海を盗む女とアルゴリズムの太陽

まさかのまさかり

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海賊たちの日々

第5話:洗浄事始め

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 駐車場の中を徒歩でうろつく。電話口の男が「うろつけ」と指示してきたからだ。
「うろつく?」
「うろついてればいい。わかるように動いてやるさ」
 わかるように動くとはなんだろうか。よくわからないまま、外灯が地面を丸く照らすのを踏んで回る。ショッピングモールは営業時間内ではあるが、平日の夜の、しかも第2駐車場に停まる車はポツリポツリとしかない。その車のどれかに電話の男が居るのかもしれない。注意しながら歩き回る。
 指定されていた時間を過ぎた頃、駐車場に一台の車が入ってきた。白い軽トラックは乱暴なギアチェンジを繰り返しながら駐車場内を加速し、ユウキの方へと向かって来た。ユウキは駐車枠の端の方に退避したが、それを追うようにして車は迫り、目の前まで来たところで急停止した。

「お前やな。はよ乗れ」
 運転席から顔を出したのは日本人の男だった。言葉も乱暴な関西弁だ。
「電話の人間とは違うのか」
「ええから乗れや」
 クラクションが二回鳴らされて体がビクついてしまった。あまり怒らせないほうがいいだろう。助手席に素早く乗り込んだ。
 男は車を発進させようとした。が、動かない。エンストだ。舌打ちしてエンジンをかけ直して発進する。ギアを変える度に車が大きく揺れた。単純に、運転が下手なのだ。
「おい、ユウキっていうんやろ。俺は陸の方を仕切ってる木村や」
「これから何をするんだ。内容は決まってないと聞いていんだろ」
「あほ、その前に自己紹介ぐらいせえや」
 明らかに自分より年下の男に常識的なことを注意されてしまった。言い訳もしたかったが、相手のほうが筋が通っていそうだ。
「黒崎だよ。そういうのは聞いてきてないのか」
「聞く気にもならんかった。逃げてまう奴も多いしな。そんで、何をするかやけど、現場行ったらわかるわな」
 木村の様子からして、これ以上聞き出そうとしても無駄なんだろう。せめて人質役ではありませんように。静かに祈るだけであった。

 
 コインランドリー。24時間サービス可能な無人の商店。客が居ない時であっても白い照明は店舗の前に降り注がれている。外からでも洗濯物がふんわり膨れる柔らかい匂いが思い出される。業務用の洗濯機が並んでいる数だけ許されるような気がする。そんなコインランドリーの前で車は止まった。
「ちょっと待ってろよ」
 木村はコインランドリーに背を向けて道の反対側に目を向けた。
「おっ、あれ、えっ」
 急に木村は動揺し始めた。そんな木村の運転席の窓が叩かれる。窓が下げられるとウメちゃんがいた。

「おつかれさまです。ウメちゃん」木村が慌てて挨拶をする。
「キムちゃん久しぶりだね。順調かい」
「順調です。ありがとうございます」
 下げられた木村の頭をウメちゃんはぺしぺし叩いた。
「あんたの地獄のような運転でユウキ君を酔わせてないかい」
 木村の睨んでくる眼が光るようだった。

 運搬をしてもらいたい。それが仕事の内容だった。
 コインランドリーの中のスタッフルーム。事務机の上にはリュックサックが1つだけ置かれている。これを町外れの居酒屋まで運んで欲しいと言うのだ。
「またルートが変わるんですか」
 木村は呆れたようにウメちゃんに尋ねた。
「仕方ないよ。いつまでも同じルートだとお客さんが怒るんだ」
 木村はリュックをユウキに渡してくる。何が入ってるのか知らないが、結構な重さであった。
「いくで、パッパと終わらすぞ」

 木村の運転は下手だが開き直っているわけではなく、丁寧にしたいという意志は伝わってきた。それでもうまくいかないのは本人が一番もどかしかっただろう。
「オートマにすればいいじゃないか」
 3回目のエンストで、ついに言ってしまった。

「やかましいなあ。車はなあ、自分でギア変えなあかんねん」
「うまく変えられてないじゃないか」
「うるせえなあ」
 エンジンが始動すると膝に置いたリュックの紐が揺れた。
「なあ、何が入ってるんだこれ」
「ミニ四駆」
 苛ついた木村は投げやりに言った。
「本当になんなんだ」
「金だよ。金」
 金か。金でこの重さであれば相当な額になるぞ。
「支払いか何かなのか?」
 ウインカーが出されて、車は細い道を入っていく。コンクリート塀の上に無造作に置かれた植木鉢は今にも落ちそうになっていた。
「支払い、うーん、支払いっちゃあ、まあ」
 木村の返事は曖昧なものだった。少し考えてから木村は言葉を足した。
「お前さ、海での仕事の方をやったんやろ」
「人質役だったがな」
「なにを取ったのかはわかってるやろ」
「客の金とか、貴重品とか、そういう物だったな」
「そういう金はそのまま使われへん。その理屈はわかるか」
 ユウキにもその心配はあった。ウメちゃんから渡された金は未だに手を付けずに置いている。

「わかるよ。使ったら、身元がバレるとか、そういうことだろ」
「あんまわかってへんなあ。あのな、収入の無い海賊どもが急に大金使ったら、そこが怪しくなるやろ。警察やらっちゅうのは支出のほうを監視してくるわけや。盗む場面を捕まえられないなら使う場面を捕まえたろって話や」

 脱税をすれば税務署が飛んでくるようなものだろうか。確かに、ユウキだって50万円をそのまま使っていれば、収入と合わないことがいずれバレるだろう。監視されていれば。

 木村は説明を続ける。
「せやから金には理由がいるんや。なんでその金があるかって理由付けやな。俺らの仕事は盗んできた金の理由付けや」
「理由付け」
「世の中的には”マネーロンダリング”とか”資金洗浄”って言うアレやわ」
「最初からそう言ってくれればいいのに」
「生意気言うな。仕組みもわかってへんくせに業界用語やつが嫌いやねん」
「なんでその金がコインランドリーにあるんだ」
 ユウキたちが金を取り出して来たのはコインランドリーのスタッフルームだ。ウメちゃんから直接受け取ったわけではない。

「売り上げ金に混ぜてるんや。コインランドリーでの売り上げに盗んだ金を混ぜる」
「混ぜてからどうするんだ」
「いろいろ経由させて全部綺麗な金にしちまう。経路に関しては、まだ知らんでええ」

 車は古びた居酒屋の前で止まった。
「中にラッツォさんが居るはずやから。渡しに行ってくれ」
 木村に言われてユウキは車を降りた。住宅街の端にありながら人を寄せつける気のさらさらない居酒屋。小料理屋と言うべきなのだろうか。近場な人だけを常連として愛したいような店。
 ガラガラと引き戸を引く。中に客が居る様子はない。カウンター席を横目に店の奥に進んでいく。
「入るなら一声かけるべきだよ兄ちゃん」
 癖のある英語。聞いたことがあるものだった。
「あんたか。船の」
 小鼠だった。仲間内にはラッツォと呼ばれているらしい。
「金を持って来たんだろ。置いといてくれればいいよ」
「居酒屋は仮の姿か」
「一応そっちもやってるよ。海の物がオススメさ」
「この金はどうなるんだ」
 ラッツォは外を指差した。
「俺も、あのキムちゃんも全部は知らないさ。細切れに動いてるだけだよ。全部を知るのはウメちゃんだけ」

 木村の車にユウキは戻る。木村は吸っていたタバコを外に投げた。
「これから毎週、同じことを同じ時間にやってくれればええわ。ギャラの払い方は、また連絡いくわ」

 こうして、ユウキの日常に新たな繰り返しが追加された。
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