アンドロイドの歪な恋 ～PROJECT III～

第１３話 消失 ＊

その後、積極的に求めて来る北翔を拒むことができず、何だかんだで結局二人は恋人同士の関係になってしまった。北翔は見かけによらず積極的で半ば強引だった。時にはワガママを言って彗を困らせることもあった。

(彗の中にはまだイオがいる。でも、わたしを好きだって言ってくれる。イオのことさえ忘れることができれば……)

彼女が積極的で強引なのは、彗に一刻も早くイオのことを忘れさせ、自分だけを求めるようにする為でもあったのだ。

そうした彼女の強い想いに流されるように、北翔に求められるまま彗は何度も彼女と肌を重ねた。しかし、依然として彗の中からイオの存在は消えず、彼女の面影に苛さいなまれるあまり北翔の中に挿入できないでいた。

ある日、北翔はカウンセラーという仕事があらゆる悩みを解決するための職業だと知って、彗を連れて彼女の元へ相談に行った。北翔との関係を他人に知られることに抵抗があった彗はあまり乗り気ではなかったが、北翔に押し切られ、断ることが出来なかった。

北翔は彗とイオの未遂事件からこれまでの経緯を辿々しい口調でゆっくりと語った。

「ええっ？あんた達いつの間にそんな関係になったんだい。助けた女の子に手を出すなんて彗、あんた見かけによらず積極的なんだねぇ」

イオと彗の一件を盗み聞いてしまった暁子は信じられない思いで北翔の話を聞いた。

「よ、宵月先生、違うんです。そうじゃなくて……」

と、彗が言いかけると北翔がきっぱりと言った。

「彗は何もしてない。好きって言ったのも、彗とセックスがしたいって言ったのも、全部わたし」

「ほ、北翔、確かにそうかもしれないけど……」

彗が慌てると暁子が頷きながら言った。

「北翔の積極的なアプローチに根負けしたって訳だね。それなら何となく想像がつく。あんたは北翔のこと、女として好きなんだよね？」

「は、はい。もちろんです。でも、どうしてもイオのことを忘れることができないんです。もうどうすればいいのか分からなくて……このままだと北翔にも申し訳ないし」

暁子は少しだけ考え込むと、意を決して言った。

「実はね、彗。あんたとイオのこと、私は知ってるんだよ」

「えっ……ええっ？」

彗は驚きのあまり声を上げた。

「いや、最後まで聞いた訳じゃないよ。それに盗み聞きするつもりは全くなかったんだ。たまたま医務室の前を通りかかったらイオの泣き声が聞こえたから心配になって……申し訳ないね」

「そ、そうだったんですか……」

彗はそう言ったきり顔を真っ赤にして黙ってしまった。暁子は気を取り直した様子で言葉を続けた。

「あんたの中でイオとのその一件が大きなトラウマになってる。だから、北翔と素直に恋愛もできないし、最後までできない。そうだろ？」

「……はい。その通りだと思います」

暁子は彗の目を真っ直ぐに見ると諭さとすように言った。

「いいかい、彗。突き放しているように聞こえるかもしれないけど、これは私や北翔がいくら頑張ってもどうにもならない問題なんだ。あんたが自分で乗り越えなきゃならない。そうじゃないといつまで経っても前に進めないよ」

「で、でも好きな人をそう簡単に忘れることはできないですよね？一体どうしたら……」

彗は目に涙を浮かべて小さな声で言った。暁子は大きく頷きながら優しく言った。

「それは私にも分かる。これでも昔は色々な恋愛をしたのさ。経験からひとつだけ言えるのは辛い恋を忘れるには新しい恋しかないってことだ」

「……北翔との恋愛に今以上に本気になれば、イオを忘れられるかもしれない。そういうことですよね？」

「ああ、そうだ。焦る必要はない。時が解決してくれる」

「……分かりました」

彗は涙を拭いて頷いた。暁子は北翔の顔を見ると言った。

「北翔、あんたの中には嫉妬とか色々な感情があるかもしれない。でも、彗のことを焦ったり急かしちゃダメだ。彗が自分で乗り越えるまで支えてやるのさ。いいね？」

「……分かった」

「宵月先生、ありがとうございました。ちょっと不安だけど、頑張ってみます」

彗はそう言うと力なく微笑んだ。二人が部屋を出て行った後、暁子は思った。

(辛い恋を忘れるには新しい恋しかない、か……。それはあの子達だけじゃなくて私にも言えることかもしれないねぇ)

その後、彗はイオのことをなるべく意識せず北翔だけを求めるよう心掛けた。しかし、北翔との関係が深まるにつれ、トラウマは小さくなるどころかむしろ酷くなって行った。毎晩、イオが色々な姿で夢に現れては彗を悩ませた。イオは時には淫らで、時には涙を流した。

「あの時、北翔が止めてくれなかったら僕はきっとあのままイオを……。まさか自分の中にそんな部分があったなんて……」

悪夢から覚めた彗は額から大粒の汗を流しながら頭を抱えた。彗の罪悪感と劣等感は日ごとに酷くなっていった。また、イオを忘れることもできず、北翔に求められるままに中途半端な気持ちで行為に及んでしまう自分に次第に嫌気がさした。

「彗、帰っちゃ嫌。一緒に寝て」

「ええっ。僕、ずっと帰ってないんだよ。北翔が寂しいって言うから泊ってるんだ。でも、たまには家に……」

彗が言い終わらない内に北翔は彼の眼鏡を奪い取り、唇を自身の唇で塞いだ。そして、彗の両手を取り自身の寝巻の下に入れた。突然、彼女の膨らみに導かれ、彗は驚いて慌てふためいた。

「ほ、北翔！ダメだってば……」

「嫌、早く触って」

彼女はそう言って彗の両手を動かした。彼女の手によって自分の手が柔らかな膨らみをいやらしく撫で回して揉みしだく。彼女の灰色がかった瞳に熱が宿り、真っ直ぐに自分を見つめる。あまりにも刺激的な展開に彗の理性は音を立てて崩れた。

「ああ、もう……っ！」

熱にうなされたようにそう呟くと、彗は彼女の唇にキスをして今度は自分でその膨らみを愛撫した。絡み合う舌先。静かな研究室に響き渡る二人の荒い息遣い。時折、指先で先端を挟み込み弄ると彼女は甘い声を零した。

「んん……あぁん」

目を瞑って恍惚の表情を浮かべる彼女の淫らな姿に気分が高まった彗は、彼女をベッドに押し倒した。切羽詰まった様子で寝巻と下着を脱がして彼女を裸にすると、自身も服を脱ぎ捨て下着姿になった。北翔の顔の両脇に両手を付いてじっと見つめると、彼女も彼を見つめ返した。二人の間に熱い視線が交差する。

「わたしの体、彗の好きなようにしていいよ……」

「北翔……っ」

彼女の言葉に彗の胸は大きく高鳴った。彼女の雪のように美しい肌にキスを落とし、指先でなぞり、敏感な場所を優しく時に激しく愛撫したのだった。

そんな日々を繰り返していたある日、暗闇の中から彼が現れた。

(あなたは彼女を抱きながらも、心の中ではイオのことを考えている……あなたが抱いてるのは彼女じゃない。イオなんですよ。ああ、あなたはなんて酷い人間なんでしょう……。あなたみたいな最低な人間が、誰かを好きになる資格なんてありませんよ)

彼はそう言って肩をすくめながら冷たい目で彗のことを見つめた。その瞳には彗に対する軽蔑けいべつの色が濃く表あらわれていた。その冷たい瞳を目の当たりにした彗は自分自身に絶望した。涙をボロボロと流しながら泣き叫んだ。

(そうだ……僕は最低な人間だ……僕なんて……いない方がいいんだ！)

そして、頭を抱えて号泣すると暗闇の中に消えてしまった。彼はしばらくの間、彗が消えた暗闇をじっと見つめていた。

(まさか、自らあの中に飛び込むとは……あの場所は暗くて冷たくて何も見えない。孤独。まるでブラックホールのよう……)

彼はそう呟くと口元に笑みを浮かべた。それは酷く不敵で、歪んだ笑顔だった。

(あのブラックホールから彼が出て来ることはないでしょう。だったら……外の世界はぼくのもの。イオも、ぼくのものです)