竜と王冠のサクリファイス~乙女ゲームの攻略キャラたちがお互いを攻略して王都炎上?

浅草ゆうひ

文字の大きさ
79 / 260
7、春の学院生活

71、神絵師の絵が綺麗なのは趣味の垣根を越えてわかるもの

しおりを挟む
「ネネ、次の講義は外なの?」
「今日の分の講義はおしまい」
「せっかく来たのに」
 肩に落ち着いたクロが尻尾をぱたぱたさせている。『乙女のための同人図書ルーム』に向かうヘレナに「また後で」と告げて、ネネツィカは屋外の噴水に向かった。なんとなく気が向いたから……、と思っていたら。
「ああ、ティミオスがいますわ」
 なんとなく気が向いたのは、ゲームのイベントでだったの、とネネツィカはため息をついた。
「溜息ついて、どうした?」
 噴水の近くのベンチには上級生のオスカーが座っていた。その後ろには背後霊みたいなティミオスが佇んでいるのだが、その絵面がまたシュールで。
「いろいろと……はい」
「ああ、そうだよな。今はごたごたしてるよな」
 オスカーは何かを察した目をした。その纏う雰囲気は穏やかで優しい。きっと婚約破棄の傷心による溜息だと思ったに違いない、とネネツィカは思った。

 あまり直接話す機会のない上級生の伯爵公子は、南の気風を感じさせる不思議な華やかさと陽気さを纏っていた。母方がアイザール人らしき公子の肌は南西に多く住むアイザール人の血を濃く感じさせる褐色で、日の下では特に健康的に視えた。
 快活に笑う顔は整っていて何処となくエキゾチックでもあり、少年のやんちゃな気配を覗かせつつも青年の落ち着きも得つつあるような、そんな微妙な狭間にある年頃らしさを思わせる。
 試合でも活躍していたが、この伯爵公子は美形で運動神経がかなりよく、特に近接武器の扱いに長けているらしい。浅黒く滑らかな美しい筋、しなやかで精悍な躰付きが何気ない仕草に感じられて、本人も女好きで愛想がよいので女学生に人気があるわけだ。

「そうそう、この前の試合、来てくれてありがとう。お礼をせねばと思ってな」
 オスカーは大人びた笑みを浮かべて、かばんをごそごそすると、手のひらサイズの小さなケースを渡してくれた。
「わあ、なんです?」
「甘味だよ。琥珀糖の粒が入ってる。お礼にどうぞ、お嬢さん」
「ありがとうございます。友人と一緒にいただきますわ」
 クロが悪戯するみたいにベンチに降りて、オスカーの膝にのぼっている。背後霊状態の執事を追い払いたくて、ネネツィカは厳かに呟いた。
「アタクシ、先輩に言わないといけない事があるのですが」
「へえ、俺に? なんだい? 愛の告白かな」
 オスカーはチャラかった。ああ、これは絶対に告白され慣れている――ネネツィカは一瞬虚無を瞳に浮かべて、首を振る。そして、自身の鞄から御守り代わりに持ち歩いていた薄い本を取り出して差し出した。
「アタクシ、こういう者ですの」
「ん?」
 ぱらり。ページがめくられる。この薄い本は神絵師マリア様が挿絵を描いた、健全な本だが嗜好は間違いなく伝わる優れもの。
「勇者が男色だと?」
 意外にもダメージは小さい様子で呟いて、オスカーは「なんだこれ」って顔で変な読み物を楽しみ始めた。背後霊チックなティミオスの気配が薄くなっていくから、効果はあるようなのだが。

「で、これを何故見せた?」
「厄払い、みたいなものでしょうか」
「そうか、お嬢さんは天然さんかな? わかったぞ」
 オスカーはぱらりぱらりとページをめくり、「絵が綺麗だな」と褒めた。その様子に「とりあえず何か褒めとくか」といった気配を感じるネネツィカである。
「絵師様に伝えておきますわ」
「そうしてくれ」

 噴水が風に飛ばされて、風がキラキラしていて冷たい。少し湿った肌が風に吹かれると涼しくて、草木のにおいが近付く暑い季節を教えてくれるみたいだった。その前にテストがあるのが、若干の気鬱原因となっているが。

 オスカーは思いついたように呟いた。
「そういえば、夏にうちの領地に来るのか?」
「あ。そうですわ」
 クレイとの約束を思い出して頷けば、オスカーは「楽しみだな」と目を輝かせた。
「先輩は、公爵兄妹と親しいのでしたわね」
「おれは何を隠そうクレイ様のお気に入りなんだぜ。それはもう気に入られている。それはもう」
「まあ、まあ」
 ネネツィカはニコニコした。
「親に我が家を売り込んでこいと言われてだな、せっせと日参してへばりついてお世話したわけだ。その結果、お気に入りになって自ら領地にいらっしゃると仰る。これは大成功ではないかな!」
「そうですわね、アタクシが貴方でも誇ると思いますわ」
 オスカーは得意げになって実話の三倍ほど盛った「自分がどれだけ気に入られているか、クレイに気に入られるのがどれほど簡単だったか」の話を展開し、ネネツィカに盛大にネタを提供した。
「ああいうのを『ちょろい』というのだ。簡単に近寄らせて、触っても怒らない! 周りが怒っても『怒らなくてもいいよ』ときたもんだ! 繰り返してるうちに当たり前になっていって周りも何も言わなくなるわけだ」

(何を聞かされているのかしら?)
 ネネツィカは笑顔を保ちつつ、首を傾けた。滑らかに回る少年の口が調子に乗って、独り言めいていく。

「クレイは夜の加護とやらも口にしてくれていたが、あれは口先だけかな。恩恵めいたものがわからん。思えば、加護とは曖昧な概念だな。実体を見ないと何とも言えん。噂もあれこれあるしなあ」
「……何の話です?」
(敬称が外れてますよ、とは指摘するべきかしら?)
 ネネツィカは少し迷った。
「竜」
 悪戯っぽくオスカーの赤い目が細まり、内緒の話みたいに口もとに人差し指を立てて、ひそやかな声が相談する。

「お嬢さんは見たことあるか? 竜の加護」
「うーん。エリック様の加護は、見たことがありますわ。たぶん」
 ネネツィカが思い出す。違う違う、とオスカーは首を振った。
「噂を知らないか?」
 アスライトだよ、と低い声が空気を震わせる。
「加護がないやら噂があるんだが」
「アタクシ、陰口は好みません」
 ネネツィカはムッとして立ち上がった。
「おいおい。悪口大会しようってわけじゃないさ」
「悪い噂についてコソコソ話すなら、同じじゃないかしら……」

 クロがぱたぱたとついてくる。
「くだらない」
 ぽつりと呟く幼い感じの声は、いかにも賢し気で、ひんやりとした冷たさを伴っていた。

 ああ、クロも陰口が嫌いですのね。ネネツィカは共感を胸に頷いて、クロを撫でた。
「テスト勉強もしないといけませんので、失礼しますわ」
 ツンと言って噴水を後にすれば、風に乗って「噂の件は、内緒にしてくれよ」と叫ぶ声が届く。
「頼まれても言いませんわよ」
 ――アタクシをなんだと思ってるのかしら。
 ネネツィカは口を尖らせ、不満を零した。


 立ち去る令嬢を見送ったオスカーはというと、ちょっと失敗したかなといった顔をしていた。
「あのお嬢さんもクレイのお気に入りだから、嫌われちゃいけないな」

 しかし、おとなしそうにみえて第二王子の恋人をちゃっかり夏休みデートに誘っているのだから、クレイもやるではないか――デート先がおれの領地というのも、とても快い。

(親兄弟にもたんと自慢しよう。おれはお気に入りで、めちゃめちゃ頼られているのだと!)
「休み中もおれが近くにいないとヤダヤダ、と――そんなお心がバッチリおれには伝わっておりますよ!」

 大体そんな感じで日頃から公爵令息クレイとの仲を親兄弟に自慢するオスカーは、とてもやる気に充ちていた。

(王位継承順も上がったようだし――そうか、ラーシャ姫は王になれなかったが、そのご遺志をクレイが継ぐ。そんな未来があり得るのか。……おお、いいじゃないか? 熱いのではないか? 素晴らしいですぞクレイ殿下! 母君の無念を御子の代で晴らすと……!)

 オスカーの脳内で、紅薔薇の過激派にも通じるような筋書きが描かれていく。
 後日それを友人カルロに披露すれば、カルロはぎょっとした顔をして「それは過激派の危険思想だぞ、頭の中に仕舞っておけ」と忠告したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

限界オタクだった俺が異世界に転生して王様になったら、何故か聖剣を抜いて勇者にクラスチェンジした元近衛騎士に娶られました。

篠崎笙
BL
限界ヲタクだった来栖翔太はトラックに撥ねられ、肌色の本を撒き散らして無惨に死んだ。だが、異世界で美少年のクリスティアン王子として転生する。ヲタクな自分を捨て、立派な王様になるべく努力した王子だったが。近衛騎士のアルベルトが勇者にクラスチェンジし、竜を退治した褒美として結婚するように脅され……。 

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。

異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました

水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。 世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。 「見つけた、俺の運命」 敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。 冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。 食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。 その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。 敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。 世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。

処理中です...