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5、北の大地と黒歴史編
35、ぼくは生まれながらの罪人とやらを拾って可愛がってみたい
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孤児院で、混血妖精の少女が語る。
王国の南部には小さな領地がひしめいている。その中の一つ、比較的歴史の浅い新興貴族であるユンク伯爵家領に、少女の故郷の村がある。
そこは、罪人の流刑地だった。
そこで生まれた少女は、生まれながらの罪人だった。
盗賊団の男たちは、多くがその村の出身だ。生まれながらの罪人もいれば、そうでない者もいる。罪人に喜びの余地は認められない。ユンク伯爵が定めたその生は、償うだけが全て。労働力を提供できる間は労働に必要なだけの衣服と食べ物が与えられ、労働ができなくなれば死ぬ。
「兄さんたちは、逃げ出した」
搾取されて死ぬよりマシだと皆で語り合い、逃げ出した。拠点を転々と移し、人里で必要なものを手に入れた。衣類、食べ物、薬、武器――協力しあい、生きるために力を振るう。道楽貴族をターゲットにして、奪って逃げる。時には困窮し虐げられる民を助けて義賊を気取るときもあったという。けれど、衝動的だったり癇癪を起こしたりしての犯罪もあったから、彼らのそれはあくまでも『義賊気取り』。皆が心の底でいつも感じる感覚があった。
――自分たちが薄汚れた魂で、手が汚れ切っていて、どうしようもないクズだと。
「ラーフルトン伯爵は貴族の中でも民に優しい、この土地は妖精混じりでも生きやすい、と聞いて、この土地に来たんです」
新天地に浮かれ上がって酒場を占領していた盗賊団は、令嬢にあっさりやられてしまったのである。
「なるほど、きみは孤児院に保護されたんだね」
頷く少女はマナと名乗った。マナの瞳には、貴族という生き物に対しての嫌悪があった。己を持たざる者だと線引きし、持つ者を憎悪する、そんな色が浮かんでいた。
「盗賊団かぁ。脱獄した罪人が別の領地で捕まった場合は、元の領地に戻すのが筋だろうか」
少年は好奇心を瞳にのぼらせてつぶやいた。
「ユンク伯爵領は、妖精がいても平気だった?」
マナはツンとした声で応える。
「辺境の流刑地は、竜の力が薄い荒地で」
「へえ。そんなところもあるんだね。行ってみたいな……」
「坊ちゃん」
少年がワクワクとした風情で言えば、呪術師が窘める。少年は若干うざったそうに肩を竦めて、ローブの黒フードをくいくいと伸ばして呪術師の顔を黒で隠してしまった。
「レネンはおだまり……」
(――お貴族様が目の前にいるわ。ちんちくりんで、よわっちくて、生意気なのが)
マナは少年と従者をじっと見ていた。
「ラーフルトン伯爵はあんまりどういう御方なのか知らないけれど、欲しいって言ったら、罪人くれるかな? お爺様経由でお願いしたら、くれるかな?」
――きみはどうしたい?
少女に問う少年の声が優しげに響いた。それはある種、気まぐれみたいな優しさなのではないかと少女は思った。少女はこの少年がこの国でかなりの有力者の子息なのだと先程知ったばかりだった。少年の瞳には、身分の高い者特有の「慈悲を恵んであげるよ」といった色が浮かんでいる。それを有難がり、喜ぶ者もいるのを少女は知っていたが、そんな現実が少女は気に入らなかった。
けれど、この時はひとまずその気紛れに助けて貰うことにする――慈悲を拒めば、どうなるかわからないのだから。
言葉を交わす彼らの背景で、マナという新入りの子供を心配していた孤児院の仲間――ちらりちらりと物陰から見ていたトムとラリーが顔を見合わせた。
「マナは殺されたりはしないらしいな、ラリー」
「一応、よかった……、でいいのかな? トム」
彼らの耳には、貴族の少年が従者と語り合うのんびりとした声が拾われていた。
「レネン、ユンク領ってどんなとこかな。暑い?」
「南ですからね。暑いんじゃないですか」
呪術師は警戒するような眼差しを主に向けていた。
「ぼく、ビディヤにきいたことがある。ユンクは他国との交易に積極的で、他国文化をとても積極的に取り入れる社交的な家なんだって」
「北の次は南ですか、坊ちゃん。いい加減になさってください」
「ぼくは罪人に興味がある……生まれながらの罪人とやらを拾って可愛がってみたい」
◇◇◇
赤の貴婦人を巡る現場では、噂の盗賊団が語尾から解放されていた。赤の貴婦人は無事、悪戯をやめて散っていったのだ。
「ああ……人としての尊厳ってものを取り戻した心地がするぜ」
首や肩を回し、しみじみとする男たち。ネネツィカはそんな盗賊団に「面白かったですわ」と笑って、「そうですわ。民を一緒に守ったという事で、アタクシが貴方たちをお父様に取りなして、減刑してあげましょう」と思いつきを口にした。父は気弱で、ネネツィカに甘い。きっとなんでも思い通りにしてくれる。
「本当か?」
ワッと湧く男たち。
「エリック様、剣がお強いんですのね」
ネネツィカがにっこりといえば、エリック王子はぶわりと赤くなって嬉しそうな顔をした。
(あらあら……)
その喜びが伝わると、ネネツィカはちょっとモジモジとした。自分への少年の好意がわかる。それがむず痒くて、特別誇らしくて、嬉しくて――けれど、戸惑いもあって、やっぱり後ろめたさも感じてしまうのだ。
王国の南部には小さな領地がひしめいている。その中の一つ、比較的歴史の浅い新興貴族であるユンク伯爵家領に、少女の故郷の村がある。
そこは、罪人の流刑地だった。
そこで生まれた少女は、生まれながらの罪人だった。
盗賊団の男たちは、多くがその村の出身だ。生まれながらの罪人もいれば、そうでない者もいる。罪人に喜びの余地は認められない。ユンク伯爵が定めたその生は、償うだけが全て。労働力を提供できる間は労働に必要なだけの衣服と食べ物が与えられ、労働ができなくなれば死ぬ。
「兄さんたちは、逃げ出した」
搾取されて死ぬよりマシだと皆で語り合い、逃げ出した。拠点を転々と移し、人里で必要なものを手に入れた。衣類、食べ物、薬、武器――協力しあい、生きるために力を振るう。道楽貴族をターゲットにして、奪って逃げる。時には困窮し虐げられる民を助けて義賊を気取るときもあったという。けれど、衝動的だったり癇癪を起こしたりしての犯罪もあったから、彼らのそれはあくまでも『義賊気取り』。皆が心の底でいつも感じる感覚があった。
――自分たちが薄汚れた魂で、手が汚れ切っていて、どうしようもないクズだと。
「ラーフルトン伯爵は貴族の中でも民に優しい、この土地は妖精混じりでも生きやすい、と聞いて、この土地に来たんです」
新天地に浮かれ上がって酒場を占領していた盗賊団は、令嬢にあっさりやられてしまったのである。
「なるほど、きみは孤児院に保護されたんだね」
頷く少女はマナと名乗った。マナの瞳には、貴族という生き物に対しての嫌悪があった。己を持たざる者だと線引きし、持つ者を憎悪する、そんな色が浮かんでいた。
「盗賊団かぁ。脱獄した罪人が別の領地で捕まった場合は、元の領地に戻すのが筋だろうか」
少年は好奇心を瞳にのぼらせてつぶやいた。
「ユンク伯爵領は、妖精がいても平気だった?」
マナはツンとした声で応える。
「辺境の流刑地は、竜の力が薄い荒地で」
「へえ。そんなところもあるんだね。行ってみたいな……」
「坊ちゃん」
少年がワクワクとした風情で言えば、呪術師が窘める。少年は若干うざったそうに肩を竦めて、ローブの黒フードをくいくいと伸ばして呪術師の顔を黒で隠してしまった。
「レネンはおだまり……」
(――お貴族様が目の前にいるわ。ちんちくりんで、よわっちくて、生意気なのが)
マナは少年と従者をじっと見ていた。
「ラーフルトン伯爵はあんまりどういう御方なのか知らないけれど、欲しいって言ったら、罪人くれるかな? お爺様経由でお願いしたら、くれるかな?」
――きみはどうしたい?
少女に問う少年の声が優しげに響いた。それはある種、気まぐれみたいな優しさなのではないかと少女は思った。少女はこの少年がこの国でかなりの有力者の子息なのだと先程知ったばかりだった。少年の瞳には、身分の高い者特有の「慈悲を恵んであげるよ」といった色が浮かんでいる。それを有難がり、喜ぶ者もいるのを少女は知っていたが、そんな現実が少女は気に入らなかった。
けれど、この時はひとまずその気紛れに助けて貰うことにする――慈悲を拒めば、どうなるかわからないのだから。
言葉を交わす彼らの背景で、マナという新入りの子供を心配していた孤児院の仲間――ちらりちらりと物陰から見ていたトムとラリーが顔を見合わせた。
「マナは殺されたりはしないらしいな、ラリー」
「一応、よかった……、でいいのかな? トム」
彼らの耳には、貴族の少年が従者と語り合うのんびりとした声が拾われていた。
「レネン、ユンク領ってどんなとこかな。暑い?」
「南ですからね。暑いんじゃないですか」
呪術師は警戒するような眼差しを主に向けていた。
「ぼく、ビディヤにきいたことがある。ユンクは他国との交易に積極的で、他国文化をとても積極的に取り入れる社交的な家なんだって」
「北の次は南ですか、坊ちゃん。いい加減になさってください」
「ぼくは罪人に興味がある……生まれながらの罪人とやらを拾って可愛がってみたい」
◇◇◇
赤の貴婦人を巡る現場では、噂の盗賊団が語尾から解放されていた。赤の貴婦人は無事、悪戯をやめて散っていったのだ。
「ああ……人としての尊厳ってものを取り戻した心地がするぜ」
首や肩を回し、しみじみとする男たち。ネネツィカはそんな盗賊団に「面白かったですわ」と笑って、「そうですわ。民を一緒に守ったという事で、アタクシが貴方たちをお父様に取りなして、減刑してあげましょう」と思いつきを口にした。父は気弱で、ネネツィカに甘い。きっとなんでも思い通りにしてくれる。
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ネネツィカがにっこりといえば、エリック王子はぶわりと赤くなって嬉しそうな顔をした。
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その喜びが伝わると、ネネツィカはちょっとモジモジとした。自分への少年の好意がわかる。それがむず痒くて、特別誇らしくて、嬉しくて――けれど、戸惑いもあって、やっぱり後ろめたさも感じてしまうのだ。
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