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第2章
1、市場にて
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ガシャンと大きな音を立てて、店先に芸術的な均衡で並べられていた茶碗の山の一つ崩れ、道に散乱する。
「何をしやがる!」
顔を怒りで紅潮させた老爺が茶碗の山脈の向こう側から飛び出して来て、茶碗の山を蹴った男の胸ぐらを掴んだ。
茶碗を蹴った男は自分の胸ぐらを掴んだ老爺の手をあっさり振り解くとニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。
腰には半月刀をぶち込んでいて、これ見よがしに老爺にちらつかせている。
「困りますなあ、勝手に店を出されては」
「何のことだ?」
「場所代を払っていないでしょう」
「何を言っている。ちゃんと市場長さんに」
「そっちじゃねえよ、イーラジの旦那に払ってねえだろう」
突然、凄みのある口調に変えた男に老爺は怯えたように見上げる。
老爺を手伝っていた老爺の孫であろう少女も震えながら店の中から見ている。
「イーラジの旦那だと?」
「そうだ、ここいらを仕切っておられる。さあ、サッサと払いな」
老爺は途方に暮れたように周りを見回すと周りの商店の主はサッと視線を逸らせる。
関わり合いになりたくないのだろう。
老爺は溜息をついた。
男は地回りの手下なのだろうと推測した。
痛い出費だが払ったほうが商売の邪魔をされなくて済む。
「いくらだ」
「最初の挨拶だからな、まあ銀貨で十枚だな」
法外な金額に老爺はぽかんと口を開けた。
「そ、そんな金はねえ。銀貨一枚がやっとだ」
「まあ、こんな時化た店じゃあな。仕方ねえ、あるだけだしな」
老爺は売り上げを入れていた草の蔓で編んだ駕籠を持ってくると男にひったくられた。
男は懐から出した袋の中に駕籠の中身を全部放り込むと駕籠を老爺に投げ渡した。
「全部持っていかれたら、明日から商売が出来ねえ。せめて半分だけでも返してくれ!」
「うるせえ!」
そう言うと男は縋りついてくる老爺を乱暴に振り払った。
痩せている老爺は呆気なく吹き飛ばされ、茶碗を並べていた木の箱の上に落ちて、茶碗が散乱する。
少女は悲鳴を上げて、老爺に駆け寄るが木箱に打ち付けたのか、脇を押さえて蹲っている。
男は鼻で笑うとその場を立ち去ろうとした。
周りの商店の主たちも気の毒そうにしながらも、手を差し伸べるようなことはしなかった。
「何をしている」
首筋が寒くなるような冷ややかな声が男に掛けられた。
男は驚いて振り向くと近衛兵の軍装に身を包んだ若い男が立っていた。
男はホッとすると愛想笑いを浮かべる。
周りの商店の主たちは表情を強張らせた。憎々しげに近衛兵を見る者もいる。
「これはこれは、近衛大隊の旦那。いえね、少々挨拶をしていただけですよ」
そう言うと男は若い近衛兵の手を取ると銀貨を数枚握らせた。
若い近衛兵は掌の銀貨を眉を顰めて見つめていたが、顔を上げる。
「それを寄越せ」
男が老爺から取り上げた金が入っている袋を指差す。
「旦那、いくらなんでも強欲ってもんじゃないですか」
「お前がやっていることは強請り集りというより強盗だな。今ここであの老人に謝罪して奪った金を返すなら、見逃してやる」
凛とした声で上から見下ろすかのように言う近衛兵に男は目を吊り上げてねめつける。
「おう、いい加減にしろよ。イーラジの旦那には近衛大隊右翼の大隊長と懇意なんだ。テメエのような下っ端がいい気になるんじゃねえ!」
そう怒鳴りつけると若い近衛兵につかみかかろうとした。
ふっと男と若い近衛兵の間に人影が入り込んだ瞬間、男は両足を蹴りあげられ、均衡を崩して体を泳がせると腕をとられ、捻り上げられるとそのまま地面に抑え込まれた。
顔から地面に激突したので、鼻と口から血を吹きだしている。
苦痛の呻き声を上げている男を抑え込んだ人影も近衛兵でへらりと気の抜けた笑顔を浮かべている。
「ナイジェル部隊長、一人で先に行かないで下さいよ」
「お前が遅いのだろう。ベルナルド、それよりもそいつを兵舎に連れて行け。右翼の大隊長と懇意だそうだ。事情を聞かないとな」
そう言うと冷たい眼差しで男を見下ろす。男はひゅうと悲鳴のような息を吐き出すと震え上がった。
「はは、承知しました」
笑顔のまま、手慣れた様子で男を縛り上げると後ろにいた部下に手渡す。
ナイジェルは老爺の元に行くと老爺は痛みに顔を顰めながらも、少女に助けられながら立ち上がったところだった。
近づいてきたナイジェルを睨み付けるようにこちらを見て、少女は老爺を庇うように立った。
「大丈夫か?」
「へ? はあ、有難うございます」
ナイジェルから労りの言葉を掛けられたことに驚愕しているようだ。
周りの商店の主たちも似たような表情をしている。
ナイジェルは苦笑しながら、男から取り上げた金を老爺に渡した。
「あの、これは」
ナイジェルに渡された銀貨を見て、驚いたようだった。
「あの男が商品を壊したんだ。代金として受け取って置け」
「あ、有難うございます」
体を折るように老爺が頭を下げるとぽかんとナイジェルと老爺のやり取りを見ていた少女も慌てて頭を下げてきた。
柔らかな笑みを浮かべると踵を返した。ベルナルドがすぐ後ろについてくる。
「……ここまでとは思ってもいなかったな」
眉間にしわを寄せて呟くナイジェルに深刻な表情でベルナルドが首を竦める。
「何をしやがる!」
顔を怒りで紅潮させた老爺が茶碗の山脈の向こう側から飛び出して来て、茶碗の山を蹴った男の胸ぐらを掴んだ。
茶碗を蹴った男は自分の胸ぐらを掴んだ老爺の手をあっさり振り解くとニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。
腰には半月刀をぶち込んでいて、これ見よがしに老爺にちらつかせている。
「困りますなあ、勝手に店を出されては」
「何のことだ?」
「場所代を払っていないでしょう」
「何を言っている。ちゃんと市場長さんに」
「そっちじゃねえよ、イーラジの旦那に払ってねえだろう」
突然、凄みのある口調に変えた男に老爺は怯えたように見上げる。
老爺を手伝っていた老爺の孫であろう少女も震えながら店の中から見ている。
「イーラジの旦那だと?」
「そうだ、ここいらを仕切っておられる。さあ、サッサと払いな」
老爺は途方に暮れたように周りを見回すと周りの商店の主はサッと視線を逸らせる。
関わり合いになりたくないのだろう。
老爺は溜息をついた。
男は地回りの手下なのだろうと推測した。
痛い出費だが払ったほうが商売の邪魔をされなくて済む。
「いくらだ」
「最初の挨拶だからな、まあ銀貨で十枚だな」
法外な金額に老爺はぽかんと口を開けた。
「そ、そんな金はねえ。銀貨一枚がやっとだ」
「まあ、こんな時化た店じゃあな。仕方ねえ、あるだけだしな」
老爺は売り上げを入れていた草の蔓で編んだ駕籠を持ってくると男にひったくられた。
男は懐から出した袋の中に駕籠の中身を全部放り込むと駕籠を老爺に投げ渡した。
「全部持っていかれたら、明日から商売が出来ねえ。せめて半分だけでも返してくれ!」
「うるせえ!」
そう言うと男は縋りついてくる老爺を乱暴に振り払った。
痩せている老爺は呆気なく吹き飛ばされ、茶碗を並べていた木の箱の上に落ちて、茶碗が散乱する。
少女は悲鳴を上げて、老爺に駆け寄るが木箱に打ち付けたのか、脇を押さえて蹲っている。
男は鼻で笑うとその場を立ち去ろうとした。
周りの商店の主たちも気の毒そうにしながらも、手を差し伸べるようなことはしなかった。
「何をしている」
首筋が寒くなるような冷ややかな声が男に掛けられた。
男は驚いて振り向くと近衛兵の軍装に身を包んだ若い男が立っていた。
男はホッとすると愛想笑いを浮かべる。
周りの商店の主たちは表情を強張らせた。憎々しげに近衛兵を見る者もいる。
「これはこれは、近衛大隊の旦那。いえね、少々挨拶をしていただけですよ」
そう言うと男は若い近衛兵の手を取ると銀貨を数枚握らせた。
若い近衛兵は掌の銀貨を眉を顰めて見つめていたが、顔を上げる。
「それを寄越せ」
男が老爺から取り上げた金が入っている袋を指差す。
「旦那、いくらなんでも強欲ってもんじゃないですか」
「お前がやっていることは強請り集りというより強盗だな。今ここであの老人に謝罪して奪った金を返すなら、見逃してやる」
凛とした声で上から見下ろすかのように言う近衛兵に男は目を吊り上げてねめつける。
「おう、いい加減にしろよ。イーラジの旦那には近衛大隊右翼の大隊長と懇意なんだ。テメエのような下っ端がいい気になるんじゃねえ!」
そう怒鳴りつけると若い近衛兵につかみかかろうとした。
ふっと男と若い近衛兵の間に人影が入り込んだ瞬間、男は両足を蹴りあげられ、均衡を崩して体を泳がせると腕をとられ、捻り上げられるとそのまま地面に抑え込まれた。
顔から地面に激突したので、鼻と口から血を吹きだしている。
苦痛の呻き声を上げている男を抑え込んだ人影も近衛兵でへらりと気の抜けた笑顔を浮かべている。
「ナイジェル部隊長、一人で先に行かないで下さいよ」
「お前が遅いのだろう。ベルナルド、それよりもそいつを兵舎に連れて行け。右翼の大隊長と懇意だそうだ。事情を聞かないとな」
そう言うと冷たい眼差しで男を見下ろす。男はひゅうと悲鳴のような息を吐き出すと震え上がった。
「はは、承知しました」
笑顔のまま、手慣れた様子で男を縛り上げると後ろにいた部下に手渡す。
ナイジェルは老爺の元に行くと老爺は痛みに顔を顰めながらも、少女に助けられながら立ち上がったところだった。
近づいてきたナイジェルを睨み付けるようにこちらを見て、少女は老爺を庇うように立った。
「大丈夫か?」
「へ? はあ、有難うございます」
ナイジェルから労りの言葉を掛けられたことに驚愕しているようだ。
周りの商店の主たちも似たような表情をしている。
ナイジェルは苦笑しながら、男から取り上げた金を老爺に渡した。
「あの、これは」
ナイジェルに渡された銀貨を見て、驚いたようだった。
「あの男が商品を壊したんだ。代金として受け取って置け」
「あ、有難うございます」
体を折るように老爺が頭を下げるとぽかんとナイジェルと老爺のやり取りを見ていた少女も慌てて頭を下げてきた。
柔らかな笑みを浮かべると踵を返した。ベルナルドがすぐ後ろについてくる。
「……ここまでとは思ってもいなかったな」
眉間にしわを寄せて呟くナイジェルに深刻な表情でベルナルドが首を竦める。
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