願いの叶え方(Vector Design Supporters Ⅰ)

皆中透

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コンプレス、コンバート、アンプリファイ、リリース

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「了解、手配しておくよ。もし部屋が空いてなかったら、ウチを使わせてあげるから、とりあえず事務所へ戻ろう。うちはその上の階だから。うん、大丈夫。こういうこともあったらいけないから、部屋数多いところに住んでるんだ。心配しないで。じゃあ、車で待ってるから」

 鉄平との通話を終えた俺は、すぐにVDSに連絡を入れた。翔平が鉄平を受け入れる事が可能なら、問題は簡単に解決する。ただそのためには落ち着ける場所が必要になることは間違い無いから、鉄平の提案通りにする必要がある。その手の手配は、田崎の仕事だ。アイツに連絡すれば全てが上手く稼働する。そう思ってコールしたのだけれど、ほぼ待たずに電話が繋がった。いつも受電は速い男だけれど、今日は2コールくらいで出た。異様に速い。もしかしたら何かあったのかもしれないなと、少し身構えてしまった。

「俺だ。翔平くんが見つかって、誘拐実行犯は手配した警察に連れていってもらった。翠の予想通り、翔平くんにケアが必要だから事務所のリカバリールームの空きを調べてくれないか? それと、やっぱり犯人は大垣さんじゃ無かった。詳しくは戻ってから話す。……ところで、何かあったのか、異様に出るの速かったな。もしかして翠に何かあったのか?」

 電話口で、何やらボソボソと声が聞こえる。田崎も何やら面倒な思いをしているようで、軽くため息をつく音が聞こえてきた。

『ああ、悪い、蒼。翠は確かに疲れ果ててる。でもいつも通りだ。帰ってきたら、面倒見てやってくれ。こっちがバタバタしてるのはそれじゃないんだ。今警察から電話があってな、その犯人、逃げたらしい』

「はあ!? ついさっき引き渡したばっかりだぞ!? おかしいだろ、そんなに機敏な感じでも無かったのに……」

 引き渡しに来た警察官は、二人ともがっしりとした頑丈そうな男二人だった。引き渡した犯人の方は、ロングヘアのロングスカートだったけれど、筋肉質で、予想よりは力が強かった。そして、近くで見て確信した。あれは男だ。女装男子ってやつだろう。年齢は四十代から五十代。翔平の親世代だ。それがあの若くて、機敏そうで、屈強そうな男二人から逃げられるかと聞かれたら、不可能に近いと思ってしまう。

……もしかして、逃したのか? 捕まると厄介な男なのか?

 警察やお偉い様方には、やたらに身内を庇う傾向がある。もしかして、さっきの男は権力者の身内なのかもしれない。ただ、それで事務所がざわつく理由はなんだ?
 
——警察が犯罪者を黙って引き渡す人間って、誰だ……。

 俺はハッと気がついた。今、事務所に一人いる。権力者の息子が、そこにいる。それも、そういう不正紛いのことが大嫌いで、大騒ぎしそうな奴が、いる。

「田崎、もしかして、そこで騒いでる奴は永心か? もしかして、親父さんから何かあった?」

『ああ、実はそうだ。それで……』

 突然電話の向こうでガターン! と何かが崩れる音がした。その直後に、人の呻き声のような声が聞こえて来た。そして、慌てる野本の声。もしかしたら、神経質になりすぎた永心が、ゾーンアウトしかかっているのかも知れない……。そうだとしたら、それを止められるのは野本しかいないだろう。俺は電話口にも関わらず、大声をあげて田崎に伝えた。

「田崎! 野本に冷静になれって伝えろ! 一緒になって慌てるとゾーンアウト進むぞ! とりあえずハグして、手は恋人繋ぎしててやれって言ってくれ! あと、お前は翠を呼んで来い。今は話す気力がないだろうから、野本に翠の体を触らせて、テレパスさせろ! 俺もすぐ戻る。とりあえず野本に説明受けさせたら、リカバリールームに二人一緒に突っ込んどいてくれ!」

『了解』

 田崎は短く返事をすると、すぐにブツっと通話を完了させた。さすが、田崎はいつも素早い。どれだけ事務所が混乱しようとも、アイツに任せれば大丈夫だろう。いつも疲れ果てて使い物にならなくなったセンチネルとガイドのアフターケアは、ミュートである田崎の仕事になる。この手の対応はお手のものだ。

「よし、俺は急いで二人を連れて戻るか」

 俺はスマホを仕舞うと、シートベルトを締めてすぐに運転出来るように座り直した。ちょうど目の前に、翔平を背負って歩いてくる鉄平の姿が見えた。その顔つきは、つい一時間前に別れた時とは、全く違う。

「いいねえ。頼もしいガイドになれそうだ」

 そう呟きながら、ボタンを押して後部座席のドアを開放した。


******

「戻りましたー」

 二十分ほどで事務所のあるホテルに戻ってきた。すぐに田崎が、鉄平と翔平をリカバリールームへと案内して行った。仕事熱心な田崎は、鉄平に「男の抱き方は知ってるか?」とものすごい恥ずかしい質問をド直球で投げかけていた。

——おいおい、相手は高校生なんだぞ……恥じらいを持たせてやれよ……。

 時々現れる田崎のデリカシーのなさにヒヤヒヤしたが、鉄平も負けず劣らずなところがあるからか、「はい、大丈夫です」と涼しい顔をして答えていた。翔平が正気だったら悶絶モノだろうなと思いながら、可笑しくなってしまった。

「永心と野本は大丈夫か?」

 リカバリールームの監視をしているミュートに声をかけた。そう、リカバリールームは監視されている。なれないガイドがセンチネルのケアをしていると、時にはケアどころかゾーンアウトを助長することもあるからだ。正直、最初はみんな抵抗する。でも、基本的にはビジネスで登録しているガイドが多いため、その問題は割とすぐに解決する。そもそも、そういう仕事だ。そう割り切るのに、対して時間はかからない。
 ただし、永心と野本はそうではないだろう。監視するのは良くないだろうとは思うが、恋人にはまだ成りきれてなさそうなあの二人を放っておいていいものかどうか……悩ましいところではあった。
 頭を抱えてうんうん言っているところへ、後ろからポンと肩を叩かれた。振り返ると、疲れ切った表情の翠が立っていた。

「蒼、おかえり。戻って来て早々に悪いんだけど、野本の指導してやってくれないか? 俺、一応資料動画渡して来たけど。永心に不快感持たれたら、今後に関わるだろう? だから監視つけてないんだよ。その分、直接指導してやって」

 そう言いながら、翠が俺にトンっと抱きついて来た。普段、ところ構わず俺に抱きついて来てはキスを仕掛けるほど、翠は俺をベタベタ構いたがる。でも、今日はそれよりは少し控えめだ。というよりは、勢いが出せないほどに疲れているようだった。人の心配をしている場合ではないのは明らかなのに、決して自分を優先しない。ここを立ち上げた時の志から、少しもブレがない。そこが翠のいいところではある。でも、俺としては、とても心配なところでもある。
 くるりと向きを変え、翠と向き合って抱きしめ返した。翠の体の全てを包み込むように、ふわりと優しく抱きしめると、肌から喜びが伝わってくるのがわかった。

『嬉しい。落ち着く。好き』

 ふわふわと波のように、愛しいというエネルギーが伝わってくる。俺はそれに共感して、それを翠に返す。俺たちには、事務所で抱き合うだけでガイディングが出来る、深い繋がりがある。

「いいよ。じゃあ、翠にも少しだけケアしてあげる」

 そう言って、翠の頭にチュッとキスを落とした。すると、翠は顔を上げて俺の方を向いた。ノーズキスをして見つめ合うと、ゆっくりと優しく唇を合わせた。肌の柔らかさと温度を感じる時間をたっぷりと取る。唇を合わせたまま、お互いの香りを胸に吸い込んだ。そして、またゆっくりと、その肌の瑞々しさが目に見えるほどに、ゆっくりと唇を離していく。ぷるん、と揺れる翠の唇は、キスで惚けた気持ちと一緒に蕩けていくようだった。翠はこのキスの仕方が、大好きだ。これをしてあげるだけで、小さな綻びはすぐに繕える。

 俺は、そのまま翠を抱き抱えて、事務所のソファーに座った。ゆっくりと向きを変え、横抱きにして座らせた。そして、後頭部を支えてあげなから開いた方の手を握りしめる。もう一度ゆっくりと唇を合わせた。

「ん……」

 ちゅっ…ちゅっ…と、ゆっくりゆっくり触れ合う。触れて、あたって、少し押し込んで、少しだけ啄むだけのキス。それを繰り返すうちに、翠の手の力がだんだんと戻ってきた。俺の手に指を絡めて、ぎゅうっと握り締める。やっと、それが出来るだけの力が戻せた。

「全く、いつも自分のケアは疎かにするんだからなあ。ダメだよ、社長さん」

 俺がそういうと、いつも反論したがって口を開く。

「だって……ん、あっ」

 その開いた口の中に舌先を差し込んで、歯を撫でていく。

「あ、あ……ン」

 短く溢れる濡れた吐息の向こうに、俺を迎えようとしてる舌がチロチロと見え隠れしていた。

「かわい。俺のこと待ってるね、これ」

 俺はその舌を撫でてあげようと、指を差し出した。翠はその指に舌を絡ませて吸い上げた。途端に、事務所にチュパッという卑猥な音が響いた。こういうことは日常茶飯事なため、スタッフも慣れている。でも、予想以上に響いたキスの音に、周りのミュートたちがあたふたし始めてしまった。

「あー、ごめんみんな。そろそろ止めるから。翠、家で待ってて。もう帰って大丈夫だろ? 野本の様子見たらすぐ戻るから」

 少し上気した頬が、明らかに欲情して来たのを表しているのに、翠は平気そうな素振りで「おう」と答えた。必死に平静を装って家へ帰って行く姿が、いっそう俺を夢中にさせる。どうしてあそこまで健気になれるんだか……。一刻も早く帰って抱いてあげなくては。

 俺は、愛しい恋人の様子に後ろ髪をひかれながらも、くるりと振り返ると、そのまま永心と野本がいる部屋へと走って行った。
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