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45章

文化祭。
それは学生の時に行う学校行事の1つ。
各クラスや各部活動が各自で店を開いて楽しむもの。
そしてそれらの店を回って楽しむ者。
当日には外部の人間も学校に入ることができ、店を楽しむことができる。
もちろん櫻木たちの通っている学校にも文化祭は存在する。牙忍も櫻木も幽美も咲川も各々のクラスで店を開き、クラスの親睦を深める。
しかし奏臣はどこのクラスにも所属していないため文化祭には参加できない。
そのことについて彼女自身は何も思っていない。
やるべき仕事も存在しているし、そんな時間は無いのが理由だ。
街にいる異人の行方不明情報や死亡情報を確認する仕事。
外部の人間が入るということは面倒事が起きる可能性が上がってしまうため、それらを回避するため入場者の整理や対策を立てる必要がある。
だからそんなことをしている時間はない。

生徒会室で2人の奏臣が話している。
奏臣は座ってパソコンで作業していて、もうメイクはそれを眺めるようにしている。
「そんなこと言って~。真子も参加したいんじゃないの?」
奏臣がメイクに小突かれながら言われる。
「…戯言を言うな。そんなもの興味がない」
またまた~。とメイクがまた小突きながら言う。
もしもの話で私がやりたいと思っていても仕事は外せない。他にもやることがある遊んでいる暇はない。と奏臣が心のなかで思う。
心を読んだメイクがそれに返答する。
「それはあなたの勝手な都合でしょ?あと真子の仕事はいつでもいいやつだし真子だったらすぐ終わらせられる。時間はあると思うよ」
全くその通りだった。
入場者の整理なんて数秒程度で終わる。
普段やっている仕事は急ぎの仕事でもなくただのまとめ作業。
図星を突かれパソコンを操作する手が止まる。
「感情が少しずつ戻ってきてるみたいだね。後少しって感じ?」
とメイクが言う。
そこで奏臣はハッと頭を上げる。
だがまだ完全じゃない。
前回もそうだった。
あと少しのところで…。
油断はできない。
「…感情が戻れば私の世界はどうなるのだろうか」
一番の懸念点だ。
アナログで色がない世界からどんな世界に変わるのか。
自分はどう変わってしまうのだろうか。

「俺がお化け役?」
牙忍が渡された企画書を見て言う。
それを渡したクラス委員の山崎桃花は「役決めのときにいなかったからね。自業自得よ」と言って自身の持ち場へ戻る。
牙忍のクラスはお化け屋敷を計画している。
文化祭といえばの出し物の1つではある。
「俺暗いところあんま好きじゃないんだよな…」と呟く牙忍。
肝試しのときも怖すぎて正直心臓バクバクだった。
驚かす方かぁ…。
内心、牙忍は乗り気じゃなかった。
だが周りは
「こっちで大道具は色々と準備しとくから驚かす方法とか調べておけよ!」とクラスメイトの1人、明石 修也が大工道具を持ちながら言い、「私は衣装を作っとくからねー」と裁縫道具を手に持った西 海色が言った。
他のクラスメイトも各々自分の仕事を全うしている。
そして同じお化け役の古井 大矢が牙忍の元へ歩いてきて「一緒に頑張ろうな…」と牙忍の肩に手を置いた。
話を聞くにこいつはじゃんけん負けでお化け役になってしまったらしい。
いわゆる不本意でとかいうやつだ。
役決めは一週間前に行っていた。
その時牙忍は何をしていたかと言うと
奏臣の指示で急遽買い出しに行かされていた。
もともと授業に参加しないことは少なからずあったが、このときは本当に用事があって行けなかったということだった。
「まぁ仕方ないか…」と牙忍は諦めて運命を認める。
とは言っても衣装ができるまでは特に用事はないので今は暇だ。
何をしようかと思って廊下に出る。そして廊下の奥をを見ると重そうな荷物を数個グラグラさせながら持つクラスメイトがいた。
牙忍は真っ先にそのクラスメイトの元へ駆けつけると荷物を半分ほどひょいと持ち、「運ぶぜ」と言った。
クラスメイトは「あ、ありがとう」と言う。
クラスで協力しなきゃなーと牙忍は荷物を持って心の中で言う。

放課後の生徒会室。
今日は珍しく奏臣もソファに座って話に参加している。
普段は絶対に生徒会長席から立たず、話を聞き流しているだけだが今日は違った。
他にソファに座っているのは牙忍と櫻木と咲川だけだった。
幽美の姿はない。
「…ふむそうか。牙忍のところはお化け屋敷か」
奏臣がティーカップに入れた紅茶を飲みながら言う。
その姿はとても優雅に見える。
「そうなんですよ。しかも俺が驚かす側ですし、正直乗り気じゃないです」
と牙忍が愚痴をこぼす。
だがそれに奏臣は否定的だった。
「…案外やってしまえば楽しいものだぞ?昔の私もそうだったらしいしな」
と言うと飲み終わって空になったティーカップをテーブルに置く。
すると咲川が「会長も昔文化祭やったんですか?」と聞いた。
奏臣はそう聞かれると「…そうだ」と返した。
そもそも学校に行っていたということ自体で驚く牙忍。
「…確か私はメイド喫茶をやっていたらしいな。記憶によれば」
その瞬間、奏臣のメイド姿を想像した牙忍はブフォと吹き出した。
そしてさらにその直後奏臣が瞬間的に牙忍の背後へ移動して首をいつの間にか生み出した刀で押さえる。
一言。
「…なにか文句あるか?」
その言葉に牙忍は「ナ…ナンデモアリマセン」と答えた。
そう言い終わったときにはもう奏臣は元の席に戻って、紅茶を飲んでいた。
この人は…。と心の中で愚痴る牙忍。
直後に、突然ドアがギィと開く音がした。
櫻木たちは何が起きたかと警戒するが奏臣だけは「…来たか」と呟き、ティーカップをテーブルの上に置く。
ドアから生徒会室に入ってきたのは幽美と男だった。
この男には見覚えがある。
だが思い出せない。
幽美が「連れてきました。この人ですよね?」と奏臣に言う。
奏臣は「…あぁ、ありがとう」と返し、男と幽美にソファに座るよう促す。
促されるまま2人はソファに座る。
2人が座ったのを確認すると奏臣が一度息を吸い込んで話しだした。
「…今日から新しく生徒会に入る人爽真だ。仲良くしてやってくれ」と男を紹介した。
その名前にも覚えがあった。
なんだっけ…。どこかで会ったような…。と牙忍が考えていると男の方も話しだした。
「初めま…じゃないね。こんにちは。人爽真です。前に会ったときはあのメイクとかいうやつに寿命を吸い取られて君たちと戦ってましたね。これからよろしく」
そこでピンときた。
「お前、ショッピングモールのときのやつか!」
全く姿が変わっていたから思い出せなかった。最後のときに元の顔は見たがインパクトが中年姿の方が強くわからなかった。
「そうだよ。いや恥ずかしいね。あの時は完全に病んじゃっててどうとでもなれぇって思ってたから止めてくれた君たちには感謝してるよ」
笑ってそう話す人爽は完全に別人だった。もしかしたらメイクの能力には人格を変える能力もあるんじゃないかと思うほどに。
「でも昏睡状態ってニュースで聞いたけど起きたの?」と櫻木が聞く。
それにも人爽は笑って「起きたっていうか起こされたっていう方が正解かな」と言う。
いまいちその言葉の意味はわからなかった。
しかしそれには奏臣が答える。
「…メイクは自身が強化させた能力を己の体に吸収できる。それによって吸収された者は例外なく昏睡状態におちいってしまう。だがそれを強制的に起こす薬を咲川に作らせていた。その薬を使ってこいつを起こしたというわけだ」
今まで咲川に作らせていたものの用途をようやく知った。
話だけで昏睡状態を冷ますということは盗み聞きしていたがこんなところで役に立っていたとは。
「僕は起こされたときに事情聴取を受けたり、結果によっては投獄される予定だったんだけど、ここの生徒会長が助けてくれたんだ」
と人爽が奏臣を見て言う。
奏臣はそれを聞くとそれについての説明を始める。
「…こいつがメイクに一矢報いたいと言っていてな。それならここに来ればその願い叶えられるぞと誘ったんだ」
やっぱり助けを求める人に救いの手を伸ばすことをこの人はよくやる。
でも
「信じられるんですか?一度はこっちに手を出してきた悪人ですよ?」
櫻木はそう言った。
こっちを殺しかけてきたやつだそう簡単に信じられるわけがない。
しかし拘束され殴られたり蹴られたりされたはずの張本人、奏臣は「…いやわかる」
そして
「…忘れたのか?私は人の心を読むことができる」と言った。
そういえばそんな能力持ってましたねーと心の中で思う櫻木。
心を読めるということは内面すらも読まれ、隠し事はできない。
「…こいつは心の底から一矢報いたいと思っている。それは確定だ。憶測じゃない」
そう結論づけた。
「まぁ…会長が言うなら認めますけど…」
櫻木は渋々ながらに承諾した。
それに人爽が「ありがとうございます」と深々と礼をした。
櫻木が慌てて頭を上げてください!と言い生徒会室の奏臣以外が笑った。
奏臣は淡々と話を進めてこの日はすぐに解散となった。
生徒会は生徒会室の鍵を閉めて昇降口へ向かう。今日は珍しく奏臣も同じ時間に帰るらしい。
昇降口外から見た校舎は近々おこなわれる文化祭に向けて大きく『水泳部全国出場!』や『文芸部新人賞受賞!』など部活の宣伝が貼られている。
夕日がそれらをオレンジ色に光らせる。
「そういえば人爽くんは文化祭出るの?」
櫻木が聞いた。
それに人爽は「いや、僕は見るだけかな。クラスに所属してるわけじゃないし」
クラスに所属してない?ということは。
「…そうだ。これは私の勝手な行動だからな。これ以上は一般人に迷惑をかけられない」と奏臣が言ったが普段から迷惑かけまくってるくせに何を言うだかと思った牙忍。
多分一般人は記憶が改ざんされてるだけで何回も迷惑かけられてるに決まってる。
だけどそれを言うのも多分タブーな気がするから言わないでおこう。心読まれてるかもしれないけど。と牙忍は考える。
夕日が新生徒会を照らす。
ここからが本当の地獄だと気づかせないように。
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