アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT III~

松本ダリア

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第4話 モンスター

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微かな鳥のさえずりで、彗は目を覚ました。

「ああ、そうか、僕……」

自分の下で静かに眠る彼女を見てまた恥ずかしさが蘇り、彗は顔を赤くした。彼女は依然として目を覚さないが、体温は正常に戻っているようだった。

「良かった……」

彗はゆっくり体を起こすと、窓から差し込む柔らかな朝陽に目を細めた。時刻は朝の6時。雨はすっかりやみ、淡い橙色の朝焼けが街並みを照らしている。

棚から検査用の服を取り出して彼女を着替えさせ、自分もパーカーとデニム、いつも羽織っている白衣に着替えた。

「彼女の体がどういう仕組みになっているのか検査してみないと。目を覚さないってことはもしかしたらどこかに不具合があるのかも。それに……」

それ以外にひとつ気になっていることがあった。首筋に刻まれた刻印である。もしも、彼女が本当にこのプロジェクトの一貫で開発されたアンドロイドなら、体内にコアがあるはず。彗はそう思ったのだ。

「コアがあるなら、メンテナンスをする必要がある。もしかしたらコアが弱っていることが目を覚さない原因かもしれない」

彗は機材とパソコンを持って来て、彼女の体に繋いだ。彼女の体内の映像がパソコンの画面に映し出される。彗はその映像を見てハッとした。

「やっぱりコアがある!けど……相当弱ってる。それにこれって……子宮と卵巣だ!」

思わず椅子から立ち上がり、父親に連絡しようとウォッチを起動した。が、時刻を見て一瞬躊躇った。

「いや、これは緊急事態だ……」

そう言うと、思い切って父親に連絡を取った。

「彗、どうしたんだ?こんな朝早くに」

と、言いながらも水端流は髪を後ろに撫で付け、スーツを着込み、既に身支度を整えていた。

「父さん、朝早くにすみません……って早いですね。今日も忙しいんですか?」

「ああ。朝から政府との大事な会議があってな。だから手短に頼みたい」

「わ、分かりました。実は昨日、道端で倒れているアンドロイドを助けたんです」

すると、水端流の目が眼鏡の奥で少しだけ見開かれた。

「……ほう。どんな個体だね?」

彗はウォッチを眠っている彼女へ向けながら口を開いた。

「女の子のアンドロイドなんですが、気になることがいくつかあります。彼女の体内にはコアと、子宮と卵巣があります。何よりこの刻印、うちの入れ方に似てるような気がするんです。もしかして極秘に開発されたアンドロイド……とかですか?」

彗は彼女の首筋に刻まれた刻印にウォッチを向けた。水端流は目を丸くしてその刻印をじっと見つめた。その様子を見て彗は違和感を覚えた。

「お、驚かないんですか」

水端流はしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて口を開いた。

「……いや、何でもない。その個体は眠ったままなのか?」

「そうです。まだ目を覚まさなくて……コアがだいぶ弱っているようなのでこれからメンテナンスをします」

「そうか。目を覚ましたら聞き取り調査をして、結果を報告してくれ。それからこの件はまだ他言してはならん」

「えっ?」

「ああ、宵月くんだけには伝えてくれ。女のアンドロイドだからな。色々と検査をしてもらいたい」

「分かりました」

すると、水端流は思い出したように声を上げた。

「ああ、そうだ。私もお前に連絡を入れようと思っていたところでな」

「連絡?もしかして、今日のミーティングのことですか?」

彗がそう言うと、水端流は頷きながら言った。

「うむ。実はだな、今日は一日、政府や関係各所との急な会議が立て込んでしまってな。予定が空きそうにないのだ。悪いんだが、お前の方から皆にミーティングは中止になったと伝えてくれ」

「……分かりました」

彗の返事を最後まで聞かずに、水端流は慌ただしくウォッチを切った。彗は気が重かった。何故なら、自らメンバーに連絡を入れないとならないからだ。急でなければメッセージだけ送ればよいが、メッセージに気が付かずにミーティングに参加しようとする者が出るのを防ぐためだ。

彗はため息を吐いた。特に気掛かりなのはイオだった。ある意味、彗が今一番話をしたくない相手だった。それはあの悪夢を思い出してしまうこと。何より、もう一人の自分がまた姿を見せるかもしれないからだった。

「なるべく皆に会わないようにしていたのに……仕方ないな。もう少し時間が経ったら連絡しよう」

彗はそう呟くて、眠っている彼女の機材を取り外し、メンテナンスの準備を始めたのだった。

時刻は朝の8時。彗はウォッチを起動した。最初にハレーとベネラ夫婦、次に暁子に連絡を入れた。最後は雄飛とイオ夫婦だ。が、呼び出してもなかなか応答がない。切ろうとしたその時だった。

「……彗?ごめん、すぐに出られなくて。朝からどうしたんだ?」

「雄飛くん、おはようございます。忙しいところすみません。って、雄飛くん今どこにいるんですか?自宅じゃないですよね?」

「あ、ああ。実は今、出張に来てるんだ。子供アンドロイドの件で講演会をやってくれって頼まれてさ」

「そうなんですか?!それは凄いですね?!(最近、会ってないから雄飛くんが出張に行ったの気付かなかった……)」

「で?どうしたんだ?何か話があるんだろ?」

「ああ、実は水端教授から、緊急の会議が立て込んでしまって今日のミーティングは中止だと連絡があって……」

「そっか。まぁどっちにしろ俺はミーティングに出られないけど……彗、悪いんだけどイオに連絡しておいてもらえるかな?今、ちょっと忙しくて手が離せないんだ」

「……わ、分かりました。じゃあ、講演会、頑張ってくださいね」

「ああ、ありがとう」

彗は深いため息を吐いた。雄飛に連絡すればイオと直接話をせずに済むと思ったのだ。意を決してイオを呼び出した。

「あっ!スイだー!おはよう!」

「……シ、シリウス?お、おはようございます。えーっと、イオは今忙しいですか?」

「イオ?いるよー!ちょっと待ってて!イオー!スイから電話だよー!」

「コラ!シリウス!勝手にウォッチ触っちゃダメって言ってるでしょ?!……彗、おはよう。朝からシリウスがごめんね」

「い、いえいえ!だ、大丈夫ですよ!今、平気ですか?」

「うん。大丈夫。どうしたの?」

「は、はい。実は水端教授から、緊急の会議が立て込んでしまって今日のミーティングは中止だと連絡があって……」

「そっか。わざわざ連絡ありがとう。そうだ!今日は彗にメンテナンスをお願いしようと思ってたの。さっきベネラ姉さんに連絡したら、シリウスはハレーが面倒見てくれるって言うので。ハレーは今日お休みらしいから」

「そ、そうですか。分かりました。ああ、そうだ。雄飛くん、今出張に行ってるんですね?さっき電話したら忙しそうにしてて、イオに連絡しておいてって言われて……」

その瞬間、イオの顔が曇った。その切なげな表情に彗は酷く胸が締め付けられた。と、同時に微かな違和感を覚えた。

「そ、そうなの。だから、シリウスと二人で留守番してるんだ」

「そ、そっか……それは、寂しいですね」

「う、うん……じゃあ、また後でね、彗」

ウォッチを切った瞬間、彗はうなだれた。

「よりにもよってこのタイミングでイオのメンテナンス……しかも、雄飛くんは出張中でイオは寂しそうな顔してた。好機とばかりにあいつが出て来たら、僕は……」

良からぬ想像をしてしまい、彗は頭を抱えた。そしてあまりの恐怖に思わず額から嫌な汗が滲み出るのだった。

数時間後、暁子による定期健診を終えたベネラと志希、付き添いのハレーが彗の研究室を訪れた。ノックの音がして「はい」と返事をしてしまってから、彗は慌てふためいた。

(やばい!父さんから彼女のことは他言しないように言われてたんだった……!)

ドアが開く前に彗は急いで自分でドアを開けると、慌てて廊下へ出た。あまりにも不自然な動きにベネラとハレーは眉をひそめた。

「彗、そんなに慌ててどうしたの?」

「もしかして、見られちゃマズイもんでもあんのか?エロい物とか」

ニヤニヤしながらハレーにそう言われ、彗は顔を真っ赤にして必死に反論した。

「なっ……ち、違いますって!ちょっと散らかってるから見せたくないだけです!」

「ハレーったら、下品な冗談はやめなさい。彗が困ってるわ。それに、あなたはもう父親なんだからいつまでも子供気分でいられちゃ困るのよ」

ベネラが呆れ返ったような顔をしてハレーに言うと、彼は「うっ」と言って、気まずそうに頭を掻いた。ベネラは彗に向き直ると微笑んで言った。

「彗、久しぶりね」

「ベネラさん、お久しぶりです。志希ちゃん、よく眠っていますね」

「そうね。かなり落ち着いた子よ。ハレーより私に似たみたいで良かったわ」

「チッ、うるせえよ」

と、その時だった。

(ふぅん……彼女があのベネラさんですか。ハレーをあの手この手で操り堕としたという……確かに、良い女です)

暗闇の中から彼が現れ、まるで舐めるような眼差しでベネラのことを見つめた。あまりにも唐突な出現に彗は慌てふためいた。

(何でこんな時に……いいから、君は引っ込んでてくれないかな)

「彗……?」

急に黙り込んでしまった彗を見て、ベネラは不審に思った。彗の眼鏡の奥の瞳が激しく揺れて、色々な色に変わるのを彼女は見逃さなかった。

(おかしいわね……)

ベネラは意識を集中して彗の心の中を覗き込んだ。

(いいじゃないですか。だって、あなただってそう思うでしょう?ああ、そうだ。ベネラさんに手解てほどきしてもらったらどうです?かつてのハレーみたいに)

彼は癖のある前髪をいじりながら、意地の悪い笑みを浮かべて言った。

(なっ……何言ってんの?!僕はそんな目でベネラさんを見たことなんてない!彼女は強くて勇敢ゆうかんな女性なんだ!)

(自分の本心を認めようとしない……あなたの悪い癖ですね。いいですか?ぼくはあなたなんですよ?否定する方がおかしい。間違っています)

彗はとうとう頭に血が上った。

(うるさい!お前なんか消えろ!)

彼はニヤリと笑うと何も言わずに暗闇の中に姿を消した。

一部始終を目にしたベネラは驚愕きょうがくした。また、洞察力の優れた彼女にはもう一人の彗が彗にとってどのような存在で、今後どのような影響を及ぼすのかをある程度予想することができた。

(なんてこと……このまま放っておいたら彗は消えてしまうかもしれないわ)

すると突然、廊下の向こうから聞き慣れた元気な声が響いて来た。

「みんなー!そこで何してるのー?!」

「おお、シリウス!やっと来たか!今日は何する?」

「えーっとね、サッカーやりたい!」

「サッカーか、いいじゃねえか!」

シリウスとハレーが仲睦まじく話をしていると、イオが駆けて来て言った。

「コラ!シリウス!廊下を走っちゃダメって言ったでしょ?!」

「あっ!ごめんなさい!つい、うっかり!」

シリウスはそう言うと舌を出して頭を掻いた。すっかり母親の顔をしているイオを見て、彗の胸が高鳴った。

(イオ……)

「じゃ、オレはシリウスとサッカーしてくっから。ベネラ、志希をよろしく頼む」

「言われなくても分かってるわよ。ねぇ?」

ハレーの言葉にベネラは眉をひそめると、大人しく眠っている志希の頬にそっと指で触れた。そして、彗に向かって優しく微笑むと言った。

「彗、私もそろそろ行くわね。何かあったらいつでも言ってちょうだい。私で良ければ協力するわ」

彗はハッとして我に返った。

「は、はい!ありがとうございます」

ベネラは再び暁子の研究室を訪れた。

「どうしたんだい、ベネラ」

「……あの子、心の中にとんでもない人格モンスターを飼ってるわ」

「……あの子って?」

「彗よ。さっき話をしていて様子がおかしかったから心を読んでみたの。そうしたら……もう一人、全く別の人格がいたの。かなり意地の悪そうな人格だったわ。普段の彗からは想像できないぐらいの」

暁子は驚いた。彼女の言う『全く別の人格』というのが一体何を意味するのか、カウンセラーの暁子にはすぐに理解できた。

「そうかい……それであの子、最近様子がおかしかったんだね」

「ええ。彗は必死にその人格を抑え込んでたわ。でも、もし隙や弱みを見せたらすぐにその人格に居場所を奪われる。それぐらい危険な存在に見えたの。彗は今、誰にも言わずに一人で闘ってる」

「あの子はちょっと意志が弱いところがあるからねぇ。私達が救い出すべきなのかもしれない」

「ええ、そうね……。暁子、私はこの子の世話でなかなかセンターに来られない。だから、彗のこと見てて欲しいの」

「分かってるよ。私もハレーの一件からずっと彗のことを気にかけてたんだ。ハレーはあんたのおかげで成長した。次は彗の番さ」

「そうね」

暁子とベネラは強い視線を交わし、大きく頷いたのだった。
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