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冗談ではないと言われました
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(おかしい…もしかして…罰ゲームとか?)
小林のマンションで過ごした日曜日の夜、美緒は自分の安アパートで浴槽にお湯を張って浸かっていた。夏は暑いしお湯代がもったいないと基本的にはシャワーだけで済ますのだが、この日は何だかとても疲れた気がしたため、ゆっくりお湯につかる事にしたのだ。ちなみに小林のマンションの無駄に広かったお風呂とは違い、美緒のアパートのそれは足を伸ばすだけの広さはなかったが、それでもお湯に浸かるのは不思議と美緒の気持ちを解してくれた。
ほう…と大きく息を吐きだしたが、頭に浮かぶのは小林の事だった。
あの後美緒は、小林のマンションで過ごす羽目になった。美緒は疲れたから今日は帰りたいと主張したが、小林は首を縦に振る筈もなかった。出かけるか、ここで映画でも見て過ごすかの二択を迫られた美緒だったが、どちらを選らんでも美緒にとってはデメリットしかなかった。
もし外で会社の人に見られた場合、美緒の立場は一層悪くなるだけだった。今は嫌味や舌打ちで済んでいるが、もし休日を一緒に過ごしていたと知れたらトイレに呼び出されるのは確実だろうし、仕事の邪魔をされる可能性もある。今以上に針の筵になるのは確実だった。
一方、小林マンションで小林と過ごすのも安全とは言い難かった。壁ドンされて気が付いたが、体格差だけでなく力の差もあり、仮に小林がその気になったら逃げようがないのは明白だった。ましてや相手は百戦錬磨の女ったらしで、経験値が違い過ぎるのだ。逆立ちしたって勝てる気がしなかった。
どっちに転んでも危機的状況だったが、結局美緒はマンションで映画を見て過ごす方を選らんだ。他人の行動をコントロール出来るはずもなく、見つかれば社会的な死が待っているが、ここで過ごす分にはせいぜい我が身一つで済むと思ったからだった。
だが美緒の予想に反して、小林は紳士的な態度に始終した。警戒心丸出しの美緒に苦笑を浮かべていたが、さすがに同意なしで事に及ぶのは自分のポリシーじゃないと断言され、今は何もしないと約束したのだ。
ただ、全く触れられないと我慢が利かなくなるから、手を繋くなどの軽いスキンシップは許して欲しいとの条件付きだった。そんなもん知るか!と心の中で憤った美緒だったが、さすがに襲われるのは勘弁して欲しかったため、渋々ながらもそれくらいなら…と認めるしかなかった。既に水族館では手を繋いで歩いたのもあり、今更だったからだ。
また、美緒の気持ちがハッキリするまで、会社では今まで通りに過ごす事も約束してくれた。ただし、嫌がらせなどはその都度報告する事もセットで。美緒は面倒に思ったが、今後美緒以外の者に交代した時の事も考えなきゃいけないだろうと言われてしまうと、納得せざるを得なかった。
そんなこんなで、一応美緒にとっては辛うじて受け入れられる状況にはなったが、それでも小林が自分を好きだと本気で言っているとは信じられなかった。相手はイケメンで仕事も出来て、しかも社長の次男、未来の副社長様なのだ。
一方の自分はと言うと、両親は離婚している上サラリーマン家庭で、美人でも特に仕事が出来る訳ではない。しかも小林に対しての態度はかなりきつかったと思う。それで好きだと言われても、信じる方がおかしいだろう…と思うのだ。
そうなれば、可能性として思いつくのはいたずらだった。例えば仲間内で美緒を落とせるか賭けをしているとか、賭けに負けた罰ゲームで告白させられた…など。学生時代に飲み会などでそんな事をしている男子がいただけに、美緒としてはその可能性は酷く納得出来るものだった。
手を出さないのも、会社で内緒にするのも、賭けや罰ゲームなら納得だった。あまり派手にやれば美緒だけでなく小林にもダメージがあるからだ。会社の次男としてそれなりに行動が求められるのは明らかだし、社長は温厚な人だが筋の通らない事を嫌うと聞いている。そして、そういう事ならその内この話もなかった事になるかもしれない、と美緒は思っていた。
その考えに思い至った美緒は、何だ、そうか…と妙に納得した。本気で我が身を心配したが、そういう事なら程なくしてお役御免になるだろう。別に美緒は彼氏が欲しいとも思っていないので、小林に振られたと噂が立っても暫く我慢すれば済む話だ。それに、紛い物でもあの顔で告白されただけでもいい思い出になる。そう納得した美緒は早々に悩む事を手放した。
翌月曜日のランチタイム、美緒は朱里と一緒に会社近くのカフェに来ていた。ここのサラダランチは二人のお気に入りで、時間が合うとよく来ていた。幸い月曜日だが急ぎの仕事もなく、美緒は朱里に誘われるままこの店に来ていた。少し早めに会社を出られたせいか、今日は奥の個室っぽくなっている席に座る事が出来たのはラッキーとしか言いようがない。
「それで…どうだった?」
「美緒のお陰で凄く楽しかったわ。あんな風に周りを気にせずデート出来たの、初めてかもしれない」
美緒が朱里に水族館の後の事を尋ねると、朱里は嬉しそうにそう答えた。美緒は朱里のために行ったので、朱里が楽しく過ごせたかが気になっていたのだ。頬を染めて答える朱里は最高に可愛らしかった。うん、眼福だなぁと美緒も自ずと笑顔になった。あの後朱里は大石と食事に行き、その後は大石のマンションに泊って日曜日も一緒に過ごしたのだという。
「そう?ならよかった。でも、ごめんね、なんか服まで買って貰っちゃって…」
「それはいいのよ。私がしたかったんだから。それよりも美緒は?巧とご飯行ったんでしょう?」
「え?」
すっかり小林の事を失念していた美緒は、急に聞かれて咄嗟に返す事が出来なかった。
「あ~うん、すっごく美味しかったよ。あんなお寿司食べたの、生まれて初めてだった」
あの後の事は朱里も知らないだろうと思い、美緒は連れていかれた店の話に始終した。あんな黒歴史、しかも悪戯目的での告白など、朱里の綺麗な耳に入れる必要はないと思ったのだ。
「そう、それならよかった。それで?」
「それで、って?」
「ヤダ、美緒ったら。巧と付き合う事になったんでしょう」
「は?…な…何で…それを…?」
驚きのあまり、美緒は一歩間違えば墳飯物の事態に陥ったが、辛うじてそこは堪えた。無理やり飲み込んで喉が詰まりそうだったが、そこも堪えた。いや待て、その前に何でそれを朱里が知っているのか…
「ふふっ。巧から聞いてるわよ。彼、やっと告白出来たみたいでよかったわ」
「はぁ?」
朱里が知っていたことも驚きだったが、朱里にあの小林が話をしていたのも想定外だった。恋人同士と言われていたくらいだから仲がいいとは思っていたが、小林がそんな事をペラペラ話すキャラだとは思わなかったからだ。
「ああ、心配しないで。私が問い詰めたのよ。どうなったのか、って」
「は?」
「彼ったら、前から美緒の事好きだったのに、全然誘えないんだもの。もう、じれったいったらなかったわ」
「…へ…」
「だから将梧さんと相談して、今回の水族館デートを計画したの。最初は余計なお世話だって渋ってたけど…上手くいったみたいね」
女性でも見ほれるほどの愛らしい顔でにっこり笑顔を浮かべた朱里だったが、今の美緒には何だか知らない人を見ている様な感覚に襲われた。てっきり悪ふざけだと思っていた美緒だったが、今の話が本当だとすると…
「えええー?あの…あれって…」
「落ち着いて、美緒。周りの人に聞こえちゃうわ」
「あ、ごめん…じゃなくて!あれって…冗談…」
「な訳ないわ。この上もなく本気よ、巧」
「え?あ…ちょっと待って…」
すっかり賭けか罰ゲームだという事にしていた美緒だったが、朱里から聞いた話にすっかり平静を失っていた。待て待て待て!どういう事だ!あれは罰ゲームじゃなかったのか。いや、本人からそう聞いたわけじゃないけど…
「美緒ったら…もしかして本気だって思ってなかった?」
「…思ってなかった…」
「やだ…巧ったら…ちゃんと伝わってないじゃない」
全くもう…ヘタレなんだから…と朱里がつぶやいているのを、美緒は遠い世界のように聞いていた。あれは本気だったのか?いやでも…と思うが、朱里が嘘を言っているとも思えず、美緒は益々混乱するしかなかった。
結局、その日は会社に戻っても、美緒の心はここにあらずだった。幸い小林は外回りで社内にいなかったのが幸いで、美緒は雑念を振り払うべく仕事に集中する事にしたが、思ったほどの成果は上がらなかった。
小林のマンションで過ごした日曜日の夜、美緒は自分の安アパートで浴槽にお湯を張って浸かっていた。夏は暑いしお湯代がもったいないと基本的にはシャワーだけで済ますのだが、この日は何だかとても疲れた気がしたため、ゆっくりお湯につかる事にしたのだ。ちなみに小林のマンションの無駄に広かったお風呂とは違い、美緒のアパートのそれは足を伸ばすだけの広さはなかったが、それでもお湯に浸かるのは不思議と美緒の気持ちを解してくれた。
ほう…と大きく息を吐きだしたが、頭に浮かぶのは小林の事だった。
あの後美緒は、小林のマンションで過ごす羽目になった。美緒は疲れたから今日は帰りたいと主張したが、小林は首を縦に振る筈もなかった。出かけるか、ここで映画でも見て過ごすかの二択を迫られた美緒だったが、どちらを選らんでも美緒にとってはデメリットしかなかった。
もし外で会社の人に見られた場合、美緒の立場は一層悪くなるだけだった。今は嫌味や舌打ちで済んでいるが、もし休日を一緒に過ごしていたと知れたらトイレに呼び出されるのは確実だろうし、仕事の邪魔をされる可能性もある。今以上に針の筵になるのは確実だった。
一方、小林マンションで小林と過ごすのも安全とは言い難かった。壁ドンされて気が付いたが、体格差だけでなく力の差もあり、仮に小林がその気になったら逃げようがないのは明白だった。ましてや相手は百戦錬磨の女ったらしで、経験値が違い過ぎるのだ。逆立ちしたって勝てる気がしなかった。
どっちに転んでも危機的状況だったが、結局美緒はマンションで映画を見て過ごす方を選らんだ。他人の行動をコントロール出来るはずもなく、見つかれば社会的な死が待っているが、ここで過ごす分にはせいぜい我が身一つで済むと思ったからだった。
だが美緒の予想に反して、小林は紳士的な態度に始終した。警戒心丸出しの美緒に苦笑を浮かべていたが、さすがに同意なしで事に及ぶのは自分のポリシーじゃないと断言され、今は何もしないと約束したのだ。
ただ、全く触れられないと我慢が利かなくなるから、手を繋くなどの軽いスキンシップは許して欲しいとの条件付きだった。そんなもん知るか!と心の中で憤った美緒だったが、さすがに襲われるのは勘弁して欲しかったため、渋々ながらもそれくらいなら…と認めるしかなかった。既に水族館では手を繋いで歩いたのもあり、今更だったからだ。
また、美緒の気持ちがハッキリするまで、会社では今まで通りに過ごす事も約束してくれた。ただし、嫌がらせなどはその都度報告する事もセットで。美緒は面倒に思ったが、今後美緒以外の者に交代した時の事も考えなきゃいけないだろうと言われてしまうと、納得せざるを得なかった。
そんなこんなで、一応美緒にとっては辛うじて受け入れられる状況にはなったが、それでも小林が自分を好きだと本気で言っているとは信じられなかった。相手はイケメンで仕事も出来て、しかも社長の次男、未来の副社長様なのだ。
一方の自分はと言うと、両親は離婚している上サラリーマン家庭で、美人でも特に仕事が出来る訳ではない。しかも小林に対しての態度はかなりきつかったと思う。それで好きだと言われても、信じる方がおかしいだろう…と思うのだ。
そうなれば、可能性として思いつくのはいたずらだった。例えば仲間内で美緒を落とせるか賭けをしているとか、賭けに負けた罰ゲームで告白させられた…など。学生時代に飲み会などでそんな事をしている男子がいただけに、美緒としてはその可能性は酷く納得出来るものだった。
手を出さないのも、会社で内緒にするのも、賭けや罰ゲームなら納得だった。あまり派手にやれば美緒だけでなく小林にもダメージがあるからだ。会社の次男としてそれなりに行動が求められるのは明らかだし、社長は温厚な人だが筋の通らない事を嫌うと聞いている。そして、そういう事ならその内この話もなかった事になるかもしれない、と美緒は思っていた。
その考えに思い至った美緒は、何だ、そうか…と妙に納得した。本気で我が身を心配したが、そういう事なら程なくしてお役御免になるだろう。別に美緒は彼氏が欲しいとも思っていないので、小林に振られたと噂が立っても暫く我慢すれば済む話だ。それに、紛い物でもあの顔で告白されただけでもいい思い出になる。そう納得した美緒は早々に悩む事を手放した。
翌月曜日のランチタイム、美緒は朱里と一緒に会社近くのカフェに来ていた。ここのサラダランチは二人のお気に入りで、時間が合うとよく来ていた。幸い月曜日だが急ぎの仕事もなく、美緒は朱里に誘われるままこの店に来ていた。少し早めに会社を出られたせいか、今日は奥の個室っぽくなっている席に座る事が出来たのはラッキーとしか言いようがない。
「それで…どうだった?」
「美緒のお陰で凄く楽しかったわ。あんな風に周りを気にせずデート出来たの、初めてかもしれない」
美緒が朱里に水族館の後の事を尋ねると、朱里は嬉しそうにそう答えた。美緒は朱里のために行ったので、朱里が楽しく過ごせたかが気になっていたのだ。頬を染めて答える朱里は最高に可愛らしかった。うん、眼福だなぁと美緒も自ずと笑顔になった。あの後朱里は大石と食事に行き、その後は大石のマンションに泊って日曜日も一緒に過ごしたのだという。
「そう?ならよかった。でも、ごめんね、なんか服まで買って貰っちゃって…」
「それはいいのよ。私がしたかったんだから。それよりも美緒は?巧とご飯行ったんでしょう?」
「え?」
すっかり小林の事を失念していた美緒は、急に聞かれて咄嗟に返す事が出来なかった。
「あ~うん、すっごく美味しかったよ。あんなお寿司食べたの、生まれて初めてだった」
あの後の事は朱里も知らないだろうと思い、美緒は連れていかれた店の話に始終した。あんな黒歴史、しかも悪戯目的での告白など、朱里の綺麗な耳に入れる必要はないと思ったのだ。
「そう、それならよかった。それで?」
「それで、って?」
「ヤダ、美緒ったら。巧と付き合う事になったんでしょう」
「は?…な…何で…それを…?」
驚きのあまり、美緒は一歩間違えば墳飯物の事態に陥ったが、辛うじてそこは堪えた。無理やり飲み込んで喉が詰まりそうだったが、そこも堪えた。いや待て、その前に何でそれを朱里が知っているのか…
「ふふっ。巧から聞いてるわよ。彼、やっと告白出来たみたいでよかったわ」
「はぁ?」
朱里が知っていたことも驚きだったが、朱里にあの小林が話をしていたのも想定外だった。恋人同士と言われていたくらいだから仲がいいとは思っていたが、小林がそんな事をペラペラ話すキャラだとは思わなかったからだ。
「ああ、心配しないで。私が問い詰めたのよ。どうなったのか、って」
「は?」
「彼ったら、前から美緒の事好きだったのに、全然誘えないんだもの。もう、じれったいったらなかったわ」
「…へ…」
「だから将梧さんと相談して、今回の水族館デートを計画したの。最初は余計なお世話だって渋ってたけど…上手くいったみたいね」
女性でも見ほれるほどの愛らしい顔でにっこり笑顔を浮かべた朱里だったが、今の美緒には何だか知らない人を見ている様な感覚に襲われた。てっきり悪ふざけだと思っていた美緒だったが、今の話が本当だとすると…
「えええー?あの…あれって…」
「落ち着いて、美緒。周りの人に聞こえちゃうわ」
「あ、ごめん…じゃなくて!あれって…冗談…」
「な訳ないわ。この上もなく本気よ、巧」
「え?あ…ちょっと待って…」
すっかり賭けか罰ゲームだという事にしていた美緒だったが、朱里から聞いた話にすっかり平静を失っていた。待て待て待て!どういう事だ!あれは罰ゲームじゃなかったのか。いや、本人からそう聞いたわけじゃないけど…
「美緒ったら…もしかして本気だって思ってなかった?」
「…思ってなかった…」
「やだ…巧ったら…ちゃんと伝わってないじゃない」
全くもう…ヘタレなんだから…と朱里がつぶやいているのを、美緒は遠い世界のように聞いていた。あれは本気だったのか?いやでも…と思うが、朱里が嘘を言っているとも思えず、美緒は益々混乱するしかなかった。
結局、その日は会社に戻っても、美緒の心はここにあらずだった。幸い小林は外回りで社内にいなかったのが幸いで、美緒は雑念を振り払うべく仕事に集中する事にしたが、思ったほどの成果は上がらなかった。
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