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異変

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10章

「くっそう…なんで負けたんだ…。俺最近悪い事起きすぎてねぇか?」
黒山が櫻木と幽美と牙忍の四人でショッピングモールを歩きながらぼやく。
「ははは、あのゲームで俺に勝とうなんて億年はやい。一応あのゲームの世界チャンピオンだからな。負けるわけにはいかないんだよ。いやーゲームが終わった後サインとか求められて面倒だったぜー」
牙忍が笑いながら言ったが黒山にとっては笑い事ではない。
負けたからなにかいう事聞かなくちゃいけないじゃん…。俺から言ったことだけどあいつがプロゲーマーなのは聞いてねぇ…。くっそーあんな事言わなきゃ良かった。
心のなかで黒山は自分で言ったことを後悔するが言ってしまったことは仕方ないので何かしら牙忍に黒山への命令を聞くことにした。
牙忍は黒山に聞かれたが、今は無いから見つかった時に言うわー、だそうで、黒山の不安はずっと心のなかに残るようだ。
そこで黒山の電話が鳴った。取り出して見てみると相手は奏臣のようだった。黒山は電話を耳に当て「もしもし」と聞く。聞こえてきたのは奏臣の声だったが急いでいるのか少し早口になっている。
「…黒山だな、今から全員でここから逃げろ。詳しいことは後で話す。すまない私の責任だ。私があの男についてすぐ知らべておけば…」
「ちょっと待って下さい。一体何が」あったんですか、と言おうとしたが途中で電話が切れてしまったため最後まで言うことができなかった。
一体何なんなんだと思いつつ、櫻木たち全員に話し、俺は「会長が言うなら早く逃げよう。あの人は俺たちに嘘はつかない」と言った。
全員異論はなく速歩きで近くの出口へ進んでいく。
「あっ、すいません」
そう言ったのは櫻木だった。どうやら速歩きで歩いていたため男にぶつかってしまったらしい。櫻木は丁寧にお辞儀をして謝罪した。が、男は何も言わずただうつむいている。動く気配もない。
なにかがおかしい。そう思った直後。
なんの前触れもなく男が櫻木の首を両手で掴んで櫻木を浮かせた。
櫻木が「カハッ」と乾いた呼吸をする。
黒山は一瞬混乱したがその呼吸を聞いて正気に戻った。
「てめぇぇ!何してんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びながら能力を使い、男の体を本気で殴る。
殴られた拍子に男は櫻木から手が離れ、男の体が3mぐらい後ろに飛び、壁に打ち付けられる。
「櫻木!」
すぐに黒山は櫻木に駆け寄り、抱き寄せる。何も反応がなかったが息はしているようなので気絶しているだけなようだ。
「おいおいまじかよ」
「これは…襲撃なのかしら?」
牙忍と幽美が周りを見渡し、呟く。
黒山も周りを確認すると、何十人もの人間がうつろな目でこっちを見ている。あの男の異常さと同じように。
先程黒山が吹き飛ばした男もふらりと立ち上がってきた。あの威力の拳をモロに受けたら普通の人間なら気絶していてもおかしくないというのに。
「これが会長の言ってたやつか…」
黒山はもっと早く逃げておけばと思う。
「来るぞ」
牙忍がそう言うと周りにいた人が一斉にこっちに向かってきた。周りにいた人だけではない、2階にいた人も3階にいた人も吹き抜けになっているところを落ちてきて、一階に落ちてくる。
人が落ちてくるたびに鈍い音が響いてくる。
明らかに自分の意識ではない、何かに操られているとしか思えない。
折れた足で立ち、黒山たちのもとへ向かってくる人もいた。血をダラダラと流しながらゆっくりと向かっている人もいる。
俺たちのもとへ来ている人数はざっと三十人ほどか?いや、このショッピングモール内全域で起こっていることならもっといるだろう。
まるでゾンビ映画だな。と黒山は思う。
出口付近はもう操られている人の集団で封鎖されている。そして既に黒山たちの周りには何人もの操られている人が集まってきている。
時間が経つほどどんどん打つ手がなくなっていくが何も思いつかない。
「落ち着け黒山」
牙忍がそう言いながら俺の頭を思い切り叩いた。ものすごく痛かった。
「会長はあの男っていう話をしてただろ。ということは元凶がここに居るっていうことだ。そいつをただぶっ倒せば終わる。それが最終目標だろ」
「あぁ…そうだな。だけど俺たちにはあの男がわからない。どうやって探せばいいんだ?」
その言葉を聞いて幽美がもしかしてといった風に
「私たちがエレベーターに乗ったときに中年みたいな男が一緒に乗ってた気がしますね。もしかしたらその人かもしれません」
今の所確率が高そうなのはそいつだな。よし。
「あんまり確証なしで人を疑うようなことはしたくないんだけどな…。しょうがない、その男を探そう」
「探そうって言ったってこの状況からどうやってその男の人を探す?」
確かに…。会長から「どんなときであっても極力人間たちは傷つけるな」って言われてるからなぁ。俺と牙忍の能力は傷つけるし、櫻木は癒やし系だしそもそも気絶してるし…。
そこで幽美がやれやれと言った感じで黒山たちの前に立つ。
「私がやりましょう、私の能力なら傷つけることはあまりないですし」
「いや、俺はお前の能力がなにかわからないが、お前がここにとどまったら肝心な男の顔がわからないだろ。ここは俺がなんとか傷つけないで突破するからお前は牙忍たちに付いていってくれ」
「誰がこここにとどまると?」
そう言うと幽美はポケットから何枚かの御札を取り出し、そのうち一枚を彼女が立っている場所の床に貼り付けた。
その御札はなにか呪文のようなものが書いており、真ん中には大きく縛という文字が書いてあった。
「この周囲は我の領域」
幽美の一人称が変わった。
「我の領域にて悪を行う不届き者を捕らえよ」
幽美が唱えると周りのお店の中から何本ものいろいろな種類の紐が飛び出し、操られている人たち全員に巻き付いた。巻き付かれた人は動けなくなりバランスを崩してバタバタと倒れていく。
幽美はその場一帯を制圧すると、黒山の方を振り返って言う。
「ほら行きますよ。まずはその男を探すがてら操られている人を無力化させていきましょう。あ、私の能力にはこの御札が必須なのでこの御札を行く途中に何枚か貼り付けてください」
そんなあっさり言われても困るんだが。黒山はそう思いながら幽美から御札を何枚か受け取る。
咲川が「異人の能力は一応科学的に証明できるもの」と言っていたが、もうこれは科学を超えているんじゃないだろうか。

 そこから先は幽美が操られている人たちを縛りながらショッピングモールを回る(俺は櫻木を運ぶという仕事があるので御札貼りは牙忍に任せた)。というものだった。しかしショッピングモールを一通り回ってもそんな男は見つからなかった。さらには別行動をしているはずの会長と咲川も見つからなかった。
代わりに唯一見つかったのは会長が持っているはずの携帯だった。
何かと戦っている最中に落としたのではないかと最初は思ったが、周りに戦闘の跡はない。
「会長は戦闘があったとしても携帯が落ちていることには気付く。あの人は人間離れの視界と反応を持ってるからな。可能性としてあるとすれば…」
幽美の言葉が詰まる。
「操られてるとかだと面倒くさいな。俺らじゃ太刀打ちできない。何せ殺せないからなー」
牙忍の言う通り。あの人を敵に回して勝てる存在なんて居るのかな…。俺たちでは絶対に無理だ。
わかってるだけで「実質不死」「なんかすごい速さで移動する」「化け物みたいな力」だからな。はは…ムリムリ。
そう話していると後ろになにかの視線を感じた。
黒山がパッと振り向くとそこには中年ぐらいの男がこっちを見るように立っていた。
服装はぼろぼろでいわゆるホームレス的なものを彷彿とさせる。
黒山たちはその男の握っているものを見て驚愕していた。男の右手に小さいナイフが握られていることではない逆の、左手に掴まれている女の子。
それは気絶した咲川だった。ここまで引きずられてきたのか、服がところどころ擦り切れている。顔も少し腫れていて少なくとも一回は殴られた跡が残っている。
その男は黒山たちを見て焦る様子もなく、淡々と話す。
「お前らもあいつの連れか?そうだろうな。人が集まるショッピングモールとはいえ異人が複数人いたらそいつらはだいたい仲間だ。だけど復讐の邪魔はさせない。これは私にとって重要なことだからな」
「あいつ」中年男はこう言った。今この場にいない会長のことを言っているのは間違いないだろう。
「俺らの仲間にひどいこととかしてないだろうな」
「俺らの仲間か、あの優しい女の子は少し拷問して遊ばせてもらっただけだ。それ以外は何もしてない。この子は人質としてここに連れてきた。こいつには何もしてない。用があるのはあの子とこの世の人間すべてだからな」
「用?会長に用ってなんだ?」
「それに関しては言えない。言える範囲で言うならあいつを殺すことだ」
ん?こいつ殺すって言った?もしかして会長の能力を知らないのか?それならまだ人質を取られていても勝機はある。会長がなんとかしてくれる。…他力本願だな俺。
「とりあえずお前らに構っている時間はない。相手はこいつに頼む。出てこい召使い」
そう言うと男はいつの間にか消えていた。代わりに立っていた場所には別の人が立っている。その人は普段から何回も見たことがある人。
それは奏臣だった。
その人の姿は奏臣とほぼ同じだった。顔も立ち姿も。服だけが制服からトゲトゲしたパンクな服に変わっている。
3人とも「まじかよ」と口を揃えて言う。「さっき話してたことが現実になってるじゃねぇかよ」とも言っている。
だがその様子を見てその女は首を横に振った。そしてゆったり柔らかな声で言う。
「違う違う。私はあなた達の会長じゃないよ」
その発言から一拍おいて、へ?という感じに首をかしげる3人。
だって服以外は会長と同じじゃないか。まさかこれも会長の能力とかいうもの?
召使いと呼ばれた奏臣にそっくりな少女はこう続ける。
「私はあの人のただの召使い、名前はメイク。あなたたちの会長にそっくりなのはただ彼女に変身してるだけ。仕事上、顔は見せたくないからね」
変身の能力か(もう科学がどうのこうのという話は忘れることにした)、なら戦闘能力自体は低いはず。俺たちだけでなんとかなりそうだな。
「会長を助けるのはこいつを速攻で倒してからだ、初っ端からフルで行くぞ」
黒山は牙忍たちに声をかけ、作戦を伝える。気絶している櫻木は気が引けるが俺たちの後ろに横たわらせておく。黒山は幽美の御札を近くにあった壁に数枚貼り、牙忍と黒山は能力で身体を強化、3人は戦闘体制に移行する。
メイクは3人の様子を見て、くすりと笑う。
何がおかしいかわからないが、容赦はしない。
牙忍と黒山が瞬間最高速度でメイクに突進し、二人で一本ずつ両腕を掴んでそのまま押し倒し、床に固定する。メイクは反応できず、なされるがままだ。黒山は敵とはいえ女の子を殴るのは気が引けるため最初に動きを封じ、殴る以外の方法で倒すことにしていた。
「我の領域にて悪を行う不届き者を捕らえよ」
幽美が呟き、縄が動けないメイクに絡まって完全に動きを封じる。黒山と牙忍は手を離した。幽美がこそっと言った技の邪魔にならないように。
「我の領域を侵す不届き者を滅せよ!」
幽美が叫ぶと、メイクに絡まっていた縄が輝き始め、次の瞬間爆発した。爆心地から煙が立ち込め何も見えない。
メイクの姿も当然見えないが幽美の話によると威力はそこまででもなく、普通の人間が食らった場合、大怪我で済む程度だそうなので火傷と大怪我ぐらいは負っているだろう。それだけでも十分だ。あとで会長に直してもらう。今は男を探し出すのが最優先だ。
「さて、あの男を探しに行かな
「1つ、聞いてもいいかな」
黒山の声を遮って爆心地から聞こえないはずの声が聞こえた。ゆったり柔らかな声。その声の主が煙の向こう側から歩いてくるのが影で見える。
「いつ私が異人だって思ったの?」
煙が一瞬でが晴れる。現れたのは数秒前と変わらないメイクの姿。変身能力だけなら無傷では済まされない爆発を受けて何も変わっていないメイクの姿だ。
ニコニコと口だけ笑いながらこっちへ歩いてくる。
「組織所属、第1秘術使いメイク」
死を超える、王女。
彼女が目的を達するためすべてを破壊する。
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