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5、北の大地と黒歴史編
40、ぼくはそんなセリフ言わない
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殴り愛も落ち着いた頃。
「この本をユージェニーさんが書きましたの?」ネネツィカが『イケないお兄様』を手にユージェニーをチラ見する。
(持ってる本はアレだけど、これを機に仲良くなってもらえればぼくは本望だよ)
本の中であんなセリフやこんな顔を見せている少年はそっと心の中で呟いた。傍に潜む呪術師のレネンがあわあわと同情的な視線を注いでいる。
「ええ。そうですが、何か」
ユージェニーはツンとした顔で紅茶のカップを傾ける。
「1話のおじさまと2話の使用人も良かったのですが、この3話目で相手が年下になるところ、響きましたわ。とてもイイですわね」
(3話もあるのか。毎話相手が違うのか)
兄は恐ろしい世界を垣間見た気分になった。ふらりとよろけると、レネンが真っ青になって支えてくれる。
「お気を確かに、坊ちゃん。忘れましょう」
「うん……」
「この良さがわかるとはなかなかですね。年下相手に見せる『しょうがないな』的な諦念受けがお兄様の魅力をグッと引き出していると私は思うのです」
「クレイにそんな一面があったなんて――ただお上品なお姫様受けだとばかり思っていましたわ」
「これはどうも、忘れたはしから情報が入ってくるようではないかな、レネン?」
「お耳を塞ぎましょうか? それともご令嬢方を黙らせましょうか?」
「しかしこれも国の安寧のため、公爵家のため――あれで深まる絆もあるやも知れぬ。ぼくは耐える。そして、情報も頂こう。情報とは、価値のあるものである」
「価値、ありますかねえ」
気丈に言い放つクレイへと、呪術師は呆れた様子で首をかしげた。
「特にこのページのこのコマ。涙目にが素敵ですわ。台詞も……『くっ、ころせ』」
「そこは実は『たすけてアスライト』も考えたのですが……」
異母妹は何を描いているんだろう。それはだめだろう――クレイは心底ショックを受けた。
「まあ、それ素敵ですわね。次の本ではぜひ」
(そんなセリフ言わないぞぼくは)
「ふ、二人とも。ぼくはそんなこと言わない……たすけてなにがし、のセリフは、申さない」
さすがに解釈違いを指摘せざるを得ない本人。だが、少女たちは強かった。
「お兄様が解釈違いと仰っても、私の中のお兄様はそうなのです」
「どういうことなの」
「クレイ、現実と虚構の区別をつけるのですわ」
「う、うん?」
ああ、この二人はなんか一緒に相手をしたらダメな感じだ。この会話を終わらせなければ現実世界で『くっ、ころせ』と言いたくなってしまうのであるまいか――そんな恐ろしい予感を少年が覚え始めた頃。
「あ、そういえばあの娘」
ネネツィカが何か大切な事を思い出したような顔でメイドを指した。
「お呼びでしょうか」
「貴方、孤児院にいた子じゃありませんの! どうしてここに?」
幼いメイドがしずしずと礼をする。クレイは自分がモデルの薄い本の話が収まりそうだと胸を撫で下ろしながらネネツィカに頷いてみせた。
ネネツィカはこの時ようやく『もやもや』の正体に気づいた。メイドは、孤児院で見かけたあの薄青色の髪の女の子だったのだ。
「ぼくが引き取った。マナという名前だよ。マナは、妖精の血が混ざってるのだ。資格を取ったから、王国の何処にいても苦しくないのだよ」
「まあ、そうでしたの!」
マナはまだ作法がぎこちない所作ながらも懸命な様子で礼をした。クレイはネネツィカとマナを見比べてふふっと笑った。
「ぼくは、北の伯爵家の噂を最近よく聞くよ。聖女と揉めた噂は消えていって、代わりにきみが天才だとか、民思いだとか、身分差を気にせず下々をよく気にかけて、どんな身分の人とも親しくするとか、孤児に優しいとか」
「むぅん。若干、その手の噂にはプレッシャーというか本人との乖離が気になったりするのですけれど、まあ、やあ、良い噂なら……良い事ですわね……」
「うん、うん。でもきみ、あの時、この子のことをまるっきり忘れていた。ほったらかしだった。落っことしていった……」
ネネツィカはじっと少年の紫の瞳を見た。宝石のように綺麗な瞳は、なんだか自慢するみたいな、とても子どもっぽい感じなのだ。
「何が仰りたいの? だから拾っちゃったって勝ち誇ってますの?」
「事実を確認しただけ」
子供らしい声色で少年が言うと、ユージェニーは紅茶のカップをカタリと置いた。
「君が拾わないから拾っちゃったーって勝ち誇ってるんですよ、おこちゃまですね」
聖女の声は少しだけネネツィカに優しく近しく、友達みたいな温度で聴こえて、けれど薄い本を集めて立ち上がる顔にはまだ敵意があった。
「勘違いしないでくださいね。私、貴方のこと嫌いなので」
「つんでれ?」
異母兄がそっと言葉を挟んでいる。それはもう可愛らしい笑顔で。よい表現を思い出したぞ、みたいな感じで。
「ユージェニーそれは、つんでれだね? ぼく、覚えてる」
「まあ、お兄さま。私が教えた異世界知識をよく吸収なさっておいでで……けれど、これはツンデレではありませんよ」
「なんと。違うのか……」
「アタクシ、貴方たち異母兄妹が良くわかりませんわ……」
ネネツィカは思わずそう呟いたのだった。
「この本をユージェニーさんが書きましたの?」ネネツィカが『イケないお兄様』を手にユージェニーをチラ見する。
(持ってる本はアレだけど、これを機に仲良くなってもらえればぼくは本望だよ)
本の中であんなセリフやこんな顔を見せている少年はそっと心の中で呟いた。傍に潜む呪術師のレネンがあわあわと同情的な視線を注いでいる。
「ええ。そうですが、何か」
ユージェニーはツンとした顔で紅茶のカップを傾ける。
「1話のおじさまと2話の使用人も良かったのですが、この3話目で相手が年下になるところ、響きましたわ。とてもイイですわね」
(3話もあるのか。毎話相手が違うのか)
兄は恐ろしい世界を垣間見た気分になった。ふらりとよろけると、レネンが真っ青になって支えてくれる。
「お気を確かに、坊ちゃん。忘れましょう」
「うん……」
「この良さがわかるとはなかなかですね。年下相手に見せる『しょうがないな』的な諦念受けがお兄様の魅力をグッと引き出していると私は思うのです」
「クレイにそんな一面があったなんて――ただお上品なお姫様受けだとばかり思っていましたわ」
「これはどうも、忘れたはしから情報が入ってくるようではないかな、レネン?」
「お耳を塞ぎましょうか? それともご令嬢方を黙らせましょうか?」
「しかしこれも国の安寧のため、公爵家のため――あれで深まる絆もあるやも知れぬ。ぼくは耐える。そして、情報も頂こう。情報とは、価値のあるものである」
「価値、ありますかねえ」
気丈に言い放つクレイへと、呪術師は呆れた様子で首をかしげた。
「特にこのページのこのコマ。涙目にが素敵ですわ。台詞も……『くっ、ころせ』」
「そこは実は『たすけてアスライト』も考えたのですが……」
異母妹は何を描いているんだろう。それはだめだろう――クレイは心底ショックを受けた。
「まあ、それ素敵ですわね。次の本ではぜひ」
(そんなセリフ言わないぞぼくは)
「ふ、二人とも。ぼくはそんなこと言わない……たすけてなにがし、のセリフは、申さない」
さすがに解釈違いを指摘せざるを得ない本人。だが、少女たちは強かった。
「お兄様が解釈違いと仰っても、私の中のお兄様はそうなのです」
「どういうことなの」
「クレイ、現実と虚構の区別をつけるのですわ」
「う、うん?」
ああ、この二人はなんか一緒に相手をしたらダメな感じだ。この会話を終わらせなければ現実世界で『くっ、ころせ』と言いたくなってしまうのであるまいか――そんな恐ろしい予感を少年が覚え始めた頃。
「あ、そういえばあの娘」
ネネツィカが何か大切な事を思い出したような顔でメイドを指した。
「お呼びでしょうか」
「貴方、孤児院にいた子じゃありませんの! どうしてここに?」
幼いメイドがしずしずと礼をする。クレイは自分がモデルの薄い本の話が収まりそうだと胸を撫で下ろしながらネネツィカに頷いてみせた。
ネネツィカはこの時ようやく『もやもや』の正体に気づいた。メイドは、孤児院で見かけたあの薄青色の髪の女の子だったのだ。
「ぼくが引き取った。マナという名前だよ。マナは、妖精の血が混ざってるのだ。資格を取ったから、王国の何処にいても苦しくないのだよ」
「まあ、そうでしたの!」
マナはまだ作法がぎこちない所作ながらも懸命な様子で礼をした。クレイはネネツィカとマナを見比べてふふっと笑った。
「ぼくは、北の伯爵家の噂を最近よく聞くよ。聖女と揉めた噂は消えていって、代わりにきみが天才だとか、民思いだとか、身分差を気にせず下々をよく気にかけて、どんな身分の人とも親しくするとか、孤児に優しいとか」
「むぅん。若干、その手の噂にはプレッシャーというか本人との乖離が気になったりするのですけれど、まあ、やあ、良い噂なら……良い事ですわね……」
「うん、うん。でもきみ、あの時、この子のことをまるっきり忘れていた。ほったらかしだった。落っことしていった……」
ネネツィカはじっと少年の紫の瞳を見た。宝石のように綺麗な瞳は、なんだか自慢するみたいな、とても子どもっぽい感じなのだ。
「何が仰りたいの? だから拾っちゃったって勝ち誇ってますの?」
「事実を確認しただけ」
子供らしい声色で少年が言うと、ユージェニーは紅茶のカップをカタリと置いた。
「君が拾わないから拾っちゃったーって勝ち誇ってるんですよ、おこちゃまですね」
聖女の声は少しだけネネツィカに優しく近しく、友達みたいな温度で聴こえて、けれど薄い本を集めて立ち上がる顔にはまだ敵意があった。
「勘違いしないでくださいね。私、貴方のこと嫌いなので」
「つんでれ?」
異母兄がそっと言葉を挟んでいる。それはもう可愛らしい笑顔で。よい表現を思い出したぞ、みたいな感じで。
「ユージェニーそれは、つんでれだね? ぼく、覚えてる」
「まあ、お兄さま。私が教えた異世界知識をよく吸収なさっておいでで……けれど、これはツンデレではありませんよ」
「なんと。違うのか……」
「アタクシ、貴方たち異母兄妹が良くわかりませんわ……」
ネネツィカは思わずそう呟いたのだった。
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