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41章

私の生きる意味って何。
どうして私は1人でここに居るの。
私には何が残ってるっていうの。
「教えてよ…信二くん…」
櫻木は1人真っ暗な自室の中で亡き恋人に問う。
答えが絶対に帰ってくると信じて。

「今日も来てないですね櫻木」
生徒会室で牙忍は奏臣に言う。
今生徒会室には牙忍と奏臣しかおらず咲川は研究室で実験、幽美は病院で療養中だ。
2人しか居ない生徒会室は静かでずっと響いているのは奏臣の打つタイピング音。
「…今はそっとしておくべきだ。大事な人が唐突に居なくなってしまったんだからな」
黒山は助からなかった。
破壊の概念に蝕まれた体は櫻木の能力が復活しても戻ることはなかった。
奏臣がその場に辿り着いたときにはすでに蘇生不可能だった。
破壊の概念に破壊されたものは能力の効果すらも薄めてしまう。ばらばらになった黒山の体を治すためには強力な力が必要だが、概念の影響で薄められ治せない。
奏臣が追われているのは今回の事件での被害の後始末だ。
死亡者が合計4名。
組織側はシーラーとライ。
奏臣の数少ない友人の天川。
そして生徒会メンバー、黒山。
奏臣の分身はその後どこかへ行ってしまったため行方不明。メイクも消えてしまった。
スパイの状況報告によると組織にも帰っていないらしい。
組織はリーダーが死亡、そしてナンバー2も失踪と半壊状態に近い。
だが生徒会の方も貴重な戦力が殺され、さらにその影響で1人が鬱。
こちらもかなりまずい状態だ。
「…私がもっと早く動けていればな。想定外が多発し対処しきれなかった」
こんな時でも冷静そして機械的に処理をこなしていく奏臣。
その姿勢に牙忍は八つ当たりだと薄々感じているが、イライラしていた。
「会長は何がしたいんですか」
そしてそれが爆発する。
「いつもいつも想定外って結局なにも予測できてないじゃないですか!そのせいで黒山は…あいつは死んだんですよ!?」
ソファから立ち上がって牙忍は奏臣に向かって叫ぶ。
それを奏臣はパソコンの手を止めず、牙忍すら見ずに聞いているのかわからない状態だった。
それが牙忍をさらにイライラさせる。
「大体なんですか?いつもは会長自身が率先して俺らを守りに来るのになんであのときは居なかったんですか!?我が身可愛さにあのライってやつから逃げてたんですか!?」
奏臣はそこで初めてパソコンの手を止める。
だが牙忍は止まらない。
「結局自分の周りしか守れないんですね!」
「…一回落ち着け」
「落ち着いていられますか?親友が死んだんですよ。あなたが黒山をこっちに引き込まなければあいつは死ななくてすんだ。あのときあなたが駆けつけてきてればあいつは死ななかった。あなたのせいなんですよ。あいつが死んだのは」
完全に八つ当たりだと確信したが、一度紡いでしまった言葉は止まらない。
奏臣に言葉の矢が飛んでいく。
「…黙れ牙忍」
その瞬間に奏臣が瞬間的に移動し、牙忍の目の前に立つ。
そして牙忍が反応する前に胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「…私がなんで冷静なのか教えてやる」
持ち上げながら奏臣は冷静に言う。
牙忍は奏臣の持ち上げた手を掴んでいる。
「…私だって泣きたいさ。怒りたいさ。だがな」
そこで一旦言葉を詰める。
でもすぐにまた言う。
「…忘れたんだ。感情の表現の仕方を」
牙忍はビクンと腕の力を弱める。
奏臣は話し続ける。
「…何十年生きてきて人間の醜さを何度も見た。大切な人だって死んだ。もしくは裏切られた。私は失った感情を知りたいんだ。そのために生徒会メンバーを選出した。喜を咲川。哀を幽美。怒を牙忍。そして楽を黒山から知るために。他にも知りたいことはある。恋愛、友情、親愛。そのためにこの生徒会を作ったんだ」
奏臣の口から初めて話されるこの生徒会の選出基準。
牙忍はずっと自分が力をコントロールできる異人だから選ばれたと思っていた。
いやそう聞かされていた。
だがこの生徒会は感情を失った生徒会長のための空間だったのだ。
「…もう偽りの感情を表現するのは疲れた」
奏臣が今まで表面に出していた感情はすべて彼女自身の演技だった。
自分は一切そんなこと思ってもいなかったのに。
「…正直黒山が殺されたと知ったとき」
奏臣は牙忍をゆっくりと床におろしながら言う。
思ってはいけなかったことを。
「…ないと思っていたはずの感情が羨ましいと言った」
生徒会室に静寂が響く。
「…あいつも私と同じ不死の異人だ。だがそれを言い換えれば絶対に死ぬことが出来ない体ということだ。私は何回も死のうとした」
自身の腕を見ながら言う。かつての傷さえ残っていないその腕を。
「…結果はすべて失敗。私が死ぬことは不可能だった。だがそれをあいつは成し遂げた」
その体は今までに何千個もの傷を負った。
だがそれらもすべて彼女の意思と関係なく修復されまた普通の体に戻る。
「…私にはこんな感情しか残っていなかった。今このときもその1つ残った感情だけが私を支配している」
生きていく中で疲れた彼女は感情を思い出すためもう一度人と関わろうと考えた。
だから様々なデータや文書を改ざんし、この学校に入学した。
一番ここが都合が良かった。
そして生徒会長に就任する。
「…周りには偽りの感情を振りまいて私は生活した。今と変わらず」
生徒会長に就任した彼女は最初の生徒会を結成する。
今と同じ人数だが全員人間だった。
「…最初に交流したのは人間だった。その時代の人間は異人否定派のほうが多く、その例にもれずにその人間たちも否定派だ」
それでもなにか感情を思い出す可能性にかけて生徒会を続けた。
最初はメンバー同士が話すことは少なかったが、時間をかけるうちに話すようになり生徒会の空気は良くなっていった。
奏臣だけその輪に入れていなかったが。
「…その時に偽りの感情の私には異質な存在と話すことは無理だと悟った」
最終的に人間の生徒会は1年で解散した。
そして今度は反省を生かして異人を集めて生徒会を作った。
「…お前らの前の代に作った生徒会がある。その頃になるともう偽りの感情にも慣れてきてある程度のことは感情を予測して行動できるようになっていた」
その時のメンバーは全員同じ存在である生徒会全体で良い雰囲気を作り、人間たちの生徒会より確実に奏臣の感情が温まっていくのを感じた。
このままいけば自分は感情を思い出せるかもしれないと本気で思っていた。
だが現実は非情だった。
「…全員殺されたよ。組織の幹部にな」
運悪くその生徒会全員が組織の標的になってしまっていた。
もちろん前生徒会メンバーは抵抗したがその抵抗も虚しく全員の命は花のように散っていった。
異人の生徒会を作って2年ほどの出来事だった。
奏臣が駆けつけたときにはもう遺体は消えていたが、その後奏臣が調べた組織の抹殺表を見て、殺されていたということが事実に変わった。
感情を取り戻しかけていた彼女だったがその事件によってまたどん底に叩き落され、振り出しに戻った。
「…そして集めたのがお前らだ」
今回は基準なんてほとんどない。強いて言えば感情が豊かな者ということぐらいだ。
そしてまた惨劇を繰り返さないために生徒会メンバーのプライバシーに関わる行動以外を全て把握するようになった。
「…また変われなかったがな」
偽りの感情で彼女は言う。
「…私はお前らを見捨てるつもりなんてなかった。それだけは信じてくれ」
奏臣はそう言うと元の椅子に座ってまた作業をし始めた。
床に座った牙忍は何も言えずにその場に留まる。
そして数秒立ってから勢いよく立ち、生徒会室を飛び出していった。
その目には涙があった。
バタンとドアが閉まり生徒会室に静寂が戻る。
ただタイピングをする音だけがパチパチと響く。
「良いの?あんなに勢いよく突き放しちゃって」
タイピング音をかき分けて虚空から声が聞こえた。
この声の主は知っている。彼女が一番良く知っている同一の存在。
メイクだ。
するとメイクがティーカップで紅茶を飲みながら生徒会室のソファに現れる。
奏臣は一拍置いて息を吐くと
「…組織の方はどうなんだ」と聞く。
それにメイクはティーカップをテーブルに置いて言う。
「今のところは進展なし。このままだと解散かもね」
奏臣はそれに「…そうか」とだけ返す。
メイクはまた紅茶を一口飲んで奏臣を見る。
そして「どうするの?生徒会長さん」と言った。
その答えを一番聞きたいのは奏臣自身だ。
彼女は自身しか守ることが出来ず、部下すらも満足にまとめられない。
『哀れですねぇ』
「…天川。お前の注意どおりだった」

部屋の中には無数の刃物が点在している。が血は一滴も出ていない。
「どうして…」
櫻木は己の首にナイフを刺しながら言う。
痛々しいが彼女の痛覚はもうイカれてしまっている。
刺さったナイフから少量の血が垂れる。
致命傷になったことを確認すると櫻木はナイフを一気に抜く。
一帯に鮮血が舞う。
だがその鮮血は地につくと跡形もなく消滅し、ナイフについている血も消滅。ナイフが刺さっていた箇所も修復されている。
「どうして死ねないの…?」
彼女は死ぬことが出来ない。
死んで黒山の元へ逝こうとしている。
だが能力がそれを阻んで死ぬことが出来ない。
色んな方法を試した。
できることは全てした。
だが死ぬことは出来ない。
血痕すらも消えてしまう。
彼女は自分がもともと死んでいるのではないかとさえも思った。
だが鏡に写った自分を見て狂いそうになる。
「会いたいよ…信二くん…」
黒山の匂いだけが制服に残っている。
この匂いすらも消えてしまったら本当に狂ってしまうだろう。
だからそれまでに方法を見つけないと。
死ぬことができる方法を。
「大丈夫。私ならできる」
私は信二くんのためなら何でもできる。
だから絶対に見つけられるはず。
絶対に。

「どうした。組織幹部を全員集めて」
いつもの会議室に幹部たちが集まる。
死んでしまったシーラーとライ、行方不明のメイク以外が。
「話したいことがある」
そう言ったのはキングだ。
全員会議用の椅子に座って紙コップに入れたお茶を飲んでいる。
キングは幹部たち全員に向かって話し始める。
「この中で誰かがリーダーになって組織をもう一度始めないか?」と。
全員表情を変えないで聞く。
まるでわかりきっていたことのかのように。
「俺は異人が憎い。でも俺1人だと復讐を遂げるのに無理がある。ライさんがやりたかったことを実現したいのもあるんだ。だからお願いだ力を貸してくれ」
キングは頭を下げる。
語彙力がなくこれしか言えなかった。断られるかもしれないが言った。あとは返事を待つだけだった。
それを見た幹部たちはため息をつく。
そしてリンシャが言う。
「まずお前は組織が解散したと思っているのか?」と。
それにキングは「へ?」と間抜けな声を出す。
続けてスモッグが
「リーダーが死んでも私たちのやることは変わらない。あくまでこの集団は個人的な感情で集まってきた復讐者の集まりだ」と言った。
「ほっほっほっ。キング殿はせっかちですなぁ。3人欠けたとしても儂らのやることは変わらず異人を殺すのみじゃ」
「僕は何でも良いけどね」
レキがそう言うとすかさずマニアルが口をつねる。
「そういうことは心のなかで思うことじゃぞ」と呟いて。
はははと笑いが起きる。
キングは早とちりしていたみたいだ。と思う。
欠けても自分たちは異人を殺すただそれだけ。
もう後戻りはできない世界なのだ。
「ライさんあんたの無念晴らすよ」
目的は異人のメカニズムの特定と抹殺。
組織のほうがひと足早く立ち直り行動を開始するのだった。
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