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敗北

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30章

黒山の目が覚める。
いつもの天井、勉強机、掛かった制服。
自分の部屋だ。
1階から母親の「早く起きなさーい」という声が聞こえる。
その声を聞いて急いで起きる。
自分の部屋で目覚め、布団から出て、顔を洗って、ご飯を食べて、歯を磨いて、身支度を整え、学校に行く。
またその流れの繰り返し。
母も父も優しくて、弟もかわいい。何一つ不自由ない平凡な家庭。
普通。
それが日常。
何も違和感を抱かない。
委員会などには所属していないが部活も学校生活もそれなりに楽しかったりする。
そして自分も普通の人間だ。そんな日常をぶっ壊す特殊能力があるわけでもないし、ハーレムを作るほど人気でもない。ただ女子たちから着せ替え人形になれと脅されるだけ。これは好意ではない。
クラスでも浮いては居ないどっちかというと悪目立ちする方。
それでも話せるやつらが数人いるぐらい。
でも学校生活を送るなら充分だった。
自転車に乗って学校に向かう。
自宅から学校までは大体15分程度。わざわざ近い高校を選んだ。
でもその通学路には1つ不思議な噂がある。
それは時々ツインテールの少女の霊が出現し、なにか口パクをするらしい。その口パクを解読しようという猛者も現れたが、失敗に終わったとのこと。
ただの噂だけど。
そんな事を考えながら黒山は自転車を漕ぎ続ける。
すると
「ん?何だあれ」
目の前の道にツインテールの少女が立っているのが見えた。
なぜそれが黒山の目に止まったのかと言うと、その少女は黒山の方を向いて仁王立ちをしているからだ。
仁王立ちしているがなぜか顔はよく見えない。逆光のせいだろうか。
黒山は少女を避けようと自転車を右に漕ぐ。
そしてそのまま少女の右を通り抜ける。
すると少女が振り向いて黒山を凝視する。
黒山はそんなことには気づかずにのんきに自転車を漕ぎ続けた。
その後少女がなにかするといったことはなかった。
「何だったのかねー」と口笛混じりに黒山は呟く。もしかしてあれが例の幽霊だったり?とか思いながら。
自転車は止まらずに学校に向かう。
真実に気付かないまま。

校舎内では生徒たちの話し声がそこかしこに飛んでいて騒がしい。
そして吹奏楽部が朝練も行っているらしく楽器の音もそこかしこから鳴っている。これらも日常。黒山の変わらない日常。
黒山が二階に上がって後ろのドアから教室に入ろうとすると
「はいどーん!」
という声と、入ってすぐに誰かから突進をくらわされた。
突進を受けて黒山の体は後ろに吹き飛ぶ。廊下の床に打ち付けられて少しの痛みが広がったがもうこれには慣れている。
「いてぇ…」とつぶやくと教室内から黒山を吹き飛ばした張本人が腕を組みながらてくてくと出てきた。
その人物はツインテールで少し崩した制服。そして制服には最近話題のウリ&ガブリの主要キャラウリのラバーマスコットを数個付けてオタク間丸出しの少女。
黒山の彼女櫻木愛花だ。
「おはよー!いい朝だね信二君!」
倒れた黒山を見下ろしながら櫻木は言う。
対して黒山は無言のままバックから何かを取り出している。
「愛花…もうこの迎え方はやめろって言ってるよなぁ!」
取り出したのは収納式木刀。
黒山は一応剣道部に所属していて実力は1、2を争うほどの実力。
その様子を見て櫻木はひるむこともなく笑って、
「じゃあここで決着をつけようよ!」と言って櫻木も教室内から木刀を持ってくる。実はこの学校の剣道部エースはこの2人。そして2人とも負けず嫌いでどちらが最強か日々確かめ合っている。
廊下で2人が木刀を構える。装備はない。この2人なら寸止めも余裕でできる。
さぁ始まったといわんばかりに2人の戦いから少し離れたところで観戦が集まる。
少しの静寂。
最初に仕掛けたのは黒山。
一歩踏み込んで面を狙う。それを櫻木は大きく退いてよける。しかし黒山はそれを読んでさらに足を踏み込み今度は横なぎで胴を狙う。
今度は櫻木が胴を狙った太刀を木刀で弾いてそのまま押し込む。
黒山は押し込めないとわかったのか一度退く。そぶりを見せた。櫻木は今度は自分の番だといわんばかりに構える。
すると黒山はあろうことかその構えに突撃していった。
櫻木の木刀を横に弾いて面を狙う。
しかし
バキィ!
黒山の意識はそこで途絶えた。何があったかさえも全く分からなかった。
ただ気絶する前に見たのは心配そうに自分をのぞき込むツインテールの少女の姿だった。
黒山はばたりと倒れた。
原因は櫻木の放った面を狙った瞬殺の一太刀。
寸止めするつもりがもろで黒山が突進してしまった影響で櫻木の感覚が狂い、本当に当ててしまった。倒れた黒山の頭からだらだらと血が流れる。
櫻木はもろの手ごたえを感じて木刀の先を見る。
そこには誰かの血がべっとりとこびりついていた。
そこでやっと事態に気づいて櫻木は木刀を投げ捨てて黒山に駆け寄る。
倒れた黒山の肩を持って持ち上げる。
「ちょっとまってごめん!ほんとに当てるつもりはなかったよ!」
「そんなこと言ってる場合か!?保健室!」
「いやこれは救急車だろ!」
数人が指示を出す。
その声を合図に静まり返っていたやじ馬が悲鳴を上げる。
そのやじ馬から少し離れた場所。そこにゆらりと動くツインテールの影。
その人物の姿を見た者はいない。

止まった時間の中で2人は拮抗する。
「成長したなライ!私と互角は誇っていいことだぞ!」
刀でライの首を何回も狙うがライは瞬間的に避け、逆に顔を狙って拳を放つ。
しかしその拳を奏臣は人間に不可能な動きをして回避する。
その動きは自身の体を軟体にし拳を貫通させたり、体のパーツを外して拳を空振りさせたり、ただ単に最高速で拳をよけたりと様々。
今の戦いは互角だ。
しかし互角と言っては聞こえがいいが実際のところそうではない。
奏臣は無限のエネルギーを宿している。このまま行くと消耗戦で奏臣が勝つ。
そんなことライにもわかっていた。
そこで奏臣はある違和感に気づく。
能力の出力が下がっている。明らかに。
能力を発動するときに若干のタイムラグがあることに気づいた奏臣はライをにらみつける。
その様子を見てライは
「ようやく気付いたか。これが『心無き執行者』の能力の1つ。能力の収縮化だ」
速度についていけなくなった奏臣を拳で何回も連打しながら言う。
実際にはまだ一方的なゲームになっていないが、さっきと違ってゆっくりとだが確実に奏臣の動きが鈍くなっている。
「あなたの能力は肉体だけしか適応されない。だから武器さえ取ってしまえばあとは能力が弱体化しきるまで待てばいいんだよ!」
重い一発が奏臣に放たれる。
普段ならその拳を能力で受けてカウンターをしていた。
しかしその動きをしようとするも能力の展開が遅れて拳が奏臣の顔面に届く。
勢いを殺せず直に受けた奏臣の体は吹き飛ばされた。
その瞬間に「時間停止」が強制的に終わらせられ、もとの時間に戻る。
同時に辺り一帯に時間停止中に溜まったエネルギーが放出される。
本当ならライにも莫大なエネルギーがかかり、体がはじけてもおかしくない。
しかしエネルギーもすべて能力によるもの。
それをすべて「心無き執行者」で打ち消す。
結果無傷だった。
エネルギーの放出が収まり、空気が落ち着く。
後ろで旅館関係者と爽あの人の分身体が倒れているがそんなことはどうでもいい。とライは思う。
ゆっくりとライは奏臣に近づく。
すぐそばまで来ると意識の確認を始めた。
瞳孔を開き、脈の確認。
気を失っているだけだった。
ライはそれを確認するとゆっくりとお姫様抱っこで奏臣を持ち上げる。
重いな…とライは言ったがそれを本人に聞かれていたらどんなことになっていただろうか。
「待てよ」
その場所に奏臣でもなければライでもない声が響いた。
振り向くとさっきの従業員が立ち上がっている姿がある。帽子をかぶって煙草をふかしながら。
立ち姿はスタイリッシュで整ったイケメンと言わざるを得ない顔立ち。
今は従業員用の服を着ているがスーツを着たら絶対に似合う人物。
その人物は煙草を口から離して言う。
「そいつは私の大事な人なんです。私の知らない場所に連れていくのは許しませんよ」
そう言いながら従業員はライが抱っこしている奏臣を指さす。
「おーそうか、だがな俺にとってもこいつは大事なんだ。だから俺としても譲れないな」
ライも負けじと従業員に言う。
2人の間で火花と禍々しいオーラが散る。
するとそのオーラに不審な気配を感じたライが
「そのオーラ普通じゃないな。お前さん何者だ?」と聞いた。
その問いに従業員は答える。
「なんてことはないただの異人、天川です。わかりやすく言うとそいつと似たようなものって言って伝わりますか?」
それを聞くとライの顔が変わる。
そうか…お前もか…。と呟き、笑う。
組織は異人しか殺してはいけない。そんなルールがある。目の前の障害が異人以外なら殺してはいけない。しかし異人なら。
「言わなければ楽に死ねたかもしれないのにな。異人だとわかってしまったのなら俺には選択肢は一つしかない」
ライはそっと奏臣を地面におろす。
そして奏臣の髪をそっと整え、天川と対峙する。
「俺の前に立ちふさがったこと後悔させてやる」
ライはそう言うと、彼の異人としての能力を開放する。
ライの能力はすべてを破壊する能力。秘術が確立されるまでは制御が全くできなかった。そのせいで何人もの人を殺した。
しかし秘術が確立されてからは「心無き執行者」のおかげで封じ込めることができた。
今はその忌まわしき力を使って目の前のやつを倒す。
そうライは考えた。
そして開放。
まずは第一波。
瞬間に周りのものというものがすべて破壊されていく。
もちろんこれを人が生身で受けても同じように破壊される。はずだった。
「黙れガキが」
天川はその破壊を止めた、復活の能力を使って。
さらにすでに破壊された壁や床や物もすべてが元通りに戻っていく。
「お前、どうしたいんだ?」
天川がライに聞く。ライはわけがわからなく、何も言葉を返せない。
「大事な人なら大事な人のやりたいようにさせてやれよ。今こいつは生きている中で一番楽しいみたいだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、ライが天川に襲い掛かる。
そして叫ぶ。
「黙れ!この人は俺と話してた時笑ったんだよ!初めて楽しいって感じたよって言ったんだ!」
叫ぶライに対し、天川は冷静に「最初と一番は違うんだぞバカ」と言う。
ライは天川の首を思いきり殴る。
しかしそれは届かない。
奏臣にも届かない声のように。
「傲慢になるのもいい加減にしろ。お前の考えは全部お前独自の解釈だ。それとこいつは考え方がころころ変わる。好意を持つのはのはおすすめしない」
全て天川にはお見通しだ。
天川が首の拳をひねりながら言う。この瞬間にも破壊効果は天川にも襲い掛かっている。
しかし天川は倒れない。
一方ライは顔を赤面させながら殴り続ける。
ついに、天川がキレた。
とてつもない衝撃波がライを襲い、ライは数メートル吹き飛ばされた。
「うざい奴だなぁ!てめぇは本当にガキか!?」
びくっとライの体が恐怖で震える。
構わず天川は叫ぶ。
「お前の人柄に部下たちは集まってきたんじゃないのか!?今のお前の姿を部下に見せて誇れるのか!?お前1人の傲慢で部下の信用を落とすのか!?違うだろ!」
天川はそこで叫びながらライのもとへ歩く。
そして天川の胸元をつかんで
「お前はどうしたいんだ!」と聞いた。
ライはそこで気づいた。いや気づかされた。憎き異人に。自分と同じ異人に。あこがれの人と同じ異人に。
そして、真理に。
「ありがとう。天川とやら」
ライは小さな声で言った。
嵐の前の静けさのように。
「俺は自分のために生きる」
その瞬間天川が考える間もなく天川の体は光に包まれ消えていった。
これが、破壊。
復活のスピードすら上回る破壊。そして心無き執行者の能力で復活の能力も無効化した。天川にとっての本当の死だった。
天川の説教でライは一段階進化した。
そして自身の目的のためとあるドアの前に立つ。
「黒山信二。お前は俺が殺す。異人を一匹残らず殺すために」
ライはドアを開けた。
試練が始まっている部屋の中に。
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