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五章 毎日、毎日、貴方を好きになる。
十八話 秋はつるべ落としのように(2)
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「浜さーん、ここのところ、数字一桁間違ってるよ」
「あらぁ、本当だ。ごめんなさいねぇ奈々ちゃん」
去っていくばかりの事務員の中、唯一居着いたのは年輩の女性だ。
仕事ぶりはのんびりとしてミスも多いが、社長の暴言もハイハイと流してくれ、副社長との関係も良好な為、このまま継続してくれればと思う。
(いっそ、彼女のご友人でも頼ればいいのかしらね?)
日々イライラが募っていそうな社長の様子に、早期に辞するべきだろうかと気が気でない伊都はそんな事まで考えてしまう。
「今年中は、掛かっちゃうかしらね……」
ぽつりと呟くと、隣の奈々が「ん?」 と首を傾げる。
「ああ、こっちの話よ。そういえば奈々、今年は私の為に付き合わせてごめんね」
友人が隣にあるのは、とても嬉しいし心強いことだけれど。
いつもは、高額バイト中心で短期に旅費を貯め、予定額が溜まったら旅行に出て行く彼女を巻き込んでしまった訳で、伊都は申し訳なさが先立つ。
「いやいや、うちの親は伊都に感謝してたよー? やっと落ち着いてくれたかってね。噂はアレだけど、でもここって有名な漬け物の老舗でしょ。まあ社長はアレだけどさ、親的には連絡が付く場所に居てくれるだけでいいってさ」
「奈々、ちょっと声大きいわ。社長が睨んでるわよ」
明らかに当てつけな内容を含んで話すものだから、社長が顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
「気にしなーい。本当の事しか言ってないもんっ」
奈々はこの通り、伊都が辞めるとなった時からより好戦的になってしまっていた。
「奈々さん」
そんな奈々を葉山が空咳などして止める。相変わらず彼女はクールでそつがなく、伊都には有り難い。
そうして何とか、事務員の二人目の目処が付きそうな頃。
リッコからメッセージが届いた。
『伊都、全然ブログ更新しないの、何で』
「あ、忘れてた……」
「何をだ?」
その日は白銀を朝食に誘っていた。
「友人から、ブログを更新しないのは何故か、と」
早々に食事を終えた白銀は、お茶を飲みながら意外だとばかりに伊都に聞く。
「ブログ? いつから初めていたんだ。しかしあんた、自己発信とか苦手そうなのに意外だな」
「ええと、夏の頃にですね。パソコン操作にもう少し慣れようかと思って作ったんですけれど……初日にテスト投稿して、そのままです」
あははと弱々しく笑う伊都。
「ああ、成る程。あんたらしい」
作っただけで何となく達成感を得たんだろうと白銀に推測された。事実その通りであった。
続けてメッセージの着音が鳴る。
『伊都の事だから、このまま放置しそうだが、それだとちょっと困る』
脈絡のない内容に、伊都はキョトンと目を丸くして呟く。
「困る? って、リッコが何で……」
『前々から自分専属の職人、まあ伊都の事だが、注文出来ないかと話が来ていた』
「えっ⁉︎」
『例の鵜飼シェフの所で売りに出すならそっちの話も受けて貰いたい』
「…………」
『伊都のブログは何が作れるかの見本を置く場所にすればいい。幸い今までの作品の写真なら、山ほどある。自分の写真を、引っ張ってこい』
「ちょ、ちょっとリッコ、そんな勝手な……」
呆然とスマホの画面を眺める伊都に、白銀が不審げに声を掛けた。
「何があった」
「ええと……こんな話が、ありまして」
伊都は説明する気力もなく、スマホの画面を見せた。
彼はざっと読み流してから、伊都に同情めいた視線を投げて。
「……成る程。あんた友人に苦労してるな」
「はい……」
肩を落とす伊都に、彼は更なる衝撃の発言を加える。
「ついでに、あんたモデルのリッコの専属ニット職人だったんだな。俺が知っても良かったのか?」
「そ、それは、その」
……何だか色々と、手遅れな状況だった。
「あらぁ、本当だ。ごめんなさいねぇ奈々ちゃん」
去っていくばかりの事務員の中、唯一居着いたのは年輩の女性だ。
仕事ぶりはのんびりとしてミスも多いが、社長の暴言もハイハイと流してくれ、副社長との関係も良好な為、このまま継続してくれればと思う。
(いっそ、彼女のご友人でも頼ればいいのかしらね?)
日々イライラが募っていそうな社長の様子に、早期に辞するべきだろうかと気が気でない伊都はそんな事まで考えてしまう。
「今年中は、掛かっちゃうかしらね……」
ぽつりと呟くと、隣の奈々が「ん?」 と首を傾げる。
「ああ、こっちの話よ。そういえば奈々、今年は私の為に付き合わせてごめんね」
友人が隣にあるのは、とても嬉しいし心強いことだけれど。
いつもは、高額バイト中心で短期に旅費を貯め、予定額が溜まったら旅行に出て行く彼女を巻き込んでしまった訳で、伊都は申し訳なさが先立つ。
「いやいや、うちの親は伊都に感謝してたよー? やっと落ち着いてくれたかってね。噂はアレだけど、でもここって有名な漬け物の老舗でしょ。まあ社長はアレだけどさ、親的には連絡が付く場所に居てくれるだけでいいってさ」
「奈々、ちょっと声大きいわ。社長が睨んでるわよ」
明らかに当てつけな内容を含んで話すものだから、社長が顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
「気にしなーい。本当の事しか言ってないもんっ」
奈々はこの通り、伊都が辞めるとなった時からより好戦的になってしまっていた。
「奈々さん」
そんな奈々を葉山が空咳などして止める。相変わらず彼女はクールでそつがなく、伊都には有り難い。
そうして何とか、事務員の二人目の目処が付きそうな頃。
リッコからメッセージが届いた。
『伊都、全然ブログ更新しないの、何で』
「あ、忘れてた……」
「何をだ?」
その日は白銀を朝食に誘っていた。
「友人から、ブログを更新しないのは何故か、と」
早々に食事を終えた白銀は、お茶を飲みながら意外だとばかりに伊都に聞く。
「ブログ? いつから初めていたんだ。しかしあんた、自己発信とか苦手そうなのに意外だな」
「ええと、夏の頃にですね。パソコン操作にもう少し慣れようかと思って作ったんですけれど……初日にテスト投稿して、そのままです」
あははと弱々しく笑う伊都。
「ああ、成る程。あんたらしい」
作っただけで何となく達成感を得たんだろうと白銀に推測された。事実その通りであった。
続けてメッセージの着音が鳴る。
『伊都の事だから、このまま放置しそうだが、それだとちょっと困る』
脈絡のない内容に、伊都はキョトンと目を丸くして呟く。
「困る? って、リッコが何で……」
『前々から自分専属の職人、まあ伊都の事だが、注文出来ないかと話が来ていた』
「えっ⁉︎」
『例の鵜飼シェフの所で売りに出すならそっちの話も受けて貰いたい』
「…………」
『伊都のブログは何が作れるかの見本を置く場所にすればいい。幸い今までの作品の写真なら、山ほどある。自分の写真を、引っ張ってこい』
「ちょ、ちょっとリッコ、そんな勝手な……」
呆然とスマホの画面を眺める伊都に、白銀が不審げに声を掛けた。
「何があった」
「ええと……こんな話が、ありまして」
伊都は説明する気力もなく、スマホの画面を見せた。
彼はざっと読み流してから、伊都に同情めいた視線を投げて。
「……成る程。あんた友人に苦労してるな」
「はい……」
肩を落とす伊都に、彼は更なる衝撃の発言を加える。
「ついでに、あんたモデルのリッコの専属ニット職人だったんだな。俺が知っても良かったのか?」
「そ、それは、その」
……何だか色々と、手遅れな状況だった。
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