パラレルワールドで愛を問う

松本ダリア

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第2章 Side 小泉

第4話 おかしな彼女 後編 *

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帰宅した後、彼女は買った物を整理しながらふと俺に尋ねて来た。

「小泉さんは家でお酒飲むの?」

「酒は飲まない。家ではとにかく映画を見てる。仕事だからな」

「えっ?!仕事って映画関係なの?」

「ああ。配給会社で洋画の買い付けをしてる」

「ええー!スゴい!」

彼女は手を止め、俺の顔をまじまじと見ながら言った。

「意外だな~」

「はぁ?どこがだよ」

「平凡なリーマンかと思ってた」

少しカチンと来た。サラリーマンに思われるのは別に構わない。だが、平凡と言われるのは心外だった。俺は棚からマグカップをひとつ取り出した。

「お前の分は用意しねぇ」

「ええー?!なんで?!」

「ふん、悪かったな。平凡で」

その時。彼女が俺に体を寄せて来た。上目遣いで俺を見つめ、シャツの裾をそっと掴み、遠慮がちにこう言った。

「ごめんなさい……。傷つけるつもりなんてなかったの」

「……っ」

「……許してくれる?」

まるで子犬のような潤んだ瞳、ワンピース越しに感じる胸の柔らかさ……。思わず息を飲んだ。心なしか顔が熱い。昨日からこいつに翻弄ほんろうされっぱなしだ。長らく女と関わっていないからかもしれない。顔を背けて深呼吸し、彼女に向き直ると目を逸らして必死に平静を装いながら言った。

「ま、まぁ俺も別に本気で怒った訳じゃねえし。で?何が飲みたいんだ?」

「えーっとね……ココア!」

「分かった。その辺に座って待ってろ」

「はーい!」

彼女はふとBlu-rayコレクションに気づき、背表紙を一通り眺めた後、振り返った。

「タイトル読めない。アタシも知ってる映画ってないの?」

湯気が立ち上るマグカップを二つテーブルに置いた。ココアとコーヒーの香りが混ざり合い、部屋の中に広がる。俺は彼女のすぐ後ろに立ち、背表紙を確認した。

彼女の背は俺の頭一つ分低い。ココアとコーヒーの香りに混ざって、微かに花の良い香りが鼻をかすめた。彼女の香水かもしれない。ふと視線を背表紙から彼女に移して、思わず息を飲んだ。肩にかかる長い髪の隙間から滑らかな白い肌が覗き、ワンピースの胸元からは深い谷間がくっきりと見える。彼女はスタイルが良いが決して細身ではない。どちらかといえばグラマラスな方だ。その色気は20代前半の娘のものだとはとても思えない。

その時、体が微かに熱を持ったのを感じた。年の所為せいか最近はめっきり性欲を感じなくなってしまった。だから、忘れかけていたその感覚に少し戸惑いを覚えた。だが、それと同時に「彼女に触れたい」という衝動的な感覚も覚えた。これこそ男の性なのかもしれない。

(落ち着け……絶対触るんじゃねえぞ)

俺は目を閉じて必死に葛藤したのだった――。


***


「んんっ……こ、小泉さん、何して……っ」

肩に手を掛け、耳元から首筋に優しく唇を這わすと、彼女は吐息を漏らしながら驚いて振り向いた。そのまま彼女のあごに優しく手を添え、そのふっくらとした妖艶な唇に自身の唇を重ねた。

「んっ……」

彼女は嫌がらなかった。それどころか角度を変えて、何度も唇を重ねて来た。彼女の肩からゆっくりとワンピースをはだけさせると、途端にあらわになるピンク色の下着と豊満な膨らみ……。その瞬間、寸前で止まっていた理性が飛んだ。彼女の唇を何度も奪いながら、両手で膨らみを揉みしだいた。持ち上げるとふっくらとした膨らみは形を変え、両手に重みを感じた。その感触が堪らなく、無我夢中で彼女の膨らみを愛撫した。

「ふっ……んんっ……あぁっ」

彼女は俺の唇から逃れると、耐え切れずに甘い声を溢した。

「こ、小泉さん……いきなり過ぎだよ……っ」

彼女の胸元から下着を剥ぎ取り、直に愛撫しながら耳元に唇を寄せ、囁いた。

「昨日、お礼ならするって言ってたじゃねぇか……」

「やぁん……そ、そうだけど……」

彼女の長い髪を耳に優しく掛けると、頬や首筋にキスを落とした。

(彼氏にもこんな顔見せてんのか……)

途端に胸の奥でドス黒い感情が沸いた。

(嫉妬?いや、昨日会ったばかりだぞ……)

会ったばかりの軽い女を好きになるはずがないという気持ちと、俺以外の奴が彼女に触れているという嫉妬の狭間で葛藤した。まるで自分のしるしを刻み付けるように、俺は熱く強く彼女の肌に唇を這わした。

「あぁん……小泉さん……もっと……っ」

濡れた瞳で俺を見上げる彼女を俺は思い切り抱きしめた――。


***


「……さん、小泉さん!」

咄嗟に視線を下に向けると、彼女が怪訝けげんそうな顔で俺を見上げていた。

「もう!何で急に黙るの!」

「ああ、すまん」

(しまった……俺としたことが。まさかあんな妄想するなんてな)

首を横に振り、Blu-rayの背表紙に再び目をやった。

「……ないな。お前が知ってそうな映画は」

「じゃあさ、通訳してよ!」

「はぁ?いちいちんなことやるかよ、面倒くせぇ」

「もう~そんな言い方しなくてもいいじゃん!」

彼女はソファに座ってココアを一口飲んだ。俺は棚の一番上の端から一枚を取り出すと、彼女に差し出した。

「これなら見られんだろ」

「何これ」

「ライブ映像だ」

「誰の?」

「ウルフロック。日本のパンクバンドだ。まだインディーズだがなかなか良いぞ。会社に彼らの関係者がいてな、これをくれたんだ。ぜひ見てくれって。言葉は分からんだろうが、曲自体は楽しめるだろ」

「なるほど!洋楽聞いてんのと同じ感じだ!」

並んでソファに座り、ライブ映像を見た。壁一面の巨大なスクリーンと迫力あるスピーカーのおかげで映像に臨場感が増し(きちんと防音対策はしてある)彼女は目を輝かせて感嘆かんたんの声を上げていた。昨日会ったばかりだとはとても思えないほどリラックスしていた。

(本当に変わった奴だ。それに、やっぱり初めて会った気がしねえ。一体どこで……)

コーヒーを飲みながら考え込んでいると、彼女がふとこちらに顔を向け尋ねてきた。

「ねえ、何で映画好きになったの?」

「まぁ父親の影響ってやつだな」

「お父さんが映画好きだったの?」

「ああ。父親は俺が小学生の時に死んだ。遺品整理をした時、映画のビデオが大量に出て来た。それで、父親が大の映画好きだったって分かったんだ。一緒に映画館に行ったことは何度もあったが、まだ幼かったからよく覚えてない。だから、まさか父親がそこまで映画好きだったなんて知らなかった」

「そっか。買い付けの仕事をしようと思ったキッカケって?」

「学生の頃は俳優を目指してた。色んな映画を観る内に違う人間を演じることに興味が湧いたからだ。だが、感情表現が下手で不器用だから諦めた」

すると、彼女は飲んでいたココアを吹き出しかけた。

「小泉さん、自分が不器用っての理解してんだ!」

「う、うるせえな、笑うんじゃねえ」

自分で言うのは気が引けるが、俺は学生時代それなりに女にモテた。そういう意味でも自分は俳優業に向いている、そう思っていた。だが、どの女とも上手くいかなかった。言い寄られて付き合っても「顔はいいのにつまんない」とか「面白くない」などと言われてすぐに振られた。感情表現がとぼしい俺は女達を満足させることが出来なかった。要するに俺は女達にとって「期待外れの退屈な男」だった。だから、俺は次第に自分に自信を無くしていったのだ。

「その後、映画業界の仕事を探して配給会社に興味を持った。特に買い付けは魅力的に思えた。だから大学に進学して何か国か語学を勉強して、大手の配給会社に就職した。こっちに来た時に井伏のオヤジに経歴を話したら知り合いに話をつけてくれて今の会社に入ることができたんだ。オヤジは交友関係が広くてな。この世界の人間とあっちの世界から来た人間、両方のネットワークを持ってた」

「井伏さん、凄い人だったんだ。ってかお父さん、生きてたらきっと喜んだだろうね」

「そうかもしれない」

「お母さんは?」

「……母親はいない。俺が小さい時に家を出て行った……いや、追い出されたって言った方が近いな」

「な、なんで?何かあったの?」

「父親が死んだ後に俺を引き取ってくれた祖母が言うには、母親はとんでもない遊び人だったらしい。俺をほったらかして他の男と遊び歩いてたんだと。今でいうとネグレクトってやつか。温厚で物静かな父親がとうとう切れて母親を追い出したらしい。俺は小さかったから覚えてないがな……」

すると、彼女はバツの悪そうな表情を浮かべた。何か言おうと口を開き、また閉じた。言いたいことがあるなら言えよと、喉元まで出かかった。が、彼女にも何か深刻な事情があるのかもしれない。

「どうした?何か言いたいことがあるなら遠慮なく言っていいんだぞ」

彼女は遠慮がちに俺の顔を見ると、こう言った。

「実は……アタシの母親もとんでもない遊び人だったの」

思わず言葉を失ってしまった。黙ったまま彼女の目を見つめると、彼女は静かに語り出した。

「小泉さんとは逆。母が一人でアタシを育てたの。母には二つの顔があってね。昼間はうっすいメイクしてスーパーのレジでバイト。夜は、胸の谷間がめっちゃ見えるエロい服に着替えて派手なメイクして長い茶髪をキレイに結って夜の店で働いていたの。母はアタシをきちんと育ててくれたけど、その隣にはいつも違う男がいた。仕事が終わると家に連れて帰ってお酒を飲みながらイチャついてた。アタシは隣の部屋で寝たふりしながら、たまにふすまを少しだけ開けて覗き見してたんだ」

彼女がまとう妖艶な雰囲気やあざとさは母親譲りだったのだ。謎が解けたような気持ちになったが、同時に予想もしなかった複雑な家族の話に何とも言えない気持ちになった。

「……父親は?出て行ったのか?」

彼女は困惑したような笑顔を浮かべながら言った。

「いないよ。幼稚園の時にね、周りの子達が父親の話をしてたから母に聞いてみたの。そうしたら、鬼みたいな顔して急に怒り出してさ。『あんたに父親はいないの!私の前で二度と父親の話をしないで!』って。何で父親がいないのか、何で母が怒るのか。聞きたくてたまんなかった。でも、怒っている母にそれ以上聞く勇気なんてなくて……」

彼女はココアを一口飲んだ後、話を続けた。

「母はね、アタシが独り立ちしてから夜の仕事だけ辞めたの。でもある日、レジのバイトしてる最中に倒れちゃった。末期の肺がんだった。ヘビースモーカーだったことと長い間、ほとんど休みなくダブルワークしてたことで無理してたんだって。亡くなるちょっと前に話してくれたの。父親のこと。母のお客さんだったんだって。付き合って一年後に母はアタシを妊娠した。結婚するつもりで父親に報告したら微妙な反応で。問い詰めたらまさかの妻帯者だったんだって」

「さ、妻帯者……?!」

「母言ってた。許せなかったって。何度も連絡取ろうとしたらしいんだけど音信不通。家も分からない。電話も繋がらない。どうしようもなかったって。その時、母は悔やんだんだって。何でもっと早く気付かなかったのかって。家に呼んでくれないとか思い返せば不審なことは沢山あった。でも、母はまだ若くて未熟だった。だから、もっと経験を積まないといけない、そう決心したんだって。アタシを下ろす気はあったの?って聞いたら、母は首を横に振った。元々子供は欲しいと思ってたから一人で育てることにしたんだって」

「……父親はその後見つかったのか?」

すると、彼女は一切の笑みを消して言った。

「うん。死体でね」

返す言葉が見つからず、黙っていると彼女は話を続けた。

「テレビのニュースで偶然知ったみたい。奥さんと口論になって刺されたんだって。元々夫婦仲は良くなかったみたい。もしかしたら奥さんと離婚するつもりで母に近づいたのかも。母は言ってた。因果応報いんがおうほうってやつかもしれないって。悲しくなかったの?って聞いたら、首を振って今でも憎いって言ってた。だから、アタシには父親がどういう存在なのかいまだに分からない。良いイメージもないの。小泉さんが、出て行ったお母さんのことをどう思ってんのかは分かんない。でも、同じような理由で父親がいないアタシには小泉さんの気持ち分かる気がする……少しだけかもしれないけど」

彼女はココアを飲み干した。スクリーンの中のライブは中盤を迎え、バンドは疾走感のある曲をたたみかけていた。ボーカルは長い金髪を振り乱しながらシャウトし、ギターは癖っ毛から大量の汗をき散らしながらジャンプしている。立ち見をしている観客達の熱狂は最高潮に達し、モッシュやダイブがそこら中で起こっていた。

だが、俺と彼女の間には、沈黙と共に静かな空気が流れていた。大学の時、何かの本で読んだことがある「女は共感を求める生き物だ」と。今の彼女はまさにその状況なのかもしれない。自分の生い立ちを語ることで俺に共感を求めている。それだけではない。「私もあなたと同じ思いをしている」と、共感を打ち明けることで俺の心に少しでも寄り添おうとしているのかもしれない。それは俺の気を引くためだろうか?返事をせずに考え込んでいると、彼女が突然、立ち上がった。

「ごめんね、急に重い話しちゃって。アタシ、もう寝るね」

「あ、ああ……」

「今日は色々とありがとう。おやすみ」

彼女はそう言うと手を振りながらリビングを出て行った。引き留めようと思ったが、掛ける言葉が見つからなかった。彼女の背中が少しだけ寂しそうに見えた。

(クソ……だからつまんない奴とか言われるんだろうが)

俺は小さく舌打ちをして項垂うなだれたのだった。
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