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第五章
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グレイは、じっと、去ってゆく妻の背中を見る。
(今日もエスメは最高に可愛い)
不意に、エスメがこちらを振り返った。彼女は困ったように眉をさげてから、控えめに、グレイに向かって手を振った。
それから、自分の行動が照れくさくなったのか、すぐに去ってゆく。
(なんだ! なんだあれは! 可愛い!)
グレイは、年上の妻の困り顔が大好きだった。最後、恥ずかしそうに目を伏せたのも、最高に可愛かった。
(よし。今夜は、いつもより、もっと仲良くしよう)
「グレイ。そのやにさがった顔、止めていただけますか? だらしがない。あなたのそのような顔は見たくありませんでした」
「鏡でも見ているようで嫌なのか?」
グレイとサフィールは、髪と目の色が違うだけで、顔立ちはうり二つだった。
目元にあるほくろの位置まで同じであるため、王妃である母は「生まれたときから仲良しね」と言っていたものだ。
「それもありますけれど。僕は、あなたが女ごときに現を抜かすことが嫌なのです」
「ごとき? エスメは素晴らしい女性だ」
「そもそも、あなたが婿入りをしたのは、オルコットの薔薇姫ではないのですか? あんな冴えない女とは思いませんでした。あれは、いったい誰なのですか? 薔薇姫の姉などと言っていましたが、本当に姉なんですか?」
「間違いなく、エスメはフレア嬢の双子の姉だな」
「双子。ぜんぜん似ていませんね、てっきり侍女かと」
「辺境伯の跡を継いだ女性に対して、その物言いか?」
「その跡継ぎだって、薔薇姫がするべきだったのでは? オルコット領は、国防の要のひとつ。あんな平凡そうな女では守り切れないでしょう」
「エスメは素晴らしい領主になる。それに、俺が支えるから何も問題ない」
傲慢な台詞かもしれない。
だが、グレイは自分が優秀であるという自負がある。
(俺にはエスメを支える力がある)
グレイは思っている。
自分こそが、エスメの婿にふさわしいのだ、と。
他のどんな男でも、グレイよりは劣る。
「あなたにしてもらいたかったのは、辺境伯への婿入りではなく、王位を継ぐことですよ。――グレイ、今からでも遅くありません。どうか王家に戻ってきてください。あなたの方が、ずっと人望があったのですよ。国王陛下も、あなたを次の王にして、僕を臣籍にくだらせよう、と考えていたのですから」
「それはできない。俺は死ぬまでエスメの犬でいることにしたからな」
「縁起でもないことを。犬など」
「まだ呪いが解けていないから、か? それが、わざわざ、お前が話しかけてきた理由か」
サフィールは王太子となったのだ。
その身分からして、王立学院主催の社交場には出てこない。そもそも、今夜の招待客のリストには、サフィールは載っていなかったはずだ。
対外的には、グレイのことを慕っているサフィールが、無理に参加してきた、とでも言うのだろう。
サフィールが、少々様子がおかしいほどグレイを慕っている話は、貴族間でも有名な話である。だから、欺されやすい人間は納得してくれるかもしれないが。
「終戦の間際、僕とあなたに呪いをかけた魔女がいたでしょう?」
「ああ。あの憎たらしい」
呪い。
言葉どおり、グレイとサフィールは呪われた。
相手を獣に変えるという、恐ろしい呪いだった。
その呪いを受けた二人は、獣となり、大きく傷つけられた。からくも魔女を殺したものの、自軍から離されて、獣のままオルコット領の森に投げ出された。
それも、グレイもサフィールも離れ離れの状態で、だ。
(あのとき、エスメが助けてくれなかったら、きっと、俺は犬のまま野垂れ死んでいただろう)
グレイは、じっと、去ってゆく妻の背中を見る。
(今日もエスメは最高に可愛い)
不意に、エスメがこちらを振り返った。彼女は困ったように眉をさげてから、控えめに、グレイに向かって手を振った。
それから、自分の行動が照れくさくなったのか、すぐに去ってゆく。
(なんだ! なんだあれは! 可愛い!)
グレイは、年上の妻の困り顔が大好きだった。最後、恥ずかしそうに目を伏せたのも、最高に可愛かった。
(よし。今夜は、いつもより、もっと仲良くしよう)
「グレイ。そのやにさがった顔、止めていただけますか? だらしがない。あなたのそのような顔は見たくありませんでした」
「鏡でも見ているようで嫌なのか?」
グレイとサフィールは、髪と目の色が違うだけで、顔立ちはうり二つだった。
目元にあるほくろの位置まで同じであるため、王妃である母は「生まれたときから仲良しね」と言っていたものだ。
「それもありますけれど。僕は、あなたが女ごときに現を抜かすことが嫌なのです」
「ごとき? エスメは素晴らしい女性だ」
「そもそも、あなたが婿入りをしたのは、オルコットの薔薇姫ではないのですか? あんな冴えない女とは思いませんでした。あれは、いったい誰なのですか? 薔薇姫の姉などと言っていましたが、本当に姉なんですか?」
「間違いなく、エスメはフレア嬢の双子の姉だな」
「双子。ぜんぜん似ていませんね、てっきり侍女かと」
「辺境伯の跡を継いだ女性に対して、その物言いか?」
「その跡継ぎだって、薔薇姫がするべきだったのでは? オルコット領は、国防の要のひとつ。あんな平凡そうな女では守り切れないでしょう」
「エスメは素晴らしい領主になる。それに、俺が支えるから何も問題ない」
傲慢な台詞かもしれない。
だが、グレイは自分が優秀であるという自負がある。
(俺にはエスメを支える力がある)
グレイは思っている。
自分こそが、エスメの婿にふさわしいのだ、と。
他のどんな男でも、グレイよりは劣る。
「あなたにしてもらいたかったのは、辺境伯への婿入りではなく、王位を継ぐことですよ。――グレイ、今からでも遅くありません。どうか王家に戻ってきてください。あなたの方が、ずっと人望があったのですよ。国王陛下も、あなたを次の王にして、僕を臣籍にくだらせよう、と考えていたのですから」
「それはできない。俺は死ぬまでエスメの犬でいることにしたからな」
「縁起でもないことを。犬など」
「まだ呪いが解けていないから、か? それが、わざわざ、お前が話しかけてきた理由か」
サフィールは王太子となったのだ。
その身分からして、王立学院主催の社交場には出てこない。そもそも、今夜の招待客のリストには、サフィールは載っていなかったはずだ。
対外的には、グレイのことを慕っているサフィールが、無理に参加してきた、とでも言うのだろう。
サフィールが、少々様子がおかしいほどグレイを慕っている話は、貴族間でも有名な話である。だから、欺されやすい人間は納得してくれるかもしれないが。
「終戦の間際、僕とあなたに呪いをかけた魔女がいたでしょう?」
「ああ。あの憎たらしい」
呪い。
言葉どおり、グレイとサフィールは呪われた。
相手を獣に変えるという、恐ろしい呪いだった。
その呪いを受けた二人は、獣となり、大きく傷つけられた。からくも魔女を殺したものの、自軍から離されて、獣のままオルコット領の森に投げ出された。
それも、グレイもサフィールも離れ離れの状態で、だ。
(あのとき、エスメが助けてくれなかったら、きっと、俺は犬のまま野垂れ死んでいただろう)
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