
 テーブルを挟んで、胡座をかく彼は困惑したような表情で、それでいて熱っぽい瞳をしてこちらを見ている。

 伊都はその手に頬を寄せた。

「……織部さん、貴女熱が上がっていませんか」
 低く艶のある声が訝しげに訊く。伊都も自分の行動のおかしさぐらいは自覚がある。
「上がっているんでしょうね」
 何だかおかしくなって、くすくす笑う。
「そうでしょうね。今日の貴女は……まるで」

 彼は伊都に懐かれた手をそのままに、膝行いざるようにして、伊都へと近づいた。
 テーブルの横を抜け、伊都の側へと来る彼の姿を認めて、伊都はふらつく身体を僅かに揺らしながら、くすくすと笑い続けている。

「いやですか?」
「……嫌ではありませんよ。甘える貴女は可愛いので」

 伊都はぱちりと目を瞬かせた。
「可愛い?」

 いよいよ伊都の隣へと膝を詰めた彼は、伊都のふらつく身体を「失礼」 と声掛け空いた片手で支える。
 片手は伊都に預けたままだから、自然と両者の距離は詰まった。

「ええ、可愛いです」
 伊都は激しく瞬きした。
 紳士な彼の甘い言葉に、伊都はとうとう身体の芯がなくなったかのようにくったりと弛緩する。

「織部さん?」
 白銀は焦ったように声を上げ、その身体を支えた。

 脳内はパニックだ。
(可愛いって言われた、確かに聞こえたわ)
 熱に浮かれる伊都は、喜びを感じながら、彼の腕の中で彼の心配そうな顔に笑顔で応える。

 しっかりした、伊都を支える男らしい大きな手。夢でならその手に触れられた事がある。
 ああ、現実でも彼に触れられた。
 伊都はその事実だけで、幸せになれた。
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