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五章 毎日、毎日、貴方を好きになる。
二十三話 深まる秋と、進む気持ちと(2)
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「おはよう、ございます。今日は食べていかれますか」
「ああ、頼む」
これに、伊都がぎこちなくも抱き返せる日には、ぎゅっと強い拘束を受ける。
……その度にびくりと硬直して、身体が拒否を示してしまうから、彼はその先に進まない。
「……俺は茶を用意する」
「あ、はい、お願いします」
気まずい気持ちを横に押しやって、伊都は朝ご飯を用意する。
(……今日も失敗しちゃったわ)
その上質なスーツの滑らかな感触に、大きな体格に、実に容易く身体が拒否反応を示す。
五年前の彼氏━━伊都の男性不信の原因である暴行男も富裕層のお坊ちゃまだったから、やたらと質のいいものを身に付けていて、伊都を玩具のように乱暴に扱った物だから、上質な張りのあるスーツ素材の感触には、ややもすれば苦手意識が浮かんでしまうのだ。
(白銀さんは、違うのに……)
どうすれば、現実に彼を受け入れられるのだろう。ままならない自分の反応に伊都も悩んでいる。
朝ご飯は相変わらずのシンプルな和食だ。最近では身体の大きな白銀が食べるのに合わせて、大きなご飯茶碗を用意したりと甲斐甲斐しい。
二人で過ごす朝食の時間は、嬉しい。
「会社の様子はどうだ」
営業にデザインにと二足草鞋の多忙な彼が滞在する時間は短いが、必ず伊都の事を聞いてくれる。
「あ、はい。引継は割と進んできていますし、社長を無駄に刺激するよりは私は早めにあちらへ合流しようか……なんて話も出てきますね」
社長は相変わらず荒れ模様で、常にイライラしていている。
副社長が立ち直ってからの社内はムードは格段とよくなっているから名残り惜しい気もするのだが、伊都だけは確実に離れた方がいい、というのがパートや奈々達社員ら全員の見解だ。
伊都が無駄に神経をすり減らしてまで、あの男尊女卑ワンマン男に怒鳴られる必要はない、伊都の退社は社長の自業自得、当然の結果である、と。
「そうか。あんたが望むようにやったらいい」
「はい、ありがとうございます」
とは言いつつも、年上の新人達が心配なので年内ぐらいは彼女らの指導に付き合うつもりであるのだが。
「ところで、敬語」
「はい?」
ふいに話題が変わり、彼はぽつりとそんな事を言い出した。
彼は早々に食べ終わって伊都のゆっくりな食事に付き合ってお茶を飲んでいる。
「そろそろ、あんたも慣れただろう。敬語、外さないか」
敬語は距離を感じて好きではないのだ、と、素の表情の彼は言う。
そんな事を思っていたとは知らなかった。伊都は少しだけ嬉しくなって、笑みを見せ。
「あっ……え、ええと、なるべくそうするわね」
巣穴の中のよう、くだけた口調でそう返す。
現実の交際も順調だ。彼は引き際を弁えながらもどんどん、伊都の保守的な態度を崩していく。
……あと、一歩。
それがなかなか上手くいかないから、もどかしい。
どうしてなのだろう?
何故駄目なのだろう。
「ああ、頼む」
これに、伊都がぎこちなくも抱き返せる日には、ぎゅっと強い拘束を受ける。
……その度にびくりと硬直して、身体が拒否を示してしまうから、彼はその先に進まない。
「……俺は茶を用意する」
「あ、はい、お願いします」
気まずい気持ちを横に押しやって、伊都は朝ご飯を用意する。
(……今日も失敗しちゃったわ)
その上質なスーツの滑らかな感触に、大きな体格に、実に容易く身体が拒否反応を示す。
五年前の彼氏━━伊都の男性不信の原因である暴行男も富裕層のお坊ちゃまだったから、やたらと質のいいものを身に付けていて、伊都を玩具のように乱暴に扱った物だから、上質な張りのあるスーツ素材の感触には、ややもすれば苦手意識が浮かんでしまうのだ。
(白銀さんは、違うのに……)
どうすれば、現実に彼を受け入れられるのだろう。ままならない自分の反応に伊都も悩んでいる。
朝ご飯は相変わらずのシンプルな和食だ。最近では身体の大きな白銀が食べるのに合わせて、大きなご飯茶碗を用意したりと甲斐甲斐しい。
二人で過ごす朝食の時間は、嬉しい。
「会社の様子はどうだ」
営業にデザインにと二足草鞋の多忙な彼が滞在する時間は短いが、必ず伊都の事を聞いてくれる。
「あ、はい。引継は割と進んできていますし、社長を無駄に刺激するよりは私は早めにあちらへ合流しようか……なんて話も出てきますね」
社長は相変わらず荒れ模様で、常にイライラしていている。
副社長が立ち直ってからの社内はムードは格段とよくなっているから名残り惜しい気もするのだが、伊都だけは確実に離れた方がいい、というのがパートや奈々達社員ら全員の見解だ。
伊都が無駄に神経をすり減らしてまで、あの男尊女卑ワンマン男に怒鳴られる必要はない、伊都の退社は社長の自業自得、当然の結果である、と。
「そうか。あんたが望むようにやったらいい」
「はい、ありがとうございます」
とは言いつつも、年上の新人達が心配なので年内ぐらいは彼女らの指導に付き合うつもりであるのだが。
「ところで、敬語」
「はい?」
ふいに話題が変わり、彼はぽつりとそんな事を言い出した。
彼は早々に食べ終わって伊都のゆっくりな食事に付き合ってお茶を飲んでいる。
「そろそろ、あんたも慣れただろう。敬語、外さないか」
敬語は距離を感じて好きではないのだ、と、素の表情の彼は言う。
そんな事を思っていたとは知らなかった。伊都は少しだけ嬉しくなって、笑みを見せ。
「あっ……え、ええと、なるべくそうするわね」
巣穴の中のよう、くだけた口調でそう返す。
現実の交際も順調だ。彼は引き際を弁えながらもどんどん、伊都の保守的な態度を崩していく。
……あと、一歩。
それがなかなか上手くいかないから、もどかしい。
どうしてなのだろう?
何故駄目なのだろう。
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