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第28話 記憶と泣かせたくなかった人
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「千夏さん、気のせいだと思わないんですが、最近少し浮かないと言うか、顔色が…」
大学に行こうと、支度をしていた千夏に、紫紋が声を掛けてきた。
そう言う紫紋も千夏の体調を気遣うわりには自身の顔色も優れない。
アルベルトの言う通り、千夏の生命力を吸収していたとしても、体のバランスがとれてないのだろうか。
「そ、そうですかね……まあ、昨日もなんだかんだで忙しかったからかな」
「休むことも大事ですよ……私が言っても説得力ないですけど」
「そうですよ、昨日も夜ふかししてたんでしょう」
千夏はくすくすと笑った。
紫紋の真面目で、まっすぐに、勉強している様子を思い浮かべて可笑しくなってくる。
自分を弱らせてる人なのに、それでもとても愛おしいのだ。
「はい……とても難問にぶつかってしまって」
「なるほど、そうなんですか……」
紫紋は苦笑いをした。
「はやくあなたに届けたいですね、解決したって」
「期待してますよ、紫紋さん」
千夏はそう言って、紫紋の家を出ていった。
今日も朝が始まる……問題は解決しないまま、ぬるま湯のように暖かくて抜け出し難い幸せを感じながら。
五限の授業が終わり、アルベルトの勤める八百屋の有る商店街へ向かった。
おいしいメンチカツでも買って、アルベルトに差し入れしようと思った。
自分に告白してきた人である、多少距離をとらなければと思ってしまうが、彼の明るさと澄んだ瞳を見ると
うつうつとしそうな気持ちが楽になる気がした。
「あ、千夏さん!」
勤め先の八百屋にいくと、アルベルトは休憩で近所の公園にいることを知らされた。
行ってみると、子供らと楽しそうに駆け回ってる。
やがて千夏の存在に気づいたアルベルトはニコニコしながら、手を横にふる。
近くの子供らには「今日はここまでな」と、頭をぽんぽん叩いていた。
千夏も驚くばかりの人気ぶりだ……子供たちは「また遊べよ-」と言いながら去っていく。
「ごめんよー、ここで休んでたら、遊べってせっつかれて」
嬉しそうなのを隠せないアルベルトの表情は子犬のような愛らしさがあった。
千夏はくすくす笑う。
「なるほど、あ、そうだメンチカツを買ってきたの、食べる?」
アルベルトはぶんぶんとした勢いで頷いた。
「食べる食べる! うわーおいしそう!」
「おいしいって評判のお店だからね、絶対おいしいよ」
千夏の出したメンチカツに、アルベルトはかぶりつく。
「おいしいなぁ……俺、あげものめっちゃ好きなんだよぉ」
アルベルトの言葉を頷きながら、千夏も一口噛む。
肉汁が口の中に広がり、瞬きしそうなほどの多幸感で心がいっぱいだった。
「妹とか弟がいたら、あげものを取ったりしちゃったかな、アル君は」
「いや、俺は妹に、そんなこと……」
アルベルトはハッとした。
千夏も初めて、アルベルトが出した個人的な話に目を見開く。
「アル君、何かを思い出したの……」
アルベルトは動揺したように頭を横にふる。
「わから、ない……ただ、俺には妹がいた、いた……?」
困惑のあまりアルベルトの表情はどんどんと曇っていく。
「ちょっと落ち着こ……お茶買ってくるよ、まだ買ってなかったし」
千夏は近くの自販機に向かって駆け出した。
アルベルトは頭を抱えていたが、走りはじめた千夏に向かって、叫んだ。
「だめだ、そっちにいっちゃ!」
千夏の目の前をトラックが通り過ぎた。
声をかけてくれたから、大惨事にならなかったが、千夏は思わず立ちすくんだ。
「あ……」
注意不足にもほどがある、何も見ていなかったのか、何も見えていなかったのか……。
アルベルトはふらふらと立ち上がってきた、そしてぎゅっと千夏を抱きしめた。
指先が軽く震えていた。
「ダメだよ……風花、君が轢かれちゃったら、皆、泣いちゃうよ」
ぽたりと、千夏の頬に涙が落ちる。
明るくて太陽みたいなアルベルトが泣いていた。
「ほんと、俺、お前を泣かせたくなかったんだよ……」
大学に行こうと、支度をしていた千夏に、紫紋が声を掛けてきた。
そう言う紫紋も千夏の体調を気遣うわりには自身の顔色も優れない。
アルベルトの言う通り、千夏の生命力を吸収していたとしても、体のバランスがとれてないのだろうか。
「そ、そうですかね……まあ、昨日もなんだかんだで忙しかったからかな」
「休むことも大事ですよ……私が言っても説得力ないですけど」
「そうですよ、昨日も夜ふかししてたんでしょう」
千夏はくすくすと笑った。
紫紋の真面目で、まっすぐに、勉強している様子を思い浮かべて可笑しくなってくる。
自分を弱らせてる人なのに、それでもとても愛おしいのだ。
「はい……とても難問にぶつかってしまって」
「なるほど、そうなんですか……」
紫紋は苦笑いをした。
「はやくあなたに届けたいですね、解決したって」
「期待してますよ、紫紋さん」
千夏はそう言って、紫紋の家を出ていった。
今日も朝が始まる……問題は解決しないまま、ぬるま湯のように暖かくて抜け出し難い幸せを感じながら。
五限の授業が終わり、アルベルトの勤める八百屋の有る商店街へ向かった。
おいしいメンチカツでも買って、アルベルトに差し入れしようと思った。
自分に告白してきた人である、多少距離をとらなければと思ってしまうが、彼の明るさと澄んだ瞳を見ると
うつうつとしそうな気持ちが楽になる気がした。
「あ、千夏さん!」
勤め先の八百屋にいくと、アルベルトは休憩で近所の公園にいることを知らされた。
行ってみると、子供らと楽しそうに駆け回ってる。
やがて千夏の存在に気づいたアルベルトはニコニコしながら、手を横にふる。
近くの子供らには「今日はここまでな」と、頭をぽんぽん叩いていた。
千夏も驚くばかりの人気ぶりだ……子供たちは「また遊べよ-」と言いながら去っていく。
「ごめんよー、ここで休んでたら、遊べってせっつかれて」
嬉しそうなのを隠せないアルベルトの表情は子犬のような愛らしさがあった。
千夏はくすくす笑う。
「なるほど、あ、そうだメンチカツを買ってきたの、食べる?」
アルベルトはぶんぶんとした勢いで頷いた。
「食べる食べる! うわーおいしそう!」
「おいしいって評判のお店だからね、絶対おいしいよ」
千夏の出したメンチカツに、アルベルトはかぶりつく。
「おいしいなぁ……俺、あげものめっちゃ好きなんだよぉ」
アルベルトの言葉を頷きながら、千夏も一口噛む。
肉汁が口の中に広がり、瞬きしそうなほどの多幸感で心がいっぱいだった。
「妹とか弟がいたら、あげものを取ったりしちゃったかな、アル君は」
「いや、俺は妹に、そんなこと……」
アルベルトはハッとした。
千夏も初めて、アルベルトが出した個人的な話に目を見開く。
「アル君、何かを思い出したの……」
アルベルトは動揺したように頭を横にふる。
「わから、ない……ただ、俺には妹がいた、いた……?」
困惑のあまりアルベルトの表情はどんどんと曇っていく。
「ちょっと落ち着こ……お茶買ってくるよ、まだ買ってなかったし」
千夏は近くの自販機に向かって駆け出した。
アルベルトは頭を抱えていたが、走りはじめた千夏に向かって、叫んだ。
「だめだ、そっちにいっちゃ!」
千夏の目の前をトラックが通り過ぎた。
声をかけてくれたから、大惨事にならなかったが、千夏は思わず立ちすくんだ。
「あ……」
注意不足にもほどがある、何も見ていなかったのか、何も見えていなかったのか……。
アルベルトはふらふらと立ち上がってきた、そしてぎゅっと千夏を抱きしめた。
指先が軽く震えていた。
「ダメだよ……風花、君が轢かれちゃったら、皆、泣いちゃうよ」
ぽたりと、千夏の頬に涙が落ちる。
明るくて太陽みたいなアルベルトが泣いていた。
「ほんと、俺、お前を泣かせたくなかったんだよ……」
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