編み物魔女は、狼に恋する。〜編み物好きＯＬがスパダリ狼さんに夢と現実で食べられる話。

八章 彼女が彼と、住む理由。

四話 彼女は、また一歩を踏み出した（3）

「まあ、そんな事を言い出すと「自分が見つけて自分が育てた専属を、そんな事で外す訳なかろうが」　って叱られるんですけど」

　確かに、長く付き合ってきて色んな我儘も聞いてきたが……。
　
「まあ、ブランドの運営についてはリッコの言う事を聞くしかないわね」

　何せ、彼女のブランドなのだし。と。

「……と、あれこれ考えても仕方ないわ。それよりも、復帰に向けて早寝早起きの癖づけをしないと、ね」

　そんな風に慣れない職場に復帰する前でもポジティブな思考であれるのは、白銀の支えがあったからだろう。
（改めて、白銀さんに感謝ね）

　痛みを堪える時、寝苦しい夜。そっと背中を撫でててくれる暖かい手があったからこそ堪えられた。
　伊都にとって編み物は息をするように編むものだ。それが出来なくて、密かに泣いた日も多い。
　自分の価値を見出せなくなって、一日中ソファの上で足を抱え過ごした日も。
　そんな時にも、彼が居た。
　
『早く良くなってくれ。傷ついたあんたを見るのは俺の方が辛い』
　耳元で甘く艶やかな声がそう囁くのを聞くと、彼に愛されているのだと実感する。
「現実ではいつも、彼を待たせてばかりね」
　だからせめて今日は……自分からためらわずに彼を抱きしめに行こう。


　あれこれ料理を作ったり、今後の事を考えたりしているうちに、時間は夕刻に。
「あら、もうこんな時間ね」
　試し編みはしたいけれど、それよりも暖かい夕餉を作って、服もパジャマから着替えて……生憎と、持ち合わせは普段着は学生時代の物ばかりなのでちょっと子供っぽいけれど……出来るだけおめかしして、彼を迎えよう。

　そして、その大きな身体を抱きしめて、お帰りなさいと、支えてくれてありがとうと言うのだ。

　あなたがいたから、乗り越えられた。
　あなたがいたから、一人じゃなかった。
　
　それはとても凄い事であると、知っている。支える側も、辛いということも。

　やがてドアを開け、「ただいま」　と彼が言うだろう。

（感謝の気持ちを、形にすることも大事よね）

　だから、伊都はささやかだけれど、大きな一歩として。
　彼を抱きしめに玄関へと向かった。