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あれから美緒は、小林から連絡がいつあるのかと神経をすり減らしていた。朱里の電話から三日後にいつものカウンセリングを受けた際、それなら会うのはもう少し待って貰うように頼みなさい、と言われた。そして、念のためにと気持ちを落ち着かせる薬も貰った。
だが美緒は、小林どころか朱里にすら連絡する事が出来ず、朱里からの連絡もなかったため、美緒は薬を飲む事で不安を抑えるに留まっていた。以前の自分だったら考えられないほどの気弱さに美緒は益々落ち込んだが、どうしようもなかった。
その時は、突然やって来た。
朱里からの連絡があってから一週間ほど経った日曜日。薬を飲んで不安が減ったと感じた美緒は、日課の散歩に出かけた。今日は母が家に居るため、美緒はいつもよりも落ち着いた気分だった。九月も後半に入り、頬をくすぐる風にムッとした暑さが消え、心地よさが勝るようになってきたのを、美緒はぼんやりといつものベンチに座って感じていた。ベンチの背もたれに身体を預け、ぼんやりと木々とその間から覗く青い空を眺めながら、周囲の音に耳を傾けた。子どもの声も交じっているが、まだ午前中のせいか、人の姿はまばらだ。
美緒の耳に、ジャリ…と土を踏む足音が届いた。人が近づいてきたのだと感じた美緒の身体に緊張が走り、相手を確認しようと視線を向けて…固まった。
近づいてきたのは、白の開襟シャツと明るい色合いのジーンズ、青灰色のキャップ帽とサングラスを身に着けた長身の若い男で、その歩き方に美緒は見覚えがあった。
そこから動く事も出来ず、美緒は呆然としたまま、相手が近づいてくるのを見ているだけだった。心臓が飛び出て来そうなほどの存在感を主張し、手足から急速に熱が失われて、それでいて手から汗が滲むのを感じた。急に周りの空気が重くなったような気がして、息が苦しい。サングラスをしているので相手の表情が見えず、それがかえって不安を煽った。逃げたいと思うのに、足が竦んで立ち上がる事さえ出来そうになかった。
ゆっくりと、確実に自分の目の前に辿り着いた相手は、暫く立ち竦んでいるようにも見えたが、表情が見えないので本当のところはわからなかった。マメな小林の事だ、来る前に連絡があるだろうと思っていただけに、不意打ちでの出現に美緒は混乱するばかりだった。
「…美緒」
名を呼ばれて、ビクッと身体が跳ねたが、そんな事に気が付く余裕はなかった。混乱して、会ったら最初に何て声をかけようかと考えていた事はきれいさっぱり消えてしまった。その事でより混乱したが、頭が真っ白でそんな事すらもすっ飛んでいた。
「…隣、いいか…?」
「…え…?あ…え…う、ん…」
そう来るとは思わず、また言われた言葉の意味が直ぐに理解出来なくて美緒は戸惑ったが、少し間をおいてようやく言葉を返すと、相手は何も言わずに美緒の左側に腰を下ろした。急な展開に美緒は心が付いていかず、パニックになりそうな不安に怯えた。もし薬を飲んでいなかったら、確実にパニックを起こしていただろう。怖くて顔を見る事が出来ず、美緒は隣を気にしながらも視線を向ける事が出来なかった。
「怪我、もう、いいのか?」
気まずい沈黙に美緒が逃げ出したい衝動を必死に抑えていると、不意に声をかけられてまた心臓が跳ねた。
「え…あ、あ、の…っ…」
何かを言わないと…いや、そうじゃない、もう大丈夫だと言わないと、いや、その前に言う事があるだろうと思うのに、言葉が出てこなくて美緒は益々混乱した。自分はこんなに弱かっただろうか…言いたい事はハッキリ言っていたのに…そう思うのだが、美緒の身体は思うように動いてくれなかった。焦りながらも隣に視線を向けると、サングラスを外した小林が心配そうにこちらを覗き込んでいた。ひゅっと喉の奥から短い悲鳴が零れた。
「…ああ、落ち着いて。何もしないから」
身を竦ませている美緒に、小林がゆっくり優しく語りかけてきて、美緒はそれを信じられない面持ちで聞いた。てっきり自分に呆れていると思っていたからだ。自分の不義理さは頭痛がするほどに感じていたし、朱里からくると聞いてからは食欲が落ちるほど胃が痛くなっていた。優しくされる理由がないし、今の状況も想定外だった。
そんな美緒を気遣ってか、小林は子どもに話しかけるような優しさで、ゆっくりと美緒に話しかけてきた。最初は傷や精神的な不調の具合を尋ねるもので、美緒はただイエスかノーで答えればいいような質問ばかりだったため、少しずつ落ち着きを取り戻した。
落ち着きが戻ってくると美緒は、小林はどうなのかと聞こうとして、でも聞くタイミングを掴もうとすればするほど言葉が出てこなかった。上手く話しをしないと…と思うと余計にタイミングが掴めず、絶望的な気分に陥った。このままでは小林は本当に呆れてしまうだろうに…
「美緒、慌てなくていいから」
何度言葉を飲み込んだだろう。もう無理だ…と心が折れそうになった時、不意に小林がそう言った。それは今までの話の流れからは不自然で、でも、どう考えても美緒の今の心情を汲んでの言葉だった。どうして…と驚くしか出来なかった美緒は、その真意が知りたくて小林を見上げた。
視線の先の小林は、相変わらず優しい目で美緒を見下ろしていて、さっきの言葉がただの慰めだけではない事を物語っているように感じた。以前、美緒が困っている時にも見せていた表情で、今はもう酷く遠く感じていたものだった。
「美緒の事情も情況も聞いているし、わかっている。だから、そのままでいい。俺がどう思うかとか、上手く言わないといけないなんて考えなくていい。思った事、そのまま言えばいいから」
心の中を見通して、その上で気遣うその言葉に、美緒は感情を抑える事が出来なかった。言いたい事、話したい事がたくさんあり過ぎて、でも優先順位が分からなくて、順番を考えると何を選んでいいのかわからなくて…でも、そんな苦しさを分かってくれるような言い方は反則だろう…
「触れていい?」
遠慮がちにそう尋ねてきた小林に、美緒は首を縦に振る事でしか応えられなかったが、次の瞬間、優しく力強く抱きしめられた。久しぶりの匂いに包まれて、今まで耐えてきたものが堪え切れなくなった。背に手を回す勇気が出なかった美緒は、シャツをぎゅっと握りしめるしか出来なかったが、それだけでも何かを取り戻したような、満たされたような気がした。
美緒が落ち着きを取り戻すと、二人は美緒の母親のアパートに向かった。散々泣いたせいで目が重いし、薬のせいもあってか凄く眠い…色んな事が一気に起きた感じがして、疲労感も酷かった。小林が抱っこかおんぶするか?と言ったのを、美緒は力なく首を振って断った。以前ならふざけるな!と憤慨したのだろうが、今はそんなエネルギーもない。
アパートでは母が待っていた。どうやら公園に行く前に小林は母に会っていたらしく、帰ってきた美緒を見て、無事話が出来たみたいねと笑った。美緒の負担にならないように、あえて小林からは連絡はせず、でもタイミングを図るために母と小林は頻繁に連絡を取り合っていたのだという。
今日も美緒の体調からして問題ないと感じ、逆にこれ以上長引くと別のストレスになるだろうから、とゴーサインを出したのだという。さすが母親、よく見ているな…と美緒は感心してしまった。
アパートに戻った二人は、買い物に行くから留守番を頼むと言って出て行った母親を待つ間、色んな話をした。犯人は誰だったのか、あれからどうしていたのか、会社はどうなっているのか、事件が起きてしまったあのアパートはどうなったのか…
美緒たちを襲ったのは早川達だった。達だった、と言うのは、その後ろに栗原の娘の莉々華がいたからで、莉々華は早川をそそのかして美緒に嫌がらせの紙を投函させていたのだ。驚いた事にあのアパートには栗原の会社の社員向けの借り上げの部屋があって、そこを莉々華が父親に内緒で早川に貸していたのだ。
早川は他の女性社員への嫌がらせや、事実と違う噂を流すなどして退職に追いやっていた事が判明し、それを知られた早川は七月末での退職願を出し、中旬からは有休消化のために出勤していなかった。その為美緒はまだ謹慎中だと思っていたのだが、事実上の解雇だった。
早川は素知らぬ顔であのアパートに住み、美緒への復讐と小林と別れさせるための機会を狙っていたという。脅迫文を郵便受けに入れたまではよかったが、直ぐに小林に話が伝わってしまった上、美緒が滅多に帰ってこないため、かなり焦っていたらしい。しかも引っ越しをすると大家と話しているのを聞き、凶行に至ったのだと。防犯カメラに早川が出入りする姿が映っていたのもあり、犯人は思った以上にあっさり捕まった。早川は美緒への傷害と小林への殺人未遂の容疑で、莉々華もその共犯として捕まったという。
犯行現場になったアパートは、幸いにも大ごとになる前に小林の方で手をまわし、大家にもアパートの住民にも不利益が出ないようにしたという。騒ぎを起こしたお詫びとして、小林側で防犯カメラ等の設置をしたとも言った。美緒が恐れていた風評被害もなく、美緒が借りていたあの部屋にも来月には新しく人が入るという。
最後は、美緒が最も気になっていた小林の怪我の事だった。知りたかったが怖くて聞く事が出来ず、でもずっと気になっていた事だ。小林は美緒の様子をみながら、怖がらせないように穏やかな口調で怪我の内容とこれまでの経緯を話した。多分、美緒が怖がる内容は抜いて。
今はまだ自宅療養中だが、再来週から職場に復帰するという。それが決まったのもあって、今日会いに来たのだと小林は言った。美緒が戻ってくる気があるなら一緒に…と思ったのだと。そうすれば社内の注目は分散されて少しはマシだろうと。
そして、もし戻るなら美緒は営業ではなく古巣の総務になるとも言われた。営業補佐は頻繁に交代できないし、今は派遣で仕事が回っている。また小林との交際が表に出た以上、同じ部署にいるのも周りが気にするから、交際が始まった時から美緒の異動の話は出ていたのだという。
「ごめん…ムリ…」
小林の提案に、美緒は首を横に振った。まだ会社に行くのは恐怖があって、行ける自信がなかった。小林と一緒でもだ。しかもこれからは別部署になるのだと言われると、益々行ける気がしなかった。
「そっか…でも、それならいいんだ。いや、もう怖くて嫌なら辞めてもいい」
「…」
「でも、出来れば一緒にいて欲しいからこっちに戻ってきて欲しい。あのマンションが怖いなら引っ越してもいいから」
だが美緒は、小林どころか朱里にすら連絡する事が出来ず、朱里からの連絡もなかったため、美緒は薬を飲む事で不安を抑えるに留まっていた。以前の自分だったら考えられないほどの気弱さに美緒は益々落ち込んだが、どうしようもなかった。
その時は、突然やって来た。
朱里からの連絡があってから一週間ほど経った日曜日。薬を飲んで不安が減ったと感じた美緒は、日課の散歩に出かけた。今日は母が家に居るため、美緒はいつもよりも落ち着いた気分だった。九月も後半に入り、頬をくすぐる風にムッとした暑さが消え、心地よさが勝るようになってきたのを、美緒はぼんやりといつものベンチに座って感じていた。ベンチの背もたれに身体を預け、ぼんやりと木々とその間から覗く青い空を眺めながら、周囲の音に耳を傾けた。子どもの声も交じっているが、まだ午前中のせいか、人の姿はまばらだ。
美緒の耳に、ジャリ…と土を踏む足音が届いた。人が近づいてきたのだと感じた美緒の身体に緊張が走り、相手を確認しようと視線を向けて…固まった。
近づいてきたのは、白の開襟シャツと明るい色合いのジーンズ、青灰色のキャップ帽とサングラスを身に着けた長身の若い男で、その歩き方に美緒は見覚えがあった。
そこから動く事も出来ず、美緒は呆然としたまま、相手が近づいてくるのを見ているだけだった。心臓が飛び出て来そうなほどの存在感を主張し、手足から急速に熱が失われて、それでいて手から汗が滲むのを感じた。急に周りの空気が重くなったような気がして、息が苦しい。サングラスをしているので相手の表情が見えず、それがかえって不安を煽った。逃げたいと思うのに、足が竦んで立ち上がる事さえ出来そうになかった。
ゆっくりと、確実に自分の目の前に辿り着いた相手は、暫く立ち竦んでいるようにも見えたが、表情が見えないので本当のところはわからなかった。マメな小林の事だ、来る前に連絡があるだろうと思っていただけに、不意打ちでの出現に美緒は混乱するばかりだった。
「…美緒」
名を呼ばれて、ビクッと身体が跳ねたが、そんな事に気が付く余裕はなかった。混乱して、会ったら最初に何て声をかけようかと考えていた事はきれいさっぱり消えてしまった。その事でより混乱したが、頭が真っ白でそんな事すらもすっ飛んでいた。
「…隣、いいか…?」
「…え…?あ…え…う、ん…」
そう来るとは思わず、また言われた言葉の意味が直ぐに理解出来なくて美緒は戸惑ったが、少し間をおいてようやく言葉を返すと、相手は何も言わずに美緒の左側に腰を下ろした。急な展開に美緒は心が付いていかず、パニックになりそうな不安に怯えた。もし薬を飲んでいなかったら、確実にパニックを起こしていただろう。怖くて顔を見る事が出来ず、美緒は隣を気にしながらも視線を向ける事が出来なかった。
「怪我、もう、いいのか?」
気まずい沈黙に美緒が逃げ出したい衝動を必死に抑えていると、不意に声をかけられてまた心臓が跳ねた。
「え…あ、あ、の…っ…」
何かを言わないと…いや、そうじゃない、もう大丈夫だと言わないと、いや、その前に言う事があるだろうと思うのに、言葉が出てこなくて美緒は益々混乱した。自分はこんなに弱かっただろうか…言いたい事はハッキリ言っていたのに…そう思うのだが、美緒の身体は思うように動いてくれなかった。焦りながらも隣に視線を向けると、サングラスを外した小林が心配そうにこちらを覗き込んでいた。ひゅっと喉の奥から短い悲鳴が零れた。
「…ああ、落ち着いて。何もしないから」
身を竦ませている美緒に、小林がゆっくり優しく語りかけてきて、美緒はそれを信じられない面持ちで聞いた。てっきり自分に呆れていると思っていたからだ。自分の不義理さは頭痛がするほどに感じていたし、朱里からくると聞いてからは食欲が落ちるほど胃が痛くなっていた。優しくされる理由がないし、今の状況も想定外だった。
そんな美緒を気遣ってか、小林は子どもに話しかけるような優しさで、ゆっくりと美緒に話しかけてきた。最初は傷や精神的な不調の具合を尋ねるもので、美緒はただイエスかノーで答えればいいような質問ばかりだったため、少しずつ落ち着きを取り戻した。
落ち着きが戻ってくると美緒は、小林はどうなのかと聞こうとして、でも聞くタイミングを掴もうとすればするほど言葉が出てこなかった。上手く話しをしないと…と思うと余計にタイミングが掴めず、絶望的な気分に陥った。このままでは小林は本当に呆れてしまうだろうに…
「美緒、慌てなくていいから」
何度言葉を飲み込んだだろう。もう無理だ…と心が折れそうになった時、不意に小林がそう言った。それは今までの話の流れからは不自然で、でも、どう考えても美緒の今の心情を汲んでの言葉だった。どうして…と驚くしか出来なかった美緒は、その真意が知りたくて小林を見上げた。
視線の先の小林は、相変わらず優しい目で美緒を見下ろしていて、さっきの言葉がただの慰めだけではない事を物語っているように感じた。以前、美緒が困っている時にも見せていた表情で、今はもう酷く遠く感じていたものだった。
「美緒の事情も情況も聞いているし、わかっている。だから、そのままでいい。俺がどう思うかとか、上手く言わないといけないなんて考えなくていい。思った事、そのまま言えばいいから」
心の中を見通して、その上で気遣うその言葉に、美緒は感情を抑える事が出来なかった。言いたい事、話したい事がたくさんあり過ぎて、でも優先順位が分からなくて、順番を考えると何を選んでいいのかわからなくて…でも、そんな苦しさを分かってくれるような言い方は反則だろう…
「触れていい?」
遠慮がちにそう尋ねてきた小林に、美緒は首を縦に振る事でしか応えられなかったが、次の瞬間、優しく力強く抱きしめられた。久しぶりの匂いに包まれて、今まで耐えてきたものが堪え切れなくなった。背に手を回す勇気が出なかった美緒は、シャツをぎゅっと握りしめるしか出来なかったが、それだけでも何かを取り戻したような、満たされたような気がした。
美緒が落ち着きを取り戻すと、二人は美緒の母親のアパートに向かった。散々泣いたせいで目が重いし、薬のせいもあってか凄く眠い…色んな事が一気に起きた感じがして、疲労感も酷かった。小林が抱っこかおんぶするか?と言ったのを、美緒は力なく首を振って断った。以前ならふざけるな!と憤慨したのだろうが、今はそんなエネルギーもない。
アパートでは母が待っていた。どうやら公園に行く前に小林は母に会っていたらしく、帰ってきた美緒を見て、無事話が出来たみたいねと笑った。美緒の負担にならないように、あえて小林からは連絡はせず、でもタイミングを図るために母と小林は頻繁に連絡を取り合っていたのだという。
今日も美緒の体調からして問題ないと感じ、逆にこれ以上長引くと別のストレスになるだろうから、とゴーサインを出したのだという。さすが母親、よく見ているな…と美緒は感心してしまった。
アパートに戻った二人は、買い物に行くから留守番を頼むと言って出て行った母親を待つ間、色んな話をした。犯人は誰だったのか、あれからどうしていたのか、会社はどうなっているのか、事件が起きてしまったあのアパートはどうなったのか…
美緒たちを襲ったのは早川達だった。達だった、と言うのは、その後ろに栗原の娘の莉々華がいたからで、莉々華は早川をそそのかして美緒に嫌がらせの紙を投函させていたのだ。驚いた事にあのアパートには栗原の会社の社員向けの借り上げの部屋があって、そこを莉々華が父親に内緒で早川に貸していたのだ。
早川は他の女性社員への嫌がらせや、事実と違う噂を流すなどして退職に追いやっていた事が判明し、それを知られた早川は七月末での退職願を出し、中旬からは有休消化のために出勤していなかった。その為美緒はまだ謹慎中だと思っていたのだが、事実上の解雇だった。
早川は素知らぬ顔であのアパートに住み、美緒への復讐と小林と別れさせるための機会を狙っていたという。脅迫文を郵便受けに入れたまではよかったが、直ぐに小林に話が伝わってしまった上、美緒が滅多に帰ってこないため、かなり焦っていたらしい。しかも引っ越しをすると大家と話しているのを聞き、凶行に至ったのだと。防犯カメラに早川が出入りする姿が映っていたのもあり、犯人は思った以上にあっさり捕まった。早川は美緒への傷害と小林への殺人未遂の容疑で、莉々華もその共犯として捕まったという。
犯行現場になったアパートは、幸いにも大ごとになる前に小林の方で手をまわし、大家にもアパートの住民にも不利益が出ないようにしたという。騒ぎを起こしたお詫びとして、小林側で防犯カメラ等の設置をしたとも言った。美緒が恐れていた風評被害もなく、美緒が借りていたあの部屋にも来月には新しく人が入るという。
最後は、美緒が最も気になっていた小林の怪我の事だった。知りたかったが怖くて聞く事が出来ず、でもずっと気になっていた事だ。小林は美緒の様子をみながら、怖がらせないように穏やかな口調で怪我の内容とこれまでの経緯を話した。多分、美緒が怖がる内容は抜いて。
今はまだ自宅療養中だが、再来週から職場に復帰するという。それが決まったのもあって、今日会いに来たのだと小林は言った。美緒が戻ってくる気があるなら一緒に…と思ったのだと。そうすれば社内の注目は分散されて少しはマシだろうと。
そして、もし戻るなら美緒は営業ではなく古巣の総務になるとも言われた。営業補佐は頻繁に交代できないし、今は派遣で仕事が回っている。また小林との交際が表に出た以上、同じ部署にいるのも周りが気にするから、交際が始まった時から美緒の異動の話は出ていたのだという。
「ごめん…ムリ…」
小林の提案に、美緒は首を横に振った。まだ会社に行くのは恐怖があって、行ける自信がなかった。小林と一緒でもだ。しかもこれからは別部署になるのだと言われると、益々行ける気がしなかった。
「そっか…でも、それならいいんだ。いや、もう怖くて嫌なら辞めてもいい」
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