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9章

熱い…。夏はやっぱり嫌いだな。
太陽がさんさんと地上を照らし、気温がドンドン上昇している今日は土曜日。そして今の時刻は午後一時。午前中だけの学校が終わって、せっかくだからみんなで買い物でも行こう。という話になったのでここらへんでは一番大きいショッピングモールへ向かっている。
メンバーは現生徒会メンバー、俺と会長と牙忍と幽美と咲川、そして…。
「黒山くんと買い物できるなんて楽しみ!なにかおそろいのものでも買おっか?」
新規で入ってきた櫻木だ。
ちなみにこの話の発端も彼女であり、彼女が「私は初めて会う人ばっかりだから交流深めたいな~…そうだ!みんなで買い物行くっていうのはどう!?」と生徒会室で言ったため、お調子者の類の牙忍や幽美が「いいなそれ」と賛成したので、半分の奴が行きたいって言ってるならせっかくだし行くか…ってなことになり今に至る。会長と咲川はあんまり乗り気ではなかったが櫻木が自慢のマシンガントークで必死に説得し、しょうがないな…と会長と咲川が根負けした。
ということで最寄り駅から歩いて全員でショッピングモールに向かっている。
みんな気温が熱いため汗をダラダラ垂らしながら、自前で小型扇風機を用意して涼んでいたり、水分補給をしている中、会長だけが唯一、汗もかかず、水分補給もしている様子も小型扇風機で涼んでいる様子もなく、普段と変わらずぴしりとした顔つきで普段通り歩いている。
「会長…熱くないんですか?」
思わず聞いてしまったが、みんな気になっていたようで一斉にこっちに聞き耳を立てる。その様子に気づきながら会長は躊躇なく答える。
「…ただ単純な能力だ。私の能力の1つは『自身の体を一定の状態で保つ』というものでな。それのおかげかせいか汗も全く出ず、水分補給も必要ないというわけだ」
「なるほどなるほど…ん?一定に保つということは会長はずっとその体でいるということですか?」
黒山が放ったその質問で会長の顔が少し暗くなった。そして普段より少し声を大きくして言う。
「…誰が永遠の貧乳じゃクソガキ」
地雷を踏んだ。黒山はそう確信した。
体が一定の状態を保つということは成長しないということ。それには必然的に育つところも育たないということになる。よって奏臣がもしこの歳以降で現状まな板が育つことがあっても体の成長が止められているのでこの能力がある限りずっとこの悲惨な状態なのだ。
「いやそこまで言ってはいないんですけど…」
すかさず弁明。だがしかし彼女は結構怒っていたらしく、彼女は咲川に話しかける。
「…咲川、黒山のあの画像を何も知らない牙忍達に見せてやれ」
あの画像。
その一言で全てを察した。牙忍たちはポカンとしているが、俺にはわかる。あの画像をこいつら(特に櫻木)に見せたら俺の社会的立場がっ!
咄嗟に能力を使って、会長に言われ携帯を取り出そうとする咲川の腕を高速で掴みに行く。だがその掴みに行った腕を俺より速い速度で動いてきた会長が逆に掴んだ。力が結構入っていてものすごく痛いし、会長の手が外れない。
「やめろ咲川!悪魔の囁きに耳を貸すんじゃない!お前は優しいはずだ!」
黒山は腕を掴まれている体制のまま黒山が咲川に向かって必死に叫ぶ。今回ばかりはやばいと本気で能力を使って身体能力を上げて会長の腕を外そうとするが何故か会長の腕は外れない。こいつゴリラかよ!と心で叫ぶ。
咲川なら咲川なら咲川ならっ!そう頭の中で連呼していたが、咲川本人は携帯を動かす手を止めない。
手を動かしながら咲川は言う。
「あ、私は上司の命令に従います」
黒山の希望がその言葉で全て打ち砕かれた。
そこからショッピングモールに着くまでの記憶を黒山は覚えていない。ただ思ったのは、
「これ…俺悪いのか?」
ということだけだった。

「もうお婿に行けない…」
ゲームセンターの前で顔を手で覆いながら小声で呟く。
今は女子達が服やらアクセサリーやらを買いに行くということで、そういうものにあまり関心がない牙忍と俺はとりあえず遊ぶところと行ったらのここに来ている。
「いや~お前割と似合ってたぜ~。やっぱり顔が中性的だからな~。…実は最初に会った時から絶対似合うと思ってたぜ」
牙忍が黒山の肩に腕を回し、ニヤニヤしながら言う。
「もうやめてくれ…。俺は男なんだ…。男として生きていたいんだ…」
「まーまー、そー気落とすなって一回分なんかのゲーム奢ってやるからさ。面白いものを見せてくれた代として」
「あれは見世物じゃねぇ…。でもお言葉に甘えて奢らさせてもらうわ。なんのゲームやろうかな」
店内に入って筐体を見て回る二人。
見てる感じ結構な種類があるらしく、目の前にある定番のクレーンゲーム(100台くらいありそう)の奥にデータカードダスやガチャガチャ。その隣にリズムゲームや格闘ゲームなど。もちろんメダルゲームもある。そして極めつけには小さい子が遊ぶような四角く囲われたスペースがある。中には滑り台やジャングルジムみたいなものも入っている。
その中から俺はあるゲームを見つけた。さらに1つアイデアが思いつく。これならあいつにもメイド服を着させられることもできる。
「なぁ牙忍。このゲームで対戦して勝ったほうが負けた方に1つ命令できるっていう闇のバトルをしないか?」
その提案に牙忍は最初は驚いたもののすぐにニヤけ、
「ほぉ、この生徒会随一のゲーマーに対戦を挑むとはな。良いだろう受けて立ってやる」と言った。
かかったな。このゲームは俺が中学の頃から練習してるんだ!これが俺のアドバンテージ!絶対に勝ってあいつにもメイド服を着させてやる!
実は中学生の時、ゲームセンターに入り浸ってずっとこのゲームをやっていたことがある。総プレイ回数はおよそ千回だが、牙忍を倒すのなら十分な回数だろう。
そのゲームは「Heavy・Outfit」全50種のキャラから一人選び、頭・手・胴・腰・足の5つに1つずつ装備を付けて、相手と対戦する格闘ゲーム。オンライン世界大会なんかもやっている。そのチャンピオンはどこのチームにも所属しておらず、国とアカウント名しかわからないという超ミステリアスな人だ。国は日本でアカウント名はfangだそうだ。
正直、今この話はどうでもいい。今は牙忍との戦いだ。絶対に負けない!
そう意気込みながらゲームのカンを思い出し、百円玉を筐体に入れ、選択場面に進む。

生徒会女子たちは服を買い終え、残った二人が行くと言っていたゲームセンターに向かっている。このショッピングモールの彼女たちが行っていた服屋は3階、そしてゲームセンターは一階のため2つ階を降りる必要がある。一階に行くためのエレベーターを待つまでの間、彼女たちは女子トークに花を咲かせていた。
「信二くんのあの服…思い出しただけでも鼻血が…ブフッ」
「こらこらほんとに鼻血を出さないでください。一応公共の場なので心配した警備員が来てしまいますよ」
鼻血を出した櫻木にティッシュを差し出す幽美。その二人を見て奏臣が「…親子みたい」と思っていたのは内緒である。
「そういえば会長、あの服どこから持ってきたんですか?あんな服私の部屋にはありませんよ?」
「…お前の部屋が白衣しか無いのは承知の上だ。黒山の部屋に泊まるんだったら黒山に何かしらのサービスがあってもいいと思ってな。で、入れてみたら本当に着たのは別のやつだったということだ」
その一連の会話の中に「黒山」「部屋」「泊まる」というワードが入っていたのを櫻木は聞き逃さなかった。彼女の目が見開き、危ない色を持つ。
「信二くんの部屋に泊まったってどういうことそれって私以外の女の子が黒山くんの部屋に入ったってことだよねそうだよね信二くんは浮気症だなうふふふふふこれは制裁が必要かなうふふふふふ一回私以外見えないようにしてあげなくちゃ他の女の子を家に泊まらせるなんてもってのほかだよあははははは…ゼッタイユルサナイ」
「…落ち着け、その感情のままに黒山に何かしたら許さないぞ。もちろんいかがわしいこともな。…まぁそれは普段もだが」
えぇ!?そんなのってないよぉと櫻木はわざとらしく崩れ落ちようとするが幽美に「公共の場ではやめなさい」と言われながら腕を捕まれ、すごすごと立ち上がる。
カコンと音がなってエレベーターが到着した。中には一人の男が乗っている。
そのエレベーターの中に彼女たちは入っていき、一階のボタンを押す。
エレベーターのドアが閉まると沈黙がエレベーター内に広がる。なんのことはない特に話すことがないからだ。あと知らない男がいる空間ではあまり自分たちの身近な話題をしたくないということもある(偏見ではないただなんとなくだ)。
奏臣が男の方をチラチラと見ている。
その理由はこの男が異人だからだ。
別に異人であるからどうこうというわけではない。奏臣たちも異人だし、立場は同じだ。だがそういうことではない。データで見たときより人相が変わっているのだ。データでは爽やかな好青年といった感じだったが、今奏臣たちのところに居るのは、顔の面影が残っているがそれ以外は急速に老けている中年始めみたいな人物だ。
データは月1で更新しているので最高でも一ヶ月前から変化しているということ。さすがに一ヶ月でここまでの変化はおかしい。
そう考えた奏臣だったが、今はみんなでショッピングモールへ来ている。このせっかくの楽しいムードは壊せないと思い、男については後で調べることにした。
そんなことを考える奏臣の様子に他の女子たちは気付かない。
男は2階で降りていった。
男が降りた後、少しだけ会話が復活する。
「…そういえば食材がないから買い出しに行かないとな」
「それなら私が行くのですよ。学校に泊まれなくなって会長の家にお邪魔するのは私ですから」
ちなみに、結局咲川の学校寝泊まりは許可が出なかったらしく、一人暮らし的なものが何もできない咲川をどうしようかとなっていたところで奏臣が「…私が引き取ろう」と言ったため、今日から咲川は奏臣の家に泊まることになった。
奏臣は元々自分の能力で何も食べなくても生きていけたため食べ物という食べ物が彼女の家にはない(お菓子とかはある)。しかし普通の異人である咲川は食べないと普通に死ぬため食べ物を調達しなければということだ。
「…今日は食べたいもの作ってやるから咲川も付いてこい」
やったーと咲川は喜び、無邪気な笑みをする。
買い物行ってから合流します~。と言いながら二人はショッピングモールの食品売り場に向かっていった。
幽美と櫻木はそのままゲームセンターに向かいながらおしゃべりをしていたらいつのまにかゲームセンターの前に到着した。
「どこに居るかな~」と呟きながらゲームセンターに入っていくと何やら奥の方の格闘ゲームコーナーに人だかりができているのが見えた。そしてその人だかりの中心から「おいちょっと待て!そんなのアリかよ!」と叫ぶ黒山の声が響いてきた。
周りの観衆は「すげぇ…」「こいつ人間か…?」「プレイヤーネーム…fangだと!?あのトッププレイヤーが今ここに!?」と騒いでいる。
櫻木としてはゲームはあんまり好きじゃないが、黒山がゲームで楽しんでいる姿を見て、「もう少し待ってあげよう」と思い、幽美の腕を引っぱって黒山のゲーム画面を見るため、観衆に突撃していく。

「殺してやる…。俺はそんな風にいじめを受ける対象じゃない…。悪いのはあいつだ…」
中年らしき男はショッピングモールを徘徊しながら小さな声で呟く。
「制御が未熟で力を暴走させた異人…。あいつが人間に危害を及ぼしたせいで…俺たちまで…」
中年らしき男はショッピングモールの騒がしさに潜んで悪意を撒き散らす。
「人間たち…。お前たちも…俺を自分で判断せずにただ危険そうだからいじめるなんて許される行為じゃない…。あいつらが悪いんだ…もう…我慢できないっ!」
悪意は広がり伝染する。ショッピングモールの雰囲気が暗くなる。
彼は異人。能力は洗脳。
ショッピングモールはある一定の時から戦いの舞台に変わる。
だが彼は知らない。ここにはたまたま偶然訪れた、対異人の異人たち。
生徒会がいることを。
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