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試練

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29章

目を覚ますと白と黒の砂嵐が4面に映されている部屋に1人座らされていた。
「これが試練…か?」
黒山は立ち上がって辺りを見渡す。しかし砂嵐のせいで目がチカチカして長い時間目を開けることができない。
しかしここにはなにもないことがわかった。
立ったまま自分がなんでここにいるか思い出してみる。
あのドアの中に入るとそこには1人の人が後ろ向きに立っていた。
黒山は恐る恐るその人に話しける。なんと話しかけたかは忘れてしまったが。
するとその人は黒山に背を向けたまま言ったのだ。
「汝、自身を超えてみよ」と。
その言葉の直後黒山の意識は消えてしまった。
そこまでは覚えている。
「つってもここが何処かはわからないままだけどな」
黒山は自分以外誰も居ない部屋でそう呟く。
何が始まるのかも何をすれば良いのかも全くわからないし、どーすればいいかな。と悩んでいるとフランマが話しかけてきた。
「気をつけたほうが良い。ここはとてつもなく危険そうだ。私の本能がそう言っている」
そんな事言われても何をどうすれば良いのかも全くわからないからな。仕方ない。
すると砂嵐がピタリと止まった。
瞬間「くるか」と呟くと、直後砂嵐にどんどんと色がついていく。
そして一定に量に達した時、まばゆい光が黒山を覆った。
とっさに黒山は顔を手でかばう。
数秒経ってから光が収まった感じがしたので手を戻してみる。
そこには住宅街の風景が広がっていた。
風景どころではない。黒山が住宅街の中にいる。場所が瞬間的に変わったということだった。
「これが試練ってやつね。よく出来てるなー」と黒山は感嘆の声を漏らす。
黒山のすぐ目の前に電柱があったので住所を確認するために近づいてみる。
しかし全く知らない住所だったのですぐにその場を離れる。
試練とは言っても普通に知らない人ともすれ違うし、たまにこっちを見てくる人も居たので黒山の姿は見えているのだろう。
まるで本物みたいだなー。と頭の中で考える。
何もやることがわからずただただ周辺をうろつくだけの黒山。
町並み風景を見ても見覚えがあるわけじゃないし、知っている人も居ない。特にこれといってやろうと思うこともなく途方に暮れていた。
そう思っているとスーパーの前に通りかかった。
スーパーは黒山でも知っているようなチェーン店で人も賑わっていた。
すると
「捕まえろ!そいつは強盗だ!」
野太い男の怒号が黒山に耳に聞こえてきた。
声の方を見るとマスクとサングラスを被った男がバックを背負って手にはナイフを持ち、こちらに走っている様子が見えた。
あいつが強盗犯かぁ…。馬鹿だなぁと黒山が思っていると、
「そこのガキ!どきやがれ!」と強盗が黒山に突進してきた。
もちろんナイフは黒山の方を向いているがそんなもの黒山の敵ではない。能力を使えば瞬殺なのだが公の場で使いすぎてしまうと問題になる恐れがある。
そんなことを考えた黒山は普段の出力の100分の1で強盗を迎え撃った。
牙忍のおかげで少しは自分もコントロールできるようになった。
強盗は黒山がどかなかったことに驚き、足を止めようとする。
そのナイフから意識がそれた瞬間に黒山は距離を詰める。
強盗は迫ってくる黒山を避けようとしたが走っていた足が止まらず思うように動けない。
そして黒山は強盗を右頬から殴り飛ばす。
強盗は殴られた衝撃で気絶し、飛ばされナイフもどこかへ飛んでいった。
手加減したつもりだがこれでもかなり威力が強いようだ。と黒山は反省した。
その直後にチェーン店から店員が何人かぞろぞろと外に出てきたのが見えた。
黒山は「一応これ試練だし警察がもしあるとすれば行くのはめんどくさいな」と考え高速でその場を去ることにした。
数十分黒山は走り続けた。体力も無尽蔵にあるためどんな距離でも完走できる。
走るのをやめてほっと一息をつく黒山。
休憩がてらあたりを見渡す。
しかしそこであることに気づく。
見たことある風景、しかも昔の記憶の風景などではない。ついさっきまで見たことがある風景。
住宅街。
この試練が始まった最初の風景。
あの景色と全く同じだった。
そんなはずはないと黒山は考える。自分が走ったのは直線ではなく蛇行しながらだ。しかもさっきの道とは反対方面に進んでいた。同じ道に着く筈はない。
だんだん混乱してきた。
ふと考え、さっきのチェーン店に戻ることにした。
さっきと同じ歩数分歩いて同じ道に出てチェーン店が現れる。
やはり同じ場所だ。
だけど違和感がある。なんだろう。
すると
「捕まえろ!そいつは強盗だ!」
抑揚も声質も聞いたことがある声が飛んできた。
声の方を見るとまたさっきと同じ光景。強盗がナイフを持ってこちらに走ってきている。
ループしてる?
黒山がそう思った瞬間、強盗が黒山の横を抜けていった。
「そこのガキ!どきやがれ!」と声を上げながら。
今自分は通り過ぎていったはずなのに、と黒山は慌てて振り向く。
そこには小学生ぐらいの少年が強盗の進路に入ってしまっていたのが見えた。そして少年は強盗を止めるように手を大きく開いてできるだけ体を見せている。
「くそっバカ!」
黒山はダッシュで強盗を追いかける。
強盗が小学生のところに着く寸前に黒山が強盗に追いついた。
そして強盗の足をかけ転ばせ、倒れてきた強盗のお腹に下から軽いパンチをお見舞いする。軽いと言っても倒れいるところ、黒山の拳がつっかえ棒になったことで強盗の体重分更に上乗せされている。
強盗はカハッと乾いた息を吐いてその場に気絶した。
小学生はキョトンとして倒れた強盗を見る。
黒山は完全に強盗の意識が落ちたことを確認すると、小学生の元へ歩く。
小学生はビクッと体を震わせていた。
黒山は小学生の元へ来るとゆっくりと小学生の頭を撫でる。
そして優しい声で
「悪い人に立ち向かう勇気があるのはすごいぞ。誇って良いことだ。でも危ないことはしちゃダメだ。君にもしものことがあったら両親が心配しちゃうだろう?」と言った。
小学生はそれを聞いてうんと頷く。
黒山は「よし」と言うと撫でていた手を離してその場をあとにする。またループするかもしれないが。
後ろで「あ、兄ちゃん」と言っている少年の声と「俺、すごい人にあったかもしれない」と言っていた小さな声がした。
実は黒山の放ったあの言葉。
「なんであんな言葉がすらすら浮かんできたんだろうか」
黒山自身にもわからなかった。昔似たようなことを言われた気がする。しかしそんな記憶はない。
黒山だってああいうことを言えるほど大層な存在ではないってことはわかっている。
でも言わなきゃいけないと思った。
この言葉をあの小学生に。
何もわからないまま黒山は道に入る。
すると聞こえてきたのは
「next」という言葉だった。

櫻木が目を覚ますとそこはどこかの街の風景だった。
いやどこかじゃない。
今現在に至るまで櫻木がずっと住んでいる場所。そしてその周辺の住宅街だ。何回も遊んでいたから忘れるはずがない。
その住宅街には普通に人が居て、ここが試練の場ということを忘れさせる。
「もしかして本当にワープしてるとか?」とか考えたが流石に違うだろうと思い、自分の家に行ってみる。
その場所から自分の家はそう遠くない。
数分歩いて櫻木は自分の家に着いた。
そこは金持ちが住むような豪邸で庭がえげつない広さを持っているテンプレな金持ちの家だった。
その家を見ても櫻木は特に何も思わない。
これが自分の家だからだ。
でも壁装が今より新しい。ピカピカしている。そして極めつけは郵便受け(これもめちゃくちゃ豪華)に入っていた新聞。
日付は今から4年前。
そこで櫻木は自身が過去に飛んでいることを確信した。
「ワープとかそんな次元の話じゃなかったか…」と若干引き気味で新聞記事をもとに戻す。
そしてふと日付に思い当たることがあった。
この時の自分は中学生。そして季節は夏。
思い出すと自分が嫌になってくる。
そこでこの試練の趣旨に気づいた。
考えつくと櫻木はダッシュで中学校に向かう。自分が過去通っていたあの場所に。
忌まわしきあの場所に。
走っている途中でまた気づいた。自分がほとんど高速に近い速さで走っていても周りの人が全く反応せずに話したり歩いたりすることを止めない。まるで櫻木のことさえ見えていないように。
もしかしたらこれはNPCのような存在かもしれない。と櫻木は考える。
つい最近黒山に誘われ、MMORPGを初めてやってその時に用語を1徹して覚えていた。
そして数秒走ると中学校の前に着いた。
すると中学校にはすでに混乱の雰囲気が立ち込めていた。
「遅かったかー」と櫻木は思うと
瞬間
混乱の狂騒が止んで普通の中学校に戻っていた。
何が起こったかわからなかったが「この試練をクリアしないと次には進めない」と言っているような感じだった。
櫻木は意を決して中学校の中に入る。
下駄箱を通り階段を上がって2階に行く。
階段の途中で見覚えのある先生とすれ違ったが、何も言われなかった。
やはり自分の存在には気づいていないのか、と仮説が正しいことを確信した櫻木。
今は休み時間のようで何人かの生徒が廊下に出て馬鹿騒ぎしている。
その人混みを通り抜けて目的のところへ到着する。
1年B組の看板が降ろされている教室は比較的静かで中で5人程度の女子グループがたむろっていること以外は寝たり、本を読んだり、勉強をしたりしていた。
その教室の窓側の1番後ろ。
本も読まず勉強もせず誰とも話さず寝たりせずにただただ虚空を見つめる少女。
あれが私だ。
櫻木は昔の自分の元へ歩いていく。
だが
昔の櫻木が櫻木をグインと見つけた。
一瞬櫻木は驚く。
櫻木は気づいた。この昔の櫻木だけはNPCではないことを。
「誰?」と昔の櫻木は聞いてきた。
櫻木はその返答に困り、無言を貫いた。そのときに櫻木は昔の櫻木が自分の見覚えのないものを持っていることに気づいた。
それは机の上に置いてあってキラキラと光を反射し、きれいな青色に輝いているきれいな石だった。
その2人の間に沈黙が走る。
すると櫻木が口を開く。
「どうしてあなたはいつもそうなの。私が言えたことじゃないけど考え方がひねくれて反対のことを考えてしまって周りから浮いて」
昔の櫻木はキョトンとした顔をする。
それもそうだ。櫻木がこの状態を異常だと感じたのは結構最近だ。このときはまだこれが普通だと思っていた。
これは櫻木の昔の自分に向けての愚痴だろう。
昔の櫻木は黙って櫻木の話を聞く。
しかし事件は起きる。
「ねーなにしてるの?」
クラスの女子が1人昔の櫻木に近づいて話しかけてきた。もちろん櫻木の存在は気づいていない。
記憶によればこの子は学級委員だった。学級委員という使命感からいつも1人で暗そうにして虚空を見つめている昔の櫻木に話しかけたのだろう。
昔の櫻木はその女子生徒の姿を見ると顔つきが変わる。
次の瞬間にはもう昔の櫻木は女子生徒を殴り飛ばしていた。理由はただ殴りたかっただけだ。それ以外はない。あるとすれば痛めつけたいということ。
女子生徒は床に倒れて泣き出す。
周りの雰囲気が異様なものに包まれる。
昔の櫻木はそれだけじゃ飽き足らず、今度は椅子を片手で軽々と持った。
そして、
グシャ
と肉が潰れる音がした。
血しぶきが飛んで返り血を昔の櫻木が大量に浴びる。ここでついにクラスから悲鳴があがった。
そして何回も椅子で女子生徒を殴る。
その度に血しぶきが飛んで辺り一帯が血の池になる。
飛んできた血を浴びて机の上においてあったきれいな石が血の色を混ぜて怪しく光る。
何回も殴ると女子生徒は動かなくなった。
そこで昔の櫻木は言う。
「ほんとはここまでしたかったんでしょ?」と。
それに対し櫻木は何も言わない。言いたくなかった。
これは櫻木が実際に起こした事件をもとにしている。しかしそのとき女子生徒は軽症で死ぬまではなかった。
これは櫻木の事件を櫻木の思いのままに作った世界。
あのときに櫻木はそう確信した。
「ほんとに気持ち悪いわ。そのサイコパスもどき。まだ思春期ちゃん?そんなただ人を殴りたいだなんて普通のサイコパスは思わないよ」
昔の櫻木が煽るように言う。
「黙れガキ。そんなわけない。私はただの異常な異人。それにサイコパスが含まれているだけ。付加価値みたいなもの」
櫻木はそうい言っただろう。昔なら。
今の櫻木は違う。
一旦櫻木は深呼吸をしてゆっくりと答える。
「そうね。確かに私はサイコパスじゃないかもしれない。でも今はもうそんなことを考える暇がないくらい信二くんを愛したくてたまらないの。だからもうどうでもいいのその話は」
櫻木はそう言うとパッと世界が消えた。
昔の櫻木と櫻木だけが残る。
昔の櫻木は床に落ちていた何かを拾う。
それはあのきれいな石だった。
そしてそれを櫻木に投げ渡す。
投げ渡されたものを櫻木がうまくキャッチすると石が溶けて櫻木の中に入っていった。
そしてそこで聞こえた言葉。
それは「next」。
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