どうしても、あなたの犬になりたい! 美貌の王子が溺愛したのは、内気な落ちこぼれ令嬢でした。

湖宮つばめ

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第一章

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(そんなこともありましたね)

 もう十四、五年前のことである。
 五歳だったエスメは、あと数か月もすれば十九歳である。
 あれから、本当にいろいろあった。
 エスメたちの生まれたオルコット辺境伯領は、国境に位置しており、複数の国々と接している。立地的に、はるか昔から、交易によって栄えてきた土地でもあった。
 しかし、異国と接しているということは、真っ先に狙われる土地でもある、ということだ。
 二年前、隣国のひとつが侵略をしかけてきたことで、領内の西端は戦禍に見舞われた。
 辺境伯であった父は、領内の者たちとともに、西端の防衛に尽力した。
 国内への侵攻を防ぐことはできたものの、冬の休戦をまたいでもなお、なかなか戦は終わらなかった。
 国王は長引く戦禍を憂い、王都から援軍が遣わされるような事態にもなった。
 戦が、心身の負担になっていたのだろうか。
 もともと身体が弱く、持病を抱えていた父は、半年前に亡くなった。
(お父様。そうなると知っていました。知っていましたが、それでも悲しかった)
 エスメは父の死に対して何もできなかった。
 前世で知っていたゲームのとおり、父は死んで、女神のところに旅立った。
 それから、王都とも太いパイプを持っている大叔父に助けられて、なんとか父のいない穴を埋めるように過ごし、気づけばエスメと妹のフレアは十九歳になった。
 貴族令嬢としては、立派な嫁ぎ遅れである。
(ゲームが始まるのは、フレアが十九歳のときでした。だから、ようやくフレアは幸せになれます。あの子が幸せになるための物語が始まるんですね)
 信用できる筋からの情報では、いよいよ隣国は全面降伏をするらしい。
 このまま和平条約が結ばれることで、おそらく前世の記憶どおり、もうすぐ戦争は終わる。
 十九歳になれば、たくさん苦労してきたフレアには、ハッピーエンドが待っている。
 どのヒーローと結ばれても、フレアは幸せになれる。
 それは前世の乙女ゲームで知っている。
 ゲームに登場していなかったエスメ自身の未来は分からないのに、フレアの未来は分かるのだ。
(ぜんぜん眠れません)
 深夜、ベッドの中でエスメは溜息をついた。
 この頃のエスメは寝つきが悪かった。
 理由は分かっている。
 もうすぐ、ゲームで描かれていた物語が始まる。
 そのときの自分が、どうなっているのか分からなくて不安なのだ。
(あのゲームでは、フレアは辺境伯の一人娘でした。エスメラルダなんて双子の姉はいませんでした)
 フレアのための物語が始まったら、エスメはどうなるのだろうか。
「んぅ。エスメお姉様ぁ、もう食べられませんわ!」
 隣で寝ていたフレアが、愛らしい声で寝言を零した。
(どんな夢を見ているのでしょうか? 食いしん坊なんですから)
 バターたっぷりのフレンチトーストか。
 それとも、パイ生地を被せたあたたかいオニオンスープだろうか。
 どれも、エスメが前世の記憶を頼りに、それっぽく作った料理だ。エスメは料理人ではないから、家に仕えてくれる料理人が作ったものより粗末だったろう。
 それなのに、フレアは可愛い顔で、何度も「お姉様の料理が食べたいわ」とねだった。
(食いしん坊で、甘えん坊さん。何でもできるのに)
 エスメは、ひとりで寝るのは寂しいわ、と寝床に潜り込んでくる妹の額を撫でた。
(……だめ、やっぱり眠れない。散歩でもしてきましょうか)
 エスメは妹を残して、ベッドを下りる。
 はしたないと分かりつつも、ナイトドレスにケープを被った姿で、部屋を出た。
 夜も起きている一部の使用人たちに見つからないよう、エスメはこっそり一階の窓から抜け出した。そうして、館の裏に広がっている小さな森へと入った。
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