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5、北の大地と黒歴史編
37、友好の証、拾い物
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使節団の見送りパーティは出立の二日前、夕方から夜にかけて開かれた。
「両家の友好に」
ラーフルトン伯爵が笑顔でそう言って、人々が唱和する。よく晴れた夕景色の眠りに向かう陽光は茜に空を彩り、伯爵家の庭園や家々の屋根を少し寂しそうな夕陽色に染め上げた。
「ぜひ今度は我が家に遊びにいらしてください。異母妹もよく話せば令嬢と気が合うのではと思うのです」
趣味が似ているようで、とは小声での補足だったが、クレイが賢し気にそう言うと伯爵はまじまじと少年を見て頷いた。
「互いに訪問し合う仲となれば穿った噂も消えましょう。ありがたいお申し出でございます」
ネネツィカはエリック王子とダンスを踊りながら、ユージェニーと気が合うなんてあるかしら、と首を捻っていたが。
「ネネツィカ、王城にもまた遊びに来てくれるかな? 招待状を書くよ」
「もちろんですわ」
エリック王子がおっとりと微笑む。ワイルドは卒業かしら、と思いながらネネツィカはにこりと頷いて、優しいリードを感じながら右足を前に出すステップを踏む。一拍前にそこにあったエリック王子の足は同時に引いていて、二人で一つになったみたいに同じ方向に全身が回りながら、周囲のダンスペアとぶつからないように集団の中を流れて泳ぐみたいに踊った。
「そのドレス、とても似合うよ」
エリック王子がキラキラと輝く瞳で真っ直ぐに見つめてくるので、ネネツィカは面映くはにかんだ。
時計の針がゆっくりと時を刻んでいる。休むことなく働く針は、夜の入り口にあたる時間を指していた。
初めて会った時は、夕方から夜に移る頃に引き上げて、子供はここまでと言われたものだけれど、今夜はもう少し夜を楽しめそうな気配だった。
大人たちに混ざり、ふわりくるりとペアで踊る2人を見て、大人たちは微笑ましげに囁きを交わす。いわく、――お嬢様に会いたくてお忍びで来たんですって、だとか。民のために一緒に病魔に立ち向かったらしい、だとか。
歓談の種としては格好で新鮮な2人の話は、今日よりのち他の土地でも噂の種が撒かれて広まるに違いない。新しい噂話が過去の醜聞を少しずつ塗り替えていく気配を見せていたから、ラーフルトン伯爵は心から安堵した。
夕空が陽光を失って、星の煌めきが目立つようになると、それに対抗するように人工の灯りが地表で燈る。橙色の光に包まれて、ネネツィカは優雅にダンスを締め括った。
「喉が乾かない?」
エリック王子がドリンクコーナーを示すので、ネネツィカはこくりと頷いた。
「そういえば、盗賊団を引き取りたかったんだって?」
「まあ、ご存知でしたのね」
透明ガラスに底から天に向かって紫と赤のグラデーションを描くジュースを取れば、ひんやりとした感覚が火照った指先に心地よい。香りは少し背伸びするような甘酸っぱい果実の香り。
「でも、ダメでしたの」
父は娘に首を振ったのだ。
果実の香りがふわりと口から喉へ走り抜けて、舌にしゅわりと気泡の弾ける爽やかさを感じる。遠くからはホワホワとした温かい料理の匂いもする。ジューシーなお肉の焼ける匂いや、カリーの匂い――人々の談笑する声が幾重にもなって、空間全体を浸す賑わいの音を作っていた。
盗賊団はユンク伯爵の領地に戻されてしまいますのね、と呟くネネツィカにエリック王子が首を振った。
「問い合わせしたら、ユンク伯爵も要らないって返事したようだけどね」
「まあ、要らないだなんて」
だったらアタクシにくださっても良いのでは? ネネツィカは頬を膨らませた。
「今度、クレイの家に行くの?」
エリック王子は少し言葉を選ぶような顔をした。多分、とネネツィカが曖昧な顔をするのは、彼女自身に選択肢がないからだ。エリック王子は思案げな顔をして、それならオレが一筆書くよと呟いた。
「ラーフルトン伯爵とユンク伯爵とで話し合った結果、どうも間に入ったコルトリッセン公爵が盗賊団を引き取る事にしたらしいから」
ネネツィカはびっくりしてエリック王子を見つめた。
「どうしてそんな事になりますの? コルトリッセン公爵は関係ないのでは?」
「ユンク伯爵は公爵家の外務系派閥に属している貴族だからね……」
困ってるなら面倒見てやろうと言われて、格下の2家は従う事になったらしい。
「アタクシ、派閥とかはよく存じませんの」
「ああ、そうか。知らなくても良いと思うけど」
そっと教えてくれたところによると、中央貴族には外務系の派閥、紅薔薇と呼ばれる旧王妹の派閥、内務系の派閥などがあり、色々と面倒らしい。
「外務系の派閥と旧王妹の派閥は一部メンツが同じで、ちょっと危ない」
「危ない、ですか……」
「まあ、派閥はともかく」
エリックは内緒話をするようにこっそりと囁いた。
「盗賊団は、クレイがほしいって言ったんだ。あいつは落ちてる変なものとか、珍しいものを拾って『いい子いい子』するのが好きだから」
「ほ、ほう……?」
そういう御趣味。なるほどー―ネネツィカは心の片隅に情報をメモした。エリックがそれをあまり好ましく思っていないらしき事も含めて。
「あいつ、落ちてるものならいいけど他人のものはほしがっちゃだめだって、ちゃんとわからせないと」
(もしかしたら、アタクシがおねだりしていた盗賊団を横から掻っ攫ったから怒ってくれているのでしょうか?)
「お父様ったら、弱いんですから……」
ネネツィカはぷくりと頬を膨らませた。
「本当にごめんね。オレがあとでクレイを怒っておくからさ。……返せっていっても返さないんだろうなあ」
そんなネネツィカが可愛くて仕方ないと言った様子でエリック王子はグラスを置いて手に触れ……ようとして躊躇った。
(さっきまでダンスで散々手を握っていましたのに)
ネネツィカはそんなエリック王子にいつもと同じくすぐったさを感じてくしゃりと顔を笑みに移ろわせた。
「オレの権力はキミのものだから、いつでもオレの名前を出して利用してくれて構わないよ、ネネツィカ」
エリック王子は少し耳を赤くして、出会った時と同じ色の瞳で、少し伸びた背丈と一人称で、真っ直ぐにそう伝えたのだった。
「両家の友好に」
ラーフルトン伯爵が笑顔でそう言って、人々が唱和する。よく晴れた夕景色の眠りに向かう陽光は茜に空を彩り、伯爵家の庭園や家々の屋根を少し寂しそうな夕陽色に染め上げた。
「ぜひ今度は我が家に遊びにいらしてください。異母妹もよく話せば令嬢と気が合うのではと思うのです」
趣味が似ているようで、とは小声での補足だったが、クレイが賢し気にそう言うと伯爵はまじまじと少年を見て頷いた。
「互いに訪問し合う仲となれば穿った噂も消えましょう。ありがたいお申し出でございます」
ネネツィカはエリック王子とダンスを踊りながら、ユージェニーと気が合うなんてあるかしら、と首を捻っていたが。
「ネネツィカ、王城にもまた遊びに来てくれるかな? 招待状を書くよ」
「もちろんですわ」
エリック王子がおっとりと微笑む。ワイルドは卒業かしら、と思いながらネネツィカはにこりと頷いて、優しいリードを感じながら右足を前に出すステップを踏む。一拍前にそこにあったエリック王子の足は同時に引いていて、二人で一つになったみたいに同じ方向に全身が回りながら、周囲のダンスペアとぶつからないように集団の中を流れて泳ぐみたいに踊った。
「そのドレス、とても似合うよ」
エリック王子がキラキラと輝く瞳で真っ直ぐに見つめてくるので、ネネツィカは面映くはにかんだ。
時計の針がゆっくりと時を刻んでいる。休むことなく働く針は、夜の入り口にあたる時間を指していた。
初めて会った時は、夕方から夜に移る頃に引き上げて、子供はここまでと言われたものだけれど、今夜はもう少し夜を楽しめそうな気配だった。
大人たちに混ざり、ふわりくるりとペアで踊る2人を見て、大人たちは微笑ましげに囁きを交わす。いわく、――お嬢様に会いたくてお忍びで来たんですって、だとか。民のために一緒に病魔に立ち向かったらしい、だとか。
歓談の種としては格好で新鮮な2人の話は、今日よりのち他の土地でも噂の種が撒かれて広まるに違いない。新しい噂話が過去の醜聞を少しずつ塗り替えていく気配を見せていたから、ラーフルトン伯爵は心から安堵した。
夕空が陽光を失って、星の煌めきが目立つようになると、それに対抗するように人工の灯りが地表で燈る。橙色の光に包まれて、ネネツィカは優雅にダンスを締め括った。
「喉が乾かない?」
エリック王子がドリンクコーナーを示すので、ネネツィカはこくりと頷いた。
「そういえば、盗賊団を引き取りたかったんだって?」
「まあ、ご存知でしたのね」
透明ガラスに底から天に向かって紫と赤のグラデーションを描くジュースを取れば、ひんやりとした感覚が火照った指先に心地よい。香りは少し背伸びするような甘酸っぱい果実の香り。
「でも、ダメでしたの」
父は娘に首を振ったのだ。
果実の香りがふわりと口から喉へ走り抜けて、舌にしゅわりと気泡の弾ける爽やかさを感じる。遠くからはホワホワとした温かい料理の匂いもする。ジューシーなお肉の焼ける匂いや、カリーの匂い――人々の談笑する声が幾重にもなって、空間全体を浸す賑わいの音を作っていた。
盗賊団はユンク伯爵の領地に戻されてしまいますのね、と呟くネネツィカにエリック王子が首を振った。
「問い合わせしたら、ユンク伯爵も要らないって返事したようだけどね」
「まあ、要らないだなんて」
だったらアタクシにくださっても良いのでは? ネネツィカは頬を膨らませた。
「今度、クレイの家に行くの?」
エリック王子は少し言葉を選ぶような顔をした。多分、とネネツィカが曖昧な顔をするのは、彼女自身に選択肢がないからだ。エリック王子は思案げな顔をして、それならオレが一筆書くよと呟いた。
「ラーフルトン伯爵とユンク伯爵とで話し合った結果、どうも間に入ったコルトリッセン公爵が盗賊団を引き取る事にしたらしいから」
ネネツィカはびっくりしてエリック王子を見つめた。
「どうしてそんな事になりますの? コルトリッセン公爵は関係ないのでは?」
「ユンク伯爵は公爵家の外務系派閥に属している貴族だからね……」
困ってるなら面倒見てやろうと言われて、格下の2家は従う事になったらしい。
「アタクシ、派閥とかはよく存じませんの」
「ああ、そうか。知らなくても良いと思うけど」
そっと教えてくれたところによると、中央貴族には外務系の派閥、紅薔薇と呼ばれる旧王妹の派閥、内務系の派閥などがあり、色々と面倒らしい。
「外務系の派閥と旧王妹の派閥は一部メンツが同じで、ちょっと危ない」
「危ない、ですか……」
「まあ、派閥はともかく」
エリックは内緒話をするようにこっそりと囁いた。
「盗賊団は、クレイがほしいって言ったんだ。あいつは落ちてる変なものとか、珍しいものを拾って『いい子いい子』するのが好きだから」
「ほ、ほう……?」
そういう御趣味。なるほどー―ネネツィカは心の片隅に情報をメモした。エリックがそれをあまり好ましく思っていないらしき事も含めて。
「あいつ、落ちてるものならいいけど他人のものはほしがっちゃだめだって、ちゃんとわからせないと」
(もしかしたら、アタクシがおねだりしていた盗賊団を横から掻っ攫ったから怒ってくれているのでしょうか?)
「お父様ったら、弱いんですから……」
ネネツィカはぷくりと頬を膨らませた。
「本当にごめんね。オレがあとでクレイを怒っておくからさ。……返せっていっても返さないんだろうなあ」
そんなネネツィカが可愛くて仕方ないと言った様子でエリック王子はグラスを置いて手に触れ……ようとして躊躇った。
(さっきまでダンスで散々手を握っていましたのに)
ネネツィカはそんなエリック王子にいつもと同じくすぐったさを感じてくしゃりと顔を笑みに移ろわせた。
「オレの権力はキミのものだから、いつでもオレの名前を出して利用してくれて構わないよ、ネネツィカ」
エリック王子は少し耳を赤くして、出会った時と同じ色の瞳で、少し伸びた背丈と一人称で、真っ直ぐにそう伝えたのだった。
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