竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

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6、ゲームのスタート

46、今なにかあったかなぁ……わかんないなぁ

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「伝統ある王立総合学院の一員として、責任ある行動を心がけていきます」
 煌々こうこうとしたライトの下、スピーチが続いている。ぐぬぬとしながらネネツィカがユージェニーの視線を無視していると、ぼそぼそと小声が囁かれるのが聞こえた。

「知ってる? コルトリッセン公爵の不義ふぎの噂」
 ネネツィカの耳が声を拾い上げる。悪意――妬みで練られた糸が蜘蛛の糸みたいに吐かれてねっとりと胸に絡みつくような嫌な感じ。それは、晴れの舞台でトップの名声を掴んだ優秀な同学年への嫉妬が原動力にあるのだとネネツィカにはわかる。
「現王の妹姫であるラーシャ様を娶っためとったのに、本当は一夜も共にしていなくて、令息と令嬢は異母兄妹なんかじゃなくて同じ母から生まれた双子だって」
 その内容は相手が相手だけに常人なら口に出す事すら躊躇うような話。耳に入った周囲の数人がとんでもない事を聞いたという顔をする。子どもらしい好奇心や面白がるような感情を浮かべて話に加わる者もいた。
「そういえば、エリック様の守護竜ティーリーの加護は目撃情報が多いけど、クレイ様の守護竜アスライトの加護って誰も見た事がないんだって」
「実は加護がないから、頼んでも助けてもらえないんだ」
「ちょっと、さっきから何を話してるんですの。公爵家の不義だの守護竜の加護だの、軽々しく好き勝手言えるような相手でも、憶測で言っていい事でもないでしょうに」
 ――嫌な陰口ですわ。
 ネネツィカは青い瞳をきりきりと吊り上がらせて、陰口の発信源である少年を睨んだ。鮮やかな緑葉野菜みたいな髪のひょろひょろのっぽ。目の下には隈があって、どことなく不健康な印象を与える――淀んだ負の感情で濁る黒い目がネネツィカに気付いて、さっと逸らされた。
(嫌な感じですわ!)

 近くにいたユージェニーが視界の隅に見えた。その手が拳を握るのも。
「あなた……」
 その手が翻るより先に、ネネツィカが列からはみ出して少年との距離を一瞬で詰める。大人に制止されるより疾くはやく――右ひじをぐっと引いて膝を軽く折り、下からすくいあげるように全速全力スイング、同時に軽やかに床を蹴って膝を伸ばし、ぴょーんとジャンプっ。
「大変、陰口かげぐちを叩く性悪しょうわる男子の血を好む悪い羽虫はむしが頬に! アタクシが退治しますわ!」
 ぺしぃぃん!
 ――快音が響いた!
 良い音を立てて、ひょろのっぽの頬に赤い手形がつけられる。いわゆる『もみじ』――人によってはご褒美という跡がくっきりとついた。ネネツィカはじんと痺れる掌を顔の近くに立てて、ふっと息を吹きかけてハンカチで手を拭い、イイ笑顔を浮かべてやった。
「羽虫はアタクシが退治しました! これで安心ですわ」
「お、おまえ!」
 怒りに声を震わせるひょろのっぽ。前後の学生たちが一歩引いて呆然とやりとりを視ている。
「あら、アタクシは助けてあげただけですわ」

 小さな声がひそひそと満ちて、ざわめきになる。
「ラーフルトンのお嬢様だ」
「王子の婚約者の……」
 教師陣が何事かと声をあげ、エイヴンが駆け付けてくる。
「何やってるんだあ……? いや、ほんとに」

 少年と引き離されるように肩と腕を後ろに引かれながら、ネネツィカは堂々と胸を張りあごを上げて言い放った。
「気を付けて? こそこそと人の陰口をたたいて気持ちよくなってしまうのは、性悪男子大好き羽虫が獲物にマーキングした証拠――。一度陰口の快感を覚えると治すのが凄く大変な病気なんですって」
「はいはい、ちょっとこっちに来てな。先生とお話しような! あっ、式はそのまま続けてください!」
 二人を引き連れてエイヴンが教師陣にぺこぺこと頭を下げる。
「初日からやってくれたなあ……」
 小声でぼやく声にネネツィカはツンとして――視界の隅にユージェニーが目をまんまるに見開いて自分を視ているのがわかったから、ニッと笑ってやった。

(あなたも、グーパンするつもりだったのでしょう? ふふーんっ、先を越してやりましたわ!)
 ――身内が相手に腹を立てて殴るよりは、第三者が「害虫を見つけて」「善意で」退治してあげるほうがいいでしょ!

 壇上でスピーチが中断されている。
 少年の晴れ舞台だったのに、台無しにしてしまった――それだけは、本当は少しだけ残念な気がして、ネネツィカはそちらの方角からは頑なかたくなに目を逸らした。そこにいる噂の本人が果たして自分の噂に気付いているのか、騒動にどんな顔をしているのか。それが気になる一方で、それを確かめるのが怖いと思ってしまうのだ。

 ――そんな思いもエイヴンに連れられて指導室に入って、部屋の隅に見慣れた執事ティミオスが壁の装飾品になったみたいに佇んでいるのを見て吹き飛んでしまったけれど。
「……出ましたわね!?」
「お嬢様、そんなひとを害虫のように……」
 執事、ティミオスは一瞬嘆くような顔をした。

◇◇◇

 晴れ舞台を台無しにされた側の少年、クレイはというと、「ぼくは何もきいていません。今なにかあったかなぁ……わかんないなぁ」といった微笑を浮かべていた。
 知らんぷりを決め込んでいるというのに、周囲があれこれと「酷い噂でしたね」とか「野蛮な」とか話しかけてくるので、リアクションに困る事この上ない。
 これが紅薔薇の連中だったら「ぼくは哀しい」とか言って終わりだったのだろうけれど――雑音から意識を切り離すように、少年は思考を巡らせた。

 あの平民の緑髪に悪口を叩くよう命じたのは、誰だろう。
 平民の子があんなことをするメリットなど、ないではないか。
 あれはきっと裏に大人がいるのだ。

(あの子も可哀想に。入学式であんなことを言わされて、これからどうするというの)

 クレイはちらりと友人であるエリックを見た。
 エリックはこちらを見もしない。どうも、様子がおかしいのだ。

(どの派閥の者かはわからぬが、ぼくの痛いところをつついて処刑台にでも追い遣りたい奴がいるらしい。エリック。これをどう思う? きみは、何も言わないの?)

 いつもなら、怒ってくれたのでは?
 庇ってくれたのでは?

 それが気になる一方、思ってたのと違う人物がエリックの代わりに怒って庇ってくれたのが胸の奥にくすぐったい喜びめいた感覚をそよそよとさせていた。

(きみが怒ってくれない代わりに、彼女が怒ってくれたよ。エリック。これをどう思う?)
 クレイはじっと見つめ続けてみたが、友人エリックはついに一瞥もくれることなく、入学式は終わってしまった。
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