アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT III~

松本ダリア

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第9話 投げつけられたバースデーケーキ 前編

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北翔の検査を済ませた後、暁子は自分の研究室に戻ってデスクに座り、考え込んでいた。北翔の影に映る人物がどうしても忘れられなかった。

(あの子を見ると思い出す……)

暁子が彼と初めて出会ったのは、彼女がまだ医学生の時だった。その頃、アンドロイドは世の中にまだそこまで普及してはおらず、研究している大学や機関も限られていた。その為、独自でサークルやクラブを作る者が多かった。

「僕の友人にアンドロイド研究・開発をしていてサークルを立ち上げた人がいるんだ。仲間を探してるんだけど……暁子、前からアンドロイドに興味があるって言ってたよな?良かったら入ってみないか?」

ある日、暁子は同じ医学生の宇佐美康寛うさみやすひろに誘われた。

「……確かにアンドロイドには興味があるけど……自分で作ろうとは思ってない。でも、ずっと医療の勉強ばかりしているのも息が詰まりそうだと思ってたところなの」

「それじゃあ……入ってくれるのかい?」

「ええ、いいわよ」

数日後、暁子と康寛が通う大学の近くのカフェに現れた宵月明彦は、黒縁眼鏡に短くてボサボサの黒髪、痩せていて白いシャツにヨレヨレのジャケットを着ていた。胸ポケットからは潰れかけた煙草の箱が覗いている。

(初対面の女と会うのにこの格好……いかにも勉強と研究以外は無頓着って感じね。いつも身なりに気を遣ってる康寛とは全く正反対のタイプだわ)

一方、暁子はしっかりと化粧をして、赤いセーターに黒いロングスカート、ブーツを履いていた。美人ではないが、スラッとしたモデルのようなスタイルの彼女に、近くにいた男女の客が熱い視線を送る。そんな暁子を目の前にしても明彦は平然としていた。

「俺のサークルに興味を持ってくれてありがとう。早速だが、いつから活動できる?」

「おいおい。明彦、唐突過ぎやしないか。最初はもっとこう……自己紹介とかするもんだろう?」

驚いた康寛が思わず声を上げた。暁子は康寛を静止すると楽しそうに笑いながら言った。

「面白いじゃないの。私はいつでも大丈夫よ。今日からでもいいぐらいだわ」

明彦は嬉しそうにニヤリと笑うと言った。

「拠点は俺の家の隣にあるアトリエだ。仲間が既に数人集まっててな。ちょっと抜け出して来た。あんたに会う為に」

「あら、そう。忙しいとこありがとう」

「ああ、そうだ。明彦、確か仲間は全員、男性って言ってたよね?暁子、大丈夫かい?」

康寛が心配そうに尋ねると、暁子は冷静な顔で言った。

「私は平気よ。男だろうが女だろうが、関係ないわ。例えいじめられてもやり返してやるわよ」

明彦は鼻で笑うと楽しそうに言った。

「ふん、面白いじゃないか。あんたのこと気に入ったぜ。早速だが、今から家に来られるか?」

「いいわよ。康寛は?一緒に来るのかしら?」

「い、いや。僕は遠慮しとくよ」

駆け引きのような二人のやりとりに康寛は苦笑いしたのだった。その後、暁子は明彦の家――アトリエに行った。そこには5、6人の男子学生がいて、大きな台の上に横たわっている未完成の人型ロボットをいじり回していた。

「新しく入った仲間だ」

「よろしくお願いします」

明彦のように身なりに無頓着な者、康寛のような端正な顔立ちで女性にモテはやされそうな者など様々な者がいて、誰もが物珍しげな眼差しで暁子のことを見つめていた。中には暁子のことを仲間、ではなく下心の含まれた視線を送って来る者もいた。

(……面白いじゃないの)

様々な視線を受けながら暁子は内心思った。それから暁子は大学や勉強の合間にアトリエに通った。初めは見ているだけで自分で開発することには全く興味を持たなかった。が、仲間の様子を見ている内に徐々に興味が湧いた。

何より、アンドロイドに対する明彦の熱い思いに心が揺さぶられたのだ。北海道の田舎町出身の明彦は自然が好きだった。特に山が大好きで、大学では山岳部にも入っているぐらいだった。明彦が思い描くアンドロイドはそうした彼の育った環境や強い憧れが詰まっていた。明彦は研究の合間や誰もいない二人きりのアトリエで、暁子に懐かしい故郷のことや夢を語って聞かせた。

「俺は将来、心身共に強靭きょうじんなアンドロイドを作りたいんだ。例えば……そうだな。山で遭難しても自分の力で生き延びる。もちろん見た目は普通の人間と変わらない。かと言ってよくいる筋肉隆々きんにくりゅうりゅうのマッチョ野郎じゃないぞ。誰もがハッとするぐらい美しい見た目のアンドロイドだ。男も女も関係なくな。イメージで言えば……そう。山の妖精とか精霊みたいな感じだ」

明彦の家は裕福だった。だから、明彦が幼い頃から彼が興味を示すことを何でもやらせた。大学の学費も全額工面し、業者に頼んでアトリエも作らせたのだ。欲しいものは何でも手に入れ、自分の思い通りに生きて来た彼は少々性格に難があった。しかし、暁子はその性格を個性だと捉え、彼と接することを楽しんだ。むしろ、接すれば接する程に好意を抱いた。

「ふぅん。あんたって意外とロマンチストなのね。見かけによらず」

「ふん、悪かったな。見かけによらなくてよ」

明彦はそう言った後に煙草をふかすと、突然、暁子の唇を自身の唇で塞いだ。あまりにも不意なタイミングに暁子は驚いた。が、拒むことなく素直に彼を受け入れた。

「ふふっ。煙草の味」

「何だ?嫌か?」

「別に。嫌じゃないわ。むしろ……」

そう言って暁子は明彦の首筋に腕を回し、今度は自分からキスをした。明彦は暁子を抱きしめると、無機質で固い床の上に押し倒した。その時、背中に感じた床の冷たさや彼と激しく交わり肌に移った煙草の香りを、暁子は今でも鮮明に覚えている。

やがて、暁子は医師免許を取得。大学病院で研修医として働き始めた。明彦は大学を卒業した後、ロボットを開発する会社に就職した。その会社には徐々に普及しつつあったアンドロイドの研究、開発をする部署があり、そこに配属され、本格的にアンドロイド研究にたずさわるようになった。更に数年後、暁子は婦人科医として独立。自分のクリニックを持つようになった。そんなある日、仕事を終えて帰宅しようとすると、明彦から着信があった。疲れていた暁子は苛々しながら言った。

「今、帰りなのよ。後にしてくれない?」

「まぁ、聞けよ」

「何よ」

「明日、婚姻届出しに行くぞ」

「……は?」

暁子は何を言われたのか理解出来なかった。

「だから……明日、婚姻届出しに行くっつってんだよ!お前、明日休診日だろ?朝、家に来い。いいな?」

明彦はそう言うと、暁子の返事も待たずにウォッチを切った。しばらくの間、何が起きたのか理解できず暁子は夜の歩道橋の上で呆然と立ち尽くした。しかし、やがて事態を飲み込むと、クスリと笑って呟いた。

「婚姻届……ああ、そういうこと。ふっ、あいつらしいじゃないの」

その後、二人は結婚した。暁子はクリニックを畳むことなく婦人科医として実績を積み上げていった。それぞれが夢に向かって励まし合う幸せな新婚生活だった。しかし、そんな生活も長くは続かなかった。暁子は子供を望んでいた。一人の女として、また婦人科医として自分と愛する人の子供をもうけることを幸せの形だと当たり前のように思っていた。しかし、明彦は研究に没頭し、家に帰らないことが多くなっていった。子供をもうけるどころかすれ違いの生活が始まってしまったのだ。

「アンドロイドも子供も、二人で一緒に作れたらいいねって……あれは嘘だったの?」

テーブルの上にはラップに包まれた料理が寂しく並んでいる。それを見つめながら、暁子はぽつりと呟いたのだった。
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