姉ちゃんは悪役令嬢

ぽてち

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6、それは無理ですよ

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 翌日から地獄のシゴキが始まった。

 一応読み書きや簡単な計算は出来てたんだ。
 隣に住んでいた爺さんが帝立魔法院に所属していた魔導士だった。
 帝立魔法院の派閥争いに巻き込まれて追い出されたって言ってたけど、近所の小母さんたちが言うには酒と女で身を持ち崩して、帝立魔法院の貴重な本や薬草を売り払おうとしてばれたかららしい。

 あの女が脇を通るたびにイヤらしい目で見ていたから、小母さんたちの噂の方が正しいのだろうな。
 まあ、あの女に良い所を見せたい爺さんの下心を利用して、読み書きを教えてもらったから俺もあんまり悪く言えないんだけど。

「ほう、フェリックス様は頭がよろしいのですね。……チッ」
 残念そうな様子を隠そうともしないセバスティアン。しかも舌打ちしやがった!
「……ヘル・アウゲンターラー、今のはどういう態度なのでしょうか?」
 恐ろしいほど低い声でマルガが問い質した。

 ハッとしたようにマルガを見て、セバスティアンは自分の失言に動揺する。

「漸く、おもちゃ…いえ、跡継ぎの坊ちゃまが出来て嬉しいのは分かりますが、私たちはあくまでも家来でございますよ。言動にはお気をつけなさいませ」

 お~~い、マルガさん。貴女も大概失礼なんですけど!

「失礼いたしました。フェリックス様。ご無礼をお許しください」
「う~~ん、嫌だね」

 にっこりと笑いながら言い切った。
 ぽかんとしたセバスティアンとマルガに首を竦める。

「ここでお前たちを許すとする。寛大な主人のように見えるが、心の中で俺の評価は扱いやすい主人のままだろう。だから許さないよ」
 内心冷や汗を流しながら言い切った。
 彼らはちょっと、いや大分変わり者だが、有能だし主人である俺を邪険に扱いはしないだろう。
 何不自由ない生活をするだけだったら、このままでも問題はない。

 だけど――。




 今朝、俺は姉ちゃんに呼び出された。
 朝食は素晴らしく美味しかったけど、マルガによってテーブルマナーの時間になった。

 朝食も姉ちゃんや母ちゃんと一緒に食べるのだと思ったら、女性の朝の身支度はとんでもなく時間がかかるみたいで別々に食べるとのこと。

 それでも、爵位を持つ家の婦人にしては姉ちゃんも母ちゃんも早起きらしい。
 姉ちゃんはソファーに座り、優雅に紅茶を飲んでいた。

 ほんっとに見た目だけなら、文句なく良家の御令嬢で美少女なんだよね。

「そこにお座りなさい、フェリックス」
 朝だからなのか三割り増し、更に低い声だな。地の底から、響いてくるようだよ姉ちゃん。

 人払いをすると(扉の外でセバスティアンが伺っているのは知っているけど)おもむろに口を開いた。

「実はね、フェリックス。私は転生者なのよ」
「え…ソウナンデスカ」
 いや、ね。言動から、そうだと思いましたよ、間違いなく前世は腐…発酵されてたんだろうな、脳が。……まあ、背中が割れて、蝦蟇ガエルの怪人が出てきても驚かなかった思うけどね!

「……あまり驚いていないようね、まさか貴方も?」
「え~と、まあそうです」
「そう……。それなら、話が早いわ。驚かないでちょうだい、この世界は乙女ゲームにそっくりなのよ!」
 ばーんと効果音がしそうなほど、どや顔で言い切った姉ちゃんだったけど、俺の感想としてはふ~んとしか思わない。

「ああ、やっぱり……ところで、姉ちゃ…姉上の役どころは当然悪役令嬢ですか?」
「ちょっと、もう少し驚いてくれない! しかも、なんで当然悪役なのよ!」
「あ~、身分的に取り巻きとかですか?」
「わたくしがモブなわけないでしょう!」
「ヒロインに意地悪やらなんかして、断罪されてしまうのですか。姉上だけで済めばいいのですけど」
「はあ! 切り捨てないでくれない、弟でしょう!」
「昨日、会ったばかりじゃ、情もくそも無いじゃないですか」
「酷いぃ、か弱い乙女が婚約破棄された上に断罪されるかもしれないのにいぃぃ! ぶおぉぉぉんん」
 おんおんと泣きだした姉ちゃん、どっからその声が出ているのかと妙に冷静になって考えていたけど、あることに気付いて、ドアの方に視線を送る。

 セバスティアンが胸の前でばってんを作って、何とも悲し気に首を振っている。

「姉上……ひとつ質問なのですが、婚約されてましたか?」
「う、ひっく、そうなの! 可笑しいのよ、設定ではすでに婚約しているはずなのに!」

 はて……貴族の結婚は大体が政略結婚だ。個人の感情は関係ないはずなんだけど。

「婚約を結ばれる前にお嬢様がお相手の誕生日会に呼ばれてしまいまして、何やかんやと理由を設けられて婚約は成立しておりません」
 いつの間にか、中に入って来てセバスティアンが説明をする。

 うあああぁ~~、重低音の高笑いして相手の家族にドン引きされている絵が目に浮かぶようだよ。
 それなら、婚約が成立しなかったのも分かる。
 婚約者として姉ちゃんをエスコートして、皇室主催のパーティーで高笑いでもされたら、どんな目で見られるやら分からないもんな。
 九割方同情の目で見られるだろうけど、辛いよな、うん。

「旦那様ももっと押して押して押しまくれば、婚約を断られるような瑕疵はお嬢様にはございませんのに……これだから女のことしか考えていない脳筋は」
 最後の方は小さく呟くように言っていたが、俺にはしっかり聞こえた。
 まあ、姉ちゃんは伯爵令嬢としては優秀みたいだからわかるけど。

「お嬢様、落ち着いてください。料理長特製の柘榴と桃のお茶です」
「あ、ありがどおおぉ、ぶおぅおぉぉん」
 白磁の頬をぽろぽろと真珠のような涙が零れ落ちている。
 見た目だけだったら、か弱い乙女で庇護欲をそそられる光景だけど、声がねえ。
 異界から召喚された魔物の雄叫びみたいだからな。

 生理的嫌悪はどうにもならなかったんだろうな……あ、この紅茶マジで美味いわ!
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