パラレルワールドで愛を問う

松本ダリア

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第8章 Side 小泉

第16話 風呂上がりのハプニング *

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俺はリビングでパソコンを開き、仕事の続きをしていた。今日中に返さなければならないメッセージがあったからだ。

「よし……これで全部だな……」

ノートパソコンを閉じたその時だった。

「きゃー!」

風呂に入っているはずの珠喜の叫び声が聞こえた。俺は驚き、慌てて風呂場にすっ飛んで行った。

「どうした?!」

扉を開けた瞬間、俺は更に驚いた。目の前に風呂から上がったばかりの珠喜が立っていた。その姿はバスタオルを一枚巻きつけただけだったからだ。濡れた長い髪。俺を見つめる潤んだ瞳。き切れていない水滴は白く滑らかで弾力のある肌を伝って零れ落ちている。バスタオルの上から今にもはみ出しそうな豊満な胸の谷間が見え、その上にも水滴が零れていた。あまりにも妖艶なその姿に俺は激しく動揺し、息を飲んだ。

「賢弥さん……あれ、あれ見て……!」

俺の激しい動揺などつい知らず、彼女は今にも泣きそうな表情を浮かべながら、震える指先で脱衣所の隅を指差した。

「ん……?なんだ虫か」

そこにいたのはよく見知った害虫だった。恐らく虫の中で最も人間に嫌われている生き物だろう。大抵の女子はこいつを見ると泣き叫ぶ。

「なんだ……って!あいつめっちゃキモイじゃん!」

「まぁな。だが、俺は平気だ」

すぐに新聞紙を持って来て勢いよく叩いた。奴はひっくり返り、やがて動かなくなった。その間、珠喜は俺の後ろに隠れ、背中にぴったりと張り付いていた。俺にとっては目の前の害虫よりも、背中に感じる胸の感触の方が厄介やっかいだった。

「スゴい……瞬殺しゅんさつ!」

そう言ってまるで正義のヒーローでも見るような眼差しで珠喜は俺の顔を見た。

「おい、いい加減離れろ。後始末あとしまつできねえだろ」

「えっ?あ、そっか。ごめん」

珠喜は頬を染めながら慌てて俺の背中から離れた。仕留めた奴を新聞紙にくるみ、ビニール袋に入れて外の生ごみ用のゴミ箱に入れた。その後、脱衣所を綺麗に拭き、元通りにした。リビングへ戻ると珠喜がバスタオル一枚で右往左往うおうさおうしていたので、なるべく体を直視しないようにしながら声を掛けた。

「終わったぞ。まだ使うんだろ?」

「あ、う、うん」

「綺麗にしたからもう平気だ。心配いらない」

「良かった~ありがとう!」

彼女は嬉しそうにそう言うと、再び戻って行った。それにしてもあの慌てよう。彼女はよほど虫が……というかあの害虫が苦手なようだ。その証拠に自分がどんなに刺激的な姿をしているのか全く気づいていない。俺はため息を吐いた。先程見た彼女の艶めかしい姿が目に焼き付いて離れないのだ。あれは色仕掛けではない。全くの素の状態。だからこそ余計に動揺してしまったのだ。

(うっ……考えないようにしても無理か……)

心とは裏腹に自分の体が徐々に熱くなっていくのを感じる。ソファに全身を預けて思い切り息を吐くと、目をつむって押し寄せる衝動的で性的な感情を必死に抑え込もうとした――。

***

安心した表情で風呂場に戻った彼女の後を俺はそっと追った。扉を開けると彼女はドレッサーの前でドライヤーを使っている最中だった。

「ちょっ、賢弥さん?!」

彼女は驚いて咄嗟とっさにドライヤーのスイッチを切った。その手からドライヤーを取り上げ、彼女の背中を壁に押し付けた。

「……悪いな、珠喜」

顔にかかっている湿り気を帯びた髪の毛を退けると、俺は自身の唇を彼女の唇に重ねた。

「んんっ……!」

片方の手を彼女の指先に絡め、もう片方の手でバスタオルをぎ取った。

「っ?!」

塞いだ唇の隙間から彼女のくぐもった声が漏れた。俺は唇を離して言った。

「……お前が悪いんだぞ。そんな格好で俺の前に現れるから」

「だ、だって、仕方ないじゃん……」

俺に両手を固定され、体を隠すこともできずに珠喜は恥ずかしそうに俯いた。俺は彼女の裸体をじっと見つめた。形の整った大きな胸。その先端にある桃色の突起。ふっくらした両腿。そして、滑らかで色白な肌はしっとりとしていた。何とも妖艶で美しい裸体だった。洋画を観ていると、ヒロインが主人公の前で裸になる場面を見かけることがあるが、何となくその状況に似ているような気がした。

「……綺麗だ」

珠喜は俺の言葉に恥ずかしそうに頬を染めた。その姿が可愛らしく胸が熱くなった。再び彼女の唇を塞ぎ、濡れた髪の毛を優しく撫でながら何度も唇を奪った。片方の手で彼女の胸、腰、腹、両腿を優しくなぞった。彼女は重なった唇の隙間から吐息を漏らしながら、俺の愛撫に身をよじらせた。散々唇をむさぼってから離すと、彼女は苦しそうに何度も甘い吐息を零した。

「はぁっ……んんっ……あぁん……っ」

俺は我慢できなくなり、遂に自分の服を脱ぎ捨てた。彼女の体を肌で感じたくて思い切り抱きしめた。熱い素肌が触れ合い、何とも言えない心地良さと幸福感が俺の体を包み込んだ。今にも気持ちが溢れそうになり、俺は思わず口を開いた。

「ああ……珠喜……俺はお前のことを……」


***


「……さん、賢弥さん!」

名前を呼ばれ、ハッとして目を開けた。珠喜が俺の顔を不思議そうな顔で覗き込んでいた。

「……お、驚かすなよ」

「それはこっちのセリフだよ。おまたせ~って部屋に入ったらソファでだらけてるんだもん。びっくりした!いつもそんな格好しないからさ」

珠喜は先程とは打って変わって、髪の毛を後ろで綺麗に結い、花柄の白い寝巻きに身を包んでいた。

「……わ、悪かったな。だらけてて」

つい先程まで濃厚な妄想をしていたので何となく気まずい。体を起こして目を逸らした。彼女を直視できない。

「あれ?どうしたの?もしかしてまだ背中痛い?」

「な、何でもねえ。背中は……もう平気だ。風呂行ってくる」

「いってらっしゃーい!」

珠喜の呑気のんきな声を背中に受けながら、俺は風呂場へと向かった。

(俺はさっき妄想の中の彼女に何を……そうか、好きだと言おうとしたのか……)

俺はそこで彼女に対する自分の気持ちを自覚した。戸惑いを感じながら熱いシャワーを浴びた。体にまだ残る熱を全て洗い流すために。
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