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覚醒

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31章

瞬く間に授業が進んでいって、気が付けばもう放課後だった。
学校内は部活動の生徒たちと自習をしているまじめな生徒ぐらいしか残っていない。
そんな中、まじめとは言えないが部活動では実力者であり、欠かさず部活動には参加していた黒山は学校にいない。
帰ったというわけではない。
「ただ」病院に搬送されただけだ。
朝の出来事で黒山の頭を櫻木が誤って木刀でかち割ってしまったのだ。もちろん櫻木に悪気は一切ない。
しかし医師は搬送されてきた黒山を見て驚いた。
頭の傷がほとんど治っていたからだ。
救急隊の連絡では致命傷に近い重症と聞いていた。しかし血の跡だけは残っているしかし肝心の傷は見つからない。
不可解な状況だった。
この世界でそんなことがあったらそれこそ超能力としか言いようがないだろう。
医者としてのプライドがそんな事象「この世界に存在するわけがない」と認めようとしない。
科学的に解説しろと言われても無理な話だが。
医師は直接彼に聞いてみることにして病室を訪れた。
いざ超常現象と対峙するのは信じていないにしても恐怖が抜けきれない医師は何度か深呼吸をして病室のドアをノックする。
病室の中から「はーい」という気の抜けた返事が返ってくる。
それを確認するとドアをスライドさせて開け、中に入る。
そこにいたのは何の変哲もないベッドに横になっている少年と見舞いに来ているらしき椅子に座っている少女がいた。
黒山と櫻木だ。
医師はまず「調子はどうかね」とあたりさわりのない質問をする。
それに黒山は「問題ないです。ありがとうございました」と医師に感謝を伝える。
その返事に医師は違和感を覚えた。
医師は今回何もしてない。
搬送されてすぐに傷を確認すると既に無くなっていた。
手術も何もしていない。
もしかして自覚がないのか?と医師は仮説を立てる。
「それにしてもほんとにごめん!私が間違って当てちゃってこんなことになって!ほんとにごめん!」
櫻木が黒山に向かって何回も謝罪する。
それを黒山は「いやいいって生きてれば儲けもんだろ。…でも何かしらの罰は与えよーカナー」と悪い顔をしながら返した。
そんな2人のやりとりを見て医師はやはり少年は普通の人間だと思い込んでいるようだと確信した。
その後一通りの身体検査を始めた。
精密な機械や黒山のプライバシーなどがあるため櫻木には帰ってもらい、病室には黒山と医師の2人が残った。
医師がよし始めようかとカルテを開くと、
「ちょっといいですか?」と黒山が医師に聞いた。
医師がなんだい?と返すと黒山は自分の頭を指さして言った。
「実は気絶している間に何回か目を覚ましたんですよ。確か搬送されてる時と病室に着いた時の2回。その2回ともに誰かが必死に俺を呼ぶような声が聞こえてその瞬間に意識が落ちるんです。これって何かの後遺症とかなんじゃないかなって」
医師は頭をひねる。
確かに幻覚や幻聴は後遺症であるがまだ治療もしていないのに後遺症が出るのはおかしいのではないか。そもそも搬送中と病室内で途中覚醒状態になったという報告もデータもない。これも超能力のたぐいの話になるのかそれともただの本人が自覚していないだけの夢なのか。医師は考える。
「今のところはわからないね。とりあえず様子を見ようか」
そう言ってその場は切り抜けた。
そのあとの身体検査は滞りなく進んだ。結果は見た目一応問題なかったが、詳しい結果はあと少し時間がかかる。
その間、医師は頭を冷やすためコーヒーを飲みに待機室へ戻った。
コーヒーと言ってもただの缶コーヒーだ。
それだけでも頭をリセットするには十分。一口グイっと飲む。
果たしてあの少年はいったい何なのか。
その疑問がずっと頭の中に残り続ける。
ただの人間なのか、それとも人間ではない何かか。まったくわからない。こんなこと医者人生初めてだと医師は思う。
するとピピという音がして内線が鳴った。
医師はコーヒーを机に置いて内線をとる。
「どうした?」
医師は電話の向こうに聞くが返事が返ってこない。ただ向こうで何かの音が鳴っていることは確かだ。
水が滴るような音が何個も。そして水たまりの上を歩くような音も。
何かのミスか?と医師は思って内線を戻す。
その瞬間
ウィーンブブブ…。という音と共にファックスから紙が1枚出てきた。
やれやれ結果が来たかと医師はその紙を手に取って結果を読む。
ある1文を読み、医師の動きが止まった。
その文を詳しく読もうとする。
そしてそのすぐ後もう一段階動きが止まった。
床にはすでに血が滴り落ちている。
医師は振り向く。そこには人が居た。
殺意にまみれた人が。
なんで自分が出血しているかはわからない。人は何もしていなかった。ただこっちを見つめていた。
それだけだった。
殺意にまみれ真っ黒に変色している。
だがなぜか本能の部分がこう言っている。
天使のようだと。
その瞬間彼の体は無情にもはじけ飛んだ。待機室中が返り血で赤く染まる。
医師が持っていた結果。その紙も医師がはじけ飛んだ衝撃で部屋を縦横無尽に駆け巡る。
医師が最後に見た一文にはこう書かれていた。
「熾堕天使」と。

なんだか病院内の空気が騒がしい。何かあったのか?
黒山は見舞いに来た櫻木に渡された知恵の輪を組みながら思う。
病室には何人か入るようなスペースがあるが今は黒山1人しか入っていないため余計に神経が敏感になる。
そのせいかなと思っていた。
その時、
「逃げて!」
どこかから櫻木の声が聞こえてきた。
「愛花?戻ってきたのか?」と黒山はベッドから立ち上がる。もう怪我もほとんど治っており、痛みはない。しかし病室を見渡しても櫻木は居ない。
病室にはいないし廊下にでもいるのか?と黒山は考えてスライド式の病室のドアを開き、廊下をのぞき込む。
しかしそこにも居なかった。
不思議に思ったが幻聴ということにしてドアを閉めようとした。
だが閉まる直前、廊下を何かが覆うのを見てしまった。
赤いようでどす黒いまるで血のようなものが廊下を覆うのを。
黒山は慌ててドアを開ける。
するとドアの目の前に
人がいた。
その人物のの後ろの壁は赤く染まっている。
人は黒山を見てこう言った。
「やっと見つけたぞ。黒山信二」
黒山はそっと一礼すると何事もなかったかのようにドアを閉めた。
一瞬の間が開く。
「なんだあれ」
そう呟いた直後、ドアが破壊され黒山ごと吹き飛んでいった。
「無視するんじゃねぇよ…」
破壊された扉の向こうで人は薄く笑う。
黒山は幸運にも怪我すらしていない。だが逃げ場がなくなった。
人は一歩ずつ踏み出し、黒山のもとへ近づいてくる。
あの顔はマジだ。あの血もあいつがやったに違いない。捕まったら殺される。と黒山は焦った頭で考える。
しかし殺されるような心当たりがないことも事実。
「ほんとに俺を探してたのか?人違いじゃなく?」
黒山は藁にも縋る思いで人に聞く。
すると人は「何言ってんだお前」と返す。
顔がまた一層やばくなった。
そして
「あぁ…そんな最後の最後に悪あがきする卑怯な奴だったんだな。なんであの人はこいつを選んだんだか」
と頭を掻きながら返す。
人の言ってることが全く分からない。
黒山は何か戦えるものがないかと病室内を見渡す。
すると
「動くな!その子から離れろ殺人犯!」
その声を仰々しい音と共に何人もの警官が盾と銃を構えて病室前を占拠した。
銃はいつでも打てるように照準をセットし、盾はその銃を守るように人に立ちふさがる。
警察だ!助けが来た!と黒山は歓喜したがその希望はすぐに打ち砕かれることになる。
人が警官隊を億劫な目で見つめた瞬間
体が弾けた。
すべての警官隊1人残らず、体がボールのように破裂し、中の空気が盛大に飛び散るように血があふれ出し、そこにはかつて警官だったはずの肉とそれにこびりついた制服破片、それと盾と銃だけが残った。
その廊下の雰囲気でわかる。生きている警官は居ない。
黒山は何が起きているのか理解できていなかった。
いったい何の原理で警官が死んだのか、人はいったい何をしたのか。
「そろそろ懺悔は終わったか?もうすぐお前も殺すぞ。さっさと懺悔しろ」
人が黒山のほうに向きなおし、言う。
しかし黒山は放心状態のまま動けない。
人はため息をついて黒山のほうを見る。
「じゃあな。二度と生き返るじゃねぇぞ化け物」
その言葉を言い終わった瞬間、黒山の体も警官と同じように弾けた。
ほとんど一瞬の死だったが黒山の思考は死ぬ時まで鮮明に残っていた。
黒山は走馬灯と共に考える。
どうしてこんなことになったのか。なぜ普通の人生を歩めなかったのか。そして
なぜいざ死ぬことになると恐怖感が存在しなくなったのか。
そして気づく。
走馬灯が存在しない。
確かに櫻木と学校生活を過ごす前は中学と小学生を経験しているはず。しかし肝心なその記憶が存在しない。
思い出すは今日のやり取りだけ。
黒山は混乱する。
その時に胸ポケットに収まったあるものが強く熱を発していることに気が付いた。そして生きているということも。
心臓の鼓動が聞こえる。
なぜか黒山は死んでいない。
そして胸にポケット収まっているものを上からやさしく包む。
石だ。
鉱石のような石。
その石は黒山の手に吸い込まれ体内に吸収されていった。
「私を忘れるなんてひどいじゃないですか。相棒という立場でありながら」
頭の中で声が聞こえた。
懐かしいような最近聞いたような声。
「あぁ…ごめんなフランマ。すっかり忘れてたみたいだな。でももう大丈夫だ。全部思い出した」
黒山は頭の中のフランマに話しかける。
すべてを思い出した。
異人のこと。生徒会のこと。組織のこと。世界のこと。そして目の前の敵のこと。
黒山は混乱する頭を落ち着かせながらゆっくりと言う。
「随分と好き勝手やってくれたな…ライだっけか?組織の長」
ライはよみがえった黒山に驚きを隠せない。
ライは天川に放った不死の能力を貫通する破壊を行った。しかし黒山は死んでいない。
確実に立ち上がってこっちをにらみつけている。訳が分からない。
恐怖の感情が心に現れた。
黒山は自分の体の調子を確かめるよう手首をひねる。
「よし」とだけ言うと黒山はライに向かっていった。
先手必勝。
まずは身体強化。高速でライのもとへ走り、アッパーをかまそうと右手を構えて体を丸める。
しかしそれには恐怖しているライであっても対処できる。
心無き執行者を発動し、強化を打ち消す。
しかし打ち消されたからと言って拳が止まることはない。黒山のアッパーは普通の威力に戻ってライの顎下を狙う。
ライはギリギリのところで体を横に流し、回避する。
そして
「さっさと死んでくれ黒山!」と叫び、心無き執行者によってかけられていた異能力の打ち消しを…外す。
そして破壊が始まった。
すべてのものが破壊され、跡形もなくなる。
建物自体も例外ではない。壁が崩壊を始めて上階が維持できなくなり落下する。
落ちてくる瓦礫。それもライは破壊する。
心無き執行者。それは異人の能力をすべて打ち消す能力。それはライ自身の能力「永遠破壊」も例外ではない。
「永遠破壊」はこの世界に存在する破壊の概念を放出させることができる能力。これは異人の能力すらも破壊することができる。自分の意志に関係なく。下をのぞいた周囲をすべて破壊する。止まることなく。
しかし心無き執行者の能力がストッパーになり、ある程度コントロールができるようになっていた。
それを外すともう止まれない。
つまり絶対なる相手の破壊を意味する。
だが
「なんでお前は生きているんだ!能力ごと破壊しただろ!」
黒山信二は破壊されつくした建物に変わらず立ち続けている。
そんなものは効かないとばかりに。
「お前は一体なにがしたいんだ?」
黒山はライに聞く。
「なんで異人を殺そうとする?」
それにライは
「簡単なことだ。異人は危険。それは俺が一番よく知っている。そしてすべての異人がいなくなれば俺も存在意義はなくなる。誰にも知られずに死んでやるさ」
と返した。
異人は危険以外の何物でもない。そして何より異人であるからこそ起きてしまうトラブルも存在する。自分自身がそうであったかのように。
そんな思いをする異人そのものがいなくなれば世界は元に戻る。
しかし黒山はその考えを切り捨てる。
「それはお前の傲慢だろ?」
「なっ…」
「危険っていう前提がそもそも間違ってるんだよ。それはまだ異人についてよくわかってないからだろ。研究を進めれば答えが出る」
「そんな研究いつ完成するというんだ!」
ライは声を荒げる。
しかし黒山はゆっくりと
「実はもう完成してるんだわ」と言った。
は?とライは声にならない声を出す。
「実はうちの咲川が異人について詳しく調べた。そしたらあることが判明した」
話についていけているか怪しいライに向けて黒山は話す。
「異人の能力は心に負荷がかかった時に覚醒するということだ」
黒山は付け足してライにこう言う。
「お前が心配してるようなことはないってことだよ!」
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