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第16話 抱いても、いいですか
しおりを挟む喫茶店に入り、客席に飲み物が届く。
店内には主婦グループがいるのだろうか、にぎやかな声が聞こえてくる。
ここまでとりあえず普通だった。心臓がおかしくなるような質問はなかった。
ふぅと思わず息をついた途端、香奈がじっと千夏を見た。
「な、なに」
思わずキョドると急に香奈が拍手してきた。
「すごい! 千夏!!! ホントにかっこいい彼氏で……いい縁にめぐまれたねぇ……」
完全に見合いを成功させた仲人のセリフである。
「そ、そう……だね」
「千夏は慎太郎と共に、恋人が出来ない二大巨頭みたいな感じだったから……私、嬉しいよ」
「千夏さん……そんな感じだったんですか、そういえばあまり聞かなかったですけど」
信じられないといった様子で紫紋がこっちを見てくる。
うーん、この人、いい大人でかっこいいし、精神性もかっこいいんだけど
時々、ピュアになるな……と千夏は思った。
紫紋の純粋な動揺に目を向けられない。それでも小さく千夏は頷いた。
「まあ……はい、振られっぱなしの人生ですよ……」
「俺も否定できないのが辛いわ……一人者同士、よくつるんでたよなあ……海行ったりとか」
慎太郎……何故それを紫紋の前で言うのだろう。ちょっとどう困るか言えないけど、困る。
あなたは私のこの間まで好きだった人なのにって思うんだが。千夏はぐっと拳をにぎった。
「千夏……どうしたの、顔色が赤くなったり青くなったりして」
「な、なんでもないよ香奈……普通だよ」
「目がめっちゃきついんだけど……」
紫紋の様子を思わず伺ってしまうと、紫紋はそうですかと落ち着いた顔で。
「皆さん、いい友達なんですね……千夏さんと仲良さそうだ」
優しく微笑んだ。
思わず、口をぎゅっと閉じる。感情が口から漏れ出そうだった。
強いて言うなら、好きって言いたくなるような……こそばゆい感情だ。
香奈は紫紋の紳士的な態度に、何かのスイッチがはいったようだった。
ふああああとか、イケメンとか、完全にメロメロになったようなセリフを言い出している。
これ、まさか、無自覚な催淫なんじゃと千夏は心配になった。
「なんなんだこれ……なんで、香奈がもりあがっているんだよ……」
「フシギダネー」
「そういう棒読みいいから」
遠い目をする千夏に、慎太郎はふと真面目な顔をした。
「いやでも、マジで良かったな……もしかして俺のこと好きなんじゃねとか勝手に妄想しちゃったこともあったけど。いい男見つけられて、よかったよ」
「慎太郎……」
勘が鋭い。
背中に冷たい汗を感じた。
だけど、しみじみと優しい顔で祝福されると、とても嬉しい……。
千夏は照れ笑いをした。
「ちょっとねー嫉妬するけどな……香奈、もうーなんであんな夢中なんだよ」
「ハハハ……仕方ないね」
悪魔の能力が大開花しているのだろう。
こんな調子じゃ、たしかに恋なんて出来なかったはずだ。
本当に相手が夢中になっている。
紫紋は多分感情のバランスがお互いとれてない関係が苦手なのだろう。
そう考えると、誠実だなと思った。
そんな紫紋と自分は恋人なのだ……
千夏はぐいっと水を飲んだ。
とんでもないくらいに、顔が熱い……自分は、紫紋のことが好きすぎる……
そのことに動揺してしまった。
ちらりと紫紋を見る。
紫紋は穏やかそうにこの状況を楽しんでいるみたいで、悪魔だからなのだろうか……
それとも紫紋の出来が良すぎるのだろうか……よく分からなかった。
喫茶店で茶会がすむと、買い物を終えて帰る。
玄関の扉に鍵をかけた途端、紫紋が声を掛けた
「千夏さん」
「なんでしょ、紫紋さん……」
紫紋は焦れたような、切羽詰まった声で言った。
「抱いても、いいですか?」
「え……」
千夏は呆然として紫紋を見た。
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