12 / 30
第12話 こらえられない
しおりを挟む
千夏は好きなものは好きだが、とてつもなく好きになったということはない。
人間関係ではとてつもなく好きってあるかもしれないが、映像作品、ドハマリしたことがないのだ。しかし今、彼女は、ドハマリしたもの達の集会に身を投げ出したことに気がついた。
「というわけなんですよ! わかります!! ヨハンって、ここで何かを言いかけて、でも去るじゃないですか。今の彼の立場ではリーアをどうにも出来ないんですよ、そこで何かを言うって、無責任ってわかってるからこそ、ここで何も言わないんです!」
「ここの情景が夜中で周囲は何も見えない……まさに映像的にも象徴されていますね……泣ける、エモい……」
「音楽もなく、環境音もほとんど聞こえないところが、見えない緊張感を感じさせる……ちょっと興奮しすぎて、水、水……」
……すごいところに来ちゃったんじゃないか、これ。
千夏は用意されたお茶を飲んでいた。もう最初から映画考察会は、熱のこもった答弁が繰り返されている。二時間もだ。きっと、この熱を共有できたら楽しいんだと千夏は理解しているが、どうにも共有しきれない……そして一緒に来るといった友人はトイレから三十分以上帰ってこない。
あせあせしそうな状況、それと同時に千夏の心はどんどんと沈んでいった。まだ通常時だったら、この状況を楽しもうと頑張ると思う。努力はするタイプだ。だけど、余裕がない自分に気がついた。自分はもっと、もっと、自分の心に向き合うべきだったじゃないかと。
紫紋のことが頭から離れないのだ。
部長と名乗っていた男が時計を見て、あっという顔をした。
「というわけで、考察はつきませんでした……しかしみなさんの、熱い考えに僕はとても感動を覚えています」
終わりの挨拶かと、こっそり胸をなでおろす千夏がいた。しかし部長はこう、つづけたのだ。
「さて、この議論は居酒屋で話しましょう、駅前、予約してます」
「え」
思わず声が出た。映研部員は不思議そうな顔をする。
あれ、行くでしょ、行くよね、当然だよねという圧を映研部員から感じて、千夏は何も言えなくなってしまった。友人はトイレじゃなくて、家に帰ったのだろうなと理解する。千夏は心底嫌な気持ちになって、ぐっと唇を噛む。何をやっているのだろうと肩が落ちた。
おかしなことをする人たちではないと分かりつつも、このノリについていけない……特に今日はと、会場になっていたサークル棟を出る。
すると、そこに紫紋がいた。映研部員も、見慣れない美丈夫がいることに驚いた顔をする。
千夏もあっと声が出た。
「し、紫紋さん……どうしてここに」
「千夏さん、お迎えに参りました」
「お迎え……?」
困惑する千夏の後ろで、映研部員が「飲み会にいくのでは」「そうですよね」と騒ぎ立てている。
おそらく外部から人が来るということが少ないがゆえに、千夏を離したくないのだろうと推測できた。
紫紋は穏やかな顔のまま、こう言った。
「いえ、彼女は帰りますよ……車も用意してますし」
そう言って、紫紋の目が細くなった瞬間、一瞬瞳が色味の濃い紫色になった。
その視線を当てられた映研部員は……
「ハイ、そうですね……俺達だけで飲むか」
まるで大人しくなった犬のように従順に、駅に向かって歩きだしていった。
千夏のことなど眼中にないようだった。その突然の心移りに、目を丸くする。
紫紋は千夏にいたずらっ子のように微笑みかけた。
「ちょっとだけ、悪魔っぽいことしちゃいました」
千夏さんを私のもとに帰したくて。
なぜだろう、悲しくもないし、むしろ嬉しいのに。
心が高鳴るくらいなのに。泣きそうになってしまった。
多分、ホッとしてしまったのだろう。
……私、本当に紫紋さんが、好きだ……
こらえられない。
人間関係ではとてつもなく好きってあるかもしれないが、映像作品、ドハマリしたことがないのだ。しかし今、彼女は、ドハマリしたもの達の集会に身を投げ出したことに気がついた。
「というわけなんですよ! わかります!! ヨハンって、ここで何かを言いかけて、でも去るじゃないですか。今の彼の立場ではリーアをどうにも出来ないんですよ、そこで何かを言うって、無責任ってわかってるからこそ、ここで何も言わないんです!」
「ここの情景が夜中で周囲は何も見えない……まさに映像的にも象徴されていますね……泣ける、エモい……」
「音楽もなく、環境音もほとんど聞こえないところが、見えない緊張感を感じさせる……ちょっと興奮しすぎて、水、水……」
……すごいところに来ちゃったんじゃないか、これ。
千夏は用意されたお茶を飲んでいた。もう最初から映画考察会は、熱のこもった答弁が繰り返されている。二時間もだ。きっと、この熱を共有できたら楽しいんだと千夏は理解しているが、どうにも共有しきれない……そして一緒に来るといった友人はトイレから三十分以上帰ってこない。
あせあせしそうな状況、それと同時に千夏の心はどんどんと沈んでいった。まだ通常時だったら、この状況を楽しもうと頑張ると思う。努力はするタイプだ。だけど、余裕がない自分に気がついた。自分はもっと、もっと、自分の心に向き合うべきだったじゃないかと。
紫紋のことが頭から離れないのだ。
部長と名乗っていた男が時計を見て、あっという顔をした。
「というわけで、考察はつきませんでした……しかしみなさんの、熱い考えに僕はとても感動を覚えています」
終わりの挨拶かと、こっそり胸をなでおろす千夏がいた。しかし部長はこう、つづけたのだ。
「さて、この議論は居酒屋で話しましょう、駅前、予約してます」
「え」
思わず声が出た。映研部員は不思議そうな顔をする。
あれ、行くでしょ、行くよね、当然だよねという圧を映研部員から感じて、千夏は何も言えなくなってしまった。友人はトイレじゃなくて、家に帰ったのだろうなと理解する。千夏は心底嫌な気持ちになって、ぐっと唇を噛む。何をやっているのだろうと肩が落ちた。
おかしなことをする人たちではないと分かりつつも、このノリについていけない……特に今日はと、会場になっていたサークル棟を出る。
すると、そこに紫紋がいた。映研部員も、見慣れない美丈夫がいることに驚いた顔をする。
千夏もあっと声が出た。
「し、紫紋さん……どうしてここに」
「千夏さん、お迎えに参りました」
「お迎え……?」
困惑する千夏の後ろで、映研部員が「飲み会にいくのでは」「そうですよね」と騒ぎ立てている。
おそらく外部から人が来るということが少ないがゆえに、千夏を離したくないのだろうと推測できた。
紫紋は穏やかな顔のまま、こう言った。
「いえ、彼女は帰りますよ……車も用意してますし」
そう言って、紫紋の目が細くなった瞬間、一瞬瞳が色味の濃い紫色になった。
その視線を当てられた映研部員は……
「ハイ、そうですね……俺達だけで飲むか」
まるで大人しくなった犬のように従順に、駅に向かって歩きだしていった。
千夏のことなど眼中にないようだった。その突然の心移りに、目を丸くする。
紫紋は千夏にいたずらっ子のように微笑みかけた。
「ちょっとだけ、悪魔っぽいことしちゃいました」
千夏さんを私のもとに帰したくて。
なぜだろう、悲しくもないし、むしろ嬉しいのに。
心が高鳴るくらいなのに。泣きそうになってしまった。
多分、ホッとしてしまったのだろう。
……私、本当に紫紋さんが、好きだ……
こらえられない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる