アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT III~

松本ダリア

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第15話 外の世界 後編

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黒が部屋を出て廊下を歩いていると、目の前から大柄な男が歩いてきた。

(あの巨大なシルエットは……)

黒は身構えた。そして、彗を装って笑顔を作った。

「よう、彗じゃねぇか」

「ああ、ハレー。久しぶりですね」

「元気にしてたか?」

「ええ。もちろんですよ。ハレーはいかがです?ベネラさんと志希ちゃんも」

「おう、もちろんだ。子育てってのは大変だな。雄飛とイオはよくやってるぜ」

すると、ハレーは思い出したように言葉を続けた。

「そういえばよ、雄飛のやつまだ出張から帰ってないのか?」

「ああ、そうですね。一か所ではなく色々な場所を回ってるんじゃないですか?」

ハレーは腕を組んで頷くと心配そうに言った。

「じゃあ、イオとシリウスはまだ二人で留守番してるってわけか。寂しいかもしれねえな」

その時、黒の中である考えが浮かんだ。

(……ちょっとからかってみるか)

「ええ。でも、今ならイオを独り占めできますよ。どうです?ハレー、また彼女を夜這よばってみては」

黒は不敵な笑みを浮かべた。ハレーは驚いて眉をひそめた。

「……お前、何言ってるんだ?」

「何って……あなたはかつてイオを無理矢理自分のものにし、独占してましたよね?だから、今もその気があるのかと思って提案しただけです」

(……とは言っても、イオは誰にも渡しませんけど)

そう思いながら、黒はハレーの反応を興味深そうにうかがった。ハレーは怒りに顔を歪めると、彼の胸倉を掴んで言った。

「彗……見損なったぞ。お前がまさかそんなこと言う奴だったとはな」

しかし、黒は全く動じなかった。それどころか楽しそうにニヤニヤと不気味な笑みを浮かべたまま、ハレーの顔を見上げた。その時、ハレーは違和感を覚えた。

(……おかしい。胸倉を掴んでも全然慌てねえし、怯える様子もねえ。いつもの彗ならオレを怖がって慌てるのに……今、オレは一体誰と話してるんだ?)

すると、胸倉を掴んだまま黙り込んでしまったハレーを見て、黒は鼻で笑うと言った。

「今、オレは誰と話をしてるんだ?……そんな顔ですね。じゃあ、教えてあげましょう。彗はいませんよ。色々ありましてね。閉じこもってしまったんです」

ハレーは驚いて目を丸くした。咄嗟に彼から手を離すと、少しだけ後ずさりをした。

「……何だって?じゃあ、お前は誰なんだ?でも、見た目は彗だよな?どういうことだ?」

「確かに見た目は彗ですよ。そりゃあそうでしょう。だって、ぼくはもう一人の彗なんですから」

「……もう一人の彗?」

「そうです。彗は人には言えない『闇』を抱えていました。その闇がやがて自我を持ち、人格になった。それがぼくです。彗とはしばらく共存してました。彼、必死でしたよ。ぼくを抑え込むのにね。でも、遂に負けたんです。それで、ぼくが表に出るようになった。まっ。説明したところで、筋肉馬鹿のあなたにどれぐらい理解できるのか分かりませんけど」

黒はそう言ってハレーを馬鹿にしたように鼻で笑った。ハレーは怒りのあまり手が震えた。今すぐに黒の顔を思い切りぶん殴りたい衝動に駆られた。

(体は彗のもんだ。我慢しねえと……彗を傷つける訳にはいかねえ)

「……てめぇなんかいらねぇ。彗を返せ」

「返してほしければ引っ張り出してください。たぶんそうしないと出て来ませんよ。なんせ、彗は意志が驚くほど弱いですからね」

黒はひらめいたような顔をすると、言葉を続けた。

「ああ、そうだ!女好きのあなたに良いことを教えてあげます」

「……おい、言い方気をつけろよ」

「ちょっと一緒に来てください」

「何だ?」

ハレーは怒りを何とか抑え込み、黒の後に付いて行った。黒は自分の研究室のドアを開けると、ハレーを招き入れた。北翔はベッドに横たわってぼんやりしていたが、突然入ってきたハレーに驚き、飛び起きた。ハレーは彼女の顔を見て驚くと、眉をひそめた。

「……誰だ?」

「紹介します。彼女は北翔。少し前にこちらに来たアンドロイドです。道端で倒れてるところを彗が助けたんです」

「……他の奴らは知ってんのか?」

「知ってるのは水端教授、宵月先生、そしてぼくと彗だけです」

すると、ハレーはあっという顔をして声を上げた。

「ああっ!だからあん時……彗の奴、必死に部屋の中を隠そうとしてたのか!で?何で内緒にしてた?」

「教授にそう言われたんです」

「何でだ?」

黒は口元に笑みを浮かべると、楽しそうにハレーに尋ねた。

「……知りたいですか?」

「ああ」

「彼女は記憶喪失なんです」

黒の言葉にハレーは驚きのあまり声を上げた。

「き、記憶喪失だと……?!で、でもよ。それと俺達に伝えない理由は関係ねえだろ?」

「それがあるんですよ」

「……どういうことだ」

黒はクセのある前髪をくるくるといじりながら真剣な顔で言った。

「教授はどうもぼくたちに隠し事をしているようなんです。恐らく他にもう一人、開発者がいる」

「ってことは……」

ハレーが最後まで言い終わらない内に黒はきっぱりと言い放った。

「はい。即ち、彼女は極秘裏に作られたアンドロイドという訳です」

ハレーは言葉を失った。そしてもう一度、北翔に目をやるとじっと見つめた。北翔に見惚れている様子のハレーを見て、黒は楽しそうに言った。

「彼女、美しいでしょう?中性的な見た目ですが、れっきとした女の子なんです。いかがです?ハレー、彼女を自分の物にしてみては。かつてのイオみたいに」

「てめえ……さっきからオレを馬鹿にしやがって……今のオレにはベネラと志希がいるんだ。もう前のオレじゃねえ」

「ふふっ。別にそんなのどうでもいいじゃありませんか。だって、イオだって……」

黒は笑いながらそう言いかけてやめた。

(さすがにイオと彗のことを明かすのはマズイか)

「……ん?イオがどうした?」

「いえ、何でもありません。ああ、因みに……北翔は彗と恋愛関係にあります。彗がね、手を付けたんですよ、彼女に」

「……は?彗が?」

ハレーは眉をひそめた。すると、それまで黙っていた北翔がベッドから降り、二人に歩み寄ると強い口調で言った。

「……違う。彗は悪くない。キミ、いい加減にして。ハレー、彗はそんな人じゃない。全部わたしからなの。わたしが勝手に彗を好きになって彗とセックスしたいって言ったの」

あまりにもハッキリとした物言いにハレーは驚いて頬を赤らめた。

「セッ……っておい。お前、何でオレの名前を知ってる?」

北翔はハレーを見上げ、真っ直ぐな眼差しで言った。

「……全部見てたから。彗がハレーとベネラと話をするところ」

「はぁ?どういうことだよ」

訳が分からず困惑した表情を浮かべるハレーに黒が言った。

「ああ、言い忘れました。彼女には特殊な能力がそなわっているんです。それが幽体離脱ゆうたいりだつとテレパシーです。幽体離脱ゆうたいりだつの方はこの間たまたま出来たみたいですけどね」

「幽体離脱?テレパシー?いきなりオカルトかよ」

黒は北翔の能力について説明した。ハレーは依然として眉をひそめながら言った。

「よく分かんねぇけど、お前何かスゲー能力持ってんだな。つーか、内緒にしとけって言われてんだろ?オレにバラしていいのか?」

「平気ですよ。だってどうせいつか分かるんですからね。教授も馬鹿ですよねぇ。周知しゅうちすれば皆で手分けして手掛かりを見つけられるかもしれないのに。所詮しょせん、保身なんですよ。大事なことを隠していたのを責められるのが嫌なんです」

「お前、教授のこと色々言ってっけど、父親なんだろ?んなこと言っていいのか?」

「教授はぼくの父親じゃありません。彗の父親です」

そう口にした黒の顔からは一切の笑みが消えた。と、その時だった。

「あんた達、そんな所で何騒いでるんだい?」

暁子が部屋のドアを開けっぱなしにして話をしている三人を見て、驚いた顔をしながら言った。そして、ハレーと北翔が向かい合っているのを見てハッとした。

「ってハレー、北翔……?!黒、これは一体どういうことだい?教授から他言無用と言われたはずだろう?」

「いやだなぁ。宵月先生、そんな怖い顔しないでくださいよ。ぼくは良かれと思って、ハレーに彼女を紹介したんです。だってそうでしょう?みんなで手分けすればもっと何か手掛かりを掴めるかもしれないじゃないですか」

暁子はしばらくの間、黙ったまま黒の顔をじっと見つめていた。そして、大きなため息を吐くと言った。

「仕方がない。こうなったらみんなに知らせるしかないようだね。黒、あんたの存在もきちんと教授に報告するからね」

「ふん、好きにしてくださいよ」

黒はそう言って暁子を睨みつけた。そして、デスクに座ってパソコンに向かった。暁子は北翔に顔を寄せると小声で尋ねた。

「北翔、あいつに何かされてないかい?これからは私の部屋に泊ったっていいんだよ」

北翔は首を横に振るときっぱりと言った。

「わたしは大丈夫。彗を戻さなきゃ。だって、彗はわたしを助けてくれた。次はわたしが助ける番」

暁子は北翔の顔を見た。真剣で強い瞳が暁子の目を真っ直ぐに見つめていた。

「あんた、それほどまでに彗のことを……わかったよ。でも、もし何かあったらすぐに私を呼ぶんだ。いいね?」

「うん、わかった」

北翔は力強く頷くと研究室の扉を閉めた。暁子はハレーを自分の部屋に連れて行くと、何があったのか詳しく話を聞いた。ハレーは一部始終を説明した後、こう言った。

「暁子、あいつやべえ奴だぞ。オレに言いやがったんだ。北翔を自分の物にしてみろって。彗は絶対にそんなこと言わねえ。北翔の存在をバラしたのも口じゃあ、手分けした方がいいからとか言ってっけど、目的はたぶん違う」

暁子は頷きながら言った。

「ひっかき回すつもりってことかい。私達を」

「ああ……そうだ。あともうひとつ気になることがある」

「何だい?」

「あいつ、イオだって……って言いかけた。イオがなんか関係してんのか?」

暁子は一瞬間を置くとこう言った。

「……あいつの目的はイオなんだよ。詳しいことは言えないんだけどね。隙あればイオを手篭てごめにしようと狙ってるのさ」

ハレーは驚きのあまり声を上げた。

「て、手篭てごめ……だと?!彗が?!」

そう言った後、すぐに言い直した。

「いや、彗じゃねんだよな?説明を聞いたけど、いまいちよく分かんねえんだ」

ハレーは困惑したように頭を掻きながら言った。

「そうだよ、彗じゃない。あんたも分かってるように、彗はそんなことしない。あいつは全くの別人格さ。黒って名前まで持ってる。いいかい?今、彗の中には二人いるんだ。彗と黒っていうね。で、彗は閉じこもって出て来ない。だから、黒が代わりに表に出てるんだ」

ハレーは暁子の説明を真剣に聞き、何度も頷いた。

「つまり、オレ達がこれからやらなきゃならねえのは……その黒ってやつがイオを襲わねえか見張ること、彗を引っ張り出すこと、北翔の記憶を戻すこと、ってことか」

「その通りだ。北翔のことは私に任せて。ハレーはとにかく黒がイオに近寄らないよう見張ってておくれ。それから、ベネラにも伝えといておくれ」

「おう。でもよ……イオとシリウスには黒のこと言うのか?」

暁子は少し考えた後に言った。

「……いや。イオも今は色々と大変な時期でね、黒のことを明かすと病んでしまうかもしれない。だから、言わない方がいいかもしれない。これ以上詳しいことは話せないんだ。すまないね」

「いや、大丈夫だ。オレもその方がいいと思う。だから、イオとシリウスにはなるべく黒を近づかせない方がいいだろうな。会話をすればすぐにバレちまうだろうし」

「その通りだ。じゃあ、頼んだよ」

「おうよ」

ハレーは大きく頷くと、暁子の部屋を出て行った。

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