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7、春の学院生活
72、英雄騎士フィニックスは黒竜に頼りたい
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一点の曇りも許さぬと言わんばかりに清めた白い壁、精緻な装飾の施された柱、高貴な方々の残滓めいた微かな香水のかおり。
そこを訪ねるなら、正式な手続きを踏んで許しを得なければならない――王城の奥。
今や次期王位に最も近い存在となったエリック王子の私室に繋がる通路は物々しい厳重警備体制に変じていた。
鋼色の髪をした騎士オーガスト・ウィンザーが複雑な顔で首を振る。訪問者へ。
「殿下はお会いにならない。言伝てもできない」
オブシディアンの瞳に映るのは、赤毛の友人騎士。憔悴した様子の青年――フィニックス・キーリング。二つ名付きで、英雄騎士とも呼ばれる有名な騎士だ。
「一言伝えてくれればいい。出来るだろう……?」
その騎士は、王子の覚えめでたき騎士だから。
彼の距離であれば。
「騎士団長のセト・バード卿にも言われたんだろう? お前は何もしないでいろって」
フィニックスは項垂れた。
シリル王子が行方不明になった後、フィニックスは当然捜索隊の隊長として夜も昼もなく彼を捜すつもりだった。悪意ある者にあやしい術でも仕掛けられ、乱心させられ攫われたとしたなら。そうでなかったとしても――正気の判断で座を退くにしても、竜の加護持つ高貴なる王族の血は、当人の意思に関係せず大切に守られ、次代へと貴種を継いで頂くべき存在なのではなかったか。
だというのに、国は動かなかった。捜索する気配も見せず真相を調査する様子もなく、さっさと切り替えるようにシリル王子の相続権を廃してしまった。団結して彼を捜し、戻って頂こうとする動きを抑制するようにシリル王子の側近団を解体して能臣を新しい職場に配属し、下手な動きは見せるなと上席から警告させた。
「守護竜はなぜ沈黙している。殿下への加護はどうしたと云うのだ」
当然の疑問に答えられる者はいなかった。
「エリック殿下なら、頼めるのではないか? 守護竜を呼べるだろう。不明な事を問えるのだろう。捜索を頼めるだろう」
本来は、頼まれずとも捜すはずだが――続けそうになった言葉は恐ろしくて心にしまい込むしかなかった。
しばしの沈黙ののち、フィニックスは唇を噛んで踵を返した。
「……」
無言に足音が重く響く。
(何か思い悩んでいらした。それを感じていたのに)
様子がおかしいと思ってからの日々を思い出す。もっと違う風に接していればと悔やむと同時にあってはならないその事態が思い浮かんでしまう。
時が経ち、日が過ぎるにつれその思いが強くなっていく。
守護竜がシリル王子を守る様子を全く見せない――、
シリル王子は、守護竜の加護を失ったのではないか?
いつからか?
蒼白な顔であの部屋から出てきた、あの時から――?
通路の向こうに文官の集団が見える。
フィニックスは風景のように何とはなくそれを見て、貫禄のあるその人物から目を離せなくなった。
雨上がりの大地のような髪に白髪が混ざっている経験豊富な重鎮。
柔和な緑眼の外務大臣。
公爵家はラーシャ姫の輿入れ先。王家の親戚筋だ。
思いが雷鳴の如く心に閃いた。
――守護竜は、もう一柱いるのだ。
守護竜が見放しても、守護竜なら?
「公爵様! お待ちください、閣下……!」
フィニックスは衝動と使命感を原動力に走り寄り、無礼を承知でその足元に膝をついた。
「キーリング卿」
驚いたような声が頭上から降る。無礼をとがめる様子はなく、案ずるような優しい声色で。
なんと切り出せばよいのだろうか? フィニックスは悩んだ。
耳目がある。
言葉をひとつでも選び間違えれば、大変な事になるのは間違いなかった。
「……その……、」
言葉に詰まる自分へと、周囲から痛いほど視線が集まっている。
「……そういえば、卿にユンク伯爵領から移籍した新兵への指導を頼んでいたのだったか。あれを受けてくれると?」
「!」
弾かれるように顔をあげれば、コルトリッセン公爵は髭を撫でて理知的な眼をしずかに降らせている。
「は。不肖の身ながら、謹んでお受けいたしたく」
「そうと決まれば、騎士団長のバード卿にキーリング卿を一日お借りする許諾を取らねばな。失念しておった」
公爵は鷹揚に笑い、然るべき手順を踏み、後日改めて使いを寄こすと約束してくれたのだった。
そこを訪ねるなら、正式な手続きを踏んで許しを得なければならない――王城の奥。
今や次期王位に最も近い存在となったエリック王子の私室に繋がる通路は物々しい厳重警備体制に変じていた。
鋼色の髪をした騎士オーガスト・ウィンザーが複雑な顔で首を振る。訪問者へ。
「殿下はお会いにならない。言伝てもできない」
オブシディアンの瞳に映るのは、赤毛の友人騎士。憔悴した様子の青年――フィニックス・キーリング。二つ名付きで、英雄騎士とも呼ばれる有名な騎士だ。
「一言伝えてくれればいい。出来るだろう……?」
その騎士は、王子の覚えめでたき騎士だから。
彼の距離であれば。
「騎士団長のセト・バード卿にも言われたんだろう? お前は何もしないでいろって」
フィニックスは項垂れた。
シリル王子が行方不明になった後、フィニックスは当然捜索隊の隊長として夜も昼もなく彼を捜すつもりだった。悪意ある者にあやしい術でも仕掛けられ、乱心させられ攫われたとしたなら。そうでなかったとしても――正気の判断で座を退くにしても、竜の加護持つ高貴なる王族の血は、当人の意思に関係せず大切に守られ、次代へと貴種を継いで頂くべき存在なのではなかったか。
だというのに、国は動かなかった。捜索する気配も見せず真相を調査する様子もなく、さっさと切り替えるようにシリル王子の相続権を廃してしまった。団結して彼を捜し、戻って頂こうとする動きを抑制するようにシリル王子の側近団を解体して能臣を新しい職場に配属し、下手な動きは見せるなと上席から警告させた。
「守護竜はなぜ沈黙している。殿下への加護はどうしたと云うのだ」
当然の疑問に答えられる者はいなかった。
「エリック殿下なら、頼めるのではないか? 守護竜を呼べるだろう。不明な事を問えるのだろう。捜索を頼めるだろう」
本来は、頼まれずとも捜すはずだが――続けそうになった言葉は恐ろしくて心にしまい込むしかなかった。
しばしの沈黙ののち、フィニックスは唇を噛んで踵を返した。
「……」
無言に足音が重く響く。
(何か思い悩んでいらした。それを感じていたのに)
様子がおかしいと思ってからの日々を思い出す。もっと違う風に接していればと悔やむと同時にあってはならないその事態が思い浮かんでしまう。
時が経ち、日が過ぎるにつれその思いが強くなっていく。
守護竜がシリル王子を守る様子を全く見せない――、
シリル王子は、守護竜の加護を失ったのではないか?
いつからか?
蒼白な顔であの部屋から出てきた、あの時から――?
通路の向こうに文官の集団が見える。
フィニックスは風景のように何とはなくそれを見て、貫禄のあるその人物から目を離せなくなった。
雨上がりの大地のような髪に白髪が混ざっている経験豊富な重鎮。
柔和な緑眼の外務大臣。
公爵家はラーシャ姫の輿入れ先。王家の親戚筋だ。
思いが雷鳴の如く心に閃いた。
――守護竜は、もう一柱いるのだ。
守護竜が見放しても、守護竜なら?
「公爵様! お待ちください、閣下……!」
フィニックスは衝動と使命感を原動力に走り寄り、無礼を承知でその足元に膝をついた。
「キーリング卿」
驚いたような声が頭上から降る。無礼をとがめる様子はなく、案ずるような優しい声色で。
なんと切り出せばよいのだろうか? フィニックスは悩んだ。
耳目がある。
言葉をひとつでも選び間違えれば、大変な事になるのは間違いなかった。
「……その……、」
言葉に詰まる自分へと、周囲から痛いほど視線が集まっている。
「……そういえば、卿にユンク伯爵領から移籍した新兵への指導を頼んでいたのだったか。あれを受けてくれると?」
「!」
弾かれるように顔をあげれば、コルトリッセン公爵は髭を撫でて理知的な眼をしずかに降らせている。
「は。不肖の身ながら、謹んでお受けいたしたく」
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