アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT II~

松本ダリア

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第16話 解放

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ベネラとハレーは、鎖で両手を拘束した道円を連れて、地下室を出た。

「姉ちゃん、パンツ穿かせてもろておおきにな」

道円がホッとしたような笑みを浮かべてベネラに言った。

「当たり前でしょ?あんな格好で外に出せないわよ。何よりシリウスに見せられないでしょ」

「小僧がいなければ、下半身丸出しのまま警察に突き出してたぜ、なぁベネラ」

ハレーが馬鹿にしたように笑いながら言った。ベネラは返事の代わりに鼻で笑った。

「姉ちゃんもハレーもほんまに容赦ないねんな……」

道円が苦笑いした。と、その時だった。ベネラとハレーの耳が何か異様な足音を聞きつけた。二人は咄嗟に顔を見合わせた。

「……ハレー、あなたも気づいたの?」

「ああ。なんだ?この……大群が行進するような物凄い音は……」

「んん?なんや?なんか聞こえんのか?」

ハレーとベネラは音のする方向に目をやった。そして足音の正体に気づき、唖然あぜんとした。

「なっ……なんだありゃ」

「動物の……大群……?!」

二人が驚いて口を開けている様子を見て道円もそちらに目をやった。そして、二人以上に驚くと口をあんぐりと開けた。

「あ、ありゃあ、ワイが部屋に押し込んだ動物達やんか……?!どういうこっちゃ?!」

「ハレー、見て。あの先頭にいるの、もしかして……」

「あ、あれは……小僧じゃねえか!隣に雄飛もいるぞ!」

その大群は徐々に三人に近づき、みるみるうちに大きくなった。先頭にいるシリウスが手を振って大声で叫んだ。

「ベネラー!ハレー!」

「シリウス!」

ベネラはシリウスに駆け寄った。そして、しゃがみ込むと自分の胸に飛び込んで来たシリウスを思い切り抱きしめた。

「良かった……無事だったのね」

「ベネラもぶじでよかった。はかせにいじめられなかった?」

「大丈夫よ。ほら見て、あいつは私とハレーが捕まえたから。これでもう安心よ」

「よかった!」

シリウスは嬉しそうに笑うと言葉を続けた。

「ねえねえ、ベネラ。ボクね、ベネラが言ったこと、おもいだしたんだ」

「私が……言ったこと?」

「そう!困っている人がいたら助けてあげなさいって!ベネラ、言ったでしょ?だからボク、ここにとじこめられてる動物たちを助けてあげようって思ったんだよ!」

「まあ……それで……この大群を?」

ベネラはシリウスの背後にずらりと並ぶ動物達の顔を見た。みんな、シリウスのことを尊敬や感謝といった思いのこもった眼差しで見つめていた。一番後ろにいる猛獣でさえも優しい目をしていた。

(シリウスは動物達と心を通わせることができる……この子にこんな能力があったなんて……)

そして、シリウスの頭を撫でて言った。

「偉いわね。じゃあ、みんなで一緒にここを出ましょう」

「うん!」

ベネラは隣にいる雄飛に向き直ると言った。

「結局、来ちゃったのね。本当にあなたは頑固なんだから」

「ベネラ、そこは『息子思いの父親ね』って言うところだろ?」

「あら?『親バカ』の間違いじゃないかしら?」

ベネラが意地悪っぽい笑みを浮かべてそう言うと、雄飛はふふっと笑った。すると、ベネラの後ろからハレーが道円を連れてやってきた。

「よう、雄飛。どうやら死なないで済んだようだな」

「まぁね。ところどころ傷ができたけど、君に拳銃の使い方を教わったおかげで結構倒せたんだよ?俺」

「ふん、そりゃあどうも。おい、小僧、たいそうなもん連れてんじゃねえか。さっきウオッチで見かけた時はピーピー泣いてやがったのによ」

「ボクだってやる時はやるさ!」

シリウスは両手を腰に当てて胸を張ってみせた。ベネラは道円に向き直り、強い口調で言った。

「見ての通りあなたの負けよ。潔く認めて、さっさとこことシリウスの身柄を解放しなさい」

道円は全員の顔とシリウスが率いている動物の大群を見ると、観念したように大きくため息を吐いて言った。

「分かった、分かった。ワイの負けや。ここも、坊ちゃんも解放したる」

その途端、シリウスと動物達が一斉に歓声を上げた。猛獣たちの歓喜の咆哮ほうこうが空高く響き渡った。ベネラはあくまで冷静さを保ちながら言葉を続けた。

「その前にシリウスの体内に埋め込んだ爆弾の解除。それからメカニズムに関する情報もこっちに渡すのよ」

「はいはい。分かりました。全部、姉ちゃん達の指示に従いますわ」

すると、道円は思い出したように、いきなりとんでもないことを言いだした。

「ああ、せや。坊ちゃんの体に爆弾なんかあらへん」

「……はあ?あなた、何言ってるの?」

「おい、どういうことだよ」

「せやから、ワイは坊ちゃんの体内に爆弾なんて埋めてへん言うたんや」

その場に一瞬の沈黙が流れた。シリウスがぽつりと呟いた。

「……そういえばボク、犬ってかかれたへやから出された時にくすりを飲まされたんだ。そうしたらだんだんねむくなって……その時にばくだんをうめられたんだと思ってた。でも、ほんとうは何もしなかった、そういうこと?」

「せや。嘘だと思うなら……姉ちゃん、その小型スイッチ、試しに押してみい」

道円は顎でベネラが持っている小型スイッチを差した。彼女はスイッチをじっと見つめた。

「……本当に?嘘じゃない?」

「ああ、ホンマや」

ベネラは集中力を上げた。そして、もう一度道円の心の中に入り込んだ。

(あ~あ、やっぱし薬で眠らせたあん時、ホンマに爆弾仕掛けとくんやった。もったいぶって、やっぱ後にしとこ思てしもたんよなあ……そんで色々な検査を先にやったんや)

ベネラはホッとすると、念には念をということでハレーに向かって言った。

「ハレー、そいつの頭に拳銃を突きつけといて。もし嘘だったら、すぐに頭をぶち抜きなさい」

「おうよ」

ハレーはにやっと笑うと、道円のこめかみに拳銃を突きつけた。道円は一瞬、少し緊張したような顔をしたが、すぐにいつものヘラヘラとした表情に戻った。

(あのアホ面……たぶん奴の言ってることは本当ね)

「シリウス、いくわよ」

「う、うん」

シリウスは緊張した面持ちで目を瞑った。ベネラは一息つくと、意を決してボタンを押した。

「……」

何も起きなかった。ベネラは心の底から安堵し、大きく息を吐いた。その途端、動物達が再び歓声を上げた。

「やったー!ボク達の勝ちー!」

「良かったな、シリウス!」

「うん!ボク、早くイオに会いたいな」

「そうだな。きっと今頃、待ってるよ。祈るような気持ちで」

雄飛とシリウスが微笑み合った。

「なんで嘘なんか吐いたのよ」

「いやあ、姉ちゃんあまりにエロかったんでちっとムラムラ~してしもて……どうにか姉ちゃんをものに出来ひんかなぁ思て、はったりかましたんや」

道円は鼻の下を伸ばし、ヘラヘラしながら言った。ベネラは頭に血が上り、咄嗟に銃を道円のこめかみに突き付けた。

「それ以上言ったら頭ぶち抜くわよ」

「ひぃっ!ほんま姉ちゃん容赦ないねんなぁ。もう言わんから堪忍してな」

ベネラは静かに拳銃を下ろすと言った。

「……で?メカニズムの情報は?」

道円は急に真面目な顔に戻ると言った。

「最大の鍵は細胞から作られたっちゅう、そのコアってやつや。それと人工知能が融合した結果、突然変異とつぜんへんいが起こって人間と犬の両方の性質をあわせ持ったアンドロイドになったっちゅうことや。もしかすると動物のコアと人工知能を掛け合わせれば、その坊ちゃんみたいな異なる性質を併せ持つアンドロイドができるかもしれへん」

雄飛が感心した様子で言った。

「それは……すごい。シリウス、帰ったら俺にまた検査させてくれないかな?もう少し君のコアのことを詳しく調べてみたいんだ。教授にも報告しなくちゃいけない。で、教授もそれを国に報告しなくちゃいけないんだ」

「えー?!けんさやだー!」

シリウスが駄々をこね始めた。

「おい、小僧。我がまま言ってんじゃねえ。大人しく雄飛の言うこと聞いとけ」

ハレーがシリウスの頭を軽く小突いた。驚いたのはシリウスではなく雄飛だった。

「ハ、ハレー?」

「小僧、こいつはな。自分の命を懸けてお前を助けに来たんだぞ。だから、少しでもいうこと聞いてやれよ。こいつとイオがお前に言うことは、お前のためを思って言ってるんだからな」

シリウスはハレーの顔をじっと見上げると、大きく頷いた。

「うん、わかった!ユウヒ、ボク、けんさきちんとうけるよ!」

「シリウス、ありがとう!」

雄飛はシリウスを抱き締めた。そして、視線の先にいるハレーに向かって「ありがとう」と言うと、微笑んだ。ハレーは恥ずかしそうに目を逸らしたのだった。

その後、一向は道円と研究員達を警察に引き渡すとハレーの車に雄飛とシリウスが乗り込み、ベネラは自分の車で無事に帰路に着いた。エントランスではイオが今か今かといった様子で帰りを待っていた。

「イオー!」

「シリウス!」

イオは自分に向かってくるシリウスを両手で思い切り抱き留めた。そして、大粒の涙を零し、声を震わせながら言った。

「良かった……無事に帰ってきてくれて……本当に良かった……!」

「イオ、ボクね、イオに『たすけてもらう前にじぶんで何とかしなさい』って言われたのを思い出したんだ。それで、じぶんでこうどうしたんだよ。そうしたらね、動物みんなたすけることができたの!」

「そう、凄いじゃない。よく頑張ったね!」

「ボク、今までイオのことすぐ怒るからこわいって思ってたけど……これからは、きちんということきくよ!」

「シリウス……!」

「イオ、シリウスは勇敢だったよ。俺、逆に助けられちゃったんだ」

雄飛が笑いながらそう言うと、イオは嬉し涙を流しながら、雄飛の胸に顔を埋めた。

「雄飛、無事で良かった……。シリウス、雄飛を守ってくれてありがとうね」

「えへへ」

雄飛、シリウス、イオは三人で抱き合った。イオは一旦涙を拭くと立ち上がり、ベネラ、ハレーの顔をじっと見つめ、嬉しそうに微笑むと涙を堪えながら言った。

「ベネラ、ハレー……本当にありがとう……!」

「へへっ、いいってことよ」

「少しは役に立てたかしら?」

イオは少し迷うと最初にベネラ、次にハレーにハグをした。イオなりの感謝の気持ちだった。ベネラはイオを優しく包み込み、ハレーは少しぎこちなく返した。イオとの久しぶりの抱擁ほうようにハレーは少し胸が高鳴ったのだった。

その後、道円は動物虐待の罪で逮捕された。政府に隠れて兵器を開発していたこと、動物をぞんざいに扱ったことなど、動物に関する罪の中で極めて悪質だということでより重い刑が下されるのではないかと予想された。地球では動物に関する刑罰は比較的軽いものだったが、メトロポリス星に移ってからは全ての法律が見直され、この星に生きる全ての者達の尊厳が平等に守られるようになった。その中には人間はもちろん、アンドロイド達も入っている。

シリウスが救出した動物達は、一旦政府が引き取り、その後に動物園や里親の元へ渡った。シリウスと直接言葉を交わした漆黒のドーベルマン、栗色のトイプードル、涙目のチワワの三匹も人の良い里親家族の元へ引き取られていった。この出来事は幼いシリウスにとって良くも悪くも忘れられない思い出になったのだった。
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