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二章

夫婦として※

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「ん…ぅん…っ…やぁ…」

 すっかり暗くなった室内で、花耶はベッドの上で胡坐をかいた奥野に向かい合うように抱き付いたまま、下から貫かれていた。この体勢は自重のせいもあってか、奥野の雄がより奥まで届き痛みを感じるのだが、数え切れないほど昇り詰めていた花耶はもう痛みを感じる事はなかった。不安定な体勢に、花耶は両腕を奥野の首に回して縋りついていたが、規則的に下から与えられる刺激に、花耶の意識はぐずぐずに溶かされていた。既に身体のあちこちにはおびただしい数の赤い花が散らばっていて、痕を付けた者の執着心の強さを物語っていた。

 奥野にマンションに帰った直後、奥野は玄関のドアを閉めた途端に花耶を貪り始めた。思いがけない奥野の激しさと性急さに花耶が驚き戸惑うも、彼は益々強い執着を宿して花耶を一層縛り付けようとするかのように、自身の精を注ぎ込んだ。そこには、法的な拘束力で花耶を縛り付けた事への安堵と、それでもまだ足りないと言わんばかりの強い執着心が溢れていた。まだ入籍すらも消化しきれていなかった花耶は、混乱したまま散々奥野に甘く責められて咽び泣いた。

「ああ、花耶…俺の…本当に俺だけのものだ…」
「ゃ…あ、あああっ!」

 もう無理、ダメ…との抗議も虚しく、花耶は先ほどから延々と奥野に貪られていたが、耳元でねっとりと甘く低く囁かれて奥をごりごりと捏ねるように刺激されると、あっという間に上り詰めてしまった。痛みがない交わりは麻薬のように花耶を蕩けさせ、素直で感じやすい身体は貪欲に奥野の与える刺激を受け入れていた。その執着心に驚きを感じてはいても、奥野が自分を害する事がないと花耶自身が疑いもしない事も大きいだろう。全てを奥野に預けても心配いらないとの絶対の安心感は、性的な事に嫌悪感が強かった花耶にとって最大の媚薬でもあった。

「…み…ずを…」

 達した後、半ば朦朧とした意識の中、掠れる声で水を求めた花耶の声に、奥野はサイドテーブルの上に用意しておいたミネラルウォーターのペットボトルを手にした。まだ繋がったまま、くたりと自分によりかかる花耶を満足そうに眺めた奥野は、ペットボトルに口を付けるとそのまま口移しで花耶に水を飲ませ、花耶はそれを当然のように受け入れた。再び体を重ねるようになって日は浅いが、何度も繰り返された行為に花耶が抵抗する事はなく、既に恥ずかしがるだけの理性が溶かされていたのもある。二、三度繰り返された後で花耶は小さく頭を振る事でもう十分だと伝えると、ほぅと息を吐いて奥野にもたれかかった。

「あ…っ…ま…て…」

 一息つく間もなく再び動き出した奥野に、花耶は思わず抗議の声を上げた。既に体力は限界で、疲労感が身体をより一層重く感じさせていた。年明け早々に始まった奥野の実家でのあれこれは花耶を十分に消耗させていたが、それに拍車をかけたのは奥野だった。
 だが、花耶の抗議も虚しく、奥野はまだ物足りないのか花耶の中をじっくりと味わうかのように緩慢な動きを繰り返した。既に何度も達し、奥野の精と自身の蜜でどろどろになった花耶の密壺はそれでもまだ狭さを保ち、奥野の雄をより締め付けてその存在感を際立たせるばかりだった。

「んぁ…や、ダメ…っ…あ、あっ…」
「ダメじゃないだろう?こんなに絡みついて…離さそうとしないくせに」
「やっ…そんな…じゃ…ひゃっ…」

 奥野の言い方に花耶は羞恥を覚えたが、それもまたスパイスのように花耶を淫靡に煽った。身体は持ち主の意に反して蕩けながらも、奥野から与えられる刺激を貪欲に求めていた。ゆっくりした動きのせいか、奥野の雄が出入りしている様がリアル過ぎて、また花耶のいいところを的確に狙っているのも重なり、花耶の意識は強制的にそこに集まった。そのせいか、いつも以上に感じているような気がする。余りの刺激に花耶の身体は無意識に逃げようとするが、自身が上にいるためにそれも叶わなかった。

「ひゃ…ああっ」

 急に奥を強く突かれたと思った途端、奥野は花耶をベッドに押し倒すと、今度は上から花耶を貫いた。奥野は花耶の片足を自身の肩に乗せると、反対の足を大きく広げて再び花耶を責め始めた。恥ずかしい体勢に朦朧とした意識が急速に戻ってきたが、それも律動が開始されるまでだった。今度は激しさを増したその動きに、それまでじっとりとした動きで熱を溜め込まれていた身体は予想以上に反応した。ギシギシとベッドが軋むたび、花耶の身体は苦しい程の愉悦に染まった。

「っ…」
「あ…あっ…あ…やぁあぁ…」
「ああ、花耶…愛してるっ」

 深さと激しさを増した動きに、花耶の頭の中が白く弾け…それと同時に奥野に深く抱き込まれるのを感じた。身体が怠いし腕も上がらず、奥野に抱き付く力さえもなかった。これ以上意識を保つ事が出来ず、花耶は奥野の熱を感じながら白い闇に落ちた。



「すまない、花耶」
「いくらなんでも…やり過ぎです…」

 花耶が目を覚ました時、部屋の壁時計は六時を指していた。花耶の中では今は五日の朝の筈だったが、奥野は気まずそうな表情を浮かべて、今は五日の夕方六時だと告げた。昨日、奥野の実家から戻り、婚姻届を出して帰ってきて、それから丸一日経っていたのだ。
 帰宅直後に奥野に押し倒され、その後も目が覚める度に奥野に貪り尽くされた。食事をした記憶もなく、ようやくはっきりと目が覚めた今は、全身の筋肉痛と途方もない疲労感に包まれていた。
 ただでさえ奥野の実家に行って疲労困憊だったのに…と花耶は恨めしく奥野を見上げると、奥野は照れくさそうに花耶が本当に俺の妻になったのが嬉しすぎて…とまたしても色を宿した視線で熱く見つめて花耶を慌てさせた。さすがに無理をさせた自覚はあるらしく、今夜は何もしないと告げた奥野は、夕食を作るからお風呂に入ってくるようにと告げた。花耶はやっとベッドから離れられると嬉しく思ったが、足腰に力が入らず、結局は奥野の手でお風呂に入れられた。糖度五割増しで甲斐甲斐しく世話をされたが、もしかするとこれも奥野の計画だったのかもしれない…と花耶は思った。



「会社への報告に手続き、それから花耶のアパートの引っ越しだな。あとは…」

 疲労困憊と筋肉痛の二重苦の花耶に奥野は、これまた必要以上に食事の手伝いをして花耶を困らせたが、夕食後は実務的な話を始めた。婚姻届を出したため、色々と手続きをする必要があるのだ。普通は会社に事前に報告し、休暇を申請するなどの根回しをするものだが、今回はそんな余裕すらも与えられなかった。今すぐという訳ではないが、あまり日を置く事も出来ないだろうから、会社に早めに休みの申請をして手続きをする必要があるだろう。

 ちなみに会社には、奥野は花耶が寝ている間に社長と自身の上司の営業部長、花耶の上司の松永課長に第一報という形で既に電話で報告を入れておいたと言った。いつの間に…と花耶は驚きを露にしたが、役職にある者は万が一に備え、休暇中でも会社支給のスマホを持ち帰るルールがあったのだ。奥野はそれを使って上司に連絡を入れていたのだ。奥野が花耶の囲い込みに手を抜かないのは今に始まった事ではなく、花耶はその手際の良さにこっそりため息をつくしかなかった。

 麻友や高校の友達には、急な上にメッセージでの報告で申し訳ないと前置きした上で、入籍した事を報告した。高校の友人たちは驚きと喜びを素直に現し、近いうちにぜひ紹介して欲しいと言ってきた。
 一方の麻友は、直ぐに電話で折り返しがあったが、その反応からは複雑な心情がありありと見て取れた。ただ、麻友は流され過ぎ…と呆れながらも、花耶がいいんならしょうがないよね、と花耶の心情を汲んでくれた。詳しい事は休み明けにね、と言っていたが、こちらは厳しい追及が予想された。



「明日は花耶の不動産屋と…指輪を買いに行こうな」

 一通りの話を終えた奥野は、美麗な顔を綻ばせながら花耶にそう告げた。未だに入籍した実感がない花耶は、これでよかったのだろうか、早すぎたのではないだろうか、他にやりようがあったのではないかとまだ迷いがあったのだが、こうも嬉しそうな笑みを浮かべられると、何だかこれでよかったのかもしれない…という気になっていた。
 実のところ、入籍してホッとしている自分もいたからだ。モテる奥野に群がる女性達の存在は、少なからず花耶を不安にさせていた。どの女性も美人でスタイルがよく、自信に溢れた人たちばかりで、奥野と並んでも絵になるのだ。奥野には話していないが、会社でもすれ違いざまに嫌味を言われたり睨まれたりするのは未だにゼロではなかった。それだけに、入籍した事は花耶の心に大きな安心感を与えてくれた。

 一方で、子供の事はまだ納得できていなかった。花耶は子供が出来たからと言って会社を辞めるつもりはなかったが、それでも妊娠~出産は同僚に負担をかける事は先輩方を見ていてある程度理解していた。こんなに早くに子供が出来れば、出来婚と言われる可能性もある。人目を気にしない奥野と違い、花耶はこういう事は手順を踏んでやりたい派だった。その為、妊娠に関しては納得しかねていた。
 それに花耶はまだ二十三で、友達も同僚も妊娠どころか結婚すらまだなのだ。花耶自身、結婚だって三十歳近くになってからで十分だと思っていたのだ。既に三十を超え、課長という一人前以上の仕事が出来ている奥野と違い、自分はまだまだ仕事を覚えなければいけない立場だというのも、花耶が手放しで妊娠を受け入れられない要因の一つだった。
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