パラレルワールドで愛を問う

松本ダリア

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第9章 Side 珠喜

第17話 彼の意外な一面 *

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夕飯の支度を終え、後片付けをしていると玄関で物音がした。賢弥さんが帰って来たのだ。

「おかえり~!」

「……ああ」

何だか様子がおかしい。いつもは辿々たどたどしいながらも「ただいま」と言ってくれるのに。

「どうしたの?体調悪い?」

「なんでもねえよ」

不機嫌な様子でそう言うと彼はアタシの顔も見ずにそそくさとリビングへ入って行った。

(なにあの態度……!)

賢弥さんはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めると(その仕草にまたドキドキしてしまった)テーブルの上に缶ビールを二本置いた。

「あれ?お酒買って来たんだ。珍しいね」

「飲まないって言ってたよね」と言いかけてやめた。今日はあまり刺激しちゃいけない気がする。彼は「ああ」と言って早速缶ビールを開けて飲み始めた。肉じゃがのじゃがいもと鶏肉を口に放り込み、その次にだし巻き卵とご飯を頬張ほおばった。

「肉じゃが一人で作ってみたんだけど、どう?」

「……ああ」

「だし巻き卵は?」

「……ああ」

(ダメだ、ああ、しか言わない……)

グイグイとビールを次々に口に運ぶ。その内に彼の顔が赤くなってきた。こんな姿を見るのは初めてで、そこでふと気づいた。

(もしかして仕事でなんかあったのかな……)

彼は夕飯を全て食べ終え、ビールを1本飲み干した。すると、テーブルに置いてあったもう1本の缶ビールを持ち、棚からミックスナッツを取り出すとソファに座った。

「ちょ、ちょっと!まだ飲むの?!」

「うるせえな、何本飲もうが俺の勝手だろ」

そう言って2本目のビールもグイグイと口に運んでいった。顔は真っ赤。完全に酔っぱらっていた。皿を洗って片付けをしながら見守っていると、不意に彼がこちらを向いた。

「珠喜、ちょっとこっち来い」

「えっ」

「いいから早く来い」

その目はいつもの彼と違っていた。トロンとしていて明らかに酔っていることが分かった。逆らうのも少し怖いので、恐る恐る隣に座ると彼は急にペラペラと語り始めた。

「この間、新作映画の大事な商談があるって言っただろ?今日はその大詰めの日だったんだ。俺は張り切った。何が何でも結果を出したかったからだ。だが、今日になって先方が断ってきやがったんだ!」

「えっ?!ドタキャンってこと?!」

「そうだ。他の配給会社に任せることにしたんだと。先方は詳細を話すのを渋ってたんだが、諦め切れなくて問い詰めた。その配給会社はうちとの交渉を始めた直後に連絡を取ってきたんだと。そこまではほぼうちの会社に決まっていたらしい。だが、せっかくだからと話を聞いたらうちより好条件、しかも担当が凄くフレンドリーで意気投合いきとうごうしたんだと。俺は何とか粘った。譲歩じょうほできそうなところはして、その会社よりも更に良い条件を掲示した。だが、もう後の祭りだった」

賢弥さんはビールを飲み干すと項垂うなだれた。相当参っているみたいだった。賢弥さんは普段、あまり仕事の話をしない。でも、数少ない口ぶりから自分の仕事が大好きで誇りを持っていることがアタシにもよく分かる。だから、仕事が上手くいかなかったことを相当気に病んでいるんだろう。

「俺は向こうの世界にいた時から配給会社で働いてきた。買い付けに関して自分の腕には自信を持っているつもりだった。コミュニケーション能力が劣っていることは分かっていたが、それでもコツコツと実績を積んで商談を成功させた。俺が買いつけた映画は殆どヒットしたんだ。だから、会社は俺の仕事ぶりを最大限に評価してくれた」

賢弥さんは首を横に振って言った。

「だが、俺は自分を過信かしんしてたのかもしれない。足りないものをおぎなおうともしなかった。もし、俺がコミュニケーション能力に長けた人間だったら先方はうちを選んでくれたかもしれない……くそっ」

賢弥さんは悔しそうに頭を抱えた。こんなに感情を露にする彼を見たのは初めてだった。アタシは内心動揺していた。彼の力になりたい。励ましてあげたい。でも、何て言えばいいんだろう。

「賢弥さん……」

何か言おうと口を開いたけど、出て来なかった。気づいたら彼に手を伸ばしていた。彼の頭を優しく抱き寄せた。賢弥さんはアタシの背中に腕を回して胸に顔を埋めていた。その体は微かに震えていた。アタシは彼の髪を優しく撫でながら、ふと母の腕に抱かれたことを思い出した。小学生の時、算数のテストで悪い点を取ってしまって母に泣きついたことがある。その時、母はアタシを優しく抱き寄せて励ましてくれた。アタシはあの時、母が言ってくれた言葉を思い出しながら口を開いた。

「賢弥さんはめちゃくちゃ努力したんでしょ?だったらそれでいいじゃん。商談が上手くいかなかったのは賢弥さんのせいじゃない。その努力は無駄にならないよ、絶対に!」

すると、賢弥さんがゆっくりと顔を上げた。体を離し、アタシのことをじっと見つめた。その目はまだトロンとしていたけど、今まで見た中で一番優しい目をしていた。

「努力は無駄にならない……か。お前、良いこと言うな」

「でしょ?!まぁ、お母さんの受け売りなんだけどね!」

「なんだ、母親のかよ」

「ご、ごめんね。でも、その通りだと思うんだ。アタシね、今の仕事で同性の先輩達にいじめられた時、負けてたまるか!ってめちゃくちゃ努力したんだよ。影でどんなに涙を流してもお客さんには笑顔を届けなきゃって。そしたらアタシを求めて来てくれるお客さんが増えたんだから!あの時お母さんにめちゃくちゃ感謝したよね」

賢弥さんはとても優しい表情で話を聞いてくれ、アタシの頭をポンポンとしながら言った。

「ありがとうな。励ましてくれて」

嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなってしまった。すると、彼はアタシの顔を覗き込んで来た。

「ちょ、ちょっと……何見てんの?」

「お前……可愛い顔してるよな」

「……は?」

あまりに唐突とうとつ過ぎる褒め言葉に凄く動揺した。普段の賢弥さんはこんなこと絶対に言わない。酔った勢いで気が大きくなっているのかもしれない。狼狽うろたえていると彼はアタシの頬に優しく触れながら言葉を続けた。

「それに、お前はいつも家のことや語学の勉強を頑張ってる……苦手なことに一生懸命挑戦してる……偉いぞ……」

再びの頭ポンポン。まるで人が変わったかのよう。アタシはすっかり気が動転してしまった。

「な、何ちょっと……どうしたの急に……」

「珠喜。俺はな、どんなに疲れて帰って来てもお前の元気な笑顔を見ると……なんつーか……安心すんだよ……」

賢弥さんはそう言うとアタシの頬を撫でた。向けられる優しい眼差し。至近距離しきんきょりで見つめ合い、自然に唇が近付く。

「ん……っ」

触れるだけの優しいキスだった。微かなビールの味。一瞬クラっとしたのは、きっとビールの味に酔っただけじゃない。何度も想像して夢にまで見た彼とのキスだからなんだろう。賢弥さんはそっと唇を離すと、もう一度アタシの目をじっと見つめた。さっきとは打って変わって今度は熱い眼差しだった。

「珠喜……」

熱っぽくそう呟くと、彼はアタシの頬を両手で包み込んでまたキスをした。触れるだけの優しいキスを何度も繰り返しながら彼はアタシの腰に腕を回した。ぎゅっと強く抱き締められてドキドキが止まらない。胸の鼓動こどうが彼に聞こえているんじゃないかと思うほどに。

「はぁ……賢弥さん……もっと……っ」

嬉しくて仕方がなくて夢中で彼のキスを受け入れた。彼は唇を離すとアタシの声に応えるように、今度は首筋にキスをした。そのまま唇をゆっくり下におろし、露わになっている鎖骨に触れ、ワンピースの胸元から覗く谷間にキスをした。彼の熱い吐息がかかり、肌が粟立あわだつ。

「んん……っ」

思わず甘い声を漏らすと、彼はワンピースの上から膨らみをゆっくり撫で、時折揉みしだいた。

「やん……そんなに触っちゃ……んんっ」

「柔らかい……」

そう呟きながら、彼は空いた片方の手でワンピースのすそをゆっくりとまくり、アタシの足を撫で回した。思わず体がピクンと反応する。ビールの香りが混ざる熱い吐息が体中に触れ、徐々に気分が高まっていく。けど、今頃になってアタシは焦りを感じ始めた。

(えっ、ちょっと待って……これ、そのままヤッちゃう感じ?う、うそ……ちょっと待って!めちゃくちゃ嬉しいけど準備が……色々な意味で!)

動揺している間にもアタシの足を撫でる賢弥さんの手は、ゆっくりと上がっていく。やがてその手は両腿に到達、大きくてゴツゴツした逞しい手に何度も両腿を撫でられ、アタシは声を抑え切れなくなってしまった。

「いやぁ……あぁん……っ」

「珠喜……良い声出すじゃねぇか……」

賢弥さんはアタシの耳元でそう言うと、内腿に手を滑り込ませた。

「あんっ、ダ、ダメ!そこは……!」

慌てて彼の手を掴んだその時、胸元で深い寝息が聞こえてきた。顔を覗き込んで思わず声を上げた。

「ね、寝てる……?!」

普段の彼からは想像できない、あどけない寝顔。まるで子供みたいだった。途端に体中の力が抜けた。拍子抜けってこういう時に使うんだろう。起こさないようにしながら、彼の体をそっとソファに寝かせ、上から毛布を掛けた。後片付けの途中だったことを思い出したけど、それどころじゃなかった。

(えっ?さっきのって何だったの?酔った勢い?それとも賢弥さん、もしかしてアタシのことを……?)

そこまで考えて、思い切り首を横に振った。

(とりあえずシャワー浴びよう。そうすれば気分転換になるよね)

服を全て脱ぎ捨て、シャワーのお湯を出そうとふと鏡を見た瞬間、思わずハッとした。首筋や鎖骨、胸元に彼の痕がくっきりと残っていたからだ。指先でそっと触れると、そこにはまだ熱が残っているような気がして胸が高鳴った。

(ううっ……こんなものまで残すなんて……どうしよう。またドキドキしてきちゃったじゃん)

急いでレバーをひねり、お湯を出した。熱いシャワーを浴びると気持ちが良かった。でも……どうしてもさっきの出来事が頭から離れなかった。

シャワーの湯を止め、胸の膨らみにそっと触れた。さっき胸に触れた彼の手の感触を思い出したのだ。攻治さんはアタシのこの胸が好きでよく褒めてくれた。賢弥さんはどう思っただろう?

「全然嫌じゃなかった……あのままされてもいいって思った……アタシ、そんなに好きなんだ、彼のこと……」

ベッドで抱かれるのを想像した。お互いに何も身につけていない生まれたままの姿で抱き合い、肌の感触を確かめ合う。濃厚なキスを繰り返していく内に彼の逞しい肉体が徐々に熱を帯び、アタシの心と体を熱くさせる。

「賢弥さん……スキ……もっとして」

吐息混じりの声でそうねだると、彼は逞しい大きな手でゆっくりとアタシの体を撫でた。膨らみ、先端の突起、敏感な場所を優しく、時に激しく愛撫される度に疼きが増していった。

「はぁん、イイ……あぁっ」

「珠喜……可愛い……。ああ、俺もう我慢できない」

彼の射抜くような熱い眼差しに胸がキュンとなる。早く彼が欲しくて堪らない。浴びるように激しいキスを体中に受けて疼きが激しくなる。気持ちがたかぶっていく。ああ、早く……早く……ひとつになりたい。彼を見つめる。彼もアタシを見つめる。その瞳には激しい熱がこもっている。ああ、彼もアタシを強く求めている――。

アタシはハッとした。体が火照り、微かな疼きを感じた。無意識のうちに指先が敏感な場所に触れる。慌てて首を横に振る。

「ヤ、ヤバい!体が熱くなって来ちゃった……何の為にシャワー浴びてんの?!アタシのバカ!」

一気にレバーを捻り、シャワーを頭から勢いよく浴びた。濃厚な妄想を打ち消すために。
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