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7、春の学院生活
73、婚約破棄ザマァ、チャンスって思ってるけど
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――テスト勉強もしないといけない、宿題もしないといけない……。
勉強前に癒しの時間を過ごすか、勉強後に癒しの時間を過ごすか、悩んだネネツィカは前者を採った。
乙女たちが萌えと希望を胸にキラキラした目で入室し、ギラギラした目で本棚を舐め回している――ああ、うるわしの同人図書ルームの安心感と言ったら!
「実家のような安心感。この空間がアタクシの癒しですわ……」
『乙女のための同人図書ルーム』を訪れると、神絵師のマリア様が新作を描いていた。
「マリア様、ごきげんよう」
平民出のマリア様は貴族令嬢に囲まれてリクエストイラストを描いている。マリア様の絵は格好良さと可愛らしさが同居していて、線が綺麗で立体感がある。
「特に体つきが好みですわ」
ネネツィカの好みを告白すると「わかる」とヘレナが手を差し出してくる。がしっと手と手を握り合い、深まる友情――。
「そうそう、ユンク先輩もマリア様の絵が綺麗だと仰ってました」
陰口には幻滅したけど、と心の中で付け足しつつ、賞賛を届けねばという使命感みたいなものを感じて、ネネツィカは褒め言葉を共有した。
「ええっ。ユンク先輩が」
見たんですか、同人誌? 女の子たちが眼を剥いてキャアキャア騒ぎ出す。
「お気に召しましたの? 薄い本を」
「殿方にも素晴らしさが伝わるなんて、さすがマリア様!」
マリア様は満更でもない表情で「次はユンク先輩の絵を描きましょうか」なんて言い出して、乙女たちはおおいに癒されたのだった。
「キミたちはまたそんなことを……」
クロは呆れたように言って、扉の方を見た。
「あの子、見てるよ」
「んっ?」
見れば、『乙女のための同人図書ルーム』の入り口にユージェニーがいるではないか。
「あら、ご興味がないと仰ってましたのに」
ネネツィカが眼を丸くしていると、ヘレナが小声で打ち明けた。
「私が呼んだの」
上品な艶を放つ黒髪を靡かせて、ヘレナがユージェニーに堂々と歩み寄る。
「ユージェニーさん、例のものよ。受け取って」
「私も例のものを持ってきたわ」
そっと交換される薄い本と薄い本……。互いの目がタイトルと概要メモを確認して。
「ふふふ、あなたも業が深いわね」
「ヘレナさんこそ」
「いつの間に仲良くなったんですの?」
ネネツィカは置いてけぼりを食らった気分で間に入った。
「仲良しじゃないわ。これは取引よ」
「ええ。利害が一致しただけなの」
二人はあやしく微笑んだ。
「このマイナーな界隈で貴重な供給仲間だから……」
見れば、薄い本はマイナーなカップリングを扱った内容だった。
供給がないマイナー民は強い絆で結ばれる――まるで世界中に私とあなたしかいないみたい――。
「アタクシもマイナー村に入村しますわ!」
ネネツィカは嫉妬した。
――ヘレナの一番の友達はアタクシなのに!
「供給して供給してしまくってやりますわよ!!」
燃えるネネツィカに、クロが冷静なツッコミをいれる。
「ネネ、勉強はしなくていいの?」
その声はあどけなく、ユージェニーがまじまじと目を凝らすようにそちらを見て――「可愛い」と呟いた。
「あ、みえるんだ。今、二人にしか見えないようにしてるのに」
聖女と呼ばれるだけあるね、とクロが視線を返すと、ユージェニーは「どやぁ」と呟いてそろそろと手を伸ばして、「触ってもいい?」と尋ねた。
「ちょっとだけだよ」
「わー!」
他の学生たちは、「なにをしてるんだろう」と言った目で三人を見ている。
「ふむん。……あのー、ユージェニー。アタクシたち、これから勉強しようと思うのだけど」
ネネツィカは当然のようにヘレナの腕を引っ張って「一緒に勉強しますの」と決めた。
「うん、いいけど」
ヘレナはくすっと笑って、「わからないとこ、教え合おうね」と言う。ユージェニーがそれを少し羨ましそうに見た気配を感じて、ネネツィカはここぞとばかりに切り出した。
「いっしょに勉強しますこと? 特別に――お膝にクロを乗せてもいいですわよ!」
ちょっとびっくりしたみたいに、少女の眼が丸くなる。
キラキラした緑色が、宝石みたいだ。初めて会った時、可愛いと思ったのを思い出した。
「アタクシたちのお部屋には、薄い本もいっぱいありますの」
それに、とネネツィカはそっと小声で付け足した。
「アタクシ、今は殿下の婚約者でもありませんし……」
ユージェニーは薄い本で口元を隠すようにして、おずおずと頷いた。
「私も、もともと候補だっただけで婚約者じゃなかったけど」
続いて言葉は、あまり可愛くなかった。
「これから心を射止めて婚約者になる気はすごくあるし、なんなら婚約破棄ザマァ、チャンスって思ってるけど」
「……現時点では心を射止めてないという自覚はおありですのね」
「あ゛?」
「お゛?」
にらみ合う二人の間に挟まったヘレナが助けを求めるように周囲を見る。助けてくれる人は、いなかった。
勉強前に癒しの時間を過ごすか、勉強後に癒しの時間を過ごすか、悩んだネネツィカは前者を採った。
乙女たちが萌えと希望を胸にキラキラした目で入室し、ギラギラした目で本棚を舐め回している――ああ、うるわしの同人図書ルームの安心感と言ったら!
「実家のような安心感。この空間がアタクシの癒しですわ……」
『乙女のための同人図書ルーム』を訪れると、神絵師のマリア様が新作を描いていた。
「マリア様、ごきげんよう」
平民出のマリア様は貴族令嬢に囲まれてリクエストイラストを描いている。マリア様の絵は格好良さと可愛らしさが同居していて、線が綺麗で立体感がある。
「特に体つきが好みですわ」
ネネツィカの好みを告白すると「わかる」とヘレナが手を差し出してくる。がしっと手と手を握り合い、深まる友情――。
「そうそう、ユンク先輩もマリア様の絵が綺麗だと仰ってました」
陰口には幻滅したけど、と心の中で付け足しつつ、賞賛を届けねばという使命感みたいなものを感じて、ネネツィカは褒め言葉を共有した。
「ええっ。ユンク先輩が」
見たんですか、同人誌? 女の子たちが眼を剥いてキャアキャア騒ぎ出す。
「お気に召しましたの? 薄い本を」
「殿方にも素晴らしさが伝わるなんて、さすがマリア様!」
マリア様は満更でもない表情で「次はユンク先輩の絵を描きましょうか」なんて言い出して、乙女たちはおおいに癒されたのだった。
「キミたちはまたそんなことを……」
クロは呆れたように言って、扉の方を見た。
「あの子、見てるよ」
「んっ?」
見れば、『乙女のための同人図書ルーム』の入り口にユージェニーがいるではないか。
「あら、ご興味がないと仰ってましたのに」
ネネツィカが眼を丸くしていると、ヘレナが小声で打ち明けた。
「私が呼んだの」
上品な艶を放つ黒髪を靡かせて、ヘレナがユージェニーに堂々と歩み寄る。
「ユージェニーさん、例のものよ。受け取って」
「私も例のものを持ってきたわ」
そっと交換される薄い本と薄い本……。互いの目がタイトルと概要メモを確認して。
「ふふふ、あなたも業が深いわね」
「ヘレナさんこそ」
「いつの間に仲良くなったんですの?」
ネネツィカは置いてけぼりを食らった気分で間に入った。
「仲良しじゃないわ。これは取引よ」
「ええ。利害が一致しただけなの」
二人はあやしく微笑んだ。
「このマイナーな界隈で貴重な供給仲間だから……」
見れば、薄い本はマイナーなカップリングを扱った内容だった。
供給がないマイナー民は強い絆で結ばれる――まるで世界中に私とあなたしかいないみたい――。
「アタクシもマイナー村に入村しますわ!」
ネネツィカは嫉妬した。
――ヘレナの一番の友達はアタクシなのに!
「供給して供給してしまくってやりますわよ!!」
燃えるネネツィカに、クロが冷静なツッコミをいれる。
「ネネ、勉強はしなくていいの?」
その声はあどけなく、ユージェニーがまじまじと目を凝らすようにそちらを見て――「可愛い」と呟いた。
「あ、みえるんだ。今、二人にしか見えないようにしてるのに」
聖女と呼ばれるだけあるね、とクロが視線を返すと、ユージェニーは「どやぁ」と呟いてそろそろと手を伸ばして、「触ってもいい?」と尋ねた。
「ちょっとだけだよ」
「わー!」
他の学生たちは、「なにをしてるんだろう」と言った目で三人を見ている。
「ふむん。……あのー、ユージェニー。アタクシたち、これから勉強しようと思うのだけど」
ネネツィカは当然のようにヘレナの腕を引っ張って「一緒に勉強しますの」と決めた。
「うん、いいけど」
ヘレナはくすっと笑って、「わからないとこ、教え合おうね」と言う。ユージェニーがそれを少し羨ましそうに見た気配を感じて、ネネツィカはここぞとばかりに切り出した。
「いっしょに勉強しますこと? 特別に――お膝にクロを乗せてもいいですわよ!」
ちょっとびっくりしたみたいに、少女の眼が丸くなる。
キラキラした緑色が、宝石みたいだ。初めて会った時、可愛いと思ったのを思い出した。
「アタクシたちのお部屋には、薄い本もいっぱいありますの」
それに、とネネツィカはそっと小声で付け足した。
「アタクシ、今は殿下の婚約者でもありませんし……」
ユージェニーは薄い本で口元を隠すようにして、おずおずと頷いた。
「私も、もともと候補だっただけで婚約者じゃなかったけど」
続いて言葉は、あまり可愛くなかった。
「これから心を射止めて婚約者になる気はすごくあるし、なんなら婚約破棄ザマァ、チャンスって思ってるけど」
「……現時点では心を射止めてないという自覚はおありですのね」
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