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婚約破棄されました。
3 姫巫女は、親友に連絡します(2)
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『婚約破棄、ですか。王族側が、本当に?』
声の主、私の友人であり治癒魔術の師であるフォルセティは、困惑したようにそれだけを呟き。
しばらく経ってのち、ようようと彼は言葉を続けた。
『もしかして、王太子殿下が呆れるような事をしたんじゃないでしょうね? フレイアは時々過激ですから』
「ちょっと、それはどういう事よ」
私がむっとすると、彼は昔の事を昨日あったかのように話し始める。
『私が森歩きの指導中、姿を消したかと思えば、聖域の森周辺で無許可の伐採をする者に、自らの飼い熊で脅し付けたり』
「そ、それは、だって森は森の民に管理を任せているじゃない。なのに勝手に伐採するのは、泥棒だと思うの」
『甘味が欲しいからと、詳しい者も居ないのに蜂の巣に近寄っては蜂の女王と交渉をし始め』
「あ、あれはしばらくお菓子を禁止されていたからであって、いつもやってるわけでは」
『かと思えば野外活動の練習中、守りの街路樹を植樹中の時に違法業者が若木を引き抜こうとした時に騎馬で嗾しかけ……』
「ど、どれもけが人は出してませんし! 相手は悪者ですしっ」
『出していなくとも、貴族のお嬢様がする事ではないでしょう。お転婆過ぎて、師としてはハラハラするのですよ、君は』
うう、指導官だからかダメ出しが的確すぎるわ。
「それもこれも、森を出てからはしていません。私これでも、王都では貴族令嬢のお手本って言われているんですから」
今や私も立派なレディなのですよ、とフォルセティにお嬢様ぶって言えば。
『……はあ、それはそれは。ならば余計に、おかしな話ですね? 貴方と王太子の婚約は、完全に王族側の都合で、教会側も辺境伯家側も、反対の態度であった筈ですが』
彼の疑問の声に、私はお腹の上にミミちゃんを乗せたまま、うんうんと頷く。
「ええ、そうよ。うちとしては別に早急に王族と血を混ぜなくとも良かったのよ。だってお婆様……先代国王の姉姫様に降嫁頂いただけで、充分に我が家を王家は配慮して下さっていると感じているし、隣国との諍いがあった際にも戦費だって別にケチられている訳でもないし不満はないわ。それに……今の私が王家に入ると、色々面倒じゃない」
『ええ。ただでさえ代々の国王はイグ……聖枝を戴く王として君臨しているというのに、そこに当代の姫巫女が輿入れするというのは、権威が強まり過ぎますからね』
イグ=ロザの王族は、聖樹のお膝元の特権で、王族が産まれた時に世界樹の若木を一本、植樹する権利を得ている。
聖樹は魔を払う国の礎である為、それそのものが民の信仰の対象だ。そんな樹の若木は、それはもう国の宝とも言える。だが、この国の王族が育てる樹は特別なものと分かっている為、半ば独占状態で王族が植樹する事を、周りの国も容認せざる得ないのだ。
何せ、聖域には、樹を育てるのが格別上手いとある種族が匿われているが、その生まれついての庭木職人たるかの種族ですら、王族の守護する樹の特殊性には舌を巻くのだから。
世界樹の下で永代に渡り生きるゆえの特徴か、どういう訳かは知らない。
ともかく、王族の持つ特別な力を得た樹……王樹と呼ばれる若木の殆どを手放す代わりに、王のみが守護樹を王杖に加工し持つ事を、世界樹に許された。そんなわけで、代々のイグ=ロザの王は、世界でも希な権威を持つ王となっている。
「そうよね、そうなのよね。だから、私は前々から、お互いこの婚約に不満があったなら円満に婚約解消しましょうって言ってたのに。あんな無様を、しかも王妃様と諸侯の奥様の前で……ああ、私が不満を漏らすより、母なる方の記憶を覗いた方が正確よね。どうせこの件については黙っていられないし、そっち、繋ぐわね」
……そうして私は、母なる樹、イグドラシルにお願いし、私の今日見て聞いた「記憶」 を、声の主へと開示する。
それは秘跡。
母なる樹に帰依し、その心へ触れた者のみが許された神秘である。
「母なる樹に願い奉る。姫巫女フレイアは、本日午後の鐘二つより鐘三つまでの我が見、我が聞いた事を、わが師フォルセティへと開示せんとする事を」
『フレイアの師である大司教フォルセティはこれを承認する。母なる方よ、我が教え子フレイアが見、聞き得た事を我へと開示願う』
かくして秘跡により、今日の記憶は再生される。
声の主、私の友人であり治癒魔術の師であるフォルセティは、困惑したようにそれだけを呟き。
しばらく経ってのち、ようようと彼は言葉を続けた。
『もしかして、王太子殿下が呆れるような事をしたんじゃないでしょうね? フレイアは時々過激ですから』
「ちょっと、それはどういう事よ」
私がむっとすると、彼は昔の事を昨日あったかのように話し始める。
『私が森歩きの指導中、姿を消したかと思えば、聖域の森周辺で無許可の伐採をする者に、自らの飼い熊で脅し付けたり』
「そ、それは、だって森は森の民に管理を任せているじゃない。なのに勝手に伐採するのは、泥棒だと思うの」
『甘味が欲しいからと、詳しい者も居ないのに蜂の巣に近寄っては蜂の女王と交渉をし始め』
「あ、あれはしばらくお菓子を禁止されていたからであって、いつもやってるわけでは」
『かと思えば野外活動の練習中、守りの街路樹を植樹中の時に違法業者が若木を引き抜こうとした時に騎馬で嗾しかけ……』
「ど、どれもけが人は出してませんし! 相手は悪者ですしっ」
『出していなくとも、貴族のお嬢様がする事ではないでしょう。お転婆過ぎて、師としてはハラハラするのですよ、君は』
うう、指導官だからかダメ出しが的確すぎるわ。
「それもこれも、森を出てからはしていません。私これでも、王都では貴族令嬢のお手本って言われているんですから」
今や私も立派なレディなのですよ、とフォルセティにお嬢様ぶって言えば。
『……はあ、それはそれは。ならば余計に、おかしな話ですね? 貴方と王太子の婚約は、完全に王族側の都合で、教会側も辺境伯家側も、反対の態度であった筈ですが』
彼の疑問の声に、私はお腹の上にミミちゃんを乗せたまま、うんうんと頷く。
「ええ、そうよ。うちとしては別に早急に王族と血を混ぜなくとも良かったのよ。だってお婆様……先代国王の姉姫様に降嫁頂いただけで、充分に我が家を王家は配慮して下さっていると感じているし、隣国との諍いがあった際にも戦費だって別にケチられている訳でもないし不満はないわ。それに……今の私が王家に入ると、色々面倒じゃない」
『ええ。ただでさえ代々の国王はイグ……聖枝を戴く王として君臨しているというのに、そこに当代の姫巫女が輿入れするというのは、権威が強まり過ぎますからね』
イグ=ロザの王族は、聖樹のお膝元の特権で、王族が産まれた時に世界樹の若木を一本、植樹する権利を得ている。
聖樹は魔を払う国の礎である為、それそのものが民の信仰の対象だ。そんな樹の若木は、それはもう国の宝とも言える。だが、この国の王族が育てる樹は特別なものと分かっている為、半ば独占状態で王族が植樹する事を、周りの国も容認せざる得ないのだ。
何せ、聖域には、樹を育てるのが格別上手いとある種族が匿われているが、その生まれついての庭木職人たるかの種族ですら、王族の守護する樹の特殊性には舌を巻くのだから。
世界樹の下で永代に渡り生きるゆえの特徴か、どういう訳かは知らない。
ともかく、王族の持つ特別な力を得た樹……王樹と呼ばれる若木の殆どを手放す代わりに、王のみが守護樹を王杖に加工し持つ事を、世界樹に許された。そんなわけで、代々のイグ=ロザの王は、世界でも希な権威を持つ王となっている。
「そうよね、そうなのよね。だから、私は前々から、お互いこの婚約に不満があったなら円満に婚約解消しましょうって言ってたのに。あんな無様を、しかも王妃様と諸侯の奥様の前で……ああ、私が不満を漏らすより、母なる方の記憶を覗いた方が正確よね。どうせこの件については黙っていられないし、そっち、繋ぐわね」
……そうして私は、母なる樹、イグドラシルにお願いし、私の今日見て聞いた「記憶」 を、声の主へと開示する。
それは秘跡。
母なる樹に帰依し、その心へ触れた者のみが許された神秘である。
「母なる樹に願い奉る。姫巫女フレイアは、本日午後の鐘二つより鐘三つまでの我が見、我が聞いた事を、わが師フォルセティへと開示せんとする事を」
『フレイアの師である大司教フォルセティはこれを承認する。母なる方よ、我が教え子フレイアが見、聞き得た事を我へと開示願う』
かくして秘跡により、今日の記憶は再生される。
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