【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない

四葉るり猫

文字の大きさ
38 / 49

再会

しおりを挟む
 あれから美緒は、小林から連絡がいつあるのかと神経をすり減らしていた。朱里の電話から三日後にいつものカウンセリングを受けた際、それなら会うのはもう少し待って貰うように頼みなさい、と言われた。そして、念のためにと気持ちを落ち着かせる薬も貰った。
 だが美緒は、小林どころか朱里にすら連絡する事が出来ず、朱里からの連絡もなかったため、美緒は薬を飲む事で不安を抑えるに留まっていた。以前の自分だったら考えられないほどの気弱さに美緒は益々落ち込んだが、どうしようもなかった。



 その時は、突然やって来た。

 朱里からの連絡があってから一週間ほど経った日曜日。薬を飲んで不安が減ったと感じた美緒は、日課の散歩に出かけた。今日は母が家に居るため、美緒はいつもよりも落ち着いた気分だった。九月も後半に入り、頬をくすぐる風にムッとした暑さが消え、心地よさが勝るようになってきたのを、美緒はぼんやりといつものベンチに座って感じていた。ベンチの背もたれに身体を預け、ぼんやりと木々とその間から覗く青い空を眺めながら、周囲の音に耳を傾けた。子どもの声も交じっているが、まだ午前中のせいか、人の姿はまばらだ。

 美緒の耳に、ジャリ…と土を踏む足音が届いた。人が近づいてきたのだと感じた美緒の身体に緊張が走り、相手を確認しようと視線を向けて…固まった。
 近づいてきたのは、白の開襟シャツと明るい色合いのジーンズ、青灰色のキャップ帽とサングラスを身に着けた長身の若い男で、その歩き方に美緒は見覚えがあった。
 そこから動く事も出来ず、美緒は呆然としたまま、相手が近づいてくるのを見ているだけだった。心臓が飛び出て来そうなほどの存在感を主張し、手足から急速に熱が失われて、それでいて手から汗が滲むのを感じた。急に周りの空気が重くなったような気がして、息が苦しい。サングラスをしているので相手の表情が見えず、それがかえって不安を煽った。逃げたいと思うのに、足が竦んで立ち上がる事さえ出来そうになかった。

 ゆっくりと、確実に自分の目の前に辿り着いた相手は、暫く立ち竦んでいるようにも見えたが、表情が見えないので本当のところはわからなかった。マメな小林の事だ、来る前に連絡があるだろうと思っていただけに、不意打ちでの出現に美緒は混乱するばかりだった。

「…美緒」

 名を呼ばれて、ビクッと身体が跳ねたが、そんな事に気が付く余裕はなかった。混乱して、会ったら最初に何て声をかけようかと考えていた事はきれいさっぱり消えてしまった。その事でより混乱したが、頭が真っ白でそんな事すらもすっ飛んでいた。

「…隣、いいか…?」
「…え…?あ…え…う、ん…」

 そう来るとは思わず、また言われた言葉の意味が直ぐに理解出来なくて美緒は戸惑ったが、少し間をおいてようやく言葉を返すと、相手は何も言わずに美緒の左側に腰を下ろした。急な展開に美緒は心が付いていかず、パニックになりそうな不安に怯えた。もし薬を飲んでいなかったら、確実にパニックを起こしていただろう。怖くて顔を見る事が出来ず、美緒は隣を気にしながらも視線を向ける事が出来なかった。




「怪我、もう、いいのか?」

 気まずい沈黙に美緒が逃げ出したい衝動を必死に抑えていると、不意に声をかけられてまた心臓が跳ねた。

「え…あ、あ、の…っ…」

 何かを言わないと…いや、そうじゃない、もう大丈夫だと言わないと、いや、その前に言う事があるだろうと思うのに、言葉が出てこなくて美緒は益々混乱した。自分はこんなに弱かっただろうか…言いたい事はハッキリ言っていたのに…そう思うのだが、美緒の身体は思うように動いてくれなかった。焦りながらも隣に視線を向けると、サングラスを外した小林が心配そうにこちらを覗き込んでいた。ひゅっと喉の奥から短い悲鳴が零れた。

「…ああ、落ち着いて。何もしないから」

 身を竦ませている美緒に、小林がゆっくり優しく語りかけてきて、美緒はそれを信じられない面持ちで聞いた。てっきり自分に呆れていると思っていたからだ。自分の不義理さは頭痛がするほどに感じていたし、朱里からくると聞いてからは食欲が落ちるほど胃が痛くなっていた。優しくされる理由がないし、今の状況も想定外だった。

 そんな美緒を気遣ってか、小林は子どもに話しかけるような優しさで、ゆっくりと美緒に話しかけてきた。最初は傷や精神的な不調の具合を尋ねるもので、美緒はただイエスかノーで答えればいいような質問ばかりだったため、少しずつ落ち着きを取り戻した。
 落ち着きが戻ってくると美緒は、小林はどうなのかと聞こうとして、でも聞くタイミングを掴もうとすればするほど言葉が出てこなかった。上手く話しをしないと…と思うと余計にタイミングが掴めず、絶望的な気分に陥った。このままでは小林は本当に呆れてしまうだろうに…

「美緒、慌てなくていいから」

 何度言葉を飲み込んだだろう。もう無理だ…と心が折れそうになった時、不意に小林がそう言った。それは今までの話の流れからは不自然で、でも、どう考えても美緒の今の心情を汲んでの言葉だった。どうして…と驚くしか出来なかった美緒は、その真意が知りたくて小林を見上げた。
 視線の先の小林は、相変わらず優しい目で美緒を見下ろしていて、さっきの言葉がただの慰めだけではない事を物語っているように感じた。以前、美緒が困っている時にも見せていた表情で、今はもう酷く遠く感じていたものだった。

「美緒の事情も情況も聞いているし、わかっている。だから、そのままでいい。俺がどう思うかとか、上手く言わないといけないなんて考えなくていい。思った事、そのまま言えばいいから」

 心の中を見通して、その上で気遣うその言葉に、美緒は感情を抑える事が出来なかった。言いたい事、話したい事がたくさんあり過ぎて、でも優先順位が分からなくて、順番を考えると何を選んでいいのかわからなくて…でも、そんな苦しさを分かってくれるような言い方は反則だろう…

「触れていい?」

 遠慮がちにそう尋ねてきた小林に、美緒は首を縦に振る事でしか応えられなかったが、次の瞬間、優しく力強く抱きしめられた。久しぶりの匂いに包まれて、今まで耐えてきたものが堪え切れなくなった。背に手を回す勇気が出なかった美緒は、シャツをぎゅっと握りしめるしか出来なかったが、それだけでも何かを取り戻したような、満たされたような気がした。



 美緒が落ち着きを取り戻すと、二人は美緒の母親のアパートに向かった。散々泣いたせいで目が重いし、薬のせいもあってか凄く眠い…色んな事が一気に起きた感じがして、疲労感も酷かった。小林が抱っこかおんぶするか?と言ったのを、美緒は力なく首を振って断った。以前ならふざけるな!と憤慨したのだろうが、今はそんなエネルギーもない。

 アパートでは母が待っていた。どうやら公園に行く前に小林は母に会っていたらしく、帰ってきた美緒を見て、無事話が出来たみたいねと笑った。美緒の負担にならないように、あえて小林からは連絡はせず、でもタイミングを図るために母と小林は頻繁に連絡を取り合っていたのだという。
 今日も美緒の体調からして問題ないと感じ、逆にこれ以上長引くと別のストレスになるだろうから、とゴーサインを出したのだという。さすが母親、よく見ているな…と美緒は感心してしまった。

 アパートに戻った二人は、買い物に行くから留守番を頼むと言って出て行った母親を待つ間、色んな話をした。犯人は誰だったのか、あれからどうしていたのか、会社はどうなっているのか、事件が起きてしまったあのアパートはどうなったのか…

 美緒たちを襲ったのは早川達だった。達だった、と言うのは、その後ろに栗原の娘の莉々華がいたからで、莉々華は早川をそそのかして美緒に嫌がらせの紙を投函させていたのだ。驚いた事にあのアパートには栗原の会社の社員向けの借り上げの部屋があって、そこを莉々華が父親に内緒で早川に貸していたのだ。
 早川は他の女性社員への嫌がらせや、事実と違う噂を流すなどして退職に追いやっていた事が判明し、それを知られた早川は七月末での退職願を出し、中旬からは有休消化のために出勤していなかった。その為美緒はまだ謹慎中だと思っていたのだが、事実上の解雇だった。
 早川は素知らぬ顔であのアパートに住み、美緒への復讐と小林と別れさせるための機会を狙っていたという。脅迫文を郵便受けに入れたまではよかったが、直ぐに小林に話が伝わってしまった上、美緒が滅多に帰ってこないため、かなり焦っていたらしい。しかも引っ越しをすると大家と話しているのを聞き、凶行に至ったのだと。防犯カメラに早川が出入りする姿が映っていたのもあり、犯人は思った以上にあっさり捕まった。早川は美緒への傷害と小林への殺人未遂の容疑で、莉々華もその共犯として捕まったという。

 犯行現場になったアパートは、幸いにも大ごとになる前に小林の方で手をまわし、大家にもアパートの住民にも不利益が出ないようにしたという。騒ぎを起こしたお詫びとして、小林側で防犯カメラ等の設置をしたとも言った。美緒が恐れていた風評被害もなく、美緒が借りていたあの部屋にも来月には新しく人が入るという。

 最後は、美緒が最も気になっていた小林の怪我の事だった。知りたかったが怖くて聞く事が出来ず、でもずっと気になっていた事だ。小林は美緒の様子をみながら、怖がらせないように穏やかな口調で怪我の内容とこれまでの経緯を話した。多分、美緒が怖がる内容は抜いて。
 今はまだ自宅療養中だが、再来週から職場に復帰するという。それが決まったのもあって、今日会いに来たのだと小林は言った。美緒が戻ってくる気があるなら一緒に…と思ったのだと。そうすれば社内の注目は分散されて少しはマシだろうと。
 そして、もし戻るなら美緒は営業ではなく古巣の総務になるとも言われた。営業補佐は頻繁に交代できないし、今は派遣で仕事が回っている。また小林との交際が表に出た以上、同じ部署にいるのも周りが気にするから、交際が始まった時から美緒の異動の話は出ていたのだという。

「ごめん…ムリ…」

 小林の提案に、美緒は首を横に振った。まだ会社に行くのは恐怖があって、行ける自信がなかった。小林と一緒でもだ。しかもこれからは別部署になるのだと言われると、益々行ける気がしなかった。

「そっか…でも、それならいいんだ。いや、もう怖くて嫌なら辞めてもいい」
「…」
「でも、出来れば一緒にいて欲しいからこっちに戻ってきて欲しい。あのマンションが怖いなら引っ越してもいいから」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

思わせぶりには騙されない。

ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」 恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。 そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。 加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。 自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ… 毎週金曜日の夜に更新します。その他の曜日は不定期です。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...